第57話
「あ……」
私は思わず声を漏らす。
クロムはただただこちらを見つめるだけだ。
次に私は先ほどよりも速く上下に振ってみる。
右腕に続いて左腕、両脚と動かす箇所を増やしていった。
「聖女様、もしかして?」
私の動きをしばらく見つめていたクロムが期待を込めた口調で訊ねてきた。
私は誤解を招かぬよう、言葉を選びながら返事をする。
「見ての通り、以前と同じくらいの軽さで動けるようになったわ。でも、早とちりしないでちょうだい。ほら、これを見て」
「わ⁉︎ 聖女様! 一体何をする気ですか⁉︎」
呪いの紋様が消えていないことを伝えるため、首筋より下が見えるように軍服のボタンを一つ外して襟を開いた。
それを見たクロムは何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にしながら、両腕で自分の顔を隠している。
その動きさえも目に止まらぬ速さだった。
思い切り腕を動かしたのか、私は顔に風圧を感じた。
私は呆れ顔をしながら、クロムに向かって言葉を続ける。
「何馬鹿なことしているの。紋様を見せるだけよ。呪いの紋様」
「え? ……ああ、本当だ。まだありますね。どう言うことです? というか、そこの位置、自分で見えるんですか?」
「呪いの紋様の位置は前に見ていたからね。それと、私も初めての経験だから、この感覚が全ての呪いに言えるのか分からないけれど、感じるのよ。呪いの波動をね。身体が自由に動くようになっても、その感覚が消えてなかった」
「なるほどぉ。難しいことは俺にはよく分かりませんが、とにかく呪いが解けたわけじゃないんですね。残念です」
言葉通り残念そうな顔をするクロムに、私は首を横に振って、意思表示をする。
呪いは確かにまだ解けていないけれど、少なくとも今の状態であれば、問題なく動けるのだから。
「少なくとも、この魔法を自身にかけている間は、呪いの影響を受けなくて済むわ。それだけでも、ずいぶんな進歩だと思わない?」
「確かに。そうですね! えーと……つまり、呪いと魔法が打ち消しあってるってことなんですかね?」
「そうでしょうね。ひとまず、これでモスアゲート領の奪還に、私も赴けそうだわ。兵士たちにかけてあげれば、かなりの戦力の増加になるでしょう?」
「そう思います! それじゃあ、早速向かいますか?」
嬉しそうにするクロムに、まずはデイジーを呼んでもらうことにした。
部隊の隊長を務める私が、勝手に部隊を置いて出るわけにはいかないのだから。
デイジーを待っている間に、素早く要点だけを書いた手紙を使い魔の白い鳥、ピートの脚に括り付け、アンバーへと届けてもらう。
男性が回復魔法を使ったということを今までに聞いたことはないが、私やロベリアが攻撃魔法を扱えたのと同様、不可能ということはないのだろう。
アンバーとは、いずれ落ち着いてから顔を合わせて色々と意見交換をしてみたいところだけれど、今はその時ではない。
ピートが窓から空へと飛び立った時を同じくして、呼び出しに応じたデイジーがクロムと一緒に入室してきた。
「聖女様! また戦地に赴くつもりって正気ですか⁉︎」
「落ち着いて。デイジー。もちろん危険があるのは理解しているわ。でも、報告では、街の中の戦闘のしづらさのせいでなかなか成果が出ていないらしいの。この間にも、兵士たちや、罪もない市民たちが傷付いているのよ。できることを私はしたいわ」
デイジーは真面目な表情で私をまっすぐに見つめながら、さらに問いかけてくる。
「呪いの件はここにくる間にクロムから聞きました。でも、どのくらいその魔法がもつかもまだ分からないんですよね? その魔法は簡単に扱えないとも」
「ええ。その通りよ。残念だけれど、デイジー、あなたでもすぐに習得するのは困難でしょうね。私も、とっさに使えない」
「今、手元には【聖女の涙】はありません。今度大怪我をしたら、命に関わるかもしれませんよ?」
「ええ。それも理解しているわ。でも、私は私の命が惜しくて何もしないより、できることをしたいのよ」
一瞬の沈黙。
私もデイジーの向ける目線に真摯に自分の目線を合わせる。
「ふぅ……」
突然デイジーが口から勢いよく息を吐き出した。
全身の緊張が解けたように見える。
「聖女様なら、そういうと思ってました。ここで私が何を言っても無駄だってことも。でも、聖女様。これだけは忘れないでください。聖女様は第二衛生兵部隊の隊長なんですから。隊長が向かう先、それが私たち部隊が向かう先ですよ?」
「どういうこと?」
「私たちも同行しますってことです! 戦場がここより近いなら、負傷兵の治療も早くできますし。何より、隊長だけに頑張らせて、私たちが後衛で待ってるなんてできっこありませんから!」
「いいの? 危険なのは、さっきデイジーが言った通りよ?」
「もう忘れたんですか? ついこの間まで、この陣営が最も戦場に近くて、危険な場所だったんですよ? 何より! もう、聖女様を一人きりには絶対にさせませんからね‼︎」
「うふふ……そうだったわね。そうと決まれば、もっときちんとした準備が必要だわ。デイジー、クロム。手伝ってくれる?」
私は二人に微笑みを込めてそう聞く。
「もちろんです!」
「喜んで!」
二人も笑顔で答えてくれた。




