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15. エルフの国へ行こう



 アデルナの前で口を開けていたカイトだが、これ以上口が開かない事を幸運に感じることになろうとは。


「失礼する。貴公が天空の露草を譲ってくれたこの地の領主であるな?」

「は、はい! 俺がそうですが……! 薬草、美味しくなかったですか!?」


 身長は2メートルを超えるだろうか。

 長い銀髪を撫でつけて、これまた長い耳には青い宝石のピアスが光る。

 誰の説明を受けなくとも、この人がエルフ族の王なのだと分かる威圧感。


「ふっはっは! 確かに、あの薬草の味は酷かった! だが、そのおかげで余は命を拾う事が出来た! 貴公の寛大なる措置には重ねて感謝する。ありがとう」

「いえ! とんでもないです! 滅相もないです! いやもう、本当に軽い気持ちで差し上げたものですから! あ、違うんです! 決して、王様の命を軽いと言っている訳ではなく!!」


 さすがにカイトも種族を統べる王を前にすると、アルゴートにやって来てのらりくらりとやり過ごして来た態度を硬化させる。

 エルフの王の腰には立派な銀の弓が見えており、その腕前も相当のものだと思えば態度はさらに硬くなる。


 カイトは粗相を働いて眉間を撃ち抜かれないように必死である。


「まったく、人と言うものは俗物も多いが、時にこのような宝玉に出会えるのだから不思議であるな! 時に領主よ、余の事は王様などと呼ばずとも良い。余と貴公は同じく民衆の先頭に立つ者であろう? ならば、そこに序列は不要! 我が名はザムエルと言う」


「お、俺はカイト・フェルバッハと申します。ああ、すみません」


 ザムエルはなおも腰が引けていくカイトを見て、「これはいかんな」と呟いた。

 その次には、ドスンと地べたに座り込む。


「ザムエル様!? いや、ちょっと、困りますって! お召し物が汚れますよ!」

「こうでもせねば貴公と対等に話はできまい? さあ、カイトよ。貴公も座られよ。さもなくば、このまま地に額を付けるが?」


 土下座を人質にとる交渉術に打って出たザムエル。

 これにはカイトも降参である。


「わ、分かりました! ザムエル様の寛大な態度に感謝しつつ、同じ高さに座らせて頂きます!!」

「うむ。それは助かる。おおい、誰か酒を持て。命の恩人と杯を交わしたい!」


 カイトにも、領主としての知識はある。

 元から知っていた事に加えて、アルゴートにやって来てからは更に学んだ。


 だから、主同士が盃を交わす意味も理解している。



 エルフ族とアルゴートが同盟関係になると言う誓いである。



 「これはいよいよ大事になって来たぞ」と思いながらも、既に退路がないことも察しているカイトは、大きく息を吸い込んで同じ時間をかけて吐き出した。

 少しだけ心が落ち着いたと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 盃はあまりにも簡単に交わされた。

 エルフの里で作られたと言うワインはアルコールが強烈で、カイトはむせながら飲み干す。


「よい飲みっぷりであるな! 少しばかり世間話をしても良いか?」

「もちろんです。聞かせてください」


「実はな、余の娘のアデルナが2週間前にこの地を訪れたであろう?」

「はい。よく覚えていますよ。そもそもお客さんが来るような土地じゃないですから、アルゴートは」


「それについてはこれ以上の非礼を詫びると礼の価値が下がるので何も言うまい。……実はな、あれはアデルナの独断だったのだ。暴走と言い換えても良い」

「暴走ですか? なんだか物騒な響きですね」


 ザムエルは「そうなのだ。我が娘は物騒でいかん」と笑う。

 カイトの空いたグラスに新しいワインを注ぎながら、アデルナが「お父様、ヤメてくださいませ!!」と頬を膨らませて抗議する。


 「ああ、この親子のどちらかがこの世から欠けるのは寂しいな」とカイトは思った。

 同時に、特に深い考えもなく譲った天空の露草の価値を今になって知る。


「あの日、アデルナは侍女だけを連れて、余はもちろん、大臣や将官の許可も得ずに飛び出して行ってしまったのだ。門番をしていた従者を蹴り飛ばしてな。その報告を後日になって受けた時には、余は再び心臓が止まるのではないかと思ったほどだ!」


「仕方がなかったのです。お父様は何度も呼吸不全を起こされましたし。居ても立っても居られなかったのです。カイト様ならばお分かりになられますよね?」


 カイトは自分を追放した両親を久しぶりに思い出した。

 「ああ、多分しないな。いや、絶対にしないな」と思うにつけ、アデルナとザムエルの親子関係が少し羨ましかった。


 もちろん、それを馬鹿正直に話して興を冷ますことはカイトもしない。


「分かりますよ。あの時のアデルナさんの焦りようを見ていれば、どれだけの覚悟をしてこの地に参られたのか、とてもよく分かります」


 カイトの言葉に、エルフの一団が「おおおっ!」と沸く。

 傍で様子を見ているリザは先ほど騒ぎに加わるためにやって来たシエラと顔を見合わせ、「やっぱりカイトって人たらしなとこがあるよねー」と言った。


「実際のところ、カイト。貴公が天空の露草を譲ってくれなければ、アデルナたちは自分で山に入っていただろう。先ほど少し遠回りをして拝見したが、この地のモンスターはとてもアデルナたちの手には負えない。つまり、貴公は余と、余の命と同価値のアデルナ、この2人を救ってくれた事になる」


 カイトもこれ以上「いえいえ、そんな事は」と同じ問答を繰り返しはしない。

 代わりににっこりと笑って「良かったです」と短く答えた。


「よって、我がエルフ族は恩人であるカイト・フェルバッハのために何か礼をしたいのだ。何でも、望むものは差し出そう。さあ、言ってくれ!!」

「お礼ですか? んー。急に言われても、ちょっと思いつかないと言いますか……」


 現状、水問題は解決済みであり、食糧問題もハウスで作物が毎日実っている。

 彼は「少し相談しても良いですか」とザムエルに申し出てから、仲間を集めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「と言う訳で、どうしようか」


「はぁー。カイトって人を動かす才能はあるけど、欲がなさ過ぎて交渉には向いてないねー」

「リザ嬢ちゃんの言う通りでさぁ! 宝石の1つでも貰っちまえば良いのに!!」


 ヘルムートの言う事も一理ある。

 だが、アルゴートと言う土地において、現金や貴金属はそれほど価値のあるものではない。

 換金するためには近くの都市まで行かなくてはならないし、現金化したところで、使うためにはやはり長距離の移動が必要となる。


 そこまでの手間を割いて財産が今の時点で必要なのかと考えると、答えはおのずと出て来る。

 カイトはその意見を口に出して、他に案はないかと尋ねた。


「話は聞かせてもらったのだよ」

「ユリス様。なんか毎回同じパターンで登場しますね?」


「う、うるさいな。ボクだって、騒動の中に面白そうなことがあれば参加したくなるのだよ! でも騒がしいのは好みではないから、いつも参戦が遅れてしまうのだ。なんと悩ましい」

「あー! ユリス様って創造の天使だから、良い知恵も創れるんだ! ですよね、ユリス様!?」



「うぐっ。そんな目で見ないで欲しいのだがね。リザくん」

「ああ、創る事が出来ないものもあるんですね」



 ユリスは「ふんっ」とそっぽを向きながら、持論を展開する。

 実に器用な天使様である。


「エルフ族は人よりもずっと昔から生きてきた種族だからね。彼らから何かを貰えると言うのならば、ボクは迷わず知識をチョイスすれば良いと進言するよ。彼らはそもそも排他的な種族だから、こうして同盟を結ぼうと言う行動に出ること自体が非常に稀だ。この好機を棒に振ることはないと思うがね」


「なるほど。シエラはどう思う?」

「……私はカイトのやりたいようにすれば良いと思う。……だけど、美味しい料理が食べたい」


「カイト! 料理と言えば!! 倉庫に入れたままになってるアレは!?」

「あっ! シャイオット!! そうか、色々知っているエルフなら、きっと凄腕の料理人もいるかもしれない!」


「……カイト!? ……もしかして、ついに美味しいキノコが食べられる!?」

「かもしれない! 早速聞いてみるよ!」


 カイトは首脳会談の場に戻った。

 中座した事を丁寧にお詫びして、彼はアルゴートの要望を伝える。


「うむ。貴公らの期待には充分な成果をもって応える事を約束しよう。ただし、提供するとなれば最良のものでなくてはならぬ。今回、料理人も帯同しておるが、より優れた者が里に何人かおる。ついては、カイト。1度エルフの国へと足労願えぬか? 改めて、貴公らを歓迎したい」


 カイトたちとしても、エルフの知識を得られる機会は願ってもない僥倖。

 断る理由がない。


「分かりました。では、お邪魔させて頂きます」

「そうか! では、支度をするが良い! 我らに気遣いなく、充分な用意を。少しばかり距離があるゆえ」


 こうして、アルゴートからエルフの国へと使節団が派遣される事となった。




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