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雪原の中の逃避行

少女は暗闇の中を走る 大切な人のために

ネイサンは凍てつく夜気の中を歩いた。一人の少女の手を引き、励ましながら。


 脇腹の痛みは追いかけてくる連中への恐怖で、体の奥の方で小さく疼く程度に感じられた。捕まったら連れ戻される。ネイサンは時折、後ろを振り向き、エスメラルダとその遙か後方を確認する。彼の眼には闇の中に浮かぶ無数の篝火が見えた。押し寄せる一団の雪を踏みしめる音が近くなってきている。


 エスメラルダが膝をついて屈み込んでしまった。彼女の体力はピークを過ぎている。

突然、下半身の力が抜けたように崩れ落ち、それでも前進しようと歯を食いしばり

立ち上がろうとする。ネイサンは彼女を勢いよく抱き上げると背中にしょって歩き出した。


「下ろして! 自分で歩けるから!」


 エスメラルダの負けず嫌いは相変わらずだが、声もネイサンの頭を叩く力も弱り切って頼りないものだった。


 未来を見る能力というものは、時に残酷で孤独を感じる嫌なものだった。

 彼女はこの街ではもう生きてはいけない。

 徐々に人ではなくなりつつある、ネイサンと同じように。

 エスメラルダの瞳の色が変化しつつある。

 黒曜石のようだった光彩が、今は淡い緑色に輝いていた。

 その瞳はネイサンが昔、葬った魔女の記憶を呼び起こす。

 

 子供を誘拐した魔女を追いかけ、追い詰めたあの日。

真夜中、森の木の擦れ合う音だけが響く天然の暗幕の中で

魔女の双眸が月の光を受けてエメラルドグリーンに輝き、右に左にゆらゆらと彷徨っていた。

 魔女はネイサンなど相手にしていないようだった。

虫が集まって鬱陶しいぐらいの感情が読み取れた。彼女は彼の背後にある巨大なものに立ち向かっていたように思う。

 銃声が夜を貫き、世界を変えた。魔女のいない、表向きは平和な世界に。

 彼女の恐怖は街の人々に根付いてしまっている。そして、ネイサンにも。

 彼女はネイサンに呪いをかけて逝った。


 エスメラルダもやがて、あの女のようになるのだろうか。

 


 魔女はどこだ、探せ、殺せ、という呪詛の不気味なリズムが暗がりの雪原の空気に混じりはじめた。

「もう、帰れないのかな……」

 普段は元気すぎるほど気丈な彼女の声に力はなく、小さな泡が耳元で微かに弾けるようだ。

「悪魔と一緒にいる女は、魔女なのさ。もう帰れない」


 ネイサンは追っ手の言葉を打ち消すように間髪入れずに呟いた。


「悪魔の定義なんて自分勝手なものだよ。エスメラルダは僕が悪魔に見えるのか?」

 返事がない僅かの間に、様々な考えが過り寂しくなったが、エスメラルダの両腕がネイサンの首を抱きしめるように優しく覆った。もう、返事をする余力もないらしい。


「未来を見通す予言者は、世に破滅をもたらす悪魔なり」

 ネイサンの頭の中で村人の恨みの声が鐘の音の余韻のように響いていた。


 必死に未来を睨んで観測する景色に答えが映る。到達すべき道に異邦人が群がり、銃を手に持って追っ手を威嚇し、追い払う。だが、それは希望がついえた後の事だった。


 エスメラルダが雪原に一人、うつむせになって倒れている。彼女の下腹部から血が流れ出ている事に動揺したが、辛抱強く未来の場面を見る。

 やがて、悪魔が乗り移った如く禍々しい表情の顔見知りの男が鉈をネイサンの顔に叩きつけた後、意識が現実に帰った。最悪の結末だった。

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