狂気の配信ファン
Vtuberにはまった人のおはなし
エアコンが壊れて1週間が経過した。
30度以上を記録した日はきょうで5日連続だという。
その影響もあってか修理業者が家に来るまで日数がかかるらしい。
代替処置として窓を開け扇風機をつけていた。
最新のDCファン扇風機は弱い風量であれば、ほとんどの音を発しなかった。
だが、湿気を持った温風の風はお世辞にも気持ちがよいとはいえない。
2DKの区切られた部屋は、風通しを良くするために開け放っている。
今となっては大きな部屋が1つであると言っても過言ではない。
背中に一筋の汗が垂れた。
だが、一言も不満は漏らさない。
余分な声、物音を出さないように細心の注意を払いながらノートPCを開く。
スイッチを入れる。
起動音、なってくれるなよ。
PCのファンは静かに回ってくれよ。
少なくとも起動音は、イヤフォンジャックにつないでいるヘッドフォンのおかげで出ないはずだった。
音は装着主である俺の耳に直接届くはずだ。
壊れていなければ。
パソコンが立ち上がると静かにマウスを動かす。
このマウスはエアコンが壊れたと同時に購入した静音式のマウスだった。
クリックしても音はしない。
ショートカットからブラウザを開く。
ブックマークしてある動画共有サイトを開く。
そしてお気に入りのVtuberのライブを開く。
読み込みが始まる。
すぐにライブ中継が始まり、ポップなアニメ調のキャラクターが、軽な笑い声を上げている。
ライブ中継が開始してから10分は経過していた。
これが最近の俺の儀式だった。
もし儀式をせずに音を出せば、隣の部屋の同居人は親でも殺されたかのように怒り狂うだろう。
画面の中の彼女はしゃべっていた。
きょうは雑談配信のようだ。
配信中、そもそも俺が部屋を出て行けば良いだけの話なのだ。
だが、そうはしない。
それは儀式だからだ。
彼女は話す。
「部屋のエアコンが壊れてさー」
チャットが返ってくる。
『まだ直ってないのかよw』
『新しいエアコン買った方が早いのではw』
彼女の雑談を聴きながら俺は考えた。
この儀式は抗議なのだ。
もう、終わりにするべきだ。
配信者にお金を渡すスーパーチャットがリスナーから飛んだ。
いつものリスナーだ。
金額は5万。
俺は隣の部屋を見る。
隣の部屋ではゲーミングPCに向かい合っている同居人の京香の姿があった。
京香は声を出して笑っていた。
昨日は3万飛んだ。
一昨日は3万。
今月だけで20万飛んでいる。
画面内の彼女は笑っている。
俺はヘッドフォンを放り投げた。
我慢の限界だった。
「いい加減にしろ!」
声を上げて俺は隣の部屋に行く。
突然の声に一瞬何が起きているのか京香はわからないようだった。
「えっ?」
驚いたような、うっとうしいと感じているような複雑な表情を浮かべている。
彼女の向こう側の配信者はまだ配信を続けている。
「お前は、Vtuberじゃないんだよ! 配信主がエアコン壊れたからってエアコン壊して、同じ気持ちになって、ぽんぽんお金出して、お前の唯一の娯楽だと思って黙っていたがもう限界だっ!」
突然のことに彼女は固まっていたが、それから俺を早口でまくし立てた。
自分の唯一の趣味を馬鹿にするなと。
「そんなんだったら、お前がVtuberになれば良いだろ!」
そして半年後、彼女はVtuberデビューしたのであった。