12. アルゴートの名産品
創造の天使ユリス。
彼女がアルゴートの荒れ果てた大地に降り立ってから、わずか1日。
長年、干ばつと乾期により水不足に悩まされ続けていたこの地が激変していた。
「うぉぉ! こんな冷てぇ水で顔を洗えるなんて!」
「毎日風呂に入る事ができるなんてねぇ。長生きするものだねぇ」
「よし! オレは今日から定食屋を始めるぜ! これなら何でも作れる!!」
ユリスが創造魔法で生み出した水源からは無限に水が湧き出しており、各家々に繋がる用水路も完璧に整備。
まるで彼女が元の住まいにしていた水の都の再現をしているかのようである。
「ええと、ユリス様?」
「ふむ。カイトくんかね。ボクの指示通り、農民の候補を集めて来たかい?」
カイトの後ろには、これまで水汲み部隊に編成されていた力自慢の男たちを中心に20人ほどの比較的若い男女が並んでいた。
「ご指示の通り、みんなには納得して来てもらいました。でも、アルゴートの土地に作物なんて無理じゃないでしょうか? 瘴気の沼をやっと浄化しきったばかりですよ?」
「君のその慎重な考えは領主としては正しい。だが、もっと世の中には面白い考え方をする者もいるのだよ」
「つまり、ユリス様が面白い事を? 水路を築いてくださったようなお力を貸してもらえると言う事でしょうか?」
「うむ。さすがは領主。察しが良い。これは高得点なのだよ」
どうも、これから開墾が始まるらしい。
自給自足はカイトもアルゴートの未来設計として考えていたので、望むべくもない。
彼は領主らしく、領民の士気を高める。
「みんな! ユリス様が畑を作るお力添えをしてくださるそうだから、頑張ろう! 何か月かすれば、アルゴートで実った作物を食べられる日が来るぞ!!」
「おおおっ! マジかよ、すげぇぜ領主様!」
「シエラ様に続いて、こんなとんでもない天使様を!!」
「オレぁここに流れて来てから30年になるが……。まさか開墾事業なんかにこの年で参加できるたぁ……。泣けてくるぜ……!」
盛り上がるカイトと領民たち。
その様子を満足そうに眺めていたユリスが魔法陣を上空に構築した。
「少し眩しいから、君たちは目を閉じておくと良い。……むむっ! そりゃ!」
ユリスの創造魔法は光の中で有形のものならば何でも創り出すことができる。
光の発生源は異空間になっているらしいとは、シエラが語っていた。
次第に光が弱くなっていき、カイトたちは目を開く。
何かの冗談かと思い、全員がもう1度目を閉じた。
「どうかしたのかね?」
「どうかしてますよ!! なんですか、このよく分からない施設と、青々と育ったこれまたよく分からない作物は!?」
「ふむ。久しぶりの人間らしいリアクションだ。ボクも君たちが驚く様子を見るのは好きなので、これは実に素晴らしい。では、説明しよう」
「できるだけ理解の出来るようにお願いします」
ユリスは「ふむ。善処しよう」と言って、突如現れた農園について解説を始めた。
「これはハウスと呼ばれる農機具で、この中には1日で育つ作物が植えてある。帝国にはないものだ。そちらの赤い果実の名をイチゴと。その隣にあるやはり赤い果実をトマトと言う。他にも色んなものがあるぞ。本来ならば年に1度しか収穫期はないのだが、このハウスの中でなら1年中、毎日実る。まあ、これはボクからのサービスだ。分かったかい?」
「意味がサッパリ分かりません! でも、ありがとうございます!!」
「はっはっは。君の過程よりも結果を重視する思考は嫌いじゃないのだよ」
カイトは悟った。
「創造魔法に意味を求める事が間違いなのだ」と。
「さて、少し農園の周りが地味だな。噴水を3つくらい創っておくとしよう」
「……うん。考えるだけ無駄だ!!」
このようにして、アルゴートは大変貌を遂げたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
カイトは家に村長のケベルトと領民代表のヘルムートを招いていた。
当然、一緒に住んでいるシエラとリザも同席している。
ユリスは自分の創った農園の様子を見に出かけているので不在である。
「さて、皆さん聞いて下さい。アルゴートがたった1日でえらいことになりました」
「いや、ホントにな! カイト様が来てから頭がついてこねぇよ!!」
「ワシはもう、明日天から迎えが来てもなーんも驚かんよ」
領主と領民の意見がこの上なく合致していた。
実に結構な事である。
「とりあえずですよ。水問題の解決どころか、作物まで収穫可能になってしまいました。しかも、2種類だけですが毎日新鮮な作物が採れます。シエラのおかげで瘴気も消え去りました。よって、アルゴートは自給自足可能な都市としての第一歩を踏み出しています」
「おおっ! すげぇぜ、カイト様!」
「デカすぎる一歩じゃのぉ」
カイトは続ける。
「もうアルゴートにおける問題は、近隣に強いモンスターが出るくらいしか残っていません。ですので、俺はこの都市に入植者を増やしたいと思っています。人が増えれば更に都市は豊かになりますし、働き手の増加は元から住んでいたみんなの負担を減らすことができます」
カイトは、元々の領民たちのほとんどが持病を抱えている事を憂慮していた。
アルゴートがどうにか滅びることなくカイトを受け入れてくれた。それは彼らの努力がなければ成し得なかった事実。
よって、カイトの領主としての次なる目標は、人口を増やす事であった。
「すごい! カイト、わたし応援するね!! カイトが作る都市を近くで見ていられるなら、なんだって頑張っちゃう!!」
「……私は正直、カイトがいれば割とどうでも良い。……だけど、カイトが望むのならば協力は惜しまない」
シエラとリザも彼の背中を押してくれる。
そこに、更に強力な援軍が加わる。
「ふむ。話は聞かせてもらったのだよ。カイトくんの領地運営にボクも協力しようじゃないか」
「ユリス様もですか!? ありがたいんですけど、こんなに色々として頂いて、俺たちはあなたに見返りをご用意できませんが……」
ユリスは「まったく、君はマジメだな」と笑う。
「なに、ボクも行く当てがないからね。ブラウゼンは滅びているし、他の土地に行くのも面倒だ。かと言って、せっかく目覚めたのにまたすぐに眠るのもね。なによりも、カイトくんに協力すればボクの思うようにアルゴートが改造できるのだろう? ふふふ、実に素晴らしいじゃないか!!」
カイトは数秒考えたのちに、頭を下げる。
それは創造の天使を歓迎する挨拶だった。
「最後のセリフは聞かなかった事にして。ユリス様がアルゴートにいて下さるのは実に心強いです! こちらからお願いします! どうか今後もお力を貸してください!!」
「うむ、うむ。では、ボクは自分の住む神殿を創りに行くよ。用があれば呼びたまえ」
「えっ!? カイト様ぁ! 神殿ができるんですかい!?」
「そうみたいだね。ヘルムートさん、管理は任せる」
ヘルムートがいつの間にかカイトの右腕のようになりつつある。
カイトもヘルムートもまだ無自覚だが、恐らくそのうち気付くだろう。
「人を集めるなら、やっぱり名産品だよ! アルゴートの名物を作ろうよ、カイト!」
「なるほど。それは名案だな。食べ物がいいかな? 水と作物が手に入ったし」
「カイト様……。なんかあっちの方にすげぇ勢いで神殿が建ってますけど? あれは名物になりゃしませんか?」
「うん。それは最終手段にしよう。都市の発展はなるべく自分たちの力で進めなくては」
しばらく黙り込む一同。
こんな時に、何でも良いから意見を出してくれる快活な娘ほど稀有な存在はない。
「あーっ! シャイオットは!? そう言えば、ブラウゼンに行く途中の道にいっぱい生えてた! あのキノコ、街ではすっごく高値で取引されるんだよ!!」
シャイオットとは、帝国領内で人気のキノコである。
湿地帯にしか自生せず、また養殖も難しい事から、帝国領内では平民から貴族まで広く愛されている。
ちなみに、食に疎いカイトはもちろん、アルゴートの領民も誰一人としてシャイオットの価値に気付いていなかった。
なんともったいない。
「……リザ。私はそのキノコに興味がある。……おいしい?」
「わたしも1度しか食べた事ないけど、その時はお肉と和えてパスタのソースになっててね! すっごく美味しかったよ!!」
「……カイト。……カイト、カイト! ……名産品はこれに決まった。……すぐに出発の準備をするように強く進言する。じゅるり」
「ああ……。そうなるんじゃないかなって思ってたよ……。また探索か……」
こうなったシエラを止める方法はまだカイトも知らない。
つまり、大天使様の言う事は絶対。
カイトとシエラとリザ。
3人は森へキノコ狩りに出掛ける事となった。
もちろん、モンスターが山ほど住んでいる森に、である。




