13. 薬草と来訪者
アルゴートを出て1時間も歩けば、そこは森の中。
水源がある方向とは逆なので、領民もめったに近づくことはない。
「懐かしいなー! ここでわたし、パーティーから見捨てられたんだよね!」
「そんな明るく言う事じゃないと思うけど」
「……確かに懐かしい。……この辺りでリザをデザートにしようと思って拾った」
「良かったよ。ここでお召し上がりにならずにお持ち帰りしてくれて」
リザは件の冒険者パーティーに参加していた際に、2度ほどこの森を探索していた。
1度目は素材を集めてほどほどのところで撤収し、2度目は仲間に置き去りにされてアルゴートに来るきっかけとなった。
そのため、土地勘があるらしく、歩みに迷いがない。
シエラは更にその上を行く。
彼女は普段からこの森によく訪れている。
モンスターの狩場がこの森だからである。
勝手知ったる森の中。2人はどんどん先に進んでいく。
「……はぁ、ひぃ。ずいぶんと急こう配な道だね。歩くだけでも一苦労だ」
「あははー! カイトは体力ないよねー! さすが元貴族のお坊ちゃん!」
「……大丈夫。……私にとってはカイトもリザも同じ人間レベル。……誤差の範囲」
返す言葉もないが、無理をして反論すると貴重な呼吸の機会が失われてしまう。
そのため、カイトは別の事を考える。
この森も、厳密にはアルゴートの一部であり、カイトの領地と言って差し支えない。
つまり、本当にシャイオットが自生しているのならば、ゆくゆくはこの場所も開拓する必要がある。
しかし、モンスターが出る点が非常に悩ましい。
現状はシエラが狩って来るモンスターの肉もアルゴートの貴重な食糧だが、この森に出るモンスターを退治しなければ、腕に相当覚えのない者でもなければ気軽に訪れる事はできない。
今後の課題として、カイトはその旨を頭の中のメモ帳に書き留めた。
「わぁー! あった! あったよ、2人とも! ほら、あそこ! シャイオットだよ!!」
「えっ!? あんなに群生してるものなの!? 本当に!?」
リザの指さす先には、シャイオットと思われるキノコが20は生えていた。
カイトは持参した植物図鑑ですぐに確認する。
シャイオットだった。こんなに呆気なく発見できるとは。
本当に価値のあるキノコなのかと疑いたくなるものの、帝国出版の植物図鑑にもしっかりとシャイオットの価値は高いと書かれていた。
品質にもよるが、1つで帝国銀貨3枚はするらしい。
帝国銀貨は1枚で3日分の食料が買えるのだから、これは大変な価値である。
「すごいねー! こんなにシャイオットが生えてる場所なんて、わたし聞いたことないよ!」
「うーん。これは本当に幸運なのかもしれないな。もしかすると、アルゴートの土地が荒れ果てていたおかげで、人間が寄り付かないからこその生態系なのかもしれない」
とりあえず、カイトとリザはシャイオットを丁寧に収穫した。
小ぶりなものはそのままにしておいたにも関わらず、既に13個も籠に入っている。
今回の探索の収穫はこれだけでは終わらない。
彼らの幸運はさらに続く。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……カイト。……多分これ、貴重な薬草。……ヘルムートが村で使ってた。……1度勝手に食べたら涙を流して惜しんでいたから間違いない」
「ああ……。ヘルムートさんが愚痴ってたよ。シエラ様に傷薬の材料食べられたって」
それは冒険者御用達の薬草だった。
村でも使われており、切り傷から打ち身まで、怪我の治療に幅広く用いられている。
「しかし、すごいな。未開の地ってここまで資源が豊富なのか……」
「……人間は価値のある物を見つけると、とりあえず手に取る。……だから、人間がいない土地と言うだけで、この森には価値がある」
「なるほどなぁ。大天使様の言う事は違うね」
「……ドヤぁ。……本来ならば人の手を加えるべきではないこの森だけど、アルゴートはカイトの領地だから、私は黙認する構え。……超法規的措置」
ヘルムートへの土産に薬草を摘んでいると、リザが慌てて駆けて来た。
彼女の声がするのと同時に、獣の咆哮が聞こえたので、説明を受けるまでもない。
「カイト! モンスター出て来たから下がって! シエラちゃん、こっちの小型の狼はわたしが相手するから! そっちの恐竜みたいなのお願いできる!?」
「……問題ない。……むしろ、今晩のオカズになりそうなモンスターを連れて来たリザは偉い。……褒めてあげる」
戦闘になると途端に戦力外になるのが、悲しいかな領主様の宿命である。
フェルバッハ家で剣術の稽古にも励んでいたカイトだが、それはあくまでも貴族の嗜み程度のものであり、現役の冒険者と比較すると力量の差は一目瞭然。
シエラと比較するのはおこがましいのでこの場では言及を避ける。
「やっぱりこのモンスターが大問題だよなぁ。冒険者でも対応できないヤツまで出て来るんじゃ、とても領民のみんなを森に立ち入らせる訳にはいかないよ」
短剣と魔法のコンビネーションで狼を撃退するリザと、もうそれが何なのか理解を超えているシエラの魔法で焼き尽くされる恐竜を見て、カイトは「うーむ」と唸った。
ちなみに、彼もただ口を開けて戦況を見守っている訳ではなく、しっかりと薬草を採取している。
「おや? なんだろう、この草は。光ってるな。ええと、図鑑、図鑑……」
カイトの眼前には今摘んでいた薬草とは明らかに種類の違う、光を放つ草があった。
「特別なものは光る」と言うのは人間が勝手に持つイメージであるが、太古の昔から光を放つものに特別なものが多く含まれていたからそう言うイメージが植え付けられたとも言い換える事が出来る。
結論から言えば、それは特別な草だった。
「おっ。あった。……ええと。天空の露草? どのような難病にも効果が発揮される幻の薬草である……。採取レベルS。貨幣価値に換算できないほど貴重。ほへぇー」
凄まじいレアな薬草と出会っているのに、カイトに知識がないせいでまったくと言っていいほど感動がない。
「まあ、一応摘んでおこう。ケベルトさんが腰痛いって言ってたし。ひょっとしたら役に立つかも」
繰り返すが、帝国の首都でオークションにかければ、帝国金貨10枚はくだらない超レアな薬草である。
なお、帝国金貨は1枚で家が建つ。
「ふぃー! こっちはどうにか追い払えたよ! シエラちゃんは!?」
「……まったく問題ない。……無事に今晩のオカズをゲット。……こんがり焼いたら絶対に美味しいと思う」
戦闘を終えた2人が戻って来た。
目的のシャイオットの収穫もできたし、薬草も摘んだ。
彼らは価値に気付いていないが、Sランクの薬草まで手に入れている。
成果は充分と言っていいだろう。
「……ところで、リザ。……そのキノコ、食べてみてもいい? ……ダメとは言わせない。……私の食欲は止められない。……いただきます」
「ああーっ! ダメだよ、シエラちゃん!!」
「……うぅ。……まずい。……話が違う。……もうヤダ、もう帰る」
「だから言ったのにー。シャイオットって調理しないとすっごく渋いんだよー」
涙目になって高級キノコを吐き出すシエラ。
さらにリザが悲しい情報を付与してくる。
「思い出したんだけど、特殊調理素材なんだよね、シャイオットって。村に料理できる人っているかなぁ?」
「んー。どうだろう。何人か定食屋を始める人がいるって言うのは報告を受けているけど。そんな特殊調理ができる人はいないんじゃないかな?」
そもそも、これまで近くの森に自生している事すら知らなかった高級キノコである。
それを都合よく調理できる人材が辺境のアルゴートにいるだろうと考えるほど、カイトは無条件にポジティブにはなれない。
何はともあれ、得たものは多い。
3人は探索を切り上げて、アルゴートの村に戻る事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その村では、ユリスが困り果てていた。
急な来客があり、領主と大天使がいない状況のため、ヘルムートが「ユリス様! ちょっと助けてくだせぇ!!」と彼女に泣きついていたのだ。
「やれやれ。困ったな。ボクはあくまでもここに住んでいるだけで、意思決定権はないのだよ。すまないが、もうしばらく待ちたまえよ。そのうち、領主が戻って来るだろうから」
ユリスの前には、地面にひれ伏す数人のエルフの姿があった。
彼らは何やら懇願しており、涙を流してユリスの服の裾を引っ張る者までいた。
のっぴきならない事情があるのだろう。
「ちょっと肩が痛くなって来たよ。リザ、半分持ってくれない?」
「えー? 女の子に荷物を持たせるのー? ほーら! もう村が見えてるんだから、頑張って! 領主様っ!」
肉体労働をさせると頼りないが、いざと言う時はやってくれる男であってほしいカイト・フェルバッハ。
彼の帰りを待ち受けているものは一体何なのか。




