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エスメラルダ、悪魔と二人

 ネイサンがいなくなり、虚無感で空っぽになってしまった。

 ここから先は何をするにもひとりぼっち。

 何故、こんな事になったのか。

 エスメラルダの頭に様々な記憶の断片が現れては消えていく。


 始まりは彼女の好奇心からだった。ネイサンには色々な事を教えてもらった。

 街にはない知識や物語、珍しい食べ物の話、道具や神の槍(ベレッタ)の撃ち方まで。街の人が誰もいない場所で、誰も知らない事を。何故、そんな事を知っているのかと聞くと、決まって


「僕は魔法使いだから、何でも知っている」


 と言って笑ってごまかす。理由はどうでも良く、それはエスメラルダにとって特別な時間で、勇気が湧く源だった。


 悪魔の正体を見た後、彼だけがエスメラルダをかくまってくれた。

 馬の背中に顔を沈めると、獣の臭いに甘い香のかおりがほんのりと、染み着いていた。

 街の修道院に住んでいる女の匂い。

 エスメラルダが神の槍(ベレッタ)を撃ち、彼女は落馬した。

 ネイサンが彼女の方へと歩いていく。

 喪失感が胸を締め上げる。

 故郷にも帰れない。

 突然、暖かい空気に包まれた。


 目には見えないがエスメラルダの皮膚の上を暖かい生き物が現れては、慌ただしく走り去っていくような感じがした。寒さに閉じられていた生命力が徐々に解放されていく。まるで、別世界に来たようだった。周囲は暗くてわからないが、蹄が土を踏む音がする。雪原を抜けたということか。


 突然、背後から別の馬が大地を蹴る音がしたので、振り返ると追っ手が迫っていた。精悍な体、エスメラルダよりも頭二つ分は大きい巨体。白髪交じりの短髪は風の中でも普段と変わらず乱れない。


 彼は、いや、あいつは悪魔だ。


 エスメラルダは思いだす。教会の地下で、神様に祈る神聖な祭壇の地下深く、蝋燭の光が神の使いの真の姿を暴き出していた。


 橙の光の中を浸食する陰が二つ。豚のように大きく丸い影と、細い影が混じり合い、不気味な共鳴音を発する。


 エスメラルダは地下へ向かう螺旋階段の途中で、不思議で淫猥な空気の中で、それでも先へと進んだ。好奇心が戻る事を許さなかった。


 悪魔が鞭で風を切り、馬の尻をたたく音がすると、背後の気配が急速に迫ってくるのを感じた。エスメラルダの視界の左隅で、悪魔が駆る馬のタテガミが風に踊っている。悪魔がニヤついた笑みを浮かべながら長い腕を伸ばし、彼女の膝を二度、三度とかすめた。遊んでいる、いつでも捕まえる事ができるぞ、という余裕がエスメラルダから冷静さを奪う。



 エスメラルダの頭に、見知った女が裸体でゾンビのようによろよろと、教会地下の螺旋階段を登ってくる映像がよぎる。エスメラルダの横を抜けていく彼女は喉の奥で笑い、最後は火で焼かれながらなお笑い続けていた。呪われた記憶を振り払い、腰のベルトに固定した神の槍(ベレッタ)に手をかける。



『お前には無理だ。足を貸して、すぐに取り戻す。チャンスは一瞬』



 過去と現実に圧迫され、気が動転していた最中に声がした。

 女性とも男性ともつかない中性質の落ち着いた声だった。

 エスメラルダは咄嗟に左足を鐙から外して伸ばすと、大きな手に捕まれる。瞬間、手にかけた神の槍(ベレッタ)の矛先を、足をとらえた力の井戸に向けて引き金を引いた。


 橙色の光が闇の中で弾け、左手の中で跳ねる神の槍の衝撃を必死に片手で押さえながら、右手の手綱で馬を操縦する。足を掴んでいた力から解放され、振り向き様に悪魔が馬から落ちるのを横目に見た。


 エスメラルダに走る馬上で狙いを定めるのは不可能だ。


 標的がどこにいるか前もって分かるよう、そこへ先手を打てる状況を作る。だが、そんな理屈が飲み込める余裕はなかった。


 誰かの声に従っただけだ。

 下手したら、捕まって引きずり下ろされていた。

 エスメラルダの安堵は恐怖との背中合わせで、落ち着かなかった。


 そして、驚異はまた別からもやってきた。

 眩い光が彼女を照らす。強烈に白く、刺々しい光で、視界を奪われた。


 輝きの向こう側で、苦しみとも怒りともつかぬ咆哮が轟いたと思った時には、右から受けた衝撃に馬もろともはね飛ばされていた。


 エスメラルダは背中から大地へ叩きつけられた。


 大地を高速で動く何かが、風を切る音とともに遠ざかってゆく。

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