1. 《目覚まし》を獲得
「おや、兄上。もう出かけられるので?」
「ああ、クレオ。俺はこの日のために人生を賭けていたからな。神託の時がきたんだ。すぐにでも行くさ」
この世界では、生涯に1度だけ、神からスキルを与えられる。
そのスキルが人生を左右すると言っても過言ではない。
スキルは3年に1度、15歳を過ぎた者が神殿で神託を受ける決まりになっており、17歳のカイトと16歳のクレオ、いずれも今年の神託にてスキルを付与される。
「いやー。兄上の勤勉さには頭が下がります。僕は何日か経って、人が減った頃合いに参りますよ。初日に行くなんてとんでもない」
「まったく、クレオはのんきだな。まあ、それも個性だ。俺は一足早くスキルを頂いてくることにするよ」
「ええ、ええ。どうぞ、お先に。初日にフェルバッハ家の長男が来るとなれば、神殿もさぞかし賑わうことでしょう」
「うーん。俺としては、あまり目立ちたくはないけど……それも仕方ないか。じゃあ、行ってくる」
クレオは少し冷めた目で、兄の背中を見送った。
ここは帝国領の南西部。
ヘルメブルク地方にあるフェルバッハ領。
この地は代々フェルバッハの一族が領主として治めている。
当代の領主、アルフォンス・フェルバッハは優れたと治世者して勇名を馳せていた。
少々強引なやり方に目をつぶれば、湧き水と広大な農地から採れる作物を主産業に領地は豊かな状態が30年余り保たれており、近年では交通の要衝としてさらに領地の価値を上げる事に成功している。
領民からの評判も概ね良く、フェルバッハ家の地位をアルフォンスの代で確固たるものにしたと評しても差し支えなかった。
彼には2人の息子がいた。
長男のカイト・フェルバッハ。
幼い頃から実直で座学、剣術、魔法学、その他諸々にすべからく熱心。
努力は実を結び優秀な次期領主として周囲からの評判も非常に高かった。
彼自身は、その評価に驕ることなく、更なる研鑽の日々を費やしている。
根は正直で嘘がつけない性格は領主として全肯定できる長所ではないが、それを補って余りある人望が彼にはあった。
次男のクレオ・フェルバッハ。
クレオは兄とは正反対の性格をしていた。
効率の悪い地道な努力を嫌い、才能のある分野で勝負をする彼の思考を悪いと断じる訳ではないが、勤勉な兄と比べられる事は必定であり、兄よりも評判は落ちる。
だが、才能に溢れている事に関してはカイト同様、領民の皆が認めるところであり、将来はカイトの右腕として共にフェルバッハ領を盛り立ててくれる事を望まれていた。
屋敷の前では立派な馬車がカイトの出立に際し控えており、彼が門に現れると御者が恭しく頭を下げた。
「どうぞ、カイト様。準備は整ってございます」
「気持ちは嬉しいけど、もう少し質素な馬車はなかったのか? これじゃ、いかにも自分の地位をひけらかしているようで……」
「何をおっしゃいますか。お言葉を返すようですが、ご自分の地位をご理解なさってください。あなた様は次期領主であらせられるのです。立ち居振る舞いも人の上に立つ者として、相応のものにして頂かなければ」
この手の話題になると、誰と会話をしても最終的に行きつくのは「次期領主として」と言うお説教である事は、カイトもこれまでの17年で嫌と言う程理解している。
「分かった、分かった。俺の負けだ。じゃあ神殿まで頼むよ」
「はっ! かしこまりました! 開門せよ!! カイト様のご出立であらせられる!!」
実に仰々しく、カイトは運命の待ち受ける神殿へと向かう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
フェルバッハ領は、前述の通りカイトの父であるアルフォンスの代で急激に成長した土地である。
そのため領民も領主であるアルフォンスは当然、その息子であるカイト、そして弟のクレオにも親愛の情を惜しげもなく捧げている。
「おお! カイト様が通られるぞ!」
「神殿に行かれるようだ! 神託をお受けになると見える!!」
「さぞかし高貴なスキルを授かるんだろうなぁ! よし、見守りに行こう!!」
カイトは馬車の車窓から「何と言うか、大事になってきたなぁ」といささか呆れていた。
だが、自分の父が領民の尊敬を集めている証明でもある彼らの無条件に叫ばれる称賛を、カイトは嫌いではなかった。
彼は、優れた領主であり、厳しく誇り高い父でもあるアルフォンスを尊敬していた。
将来は父のような領主になりたいと考え、幼い頃から努力を惜しまずに今日まで生きて来たのだ。
そのためにも、今日の神託は輝かしい未来への第一歩。
絶対に失敗は出来ない。
アルフォンスは《豊穣の風》と言う名のスキルをかつて神託で付与された。
豊かな土壌を視認できると言うスキルで、まさに領主に見合った能力だった。
カイトは近づく神殿を眺めながら考える。
理想的なスキルは、父と同じく領地を直接開拓する事のできるスキルだろう。
それならば更に領地を増やす事ができる。領民の生活もより豊かになるはずだ。
それが叶わずとも、剣士系や魔導士系のスキルは最悪でも受け取りたい。
領主たるもの、やはり民を導く上で何かに秀でていなければならない。
剣術でも、魔法でも、突出した力があれば、民も安心して自分について来てくれるだろう。
カイトは自分の手を広げて見つめる。
指には座学で作ったペンだこが、手の平には剣術の修練で出来た剣だこがあった。
それらがカイトに語り掛ける。
「これまでの努力は裏切らない。未来を切り開くための助走は完璧である」と。
◆◇◆◇◆◇◆◇
馬車が神殿に到着する。
カイトが下りると、駆け付けた領民たちが「わぁぁぁ!」と歓声を上げた。
既に入口には神官がカイトを待ち構えていた。
それを見て、慌てて彼は駆けて行く。
「神官様、困りますよ! 俺だけ特別扱いなんて!!」
「何を申される。領主の息子を特別扱いして何が悪いと言うのかね。さて、カイト・フェルバッハ。手を出しなされ。この水晶の上に」
どうやら、このまま屋外で神託を受けるらしい。
まるで祭事のようになっているが、立場を考えると致し方ないとカイトも諦めた。
「こうですか。うぐっ!?」
水晶がカイトの魔力を吸い上げる。
痛みに顔をしかめるカイト。
それは神に自分の一部を捧げる事によってスキルを授けてもらうための儀式であり、こればかりは領主の息子だろうと平等である。
「……カイト・フェルバッハ。卿にスキルが授けられた」
「そうですか! それで、何と言うスキルでしょうか?」
カイトは胸を高鳴らせ、領民もその時を固唾をのんで見守っている。
神官だけが何やら不味いコーヒーを飲んだ時のように苦い表情だった。
理由はすぐに分かる。
「……カイト・フェルバッハのスキルは《目覚まし》!!」
「え……? ——め、《目覚まし》?」
こうして、カイトは未来への第一歩を盛大に踏み外したのだった。