甘い汁
智也がレナコーポレーションに勤めるようになって2ヶ月が過ぎた頃、吉岡麗奈に誘われた彼は、助手席に彼女を乗せ、給油のため高木GS出向いた。
麗奈の用事があるとの一言で、ここに来たのだが
「てめー、いい根性しているじゃねーか!」慌てて出てきた店長が智也を睨み付けた。
「す、すいません」彼は俯いて謝るだけだったが
「ちょっと、何なのよっ、それが客に対する態度なの!」腹を立てた麗奈が隣から声を荒げた。
「客? フンッ、お前みたいな客はいらねーよ、お前にゃー、ガソリンは売らねーよ」
店長は、一瞬麗奈を見たが、智也に言葉を吐き捨てた。
「わかったわ、吉岡不動産も、ここを使っているわよね。ちゃんと報告しておくからっ」
「吉岡? フンッ、勝手にすればいいよ、早く出ていけっ、車、動かせよっ!」
こんなやり取りの後、レナコーポレーションの事務所に戻った麗奈が、吉岡不動産の総務課に電話を入れると、20分後、桐谷の紹介で入社した藤原隆一が説明にやって来た。
開口一番
「どんなに考えてもおかしいんです。毎月の支払いは約3000リットル、どう考えても2000だと思うんですけど…… 」彼が不思議そうに説明すると
「請求書はないの?」麗奈が尋ねる。
「すべて、課長がやっていて、資料も課長が保管しているんです。だから僕が調べられるのは支払い明細だけなんです。ここにあるように、先月の支払いは、ガソリン2987リットル、単価は130円、定期整備費、これは毎月10万円で固定なんですけど……」彼はこれまでの疑念をすべて吐き出した。
「定期整備って、何かしてたの?」しばらく考えた麗奈が智也に尋ねると
「ええっー、何もしていないと思うし、吉岡不動産は、多分2000リットル未満だったと思うよ」彼が答えた。
「彼は?」驚いた藤原隆一が尋ねた。
「この前まで、あのスタンドで働いてたの。 今は私の婚約者……」麗奈があっさり答えると
「ええっ、」智也は驚いたが
「そうですよね、2000はいっていないですよね」意を強くした藤原隆一が智也に同意を求めた後、目を輝かせ
「それにね、整備費を払っているのに、車が故障すると国友オートっていうところに依頼するんですよ」何かありますよと言わんばかりだった。
「はあー、何なのそれ…… 見積もりは取っているの?」
「いや、実状を聞いた課長が、20万円で何とかしてくれ、とか、今回は30万円で頼むよって、勝手に金額を決めてしまって、あとから、請求書と一緒に見積書と相見積もりが出てくるんですよ……」
「フーン、なるほどね」麗奈はなんとなくはその仕組みがわかるような気がしていた。
「だけど、相見積もりはいつも、駒田自動車っていうところで、聞いたこともないんですよ」
「だけど、監査だって、税理士だっているでしょ」麗奈が尋ねると
「それが、全然だめです。いつも来たらすぐに印鑑だけついて、封筒をもらって帰っていくんですよ。多分、あれは謝礼ですね」藤原がお見通しですよと言わんばかりに言葉にすると
「あんた、なんで今まで言わないのよ」麗奈が彼に厳しい目を向けた。
「いやー、証拠もないし、課長は時々飯を食わせてくれるし……」彼は軽く流そうとしたが
「あんた、殴るわよ、本当にもう……」麗奈の怒りに
「す、すいません」つい俯いてしまった。
この一連の話を聞いていた智也は、かつて亡き母の友人だった山城の娘、亜紀が国友で買った中古を修理したことを思い出していた。
ただちに桐谷奈々が調査を行い、その結果、吉岡不動産総務課長の大野は、ガソリンスタンド社長高木巧の妹の夫で、店長をしているその息子の高木一雄にとっては義理の叔父にあたることが判明し、水増し請求と、車両整備という架空契約によって高木は得た利益の一部を受け取っているのだろうことが容易に推測できた。
「悪いやつって、本当にいるのね」麗奈が呆れたように言うと
「そりゃそうよ、こんなものよ」桐谷が苦笑いする。
「だけど、1000リットルで、月に13万円、整備費で10万円、合計で23万円でしょ、せこいことしてるよね」
「でもね、年間で270万円、状況からすると10年以上はやっているから2700万円以上よ」桐谷奈々が呆れたように言うと
「それに、国友オートへの支払いだって、毎年150万円くらいはありますから」藤原隆一が補足する。
「奈々さん、どうしまします?」麗奈が彼女に尋ねると
「そうね、ガソリンの方は、すぐ動いても問題ないと思うけど、国友オートへの整備は、書類上はおそらく問題ないようにしているはずだし、整備も完了していることになっているはずだから、証拠がないと思うのよね」
「じゃ、何かが起きた時に?」麗奈が目を輝かせると
「そうね、それが確実ね」桐谷が答えた。
「じゃあ、藤原君、国友オートへ発注する故障が起きたら、国友オートが車を持って帰る前に教えて……!」
「そ、それでどうするんですか?」
「そこで、この智也が状況を調べてみるわよ」麗奈が隣にいた智也の肩をポンと叩いた。
「ええっー、できるかな……?」
「大丈夫よ、わからなければしかたないじゃん」
そして翌週の金曜日の朝、一台の営業車両のエンジンがかからなくなり、連絡を受けた藤原隆一が総務課長の大野に連絡すると、午後には国友オートの社長が様子を見にやって来た。
大野と藤原が立ち会う中、車の底を調べた国友は、困ったような顔をして大野を見つめた。
「大変そうか?」大野が尋ねると
「はい」国友が顔をしかめる。
「何とか30万円でやってくれないか、もう予算がなくて困ってんだ」大野が困惑した表情でお願いすると
「30万ですか……」
「無理か?」
「ちょっと……」
「じゃあ、40か?」
「はい、40いただければ、どうにかやってみます」
「わかった」
藤原は、このやり取りを録音し、直ちに麗奈に連絡を取った。
「車は月曜日の朝一番で取りに来ることにしてもらったから」藤原が言うと
「へえー、藤原、やるじゃん」麗奈が微笑む。
「そりゃ時間がいるって思ったから、営業が無くしたものを捜したいからって、言って…… 」
そして、その夜、4人が吉岡不動産の車庫に出向いて、智也がバッテリーが原因でないことを調べると、ボンネットを開けて5分程ごそごそした後、
「エンジンかけてみてください」と藤原に言うと
「わかりました」彼がセルを回した瞬間
ジュルルーン、
あっという間に、エンジンが始動し、皆が驚いた。
「何したの?」麗奈が驚くと
「コードが切断されていたみたいですね」智也が微笑んだ。
「元の切断された状態に戻して、国友に車を持って帰らせて、そこに乗り込むわよ」
桐谷が語気を強めた。






