表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

校舎を走る子どもの幽霊

作者: 矢間カオル

 教師生活を何十年もしていると、霊感が強い生徒や、実際に「見える」生徒に出会うことがある。今回の話は、私が最も「見える」を感じた生徒の話である。


 霊が見える生徒、藤原さん(仮名)は、小柄で中肉中背でショートカットが良く似合うごくごく普通の女子生徒であった。しかし、彼女の持つ霊能力は私が知る中では1番だ。

 

 彼女がいつから霊が見えるようになったのかというと、物心ついた頃には見えていた。

 父親は3歳の頃に事故で亡くなっている。その日から母一人子一人の生活になったのだが、幼かった彼女は、まだ父親の死というものを実感できなかったそうだ。4歳か5歳の頃、保育園の友達との会話の中で父親についての話題になったそうである。その時、自分の父親は、毎日家に帰ってくると話すと、友達に嘘つき呼ばわりされてしまった。友達は、自分の母親から、藤原さんの父親が数年前に事故で亡くなっていることを聞いてたので、父親が毎日帰ってくると当たり前のように話す藤原さんに驚き、嘘つきというレッテルと貼ってしまったのだ。


 友達の言葉に傷ついた藤原さんは、その日の夕飯の席で母親に訴える。

「お父さんいるのに、友達に死んでるって言われた。嘘つきって言われた。」

その言葉に驚いた母親は、どうして父親が生きていると思うのか尋ねた。

「だってお父さん、晩御飯のときに、いつもその席に座ってるよ。」

そう言って、父親が生きていた時に座っていた椅子を指さしたのだ。今は誰も座っていないのに・・・。

「あなたはお父さんが見えるのね。でもね、お父さんは死んでいるの。だから、絶対に他人にその話はしないでね。話したら、あなたがいじめられるから。絶対に言わないで。」


この日を境に、藤原さんは父親の死を理解し、自分が見ていたものは、現実のものではなかったのだと知ったと言う。


 成長するにつれて、自分が当たり前だと思っていた能力が、実は誰もが持っているものではなく、自分だけの特別な能力だと言うことがわかってきたので、藤原さんは、母の言いつけを守り、誰にも言わないようにしていたそうだ。しかしなぜか、霊が見える女の子という噂は広まっていったらしい。幸いにして藤原さんがとても優しい性格であったことや、自分からわざとらしくその能力を見せるようなこともしなかったのでいじめられることもなく、落ち着いて勉学に励めた。

 そして、中学校に入学後、しばらくすると、教師にも霊が見える女の子の噂は聞こえてきたのである。


 藤原さんが2年生になった5月頃の話である。

当時、この中学校は学年ごとに校舎が分かれていて、2年は全クラス東校舎に入っていた。

 私には同じ年の気の合う同僚がいて、同僚も私も2年所属であった。同僚の名前は高橋(仮名)さんと言う。高橋先生は、若く美人で授業が面白く、生徒にとても人気があった先生である。


 高橋先生が5月のある日、肩こりを訴えてきた。

「最近、すごく肩がこるの。なんでか理由はわからないんだけど・・・。何をしても、治らないのよね。」

私は高橋先生の肩をもんであげたりしたのだが、一向に治る気配はない。肩こりが治らないまま一週間が過ぎたときのこと。

 

 高橋先生が2年校舎の2階廊下を歩いているとき、藤原さんがニコニコ笑顔で高橋先生の前までやってきた。

「高橋先生、この一週間ぐらい、肩が凝ってるでしょう?」

「えっ、なんでわかるの?」

「だって、先生の肩に男の子が乗ってるもん。この子はね。いつもこの校舎の2階の廊下を走ってる子なんだけど、先生がとても面白いから、先生の事が気に入って肩に乗ってるみたいよ。あっ、でも、悪さをするつもりはないみたい。飽たら肩から降りると思うよ。」

そう話して藤原さんは自分の教室に戻ってしまった。

 藤原さんはにこやかに話したのだが、聞いた高橋先生はそれどころじゃない。慌てて職員室に戻り、青ざめた顔で藤原さんに聞いたことを私に話した。

「え~っ! 私、高橋先生の肩何度も揉んだけど、もしかして男の子の霊も触ってたの?」

思わず、自分の手をじっと眺めてしまった。


 この一件があってからも、高橋先生の肩こりはなかなか治らず、さらに一週間が過ぎたときの事である。不思議なことに高橋先生の肩こりが治ったのだ。

「なぜかは知らないけど、肩こりが治ったわ。男の子が私に飽きたのかなぁ。」

「そうかもね。」

などと話をした後、2人で2年校舎に行くと、藤原さんが高橋先生を見て駆け寄ってきた。


「先生、肩こり治ったでしょ。」

「わかる?」

「うん。だって、もうあの男の子、飽きたようで先生の肩に乗ってないもん。他の面白い人を探しているのかもね。今もね、ほら、そこの廊下を走ってるよ。」

そう言って藤原さんは誰もいない廊下を指さすのだった。



高橋先生と男の子の霊の話はこれで終わるのだが、この話には続きがある。

この話がとても面白かったので、私は生徒に話したくて仕方がない。でも、藤原さんがいる間はじっと我慢の子であった。

 藤原さんが卒業し、高橋先生も転勤してから、私の口は解禁となった。2年生の授業の隙間に、生徒に話しだした。

「この校舎の2階にね、男の子の霊がいるの。今から何年か前に、肩が凝った先生がいてね・・・。」

と話し出したのだが、ちょうど担当クラスの半分ぐらいに話し終わった頃、私の腰が痛くなった。原因不明。しかし、私には思い当たる事が・・・。男の子の霊は、面白い人を探していると言ってた。教室の中で自分の事を話す先生の事をもしかしたら面白いと思ったのか、それとも怒ってるのか・・・。藤原さんがいたら、見て欲しいところなのだが、卒業して今は見てもらうことができない。

 私は自分の身の危険を感じ、それから先は、この話を一切しなくなった。するとどうだろう。あっさりと腰痛は治ったのである。

 私が再びこの話をし始めたのは、もちろん転勤してからのことであった。






 





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ