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憎しみのかなたに  作者: 此道一歩
第2章 陽のあたる場所
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裏切られた一家

 そして2週間後、調査を終えた桐谷が報告を始めた。

「智也が2歳の時、父の一樹は幼馴染の植山卓也が工務店に機材を購入するための借入金3千万円の保証人になったの。この借り入れについては、土地建物に抵当権を設定することも検討されたらしいけど、植山卓也の工務店は業績が好調で、売上高の6割近くを上場企業の畠山コーポレーションが占めていたこと、さらにこの設備投資が畠山コーポレーションからの依頼によるもので、当社の債務保証が得られるということもあって、信用金庫側は別にあと一人の保証人を追加することで連帯保証として、費用もかかるため土地建物に抵当権を設定することはしなかったらしい……

 しかし、1年後、その畠山コーポレーションが不渡りを出してしまい、事前に報告を受けた植山卓也は、当社からの支払い、2千万円が実行されないことを知って、隣地でマンションの建設計画を進めていた吉岡不動産の担当者に相談したらしいの……」

「えっ、誰が担当だったの?」

「今は営業部長になっている小西……」

「彼はなんて?」

「資材購入費など工務店の今後の支払い1600万円と、借入金の残高が2600万円、銀行の預貯金は600万円、どう考えても、この差し引き3600万円は、土地建物を3000万円で売却したとしても600万円の負債が残る。まして会社も無くなり、支払いができるのかどうか、あるいは土地建物に銀行の抵当権を設定して営業を続けるにしても、売上高の6割近くを占めていた畠山コーポレーションがあてにできない中で経営が維持できるのかどうか、話を聞いた小西が不安をあおったらしい」

「あいつなら、やりそう……」

「それまで何度も買収交渉に入ろうとしたけど、相手にしてもらえなかった小西はチャンスって思ったらしい」

「それで?」

「小西は、早く売却しないと、土地建物を差し押さえられてしまう。 企業の負債を一人で背負う必要はない、取引相手にも傷を背負ってもらえばいい。こうしたケースでは、土地建物の売却金を現金で受け取り、どこかへ身を隠すのが普通なんだって…… 売却代金3千万円をもって、どこかへ消えるか、工場を失っても馬鹿正直に600万円の借金を背負って生きていくのかどうか、そこはよく考えた方がいいって……」

「それで逃げたの?」

「それでも悩んでいたから、『時間がないですよ、銀行の差し押さえが先に動いてしまえば、どうにもならない。でも、明日の朝一番で所有権移転の申請をすれば、おそらく大丈夫。 銀行だって情報は得ているはずだから、すでに差し押さえの準備をすすめているはずだ。近いうちに抵当権を設定するか、どうか、しない場合は差押えると言って脅してくると思いますよ』って、追い打ちをかけたら、彼はその日の夜、手続きを済ませ、現金3千万円を持ったまま本当に姿を消したらしい…… 」話した桐谷も重苦しい尾雰囲気だったが

「……」麗奈にも言葉はなかった。


「営業部長の小西が、あそこを購入できたのは自分の手腕だって、自慢そうに話してたのが腹立たしくて……」桐谷が悔しそうに言うと

「あの野郎のせいなのか…… 」麗奈が唇をかみしめた。

「それで信用金庫の担当者は、今は本店営業部で課長をしている大月っていう人なんだけど、智也の父親や植山卓也の先輩で、彼は、畠山コーポレーションの情報を知っていたらしいけど、中野一樹が連帯保証人になっている以上、植山卓也はすぐに土地建物に抵当権を設定してくれるだろうと思っていたらしい。それに、もし同意しなかったとしても、智也の父親、中野一樹の土地と店は2千万円の価値があるし、彼の預貯金が1千万円あったので慌てる必要はないと思っていたらしい」

「なんか、それも変な話ね」

「まっ、でも地元の信用金庫なんだから、債権の回収が可能であれば、できるだけ地元企業を苦しめたくないっていうのはあるでしょうね」

「そうか…… 」

「ただ、もう一つ不幸なことがあるのよ。 信用金庫は、一樹の資産が2600万円以上あるため、植山卓也の預金600万円の凍結はしたけど差し押さえることはしないで、地元企業の救済のため、植山卓也が支払うべき1600万円に充当してしまったのよ。このため、智也の父親、一樹は、2600万円の借金を丸まる背負うことになって…… 」

「不幸が重なったか…… でも手続きしていれば手はあったかもしれないね」

「そうね…… それでね、智也の出産以後体調を崩し入退院を繰り返していた母親の洋子が追い打ちをかけるように亡くなってしまったらしい……」

「何てことなの……」

「でもね、不幸はまだ続くのよ」

「ええっ……」

「智也の父、一樹は、1000万円あった預貯金から600万円だけを支払い、残りの2000万円は長期返済で信用金庫と話が付いたの…… その時点で一樹の預金は400万円残っていた。

それでも一樹は卓也を信じて、何とか売り上げから支払いを続け、売り上げで賄えない月は、預金の一部を活用し、何とかやりくりしていこうと考えていたらしい。

だけど洋子が亡くなった1ヶ月後、子供を身ごもった藤井環奈という女性が店にやって来て、そこで産気づいてしまって、救急で病院に搬送され、出産、その後、藤井環奈と生まれた娘、明菜は1年ほどそこでお世話になって生活していたんだけど、1997年2月、キャッシュカードをもっていなくなってしまったの……」

「それでお金をおろされたの?」

「うん…… 一樹は当分の間キャッシュカードが無くなっていることに気づかなくて、現金は全て引き出されてしまった。その後、銀行への支払いが滞る月もあって、一樹は深夜、建設現場で働くようになったんだけど、その年の8月、無理がたたった彼は仕事中に倒れ、そのまま亡くなってしまったらしい」

「なんて気の毒なの…… 悪いことなんてしていないのに……」麗奈の無念がにじみ出る。

「その日以後、祖母と智也の2人でその日暮らしをするようになったらしいけど、逃げた植山卓也は翌年の12月、山梨県星野市で亡くなっている」

「お金はどうしたのかしら……」

「競馬の好きな男だったらしいから…… 一か八か勝負したのかもしれないね」

「ふー」麗奈がやるせない思いの中で大きなため息をついた。

「その後、(あかつき)定時制高校の4年、卒業まじかに祖母が他界、卒業後高山自動車に勤めたんだけど腰を痛め、半年で退社、そして今に至っているみたい…… ただ、高木GSでは、相当な理不尽に見舞われているね」桐谷の腹立たしさが伝わってくる。

「……」

「ごめんなさいね、まだ十分に整理ができていないのよ。わかりにくければ箇条書きにして整理するわよ」桐谷が申し訳なさそうに謝ったが、

「とんでもないです。十分によく分かりましたよ。でも……」

「自慢そうに話してた小西の顔を思い出しただけでむかつくわ」

「本当にね……」麗奈は俯いてしまった。

「でも信用金庫の大月は、一樹の先輩だったこともあって、植山卓也の預金600万円は差押えして、拓也の銀行への返済に回したかったみたい。そうすれば智也のお父さんの返済も2600万円じゃなくて2000万円に減額できたのにって…… だけど支店長の采配で仕方なかったらしいよ」


 話を聞いた麗奈は、再び俯いてしまった。


( あいつは、そんな中で生きてきたの…… )


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