第46話-クロム視点
「やめろー‼︎」
俺は喉からのぼってくる血も気にせず、できる限りの声で叫んでいた。
しかしそんな叫びが、なんの意味もないことを、俺はよく知っている。
これまでに、何度となく人の死を目の当たりにしてきた。
その中には戦友と呼べる者もいた。
だけど!
この人は、この人だけは‼︎
絶対に死なせたくない人だ。
俺は俺自身の無力を呪った。
何があなたを守りますだ。
一番肝心な時に、こうして動かない身体で地面に這いつくばり、最愛の人の死を止めることもできずにいる。
俺は、怒りと絶望で気が狂いそうだった。
そんな俺を面白がるように、通称名【暴れ牛】と呼ばれる魔族は、俺によく見えるようにゆっくりと、聖女様の元へと歩を進めていく。
もうすぐ、奴が持っている得物が、聖女様の身体に届く距離に達するという時。
俺の身体が、突然温かい光に包まれた。
それは、前に受けた回復魔法のどれとも違う感覚だった。
治癒の魔法も解毒の魔法も、解呪の魔法さえも受けたことがある。
しかし、そのどれもが白い光だった。
ところが、今俺の身体を包んでいる光は、見たことのないほど光り輝き、そして紫色をしていた。
その光に包まれた瞬間、痛みは一瞬で消え、傷口はなくなり、あんなに重く感じた自分の身体が羽のように軽く感じた。
「聖女様!」
俺は一瞬の驚きから我に帰ると、ありったけの力を込めて、聖女様を救おうと駆け出していた。
今から間に入って、暴れ牛の攻撃を受け止めるのは無理だと思った。
ならば、せめて聖女様の身体を抱えて逃げる。
可能性が限りなくゼロに近くても、聖女様が作ってくれた未来にかけたかった。
身体を素早く起こし、一歩目を強く踏む。
その瞬間、思いがけぬことが俺の身に起こった。
まるで何かに吹き飛ばされたかのような速度で飛び出した俺は、地面に足跡を刻みながら聖女様の方へと進んでいく。
その間、暴れ牛の振り下ろす曲刀の動きは、まるでそこだけ時間が遅くなったかのように緩慢に見えた。
「聖女様‼︎」
俺は曲刀が聖女様に到達するよりも前に、地面に横たわっている身体を抱え上げ、駆け抜けた。
しばらくしてから、何も無くなった地面に向かって、暴れ牛の曲刀が振り下ろされる。
「なんだァ? 何が起こったァ⁉︎」
困惑する暴れ牛だけじゃなく、俺自身も自分の身に何が起きているのか、正確に理解はしていなかった。
しかし、間違いなく分かることが一つだけある。
「聖女様。もうしばらくお待ちください。貴女がくれたこの能力で、暴れ牛をきちんと討ち取ります!」
「なんだァ。テメェ、何度回復したって無駄だって分からなねェのか? ソラァ!」
再び暴れ牛の目が赤く染まる。
おそらく魔呪を唱えたのだろう。
しかし、前にダリア部隊長に聞いたことがある。
魔呪は、相手の視界に入らなければ、決して受けることはないと。
俺は聖女様を抱えたまま、暴れ牛の視界の外まで移動する。
その動きは、暴れ牛には追えなかったようだ。
俺がすでにいなくなった場所を、暴れ牛は未だに睨んでいた。
「な、なんだァ⁉︎ テメェ! 何をしやがったァ‼︎」
「クズなお前に教えてやるものなど、何もない! これ以上お前を見ていると虫唾が走る。さっさとこの戦場から、退場しろ‼︎」
俺は聖女様を優しく地面に下ろすと、落としていた剣を拾い上げ、暴れ牛へと駆けていく。
明らかに俺の動きに対応できていない暴れ牛は、俺の一撃で大きな傷を負い、後にたたらを踏んだ。
「グハァ⁉︎ バカなァ⁉︎ 速すぎる! なんだ! お前のその動きは‼︎」
暴れ牛は俺に背を向け、逃げの姿勢を見せた。
ここでこいつを見逃すことなど選択肢にない俺は、その背中を追う。
「ハハァ! バカめェ! 俺が逃げるかよォ‼︎」
俺が追っていることを確認した暴れ牛は、逃げると見せかけて罠にかけるつもりだったようだ。
振り向きざまに大振りで曲刀を振り下ろした。
「無駄だ!」
その一撃を難なく躱し、俺は曲刀を持つ腕に向かって剣を打つ。
切り落とされた手首は曲刀を持ったまま地面へと落ちていった。
「ウギャー‼︎ 俺のォ! 俺の手がァァ!」
「これ以上お前の声を聞くのも不快だ。くたばれ!」
切り落とされた腕を残っている方の手で握り、身体を反らし天を仰ぐ暴れ牛の身体を、頭から縦に切り払う。
二つに分かれた身体は、ゆっくりとそれぞれが地面へと向かい倒れていき、地面に到達する直前に黒い霧になって散っていった。




