第59話
「やぁ。聖女様。思った以上に早かったね」
モスアゲート領の外側に設置された陣営にたどり着いた私を迎えてくれたのは、領地外に漏れ出た魔獣たちを討伐する役目を持った第二攻撃部隊の隊長アンバーだった。
市内地では攻撃魔法はなかなか使い勝手が悪いというのが主な理由だ。
その点、一歩外に出てしまえば、気兼ねなく攻撃魔法を放てるし、魔獣との距離がある程度あってもすぐに対応できる。
まさに適材適所というものだろう。
「アンバー隊長。こうして使い魔を介さずに会うのは久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「ああ。聖女様の方は色々大変だったね。呪いの方は結局まだ解けてないんだろう?」
今のところ【鈍重】の呪いを解けるのは私しかいない。
そして、自分自身の回復魔法だけでは、自分に治療の効果をもたらすことはできないのだ。
【聖女の涙】に私が複数回、魔法の力を込めるか、もしくはデイジーたちに解呪の魔法を覚えてもらう他ないだろう。
強化魔法の件もあるから、できれば解呪の魔法の方を早く身につけてもらいたいところだが。
「ええ。でも、手紙にも書いた通り、今は強化魔法のおかげで、以前と変わらぬ動きなら問題なくできます」
「強化魔法? そうか。そういう名前を付けたんだね。こっちも何かかっこいい名前を考えないとな? ねぇ。アイオラ」
アンバーは後に控えている青年に笑顔を向ける。
それを見たアイオラは、いたって真面目な顔で返事をした。
「私たちに今必要なのは名称を決めることではなく、修練をつみ、様々な組み合わせでどのような効果がもたらされるか確認することだと思います」
「はいはい。アイオラはほんと真面目なんだから。君の嫁になる人は苦労するね」
アンバーが茶化す。
言われた途端、アイオラは顔を真っ赤にしてしまった。
「な、何を突然言い出すんですか! 私は妻になってくれた方に苦労など絶対させません‼︎ 絶対にです‼︎」
「なんだい。珍しく今日は反応がいいね。いつもそのくらい好反応なら、こっちもいじりがいがあって楽しいんだけど」
アイオラは私の方を何故かチラチラと窺う様に見ている。
私がアンバーに混ざって冷やかしの声をかけるとでも思われたのだろうか。
おそらく第一攻撃部隊のダリアの影響だろうと私は考えた。
ダリアもちょっと意地の悪いからかいが好きだと、この前のやり取りで知ったからだ。
今はモスアゲート領の制圧の作戦に出ているようだが、ダリアはアンバーと仲がいいこともあって、一緒にいることも多いと聞く。
きっと真面目そうなアイオラは、二人にとって、いい標的なのだろう。
そんなことを思っていると、クロムが口を出してきた。
何故だか分からないが、どこか不機嫌そうに見える。
「アンバー隊長。今は世間話をしている時ではないと思います。後に大勢控えていますから。どちらに仮設の住居などはどちらに設置すれば?」
「ん? ああ。ごめん、ごめん。そうだったね。正直、君たちが来てくれて助かるよ。ここにはまだどの衛生兵部隊も派遣されていなかったからね」
第五衛生兵部隊の陣営は魔獣に襲われ壊滅し、他の衛生兵部隊もカルザー不在のせいで身動きが取れていないらしい。
そのため、わざわざ負傷した兵士や市民たちをここから離れたそれぞれの陣営に運んでいたのだとか。
その搬送に人手が取られてしまっているのも、モスアゲート領の制圧に時間がかかっている原因の一つのようだ。
ひとまず衛生兵たちはまだ搬送されていない負傷兵たちの治療に向かわせて、残りの人々で設置作業をするよう指示を出す。
その様子を眺めていたアンバーが私に質問を投げかけてきた。
「それにしても随分な大所帯で来たね。今設置に関わっている人たちの多くは、兵士には見えない。どうしたんだい?」
「あの方たちは元々モスアゲートの領民です。怪我をして私の部隊に運ばれたのですが、こちらに陣営を移動すると知って、多くの方が自発的に手伝ってくれると申し出てくれて」
「へぇ! それは凄いねぇ。きっと聖女様たちの献身の心に感化されたのさ。僕みたいにね」
「ありがたいですね。彼らの身の安全と安心のためにも、できるだけ早く、領地を取り戻さないと」
魔獣を討伐したとしても、おそらく復興にはそれなりの時間が必要だろう。
それでも、今まで住み慣れた場所に再び戻れるというのと、見知らぬ地に行って一からというのでは雲泥の差がある。
物資が潤沢にあるわけでもないのだから、とにかく元の生活に戻れるのが一番だ。
「そういえば、話は変わるけど、うちのアイオラとクロムってあんなに仲良かったんだね。クロムがアイオラの首根っこ捕まえてどっか行っちゃったけど」
「第一攻撃部隊にいた時のクロムのことは手紙でのやり取りでしか知りませんが、話題には上がってなかった気がしますね」
何気なく答えた私に、アンバーは驚いた顔を見せた。
「え? 君たちってそういう関係⁉︎」
「? そういう関係とは?」
「あちゃー。なるほどねぇ。こりゃ手強そうだ……」
そう言うアンバーに、私はなんと返事をすればいいのか、分からずにいた。




