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11. ユリスの実力



 地震が収まり、ブラウゼンの大地は先ほどまでの天変地異が嘘だったかのように静かになる。

 その雰囲気は何となくカイトに嫌な予感を想起させる。


 パックリと割れた地面から両手が生えて来たのは、そんな予感を彼が抱いてからすぐだった。


「おわぁっ!? つ、ついにアンデッドが出た!! 2人とも、ゾンビだ! 戦おう!!」


 だが、その両手はゾンビのものにしては美し過ぎた。

 なにやら、シエラと初めて出会った時を思い出すカイト。

 だが念には念を。

 アンデッド呼ばわりした者がズズズと地面から這い出てくるまで彼は警戒を解かなかった。


 結論から言えば、彼女はゾンビではなかった。

 泥だらけでよく分からないが、背中には小さな白い翼が生えている。

 その翼を羽ばたかせて彼女はふわりと浮かび上がった。


「やれやれ。気持ちよく寝ていたと言うのに。ボクを起こしたのは君でいいのかね?」


 どうやら、彼女が創造の天使ユリスであると判断したカイトは、まず丁寧に頭を下げた。

 相手は天使。彼は人間。

 この世界の価値観に沿えばそれは当然の態度だった。

 リザもしっかりとお辞儀している。


「あなたを起こしたのは俺で間違いありません。まずはお休みのところを急に目覚めさせてしまった事に関して、お詫びします。申し訳ありません」


 ユリスは「ふむ」とカイトを見て1つ頷いた。


「まあ、構わないのだよ。ボクも長らく眠りについていたので、ちょうど良い機会だったと考えよう。それに、なかなか悪くない気分だ。これは君のスキルかい?」

「はい。《目覚まし》という名のスキルです」


「ほほう。《目覚まし》か。そのようなスキルがあるとは、ボクも知らなかったのだよ。……それにしても、なんだかボクの知っているブラウゼンの街とはずいぶん違うのだが。君、今は何年になるのかね?」


 ユリスは平等に発言権を与えるようで、今度はリザに尋ねた。


「は、はい! 今は帝国暦751年です!」

「なんと……。少し眠るつもりが、226年と184日も過ぎていたとは。それにしても、ボクが不在になっただけでこれほどの惨状になるのかね。人間たちの自活能力を少しばかり見誤っていたようなのだよ」


 改めて周囲を見ながらため息をついていたユリスの視界に、大天使の姿が映った。

 泥だらけで淡々と喋っていた彼女が、初めて声を荒げる。


「やや! そこにいるのはシエラではないのかね!? ああ、間違いない! ずいぶんと久しぶりではないか。封じられたと聞いていたのだが?」

「……久しぶり、ユリス。……詳しくはカイトが色々と説明してくれる」


 面倒事を全て押し付けられたカイトは、ユリスにシエラとの出会いや自分がアルゴートの領主になり困っている事。

 どうにかユリスに助力を頼めないかと考えてブラウゼンまでやって来た事を、丁寧に説明するのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぅむ。だいたいの話は分かったのだよ。それにしてもシエラ。君ほどの大天使が誰にどうして封じられたのか思い出せないとは、本当なのかね?」

「……真実。……カイトが私の命の恩人みたいなもの。……だから今は、カイトを主として考え、行動している」


 ユリスはシエラとかつて交流があった。

 彼女たちは親友と言っても良い間柄である。


「シエラが人間に使役されるとは。ボクが寝ている間に、ずいぶんと面白いことになっているではないか」

「あの、よろしいでしょうか?」


 カイトがおずおずとユリスに質問の許可を求める。


「うむ。どうした、カイトくん」

「いえ、素朴な疑問なのですが。ユリス様はどうして封印されていたのですか?」


「ボクは封印などされてはいないよ? 自分から眠りについたのだ。シエラがいなくなってしまって、話の合う相手を失い、ボクの知的好奇心は満たされなくなったからね」

「えっ!? じ、自分からですか!?」


 思ったよりもアクロバティックな理由で眠りにつく天使がいる事に、カイトは驚きを隠しきれなかった。


「ユリス様! これ、よろしかったら使って下さい! タオルを濡らしてありますので。せっかくの綺麗なお顔が泥まみれなのは女子として看過できません!」

「ふふふっ。リザくんだったね? 水を求めてこんな廃墟にやって来たのに、その貴重な水を出会ったばかりのボクのために使うのかい?」


「必要な時には出し惜しみはしない! 冒険者の鉄則です!!」


 ユリスは満足そうに「はっはっは」と笑い、リザからタオルを受け取った。

 それで顔を拭ったかと思えば、彼女は魔法陣を足元に構築する。

 まばゆい光がカッと放たれた次の瞬間には、美しい創造の天使がカイトたちの前にいた。


「リザくん、お心遣い大変ありがとう。おかげで創造魔法を使うモチベーションが久しぶりに湧いて来たよ。ご覧の通り、ボクの魔法は創造すること。衣服だって思いのままなのだよ」


 シエラがユリスの服の裾を引っ張る。

 どうやら、高いところから見下ろされているのが気に入らなかったようだ。


「……ユリス。暇なら、カイトに力を貸してあげて欲しい。……カイトは人間にしておくにはもったいない人間」


「はっはっは。言葉がおかしいけれど、何となく意味は伝わって来たよ。ふむ。分かったのだよ。ボクの行動指針はただ1つ。知的欲求を満たしてくれるか否かなのだ。シエラとは親友でもあることだし、カイトくんやリザくんにも興味がある。力を貸そうではないか」


 どうにか創造の天使ユリスをアルゴートに迎える運びとなり、安堵するカイト。

 すぐに帰路に就く彼らだったが、かつてブラウゼンの城門があった場所でユリスが振り返った。

 空中に魔法陣を構築し、放つ。


「どうして君たちが滅びたのかは知らないけれど、ボクを信仰してくれた者もいたからね。これは手向けの魔法だよ。……安らかに眠りたまえ」


 その日、ブラウゼンに数百年ぶりの雨が降った。

 それは、かつての水の都に捧げる、ユリスなりの鎮魂歌のようであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 カイト一行は3日かけてアルゴートに戻って来た。

 シエラとリザは相変わらず元気であり、ユリスに至っては飛んでいるので言わずもがな。


「これはこれは……。ブラウゼンも酷かったけど、アルゴートと言う場所もなかなかに酷い有り様だね。これでよく人間が生活できているものだ。実に興味深いのだよ」

「……私たちが思っているよりも、人間は意外と賢くて粘り強い。……ちなみに、これでもかなり改善されている。……私が毒の沼地を浄化した。……ドヤぁ」


 カイトはひとまずケベルトに帰参の報告へと向かった。

 ユリスは「少し領地を見学させてもらうのだよ」と言って、シエラと村の奥の方へ飛んで行ってしまった。


「おお、領主様。無事のお帰り、何よりじゃ」

「どうにか生きて帰って来られました……。やっぱり、事務仕事が専門の俺に旅は荷が重かったと何度も後悔しました。はははっ」


 そこにヘルムートが全力疾走で駆けて来た。


「おおおい! カイト様ぁ!! あんたマジでまた天使様を連れて来たんだな!? 村の周りがえらい事になってんぞ!! ちょっと来てくれ!!」

「ええ……。やっと座れたのに……。リザ、代わりに行って来てくれない?」


「なに言ってるの! 領主様なんだから、お仕事しないと!! ほーら、行くよ!」

「みんな、体が丈夫に出来過ぎてるんだよなぁ……」


 リザに引っ張られて、村の外周へと向かったカイト。



「……うわぁ。なにこれ。何をどうしたらこんなことになるの?」



 そこでは、綺麗な水が荒れ果てた大地から水柱を立てていた。

 職人が調整を失敗した噴水のようなものは、全部で6か所にも及ぶ。


「おお、来たかね、カイトくん」

「来ますよ、そりゃあ。ユリス様? 何をなされたのですか?」


「ボクを舐めてもらっては困るよ。我が名は創造の天使ユリス。無から有を創り出す唯一の天使だ。つまり、荒れていようが枯れていようが、ここにボクがいる。それだけで水くらいいくらでも噴き出すのだよ」


「……カイト。安心して良い。……ユリスは気分屋だけど、1度始めた仕事は完璧にこなす。……ほら、見て。……もう石造りの貯水池や、新しい井戸をポンポン生やしている。……あとは放っておけば良い。……ユリスが満足する頃には、アルゴートの水問題は解決している」


 大天使シエラ様の言うとおり。

 それから2時間もしないうちに、無限に清潔な水が湧き出る泉が創られ、村には水路が出来た。


 アルゴートの水問題はこうして解決したのである。

 カイトは「天使ってのはすごいなぁ」と呆気に取られていたが、その天使を目覚めさせる力を持つ自分の価値には未だ気付いていない。



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