14. エルフのアデルナ
アルゴートへと戻って来たカイトたち探索チーム。
ユリスが「ほら、あれがうちの領主だ! 1番ひょろっとした男なのだよ!」とカイトを指さした。
「あれ? ユリス様? わざわざお出迎えですか? なんだかすみません!」
「あなた! あなたがこの地を統べる者ですか!?」
「おわぁっ!? 確かに俺がアルゴートの領主ですけど!? な、何事ですか!?」
7人のエルフに囲まれたカイト。
よく見ると全員が女性であり、事情は分からないが緊迫感だけは伝わって来る。
「カイト!? ちょちょ、ちょっとあなたたち、落ち着いて! そんなに押したらカイトが潰れちゃう!」
「……リザ。……私の出番?」
さすがのカイトもこの程度では潰れないし、シエラの出番でもない。
「分かりました! ちょっと失礼! すみません、岩に荷物だけ置かせてもらっても? ちょっと重たくて。それで、何のご用ですか? 代表の方はおられますか?」
興奮気味だったエルフたちも、見るからに頼りなさげなアルゴートの領主を見て冷静になったらしく、彼女たちのリーダーが名乗り出た。
「誰かと話す時のカイトの態度。あれって才能だよねー」とリザは感心した。
彼はまったく意図してないのだが、そこがまた恐ろしい。
「私はアデルナと申します。急に押しかけてしまい、まずは申し訳ありません」
「どうも、俺はカイト・フェルバッハと申します。なにかお急ぎのようですし、気にしないでください」
エルフの代表者はアデルナと名乗り、その態度からは気品を感じさせられた。
同時に、彼女の瞳が焦っている事は明らかであり、カイトはすぐに本題へと誘導する。
「私の父が長年患っていた病を悪くして、死に瀕しております。エルフの里に伝わる文献に、この地方にはどのような病も治してしまう薬草があると記されており、無礼を承知でやって来ました。領主様、どうか近隣の森や山に入る許可を頂けませんか!?」
カイトは「なるほど」と短く返事をした。
そののちに、ゴソゴソと背負っていた籠の中をあさり、目的のものを探す。
「あ、あの! 当然ですが、目当ての薬草以外のものには手を出しません! 決してこの地の領民にも迷惑をかけません! 領主様はエルフ族がお嫌いでしょうか!? でしたら、すぐに立ち去りますので、どうかご許可を!!」
思ったよりも籠の中がゴチャゴチャしていたせいで時間を取られてしまい、それがアデルナの不安を煽る事になった点をカイトは反省した。
反省していたところ、やっと目的のものが手に触れる。
「ああ、あった。あなたがお探しの薬草とは、もしかするとこれですか?」
「なっ!? み、みんな! 確認して!! 文献を!!」
慌てて集合するエルフの乙女たち。
本当に古い文献を取り出して、「恐らくこれでは」「多分間違いないのでは」と自信なさげに協議している。
「ええと、人の言葉の書物は読めますか?」
「は、はい! 私は読めます!!」
「それなら良かった。これが帝国出版の出している最新の植物図鑑です。この草、天空の露草と言うものみたいなんですけど、お探しのもので間違いないですか?」
「し、失礼します! ……はい! これです! この薬草です!!」
アデルナの表情がパッと明るくなった。
すぐに残りの6人が見た事もない貴金属や宝石を差し出して来る。
「ええと……。これは?」
「こちらではお代になりませんか!? でしたら、後日、里にあるものを何でも持ってまいります! ですから、どうかこの薬草をお譲りください!!」
「ああ、どうぞどうぞ。お持ちになってください」
「……良かった! では、ひとまずこの宝石を!」
「いえいえ。何もいりませんよ。俺もたまたま拾っただけですし。うちの領地には幸いなことに重病人はいませんから。長老の腰痛に効くかなと思っていたんですけど、まあケベルトさんには別の薬草を貼っておけばいいでしょう」
「失礼ですが、正気ですか!? 採取レベルSと図鑑にも書いてありますが!?」
「失礼だなぁ。正気ですよ。俺がたまたま拾うレベルですから、お気になさらず」
カイトが続けて「早く里に戻られた方が良い。お父上に万が一の事があれば大変です」とアデルナたちの背中を押した。
彼女は目に涙を浮かべて「ありがとうございます!!」と何度も頭を下げる。
続けて指笛を鳴らすと角の生えた馬のような生き物がやって来て、それに跨ってまさに風のように去って行った、
嵐が去った後、ユリスがやって来る。
「やれやれ。ひどい目にあったのだよ。ボクはあの手のタイプは苦手なのに、カイトくんたちは帰ってこないし。まったく、困ったものだ」
「すみませんでした。しかし、何でも拾ってみるものですね。彼女たちのお役に立てて良かった」
ユリスは更に深いため息をついて、カイトを見る。
「君の欲のなさも大概なのだよ。これは領民が苦労するだろうね。ただ、ボクを含め、領民に愛される領主の素養を持っている事も保証しよう。はっはっは」
カイトは「ありがとうございます」と頭を下げて、戦利品を村へと運び込む。
結局シャイオットを調理できる者はいなかったが、噂に聞く高級食材を見て領民は大いに沸いた。
薬草もヘルムートがすぐ傷薬に調合すると張り切っており、今回の探索は大成功だったとカイトは日誌に書き記すのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから2週間ほど経った、ある晴れた日。
前の晩も遅くまで書き仕事をしていたカイトは、昼前にも関わらず居眠りをしていた。
そこにヘルムートが駆け込んで来た。
「カイト様ぁ!! うぉい! 寝てる場合じゃねぇよ! カイト様ぁ!!」
「ふがっ!? あ、ああ、ヘルムートさん。ちょっと失礼。……《目覚まし》!」
「目は覚めましたかい!?」
「ええ。もうスッキリと。それで、何事ですか? 敵襲ですか? ついにアルゴートにも!」
「そうでさぁ! エルフの大群が侵略に来たんですよ!!」
「いや、すみません。冗談ですよ?」
「こっちゃ冗談じゃねぇんですよ!! いいから、鉄の胸当てして! 早く来てくだせぇ!!」
カイトはヘルムートに戦支度をされながら、「もう2度としょうもない冗談を言うのはヤメよう」と、嘘から出たまことに渋い顔をした。
見張り小屋のところまで行くと、本当にものすごい数のエルフが押し寄せていた。
それを村の若い衆とリザが中心になって、どうにか侵入を阻んでいる。
「ヘルムートさん。ダメだ。降伏しよう」
「なんであなた様はそう平和主義なんだ! 戦いの指揮を執ってくだせぇ!!」
「無理だよ! 相手の数を見て下さい! 500人くらい優にいるじゃないか!」
「そうでさぁ! ですから、せめて士気では負けねぇように! 領主の号令を!!」
カイトがヘルムートと問答をやっていると、エルフの集団に捕捉されたらしく、一団がなだれ込んで来た。
「カイト! そこにいたら危ないから、逃げて、逃げて!!」
「リザ……。もうちょっと早く言ってほしかったなぁ。もう無理だよ、囲まれちゃったもん」
異国の言葉でこのような状態を四面楚歌と言うらしい。
カイトは「そんな事を覚える暇があったら、剣の素振りをもう少ししておけば良かったなぁ」と、在りし日の実家暮らしを憂いた。
こうなると、次はどうされるのだろうか。
カイトは領主としてまだまだ新米なため、侵略されるのも初体験。
この後の展開が分からないのは不安だった。
だが、彼は豊富な知識を得るために座学に励んで来た男。
「多分、磔にされて火あぶりだな」と当たりを付けた。
せめて領民は見逃してもらえるかなと思案していると、ドレスを着たエルフの少女が集団から出てきて、カイトの前に跪いた。
何をされるのだろうか。油断させてからの不意打ちだろうか。
そんな彼の予想に反して、少女は顔を上げる。
「領主様! 私の顔をお忘れでしょうか!?」
「……ああ! アデルナさん!? この前、草のお裾分けした!!」
草ではなく、採取レベルSの薬草である。
「そうでございます! 今日は、お礼に参ったのです! 申し訳ございません、またしてもこのように押しかけてしまいまして。ですが、国の王を救って下さった英雄様に一目会いたいと誰もが申しておりまして!!」
カイトは意味の分からない部分を省いて理解を試みる。
どうやら、彼らに敵意はないらしい。
なるほど、これは磔にされずに済みそうだと言うところまでは分かった。
「ええと、国の王? ああ、もしかしてアデルナさんのお父上は俺みたいに領主なのかな?」
「はい! 私の父はエルフ族を統べる王でございます!! エルフ族を代表して、本日はお礼に参りました!!」
エルフ族は長寿の生き物だとカイトは知っている。
つまり、その総数もそれは大層な数いるだろう。
彼は、その王と自分を同列に語った無礼をどう詫びたら許してもらえるか、それだけを考えていた。




