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リベルタと木陰の少女

作者: 焼魚あまね

 ある晴れた日、リベルタはいつものように学校から家までの道のりを歩いていました。


 リベルタは十二歳。


 このサンマリーノの町が大好きな女の子です。


 何度も通っている道ですが、通る度に色々な発見があり、飽きることがありません。


「ああ、なんて素晴らしいの! 青い空に白い雲、それに石造りの可愛らしい建物。突然現れるたくさんの坂も面白くて大好き! ねぇ、小鳥さんもそう思うでしょう?」


 両手をいっぱいに広げてくるくると回りながら、リベルタは独り言を言っています。


 リベルタはいつもこんな調子でした。


 何もかもが素晴らしく楽しいものに思えるのです。



 リベルタの家は裕福ではありません。


 どちらかといえば貧しい家でしたが、だからこそリベルタは楽しいものを見つけるのが得意でした。


「今日はどうしようかしら?」


 このまままっすぐ道を進めば、リベルタの家に着きます。


 家に着けば、お母さんと一緒に夕食の準備を手伝うことになるでしょう。


 もちろんそれもいつものことで、リベルタにとっては楽しい時間なのですが。


 ふと、リベルタは思ったのです。


 家を通り過ぎ、まっすぐ続くこの道を、更に進むとどんな場所が待っているのかと。


 そう思ってしまっては、もうリベルタを止めるものは誰もいません。


 軽やかだった足取りを更に軽くして、リベルタは駆け出しました。


「ああ、なんて心が踊るのでしょう! そうよ! 私はこの先に行ったことがなかったのだわ。こんな簡単なことなのに、なぜ今まで気づかなかったのかしら? うっかりさんね」


 また独り言を言いながら、リベルタは先へと進んでいきます。


 石造りの道をリベルタの靴がコツコツと跳ねていきます。


 古い靴ですが、丈夫なのでリベルタは気に入っています。


 駆け回るのが好きなリベルタにはぴったりの靴でした。



「まあ、こんな所があったのね!」


 リベルタは足を止め、目の前の景色をその茶色い目で見渡しました。


 そこはリベルタが住んでいる場所のように、建物が集まってはいませんでした。


 石造りの道の両側に広い草原が広がっていたのです。


 その広い草原を、爽やかな風がながれていきます。


 それは心地の良い風でした。


 リベルタは世界が広がったようだと思いました。


 それと同時に、ごちゃっとした建物達を少し懐かしくも思ったのでした。


「不思議ね。ここもサンマリアーノよ。私の好きなサンマリアーノ。でも、私の知っているサンマリアーノとはちょっと違うの。でも、ここも素敵だわ。私、あっという間に好きになっちゃいそう!」


 そう言うと、リベルタは草原に身を放り出して転がりました。


 服が汚れることなんて気にしません。


「あはは、なんて素晴らしい発見をしたのでしょう!」


 少年のように短い茶色のくせっ毛を振り乱し、リベルタは心の底から笑いました。



 するとどうでしょう。


 どこからかリベルタを呼ぶ声がしました。


「どなた?」


 それは透き通った可愛らしい声でした。


 リベルタは草原で転がるのを止め、身体を起こして声のする方に目をやりました。


 するとそこには一本の大きな木が植えてあり、そこに背を預けるようにして、女の子が座り込んでいたのです。


 知らない女の子でしたが、長く美しい金髪と宝石のような青い目をしていました。


 まるでお人形さんのような女の子です。


 リベルタにとっては、それが今日一番の発見でした。


「私はリベルタ。この道をずっと行った所に住んでいるの。あなたは?」


 リベルタが駆け寄り、自己紹介すると、


「私はカリーナ。そこの崖の上に住んでいるわ」


 と女の子は言いました。


「崖の上……まぁ! あのお城に住んでいるの? もしかしてお姫様なの?」


「いいえ、あれは私のお家よ。お城なんかじゃないわ」


 カリーナはそう言いましたが、崖の上の家はとても立派でした。


「素敵ね、あんなお家に住んでるなんて。それに、とても綺麗なお洋服。やっぱりあなたはお姫様よ」


 カリーナが身につけている青い洋服は、ふんわりとしてリボンがたくさんついた可愛らしいものでした。


 こんな素敵な服を着た女の子を、リベルタは見たことがありませんでした。


 だからお姫様のように思えたのです。


「それでも、私はお姫様ではないのよ? あなたと同じただの女の子よ」


「でも私、あなたの事、今まで見たことないわ」


「リベルタ、だったわね。私の事はカリーナと呼んで。そうね、私もあなたに初めて会ったわ」


「学校に行っていないの?」


 リベルタは不思議に思いました。


 カリーナはきっと自分と同じくらいの歳なのに、学校で見かけたことがなかったからです。


「ええ、そうなの。勉強は家でしてるわ。家庭教師の方がいるの」


 それを聞いて、リベルタはますます、カリーナがお姫様の様に思えました。



「カリーナの家はお金持ちなのね」


「えっと……そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないわ」


「どういうことなの?」


「難しいわね。もし、ゆっくり話す機会があれば、その時にお話ししましょう。そろそろ私、帰らないといけないから」


 カリーナはそう言うと、ゆっくりと立ち上がりました。


「そうね、またここに来れば会えるかしら?」


「ええ、天気が良ければきっとね」


「今日はあなたに会えて良かったわカリーナ」


「私も同い年くらいの女の子に会うのは久しぶりで、とても楽しかったわ。またね、リベルタ」


「ええ、また会いましょう」


 リベルタは元気よく手を振ると、駆け出しました。


 リベルタはニコニコしながら走り、途中で一度カリーナの方を振り返りました。


 カリーナは、ゆっくりと崖の家に向かって歩いているようです。


 本当にゆっくりと歩いていました。


 それを見て、リベルタはますますお姫様みたいだなと苦笑し、自分の家へと向かいました。 





「本当にお姫様みたいだったのよ?」


 家に帰ったリベルタは、さっそくカリーナのことを両親に話しました。


「あのお城みたいなお屋敷の子かい? そういえば、リベルタと同い年の子がいるって、聞いたことがあるね」


「でも、お金持ちじゃないかもしれないって言ってたわ」


「何だいそれは? 少なくとも、うちよりはお金持ちだろうよ」


「ええ、きっとそうね」


 母親はカリーナのことがあまり好きではないようでした。


 それはカリーナを嫌っているというより、お金持ちを嫌っているからでした。


「お友達ができるのは良いことだね。でも、もう少し早く帰ってきなさい」


 父親は言いました。


「そうね、それは反省しているわ。でも寄り道してよかったと思うわ。だってカリーナに出会えたのだもの」


「ははは、さすがおてんばリベルタだ」


「まあ、お父様! 誰がそんな呼び方をしているの?」


「みんなだよ、リベルタ! もう少し落ち着いたらどうなんだい? 近所の笑いものにされてしまうよ!」


 母親は厳しい口調でリベルタに言いました。


「まあ、それは困るわ。今度からは気を付けるわね、お母様!」


「お母様だって? 何だい? 急に上品な言い方になって」


「あら、きっとカリーナの上品さが移ったのね! あはは!」


 リベルタは笑いました。


 遅く帰ってしまったことへの反省はどこへやら。


 しかし、そんなところも含めてリベルタは愛されていました。





 次の日も、リベルタは学校が終わるとカリーナのところへ寄り道しました。


 またカリーナに会えると思うと、うれしくてたまりません。


 しかし、あの大きな木のそばにカリーナはいませんでした。


 どうやら家に閉じこもっているようです。


 リベルタは家に押しかけようとも思いましたが、もしかしたら迷惑かもしれないと思い、諦めて帰りました。


 その次の日も、また次の日も、リベルタはカリーナのところへ寄り道しました。


 しかし、やっぱりそこにカリーナはいません。


「こんなに天気が良いのに、どうしてカリーナは閉じこもっているのかしら?」


 リベルタは不思議に思いました。


 もしかすると、カリーナはどこかへ引っ越してしまったのではないかとさえ考えました。



 次の日。


 この日は学校が休みでした。


 いつもと違い、朝からリベルタはカリーナの家に向かいました。


 するとどうでしょう。


 あの大きな木の陰に、カリーナがいたのです。


 リベルタは一目散にかけ出すと、大きく手を振ってカリーナを呼びました。


「カリーナ! カリーナ!」


 その元気な声に、カリーナもすぐ気がつきます。


「まあ、リベルタね。今日も元気そう……ひゃっ!」


 挨拶するカリーナを、リベルタは勢い余って抱きしめました。


「あはは、カリーナよ! カリーナだわ! 本物のカリーナだわ!」


「どうしたの、リベルタ。私の偽物でも見たの?」


「違うわ。カリーナに久しぶりに会えたからうれしいのよ」


「私もよ、リベルタ」


 二人が会うのは二回目ですが、もう親友のようです。


 また出会えたことをしばらく二人は喜び合いました。



 リベルタはカリーナの横に座り込むと、話しかけます。


「ここ数日どうしてたの? 毎日会いに来てたんだけど、会えなくて心配したわ」


「ごめんね、リベルタ。身体の調子があまりよくなかったのよ」


 カリーナは申し訳なさそうに言いました。


「あら、そうだったのね。もしかして、学校に来ないのもそのせいなの?」


「ええ、そうよ。でも、今日は元気だから、問題ないわ」


「そう、それはよかったわ」


 リベルタは、安心しました。


 そしてしばらく木陰でお話をした後、リベルタは言いました。



「ずっとお話ししているのはつまらないわね。そうだ、カリーナ。私とかけっこしましょう」


「かけっこ……」


 カリーナは困った顔をしましたが、少し考えてこう言いました。


「そうね、少しくらいなら良いわ」


「じゃあ、あの橋を渡るところまで勝負しましょう!」


 二人は立ち上がり、草原から森に向かう橋へ向かいました。


「準備は良いわね?」


「ええ」


「よーい、どん!」


 リベルタのかけ声とともに二人は走り出します。


 するとどうでしょう。


 かけっこに自信のあったリベルタが負けてしまったのです。


「はぁ、はぁ……。すごいわカリーナ。そんな走りにくそうなドレスで、あんなに速く走ってしまうなんて」


「そ、そうかしら?」


 カリーナはリベルタに褒められて照れています。


「では向こうに戻りましょう」


「そうね」


 橋を渡りきった二人は歩いて戻ります。



 しかし、カリーナの様子がおかしいことにリベルタは気がつきます。


 走った後とはいえ、とてもゆっくり歩いていたのです。


「カリーナ?」


「リベルタ。ちょっと頑張りすぎたみたい」


 あれだけ速く走ったのだから、疲れても仕方ないとリベルタは思いました。


 そこでリベルタは、カリーナの手を握り、一緒に歩くことにしました。


「さあ、一緒にいきましょう」


 カリーナはうなずき、リベルタの手を握り返しました。


 しかし、その力は弱々しいものでした。


 橋の真ん中を過ぎ、もう少しで渡りきるところまでくると、カリーナはとうとう座り込んでしまいました。


「まぁ、カリーナどうしたの? すごく辛そうね。ほら、私の肩につかまって」


 リベルタはカリーナを引き起こすと、何とか彼女の家までたどり着きました。


「ごめんください! どなたかいませんか?」


 扉を叩き、リベルタは叫びます。


 すると、ゆっくり扉が開き、白髪交じりのおじいさんが出てきました。


 カリーナのおじいさん、カルロさんです


「おや、これはどうしたことだい? おお、カリーナ! 君が運んできてくれたんだね。さあ、お入り」


 そう言っておじいさんは二人を招き入れると、カリーナを抱きかかえて二階へと昇っていきました。



「お邪魔します」


 リベルタもおじいさんについていきます。


 カリーナが心配だったのです。


「さあ、これで安心だ」


 おじいさんはカリーナに薬を飲ませると、ベッドに横たわらせました。


 そして、リベルタを客間に呼んで、紅茶を用意しました。


「まったく、無理をしちゃいかんのに、どうしても外に出たいと言ってな。新しくできた友達に会いたいだのと……」


 それを聞いて、リベルタはうれしく思いました。


 きっとそれはリベルタのことだからです。


「きっと無理をしてはしゃいでおったのだろう。君が見つけて助けてくれなかったら大変なことになっていたよ」


「大変なこと?」


「そうじゃ。放っておいたら死んでしまうかもしれんのに」


 リベルタは驚きました。


 そして、自分のしてしまったことを反省しました。


「おじいさん」


「どうしたのかね? 紅茶のおかわりかい?」


「いいえ、違うわ。謝りたいの」


「謝る? はて、何を謝るというのかね」


 リベルタは勇気を出して言いました。



「カリーナを助けたのは確かに私です。でも……カリーナを危険な目に遭わせたのも私なんです」


 リベルタは泣きそうになりながら、そう伝えました。


「おやおや、そんな顔をするんでないよ。さあ、ゆっくり詳しく話してもらえるかな?」


 おじいさんは優しく言いました。


 そして、リベルタはカリーナをかけっこに誘ったことを話しました。


 あの時、カリーナが不安そうな顔をしていたにも関わらず、かけっこに誘ってしまったと。


 おじいさんは聞き終わってるから、カリーナの事を色々話してくれました。


 カリーナが喘息であること。


 激しい運動が出来ないこと。


 治療の薬にお金がかかってしまうことなど。



「私は大変なことをしてしまったわ」


「悲しむことはないよ。カリーナがちゃんと話していなかったのもいけないんだよ」


「おじいさん、本当にごめんなさい。今度から気をつけるわ」


「良い子だね。歳も近いようだし、よかったらカリーナの友達になってもらえないかい? 学校にも行けなくて、友達がほとんどいなくてね」


 それを聞いてリベルタは笑いました。


「まあ、おじいさん。カリーナと私はもうとっくに友達なのよ」


「おや、そうだったのかい? あはは、では君がカリーナの言っていた新しい友達なんだね」


「ええ、そうよ。私はリベルタ。カリーナとはこの先ずっと友達よ」


「それはよかった。またカリーナが元気になったら、遊んでやってくれ、リベルタ」


 こうして、リベルタはまた来る約束をして、カリーナの家を後にしました。





 それから数日後。


 カリーナの体調は良くなりました。


 そしてリベルタは、学校が休みの日になると、カリーナのところへ遊びに行くようになりました。


 以前はあまり良く思っていなかったリベルタのお母さんも、カリーナの事情を知り、嫌みを言わなくなりました。


 そして二人は、今日もあの大きな木の下で座り込んでお話をしています。


「今日も良い天気ね、カリーナ」


「そうねリベルタ。でもリベルタには物足りないかもしれないわね。本当は走り回ったりしたいでしょう?」


「あら、カリーナったら。私の事をまるでおてんばな娘の様に言うなんて。私だって、木陰で静かにしていられるのよ?」


 するとカリーナは笑いました。


「そう? でもさっきから足をぶらぶらさせて落ち着きがないわよ」


「まあ、それはきっと……」


 耐えきれなくなったのか、リベルタは勢いよく立ち上がり言いました。


「この草原を走り回りたいからだわ! あはは、あはは!」


 笑いながらリベルタは走ります。


 手を大きく広げ、どこまでも続く青空を見上げながら。


 そしてひとしきり走り回ると、カリーナのところへ戻ってきて、そのまま仰向けに寝転びました。



「やっぱりじっとしているのは苦手だわ。カリーナはすごいわね」


「私だって好きでじっとしているんじゃないわ」


「そうね。カリーナは走ってもすごいもの」


 そう言うと、リベルタは少し身体を起こし、カリーナの手を掴んで引っ張りました。


「きゃ! もうっ、リベルタったら」


 リベルタに手を引っ張られたカリーナは、リベルタと同じように仰向けになりました。


「ほら、一緒に見ましょう! こんな綺麗な空を見ないなんて勿体ないわ」


「私も見ていたわよ?」


「そうね、でも寝転がった方がもっと素敵に見えるもの!」


「ええ、リベルタの言う通りね。二人で見ると一層素敵に見えるわ」


 すると、リベルタは不思議そうにカリーナの横顔を見つめました。


「二人で? そうね、きっとそうだわ! 二人で一緒に見ているから素敵なのね! それも素敵に見える理由なんだわ!」


 そうして、二人は手を繋いだまま寝転がり、しばらく空を眺めました。


「ねえ、カリーナ。私、あなたの病気のこと全然知らなかったわ」


「教えてなかったものね」


「でも、危険な目に遭わせてしまったわ。だから、謝らせて! ごめんね」


 リベルタは申し訳なさそうに言いました。


「いいのよ、リベルタ。教えてなかった事も、無理してかけっこしたのも私が悪いんだから。それに、リベルタは助けてくれたじゃない」


「カリーナ」


「私達はもう親友よ。違うかしら?」


「いいえ、その通りよ。カリーナ、これからも一緒に遊びましょう。それに……」


「それに?」


「ううん、何でもない」


「何それ。おかしなリベルタ」



 二人は顔を見合わせて笑いました。


 リベルタはこの時思いました。


 カリーナの病気をどうにかして治せないかと。


 何か出来ることはないのだろうかと。





 カリーナのお城の様な家は、サンマリーノの町でも有名です。


 しかし、カリーナの存在はあまり知られていませんでした。


 リベルタも、カリーナの事を学校で話すのは控えていました。


 興味を持った子供達がいっぺんに集まると、カリーナも困ると思ったからです。


 それに、カリーナを独り占めしたいという気持ちもありました。



「お待たせカリーナ!」


 今日もリベルタはカリーナのいる草原を訪れます。


「待っていたわリベルタ」


 広い草原は、二人だけの秘密の場所のようでした。


 カリーナはリベルタを迎え入れると、四角いかごをリベルタに見せました。


「それは何? カリーナ」


「これはね、良いものよ」


 カリーナがそのかごを開けると、そこには棒状のお菓子が入っていました。


「まあ、ビスコッティね」



 それはこの町の伝統的なお菓子でした。


 二度焼きした棒状のビスケットです。


 香ばしい匂いがリベルタをより一層笑顔にさせました。


「良い匂い。焼きたてなのね!」


「そうよ、一緒に食べましょう。クリームもあるのよ」


 カリーナは瓶に詰めたクリームも用意していました。


「素敵! クリームをつけて食べるなんて、私初めてよ!」


 リベルタは大興奮です。


 カリーナからビスコッティを一本もらうと、クリームをたっぷりつけて口に入れました。


 口の中で広がる甘い味と、楽しい食感。


「美味しい! なんて美味しいのでしょう! ねぇ、カリーナ。これはどこのお店のビスコッティなの?」


 リベルタはこんなに美味しいビスコッティを食べたことがありませんでした。


 きっと、カリーナのようなお金持ちしか買えない高級なビスコッティだと思いました。


「あら、そんなに気に入ってくれた?」


「ええ、とっても。だからどこのお店か教えてもらえないかしら? きっと高いでしょうからなかなか買えないと思うけど、知らずにはいられないわ!」


 そんなリベルタの姿に、カリーナは思わず笑いながら答えました。



「これは私が作ったのよ」


「え?」


「私の手作りなの」


 リベルタはそれを聞いて驚きました。


 そして次の瞬間にはカリーナの両手を掴んで大喜びしました。


「まあ、なんてこと! 私の親友は、素晴らしいお菓子職人だったのね!」


 リベルタは何度もカリーナを褒めました。


「リベルタ! そんなに褒められると照れちゃうわ。でも、私のお菓子を気に入ってくれて本当にうれしいわ」


 それから二人は仲良くビスコッティを食べて、お話をして過ごしました。



「あっという間に夕方ね」


 空は夕日に赤く染まっていました。


「カリーナと一緒だと、あっという間に時間が過ぎてしまうわ。残念だけど、今日はこの辺でお別れね」


「そうね。また会いましょう、リベルタ」


「ええ、またねカリーナ」


 リベルタは立ち上がって手を振ると、家に向かって歩き出しました。


 しかし、すぐにリベルタは立ち止まります。


「どうしたのリベルタ?」


「う~ん? さっき橋の方の木陰に誰かいた気がしたんだけど……」


 カリーナも一緒にその方向を見ましたが、誰もいないようでした。


「気のせいかしら? 気をつけて帰ってね。寄り道しないようにね」


「まあ、まるで私が寄り道しちゃうような言い方ね。でも、そうね。こんな素敵な夕空を眺めていたら、寄り道してしまうかもしれないわ」


「うふふ、リベルタったら」


 二人はまた笑い合い。


 そして、今度は本当にお別れをして帰りました。





 翌日。


 この日は学校がある日でした。


 勉強があまり得意ではないリベルタですが、それでも懸命に勉強します。


 だって、学校に行けないカリーナの事を思うと、学校に行けることはとても素敵なことだと思うようになったからです。


「リベルタさん。最近は頑張っていますね」


 先生もリベルタの変化に気がつくほどでした。


 急に勉強が出来るようになったりはしませんが、カリーナとの出逢いがリベルタを変えていきました。


 その日の学校終わりに、リベルタは声をかけられました。



「やあ、リベルタ。最近頑張ってるね」


 それは、同じクラスのアルバーノでした。


 アルバーノは茶色い髪の少年で、とても可愛らしい顔つきをしていました。


 リベルタは同い年のアルバーノを、心の中では弟の様に思っていました。


「あら、アルバーノじゃない。声をかけてくるなんて珍しいわね。それにそうね。私、最近頑張ってるのよ」


 リベルタは胸を張りました。


「でも勉強なら僕の方が出来るけどね」


「まあ! アルバーノの家はお花屋さんでしょ? そんなに勉強が出来るようになっても役に立たないわよ?」


「そんなことないさ! お花屋さんだって勉強が出来た方がいいに決まってるさ。覚えることだってたくさんあるんだから。そんなリベルタこそ、どうして急にやる気を出したんだい?」


 リベルタはまた胸を張って言いました。


「私にはね、夢があるのよ! そのためには、勉強が必要だって気づいたのよ」


「へぇ、それは興味深いね」


「意地悪なアルバーノには教えてあげないわ」


「それはまいったな。そうだ、リベルタ! リベルタの夢が何なのかは聞かないけど、他に教えて欲しい事があるんだ」


 アルバーノの表情は真剣でした。


「何かしら、アルバーノ」


 リベルタが聞くと、アルバーノは言いました。



「リベルタって、最近崖のところにあるお城に行ってるでしょ?」


「し~! アルバーノ、なんで知ってるの?」


 リベルタは小声でアルバーノに訊ねました。


「たまたま見かけたんだよ」


 リベルタは思いました。


 カリーノの家から帰る時に見かけた人影は、アルバーノだったかもしれないと。


 アルバーノは橋の向こうにある森に出かけることがありました。


 植物が大好きだからです。


「そう、見てしまったのね」


「それで、その……」


 アルバーノは恥ずかしそうにしながら話を続けます。


「金髪の女の子と一緒にいたよね?」


「ええ、私の親友なの」


「その子に、渡して欲しいんだ」


 そういって、アルバーノは自分の席の引き出しから、何かを取り出しました。


 それは、小さな花束でした。


 可愛らしい青いリボンで巻かれ、花は黄色い色の花が中心の花束でした。


 それはまるで、カリーナをイメージしたような花束です。


「素敵ね。これをカリーナに渡せば良いのね?」


「あの子は、カリーナって言うんだね」


「アルバーノったら、もしかして……」


「何だよ、リベルタ!」


「いいえ、何でもないわ! 分かったわ、一人で渡す勇気のないアルバーノの代わりに渡してあげる」


「う、うん。……頼んだよ!」


 アルバーノは顔を真っ赤にしながら逃げるように帰って行きました。





 アルバーノから花束を預かったリベルタは、急いでカリーナの元に向かいました。


 学校の帰りですが、これは急いで渡さないといけないと思ったからです。


 花も新鮮な方がいいはずです。


 カリーナの家に着くと、リベルタは家の扉を叩いてカリーナを呼びました。


「おや、リベルタじゃないか。そんなに急いでどうしたんだい?」


「カルロおじいさん、カリーナはいるかしら?」


「ああ、いるよ。まあ、お入り。お茶でも飲んでいくかい?」


 リベルタはおじいさんに招かれて家に入りました。


「いいえ、お茶はまた今度にするわ。それよりカリーナを……」


「まあ、リベルタね! 今日は学校の日じゃなかったかしら?」


「そうよ、帰りに急いできたのよ!」


「何か急用かしら?」


「これを渡しに来たのよ」


 リベルタはアルバーノから受け取った花束を、カリーナに渡しました。


 花束には手紙もついていました。


「素敵な花束ね」


 リベルタは、その花束がアルバーノからの贈り物であることと、アルバーノの話をしました。



「おやおや、これは……おやおや」


 そのやりとりを見ていたカルロおじいさんは、戸惑っているようでした。


「アルバーノは恥ずかしがり屋なのよ。だから私が代わりに持ってきたの」


「恥ずかしがり屋な割には、大胆な事をする坊やだねぇ」


 カルロおじいさんは言いました。


 カルロおじいさんには、アルバーノの気持ちが分かっているようです。


「ありがとうリベルタ。それに、そのアルバーノって子にもお礼を言っておいて。手紙は後でゆっくり読むわ」


「ええ、分かったわカリーナ。では私は帰るわね。早く帰らないと夕飯のお手伝いに遅れちゃうわ」


 そう言って、リベルタは走って家に帰りました。





 それから、いくつかの季節が過ぎました。


 今はもう冬です。


 リベルタとカリーナは相変わらず仲良くしています。


 カリーナに花束と手紙を送ったアルバーノは、カリーナと文通友達になっていました。


 カリーナに初めて送った手紙には、友達になりたいと書いたようですが、会うのはまだ恥ずかしいらしく、文通することになったのです。


 アルバーノの手紙は、リベルタがカリーナのところに運んでいます。



「ねえ、カリーナ。アルバーノとはどんなやりとりをしているの?」


「よくお花の話を書いているわ」


「アルバーノらしいわね」


「お花のスケッチや、季節の花の押し花が入っていることもあるのよ。とても良い文通友達よ」


「友達? 恋人じゃないの?」


 すると、カリーナは頬を染めてリベルタの背中を叩きました。


「こ、恋人だなんて……。まだそんな関係じゃないわ。会ったこともないのだもの」


「まだ? うふふ。じゃあ、そのうちそうなるかもしれないのね」


「もう、リベルタったら」


 カリーナは照れていますが、本当にお似合いだとリベルタは思いました。


「アルバーノは良い子よ。ちょっと生意気だけど、頭も良いわ。顔も可愛いと思うし」


「ふふっ、リベルタって、私のお母さんみたいなこと言うのね」


「そうだよ、カリーナ。悪い子じゃないからこれからも仲良くしておやり」


 リベルタはお母さんっぽく言いました。


「分かったわ、リベルタお母さん」


「あははは」


「うふふふ」


 二人の笑い声は青い空に吸い込まれていきました。



「アルバーノはカリーナの事が好きなのよ。せっかくだから今度お茶会にでも誘ってみたら? 私が連れてきてあげる」


「アルバーノに会うのね。緊張するわ」


「大丈夫よ。アルバーノはカリーナの数倍緊張するから」


「まあ! でも良いわね。分かったわ。今度の休みにうちに遊びに来て。歓迎するわ」


「ええ、その時はビスコッティも用意してね?」


「もちろんよ!」


 こうして、お茶会の約束をしたリベルタは、そのことを早速アルバーノに伝えました。





 そして次の休み。


 リベルタは約束通りアルバーノを連れてカリーナの家へ向かいました。


「アルバーノったら、そんなに緊張しなくても良いのに」


「リベルタはいつも会ってるからそう思うんだよ。初めて会う人に緊張するのは当然さ」


「そうね。でも、ずっと私の後ろに隠れているわけにもいかないわよ?」


 アルバーノはリベルタの後ろを心配そうに歩いていました。


 その姿はまるでリベルタがお姉さんで、アルバーノが弟の様です。


「さあ、もう着くわ。準備はいい? その綺麗な花束も、そんな震えた手で持っていては落としてしまうわよ?」


 アルバーノは深呼吸をして、それから心を込めて作った花束をしっかりと持ち直しました。


「ここがカリーナの家だね」


「そうよ。カリーナ! リベルタよ! アルバーノも一緒に来たわ」


 扉を叩いてカリーナを呼ぶリベルタ。


 するとカルロおじいさんが出てきました。


「待っていたよ、リベルタ。おや、こちらがアルバーノだね」


「初めまして」


「初めまして。よく来てくれた、さあ、お入り。カリーナ! カリーナや。お友達が来たよ!」


 カルロおじいさんがカリーナを呼んでから、しばらくしてカリーナがやって来ました。


 階段をゆっくりと降りて客間に来るとリベルタを見つけて笑顔になります。


 それから横にいる少年を見つけて、恥ずかしそうに言いました。


「ア……アルバーノね? そうでしょ? あなたがアルバートなんでしょ?」


 今日も綺麗なドレスを来ているカリーナに見とれていたアルバーノは、我に返り返事をします。


「そうだよ、僕がアルバーノ! そういう君はカリーナなんだよね?」



 そのやりとりを見て、リベルタが笑います。


 分かりきっていることを、確認するのがとてもおかしかったのです。


 でも、初めて会った二人にとっては、とても大切なことでした。


 それに、何を話して良いのか分からなかったのです。


「二人とも落ち着いて。カリーナの前にいるのがアルバーノで、アルバーノの前にいるのがカリーナよ。とても簡単なことだわ」


「そうね、リベルタ。でも確認したかったの。アルバーノって男の子が、手紙の中だけの存在じゃないって」


「大丈夫だよ、カリーナ。僕はちゃんといるから」


「そうみたいね」


 そして、カリーナとアルバーノは笑いました。


 その頃には、二人とも緊張がほぐれて、仲良くお話が出来るようになっていました。


 リベルタがなかなか話の輪に入れないほどです。



「まあ、二人とも座りましょう? さっきから立ってお話ししてるわよ」


「あら、私ったら気づかなかったわ! そうね、今日はお茶会だもの。お話しはお茶を飲みながらにしましょう」


 そしてみんな席に着きました。


 カリーナがテーブルの上に用意したお菓子を勧めます。


 カルロおじいさんは紅茶を入れて、みんなの前に用意してくれました。


 さあ、お茶会の始まりです。


「アルバーノ、まずはこのビスコッティを食べなさい。クリームをたっぷりつけすぎるのがマナーよ」


 リベルタが教えるのを、カリーナは笑いながら見ていました。


 アルバーノは用意されたビスコッティを食べて、美味しいと褒めました。


 そしてそれがカリーナの作ったものだと知って、大変驚いていました。


「そうだ、カリーナ。君にプレゼントがあるんだ」


 そう言うと、アルバーノは用意していた花束をカリーナに渡します。


「素敵ね。もしかしてこれは、アルバーノが作ったの?」


「そうだよ。まだ 、上手くないんだけどね。カリーナが好きそうな花をまとめてみたんだ」


「とっても上手だわ! ありがとう!」


 カリーナはとても喜びました。


 それを見て、アルバーノも嬉しそうです。



 リベルタは思いました。


 カリーナはお菓子作りの名人で、アルバーノはお花の扱いが上手です。


 二人とも自慢の友達ですが、その友達である自分は何か自慢できるものはあるのだろうかと。


 何も特技のない自分を二人は自慢の友達と思ってくれるだろうかと。


 でもその答えはすぐには見つかりませんでした。



「紅茶のおかわりはいかがかな?」


 そこにカルロおじいさんがやって来て、紅茶のおかわりを注ぎました。


「カリーナ、私はちょっと町へ買い物に行ってくるよ。夕食には帰るから後は頼んだよ」


「ええ、分かったわ、カルロおじいさん」


「お友達にも夕方には帰ってもらうんだよ? お家の人が心配したらいけないからね」


 そう言って、カルロおじいさんは家を出て行きました。


 こうして、家には子供達三人だけになりました。





 カルロおじいさんがいなくなると、カリーナは珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべました。


「そうだ、せっかく来てくれたんだから家の中を案内するわ」


 そう言って、カリーナは立ち上がりました。


「さあ、皆さん! 冒険よ!」


 カリーナの案内に従い、子供達は家の中を歩き回ります。


 お金持ちの家と噂されるだけあって、家の中にはいくつも部屋がありました。


 その部屋を一つずつカリーナが説明します。



「ここは、何かの部屋ね。何もないわ」


「こっちは?」


「こっちは……何かの部屋ね。ちょっと広い、何もない部屋よ」


「カリーナ、こっちは何の部屋かな?」


「ああ、それね! そこは、狭い部屋だけど私は気に入っているの。何もないけどね」


 色々と説明してくれますが、決まった使い道のある部屋は片手で数えるほどしかありません。


 たくさんの何もない部屋があるだけでした。



「何だか寂しい感じがするね。ご両親はどこにいるの?」


 アルバーノが訊ねると、


「いないわ。私がずっと小さい頃に亡くなってしまったの」


 と言いました。


「ごめん」


 とアルバーノは言いましたが、


「気にしてないわ」


 とカリーナは言います。


「カルロおじいさんと暮らしてもう何年も経つもの。慣れっこよ。それに、今はこんなに素敵な友達もいるのだから、寂しくないわ」


「素敵な友達って?」


「あなた達に決まっているじゃない!」


 そう言って、カリーナはリベルタとアルバーノに抱きつきました。


 リベルタもアルバーノも、カリーナの友達である事を誇りに思いました。



「あら、カリーナ。私は友達じゃなくて、親友よ?」


「そうだったわね。アルバーノ! あなたももう親友ね」


 そう言われて、アルバーノは恥ずかしそうに照れました。


「やった、僕も親友なんだね」


 それを聞いて、リベルタは言いました。


「良かったわね、アルバーノ。でも、アルバーノがなりたいのは親友じゃなくて、もっと親密な関係よね?」


「リ、リベルタ!? いきなり何を言うんだよ! それは……まだ早いよ」


「どうかしたの? アルバーノ?」


 カリーナが不思議そうに訊ねます。



「別に何でもないよ」


「そう? おかしなアルバーノ。でも私は好きよ?」


「す、好き?」


 アルバーノは顔を真っ赤にして、慌てました。


「そ、そうだ! もう一度あのビスコッティを食べたいな。そろそろ下の階に戻ろうか」


 アルバーノは動揺を隠すようにそう言いました。


「そうね、そろそろ戻りましょう」


 カリーナも同意しました。


 するとリベルタが言います。


「カリーナは大丈夫なの? もうずいぶん歩いたから、また長い階段を降りるのは疲れるでしょう? ちょっとは休んだらどうかしら」


 リベルタの言うとおり、カリーナはいつにもなく歩き回っていました。


 でもそれは無理をしているのではなく、あまりにも楽しくて、ついそうしてしまっていたのでした。


 そして、カリーナは言いました。


「そうね、少し疲れたわ。でも降りるのは問題ないの。いつもならダメだけど、今はカルロおじいさんもいないからきっと大丈夫よ」


 リベルタとアルバーノは、カリーナが何のことを言っているのか分かりませんでした。


 そんな二人をよそに、カリーナは歩き出しました。


 そして、階段の横にぶら下がっているひもの前に来ました。



 一体何をするというのでしょう?


 カリーナはそのひもをゆっくりと引っ張りました。


 そのひもの上からはカラカラと何かの音がします。


 するとどうでしょう?


 階段の隅の方の段差が無くなっているではないですか。


 どうやらそのひもは、階段の一部を動かして平らにするものだったようです。


「まあ、不思議! そんな仕掛けがあったのね」


 リベルタは驚きました。


「昔からあるのよ。重い荷物を運ぶ時なんかに、ここに荷物を置いて滑らせるの」


「もしかしてカリーナ……」


「さあ、リベルタ、アルバーノ! 競争よ! どちらが早く下の階にたどり着くかしら?」


 カリーナはドレスの裾を持ち上げると、平らになった階段にお尻を乗せて滑り出しました。


 リベルタとアルバーノも慌てて追いかけます。


「まあ、カリーナったら! 私よりもおてんばじゃなくて?」


「たまには良いでしょ? さあ、早くしないと追いつけないわよ?」



 三人は競争しました。


 一番に下の階に到着したのは、カリーナでした。


 それからアルバーノ、リベルタの順で到着です。


「あはは!」


 三人は笑い合い、そしてまたお茶会をしました。





 楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。


 カルロおじさんと約束した夕方が近づいてきました。


 そろそろお茶会も終わりです。


「そろそろお別れね」


「きっとまた遊びに来るわ。アルバーノもまた来るわよね?」


「もちろん!」


 三人は約束しました。



 外は冷たい風が吹いていました。


「帰りは寒いから気をつけてね」


 カリーナは言いました。


「そうね、もう冬だもの」


「暖炉用のまきも必要になるだろうし、力仕事なら僕が手伝いに来るよ」


 アルバーノはカリーナに言います。


「ありがとうアルバーノ。助かるわ……こほんっ! こほんっ!」


 アルバーノに返事をしたカリーナは、急に咳をし始めました。



「カリーナ! 大丈夫? 無理をさせてしまったかしら?」


「いいえ、リベルタ。ちょうどお薬の時間なのよ。飲めば楽になるわ……こほんっ!」


 カリーナは辛そうに返事をして、それから戸棚を開けて手を伸ばしました。


 しかし、カリーナが戸棚の中を探ってみると、そこに薬はありませんでした。


「あら……、お薬が無いわ。買いに行くのを忘れてしまっていたのね……ごほっ!」


 するとカリーナはその場に座り込んでしまいました。



「大変だ、どうしよう!」


 アルバーノが慌てます。


 リベルタも、カリーナの病気のことは知っていましたが、どうしたら良いのか困ってしまいました。


「とりあえず寝室に運びましょう!」


 リベルタはアルバーノと一緒にカリーナを抱えると、寝室に運んで寝かせました。


 しかし、カリーナの咳は止まらず、苦しそうにしたままです。


 しばらくしていれば、きっとカルロおじいさんが帰ってくるでしょう。


 でも、薬がないのではどうしようもありません。



「ねぇ、カリーナ。お薬はどこに行けば手に入るかしら?」


「学校を通り過ぎて、女神の像がある広場の先に……」


「女神の像の先ね。あそこのお医者さんのところね! 分かったわ!」


 そう言うと、リベルタはカルロおじいさんのものと思われるコートを手に取って羽織りました。


「アルバーノ! カリーナを看てあげてて」


「リベルタはどうするつもりだい?」


「私は薬をもらってくるわ! カルロおじいさんが帰ってきたら事情を話して」


「だったら僕が行くよ」


「いいえ、私が行くわ! 女神の像がある広場なら、近道を知っているもの」


 そう言ってリベルタは家を出て行きました。



 まだ日は暮れていませんが、外の気温はずいぶん下がっていました。


 でも、リベルタには関係ありません。


 親友の命がかかっているのですから。


 リベルタはカリーナとかけっこをしたあの橋を、かけっこした時と同じように駆け抜けます。


 そして、森の中へと入っていきました。


「カリーナ! 待ってて! 必ず薬を届けるから!」



 森は入りくんでいましたが、リベルタは気にせず走ります。


 途中で木の枝が腕にかすり傷を作っても、我慢して進み、そして広い道に出ました。


 そこからしばらく走っていくと、女神の像のある広場に着きます。


 女神の像はこのサンマリーノの町を見守ってくれるシンボルです。


 リベルタは苦しくなった呼吸を整えるため、像の前で少しだけ休みました。


 力強く表現された女神の像が、町を見つめています。



「ああ、女神様! どうか、カリーナを守っていてください。どうか、私が薬を届けるまでの間だけでも……」


 カリーナは目を瞑って女神様に祈り、それからまた走り出しました。


 走って、走って、走って。


 もう足は疲れていましたが、リベルタは懸命に走りました。


 そして、町で一番大きい診療所にたどり着きました。


 急に飛び込んできた少女に、診療所の人は驚きました。


 しかし、その慌て様にただ事じゃないと思い、医者を呼びに行きました。



「どうしたんだい、お嬢さん」


「お医者様、カリーナが! カリーナが!」


「落ち着きなさい。さあ、寒かったろう。こっちに来て話しておくれ」


 医者はリベルタを部屋の中へ案内すると、暖炉のそばに座らせました。


「カリーナが発作を起こしたんです。でも、薬が切れてしまってて」


「ああ、カルロさんの所の女の子だね。そういえば、今週は来てなかったね。これはすまなかったね。私が気づくべきだった」


「いいえ、私も親友なのに……気づいてあげられなかったわ」


「君は優しいね。ほら、これが彼女の薬だよ。でも、今から向かうのは……」


「ありがとう、お医者様!」



 リベルタは医者から薬の瓶を受け取ると、コートのポケットに入れました。


「君が運んでいくのかい? 外はもう暗いし、ここの大人が代わりに持っていこう」


 医者はそう言いましたが、リベルタは断りました。


「私が持っていくわ。だって私、カリーナの家までの近道を知っているもの」


「では、その近道を私に教えてくれないかな?」


「そんな暇は無いわ! それに教えても、大人の人はきっと迷子になってしまうわ!」


 リベルタはそう言うと、制止を振り切ってまた走り出しました。



 医者に彼女を止める余裕はありませんでした。


 彼女は何があっても自分で持っていく決意をしていたからです。



「何という子だ! あんな子供は初めてみたよ。あんなにも優しく強い心を持っているなんて。我々大人も見習わなくてはならないな」


 医者は、あっという間に遠くへ走って行く少女を、見えなくなるまで見送りました。





 もう外は暗くなっていました。


 リベルタは再び森を抜け、カリーナの家へと向かいました。


 よく道を知っているリベルタでも、この暗さの中では苦労します。


 森の木に足を取られて転んだり、手をすりむいたりしました。


 しかし、そんな中にあっても、リベルタはポケットの薬が割れないように守りました。


 自分が怪我をするよりも、薬が無駄になってしまう方が悲しいことだと思ったからです。



「待ってて! もう少し! もう少しで着くから!」


 リベルタは家で苦しんでいるであろうカリーナの事を思い、そう叫びました。


 それは、ボロボロになった自分を励ます意味もあったのかもしれません。


 そして、とうとうリベルタはカリーナの家にたどり着きました。



 震える手で、扉を叩きます。


 リベルタは、扉を力強く叩けなかったので、もしかしたらこのまま誰にも気づかれずに凍え死んでしまうのではないかと思いましたが、すぐにカルロおじいさんが出てきました。


 どうやら無事夕食の時間には帰って来られたようです。


「ああ、リベルタ。そんなにボロボロになって、寒かったろう。さあ、お入り」


 凍えるリベルタを、カルロおじいさんは急いで招き入れました。



「アルバーノから話は聞いているよ。勇敢な子だ」


「カルロおじいさん。これ、薬よ」


 リベルタはポケットから薬の瓶を取り出すと、カルロおじいさんに渡しました。


「ありがとう、本当にありがとう。私がカリーナに飲ませておくから、リベルタは暖炉で温まっておいで」


 カルロおじいさんはリベルタを客間に誘導すると、それから急いでカリーナの元へ向かいました。



 リベルタは暖炉の前にやってくると、倒れるようにして寝転がりました。


 こんなに疲れたのは初めてのことです。


 しばらく温かい暖炉に火に当たっていると、足音が聞こえてきました。


 何やら急いでいる様子です。


 その足音はリベルタの方に向かって来ました。


 そして、リベルタのいる暖炉までやってくると言いました。



「大丈夫かい? リベルタ!」


 それはアルバーノの声でした。


「アルバーノ、私は大丈夫よ」


 その声は震えていましたが、意識はしっかりとしているようなので、アルバーノは安心しました。


「カリーナは薬を飲んで落ち着いたようだよ。もう少し遅かったら、危険だったってカルロおじいさんが」


 それを聞いて、リベルタも安心しました。


「良かったわ。アルバーノ、私やったわ! ちゃんとやり遂げたのよ」



 リベルタは、本当に疲れ果てて、今すぐ眠ってしまいたいくらいでしたが、嬉しさが意識をつなぎ止めていました。


 今まで自分のやりたいように自由に生きてきたリベルタにとって、今回の出来事は大きなものでした。


 自分の為だけじゃない。


 誰かのために、一生懸命頑張ることが、こんなにも素敵なことなのだと気づいたのです。



「すごいよ、リベルタ! 本当に、君はすごい人だよ!」


 アルバーノが褒めました。


「そうよね……、私はあんまり自分のことをすごいだなんて思ったことないけれど。……今日くらいは自分を褒めてあげなくちゃ……」


 そう答えると、リベルタはとうとう暖炉の前で眠ってしまいました。





 それからどれほど時間が経ったのでしょうか?


 リベルタが目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいました。


 まだ、身体のあちこちが痛みましたが、疲れは少しとれた気がします。



「おや、リベルタ。起きたのかい?」


 カルロおじいさんの声がします。


 そこで初めて、リベルタは自分がベッドの上で眠っていたことに気がつきました。


「まあ、カルロおじいさん。私、暖炉の前にいなかったかしら?」


「私がここに運んだんだよ」


「そうなの? ありがとう、カルロおじいさん」


 すると、カルロおじいさんは目を細めて言いました。



「お礼を言うのはこちらの方だよ。勇敢なリベルタや。おかげでカリーナも無事元気になったんだからね」


「それは良かったわ。カリーナは親友だもの。あれは当然の行動なのよ」


「そうかい? でも、誰にでも出来る事じゃないよ。本当にありがとう」


「どういたしまして」


「もう朝だけど、良かったらゆっくり休んでお行き」



 カルロおじいさんはそう言いましたが、リベルタはベッドから降りて来ている服を整えました。


「もうすっかり元気なの。それに、帰らないとお母さんに怒られてしまうわ」


「そうかい? では朝食だけでも食べてお行き。今日も学校は休みだろう? 無理は禁物だからね」


 今日も学校は休みです。


 でも、だからといって家に帰らないわけにはいきません。


 きっと、お母さんは怒っているだろうと、リベルタは思いました。



「リベルタ」


 そんなことを考えていると、どこからかリベルタを呼ぶ声がしました。


 リベルタは不思議そうに思いながらも、声のする方へ向かいます。


 すると玄関の所に、リベルタのお母さんが立っていました。



「お母さん! 来ていたの?」


 リベルタを追いかけてきたカルロおじいさんの方を見ると、おじいさんは頷いていました。


「リベルタ」


 再びお母さんがリベルタを呼びました。


 その真剣な顔に、リベルタはきっと怒られてしまうのだろうと思いました。


 しかし、そうではありませんでした。


 お母さんはリベルタの前にやってくると、そっとリベルタを抱きしめたのです。



「お母さん? 怒ってる?」


 リベルタが恐る恐る訊くと、お母さんは言います。


「何を怒ることがあるんだい?」


「だって、何も言わずにカリーナの家に泊まったりなんかしたから」


「最初は心配したけどね、全部カリーナのおじいさんから聞いたよ。……とても立派なことをしたそうじゃないの」


 リベルタのお母さんは大層リベルタを褒めました。


 そしてひとしきり頭を撫でると、ゆっくり抱きしめていた腕を解きました。



「さあ、お腹が空いただろう? みんなで朝食を食べましょう」


 リベルタのお母さんは、朝食を作ってくれていたようです。


 キッチンに行くと、そこにはアルバーノとカリーナもいました。


「カリーナ! 元気になったのね!」


「ええ、リベルタのおかげよ! それからアルバーノも」


 隣に座っているアルバーノは照れくさそうに笑いました。


 それからみんなで食事をして、またいつもの生活に戻っていきました。





 リベルタが、カリーナを救った出来事から数日。


 リベルタにはとある変化が起きました。


「私、お医者さんになるわ!」


 リベルタは学校でそう言いました。


 その日は、自分の将来の夢について話をする授業があったのです。


 リベルタの言葉に、クラスの友達全員と、それから先生も驚きました。


 そして多くのクラスメイトが、リベルタのことを笑いました。



 おてんばで知られるリベルタが、お医者さんなんかになれっこないと思ったのです。


 その時、アルバーノだけは笑わずに真剣な顔をしていました。


 それからというもの、リベルタは見違えるように勉強に取り組みました。


 そしていつの間にか、頭の良いアルバーノよりも良い成績を取り、クラスで一番になったのです。


 その頃には、リベルタを笑うものなど誰もいなくなりました。


 おてんばだとはやし立てるものもいません。


 リベルタは誰もが認める立派な生徒に成長したのです。





 それから数年後。


「リベルタ、寂しくなるわね」


 カリーナが言いました。


 ここは港で、そこには沢山の荷物を抱えたリベルタがいました。


 それから、リベルタの両親に、カルロおじいさん、アルバーノも集まっています。


 リベルタは猛勉強を続けた結果、海外の大学で医学を学ぶことになったのです。


 リベルタは優秀だったので、奨学金を受けることも出来ました。


 今日は、海外へ出発する別れの日です。



「そうね、カリーナ。寂しくなるわ」


「落ち着いたら手紙を書いてね」


「もちろんよ」


 リベルタとカリーナは約束しました。


「リベルタ、僕は嬉しいよ。君みたいな人と親友であることを誇りに思うよ」


 アルバーノが言いました。


「私こそ。アルバーノは勉強の良いライバルだったわ。こっちに残って花屋さんで働くんでしょ? カリーナの事をよろしくね」


「も、もちろんだよ。誕生日には花を贈るね」


「楽しみにしてるわ」


 それから、リベルタは両親と向き合いました。



「リベルタ。本当に言ってしまうんだね」


「お父さん、心配しなくても一人でやっていけるわ。それよりもお母さんをよろしくね。だって今にも泣きそうなんですもの」


 リベルタはお母さんの方を見て言いました。


「リベルタ……。おてんばだったあなたが、こんなにも立派になるなんて思ってもみなかったわ」


「私もよ、お母さん。人って変われるのね」


「ええ、あなたは自慢の娘よ。気をつけて行ってらっしゃい。そしてまた元気な姿で帰ってくるのよ」


「お母さん」



 リベルタは我慢していましたが、とうとう泣いてしまいました。


 お母さんも、つられて泣き出します。


 そして家族三人で最後にそっと抱き合いました。


「行ってくるわ、みんな! また会いましょう!」



 船の出発の時間がやって来ました。


 リベルタは荷物を運び、急いで船に乗り込みます。


 汽笛を鳴らして、船が動き出しました。


 リベルタに向かって、みんなが手を振ります。


 リベルタもみんなに手を振り続けました。


 どんどん港から離れていって、みんなが小さくなって見えなくなっても、手を振り続けました。





 リベルタが、サンマリーノの町を去ってから数年後。


 さて、サンマリーノの町の様子はどうでしょうか?



 町は相変わらず自然に満ちあふれ、人々が助け合いながら暮らしています。


 アルバーノは花屋さんを継いで店主となり、沢山の綺麗な花を管理して売っています。


 町でも人気の花屋さんです。



 一方、カリーナはというと、相変わらずあのお城のような家で生活していました。


 カルロおじいさんも元気にしています。


 以前は病気の薬代を工面するのに大変だったカリーナですが、今はその心配もありません。



 カリーナは得意のお菓子作りを活かし、お菓子職人として生計を立てているからです。


 これは、リベルタのアイデアによるものでした。


 リベルタの大好きな、カリーナのビスコッティは、大人気商品です。


 サンマリーノの町で、このビスコッティを知らないものはいないほどです。



 お菓子作りであれば、身体への負担も少なくて済み、安心して経営することが出来ました。


 また、カリーナの家には、使っていない空き部屋がたくさんあったので、お店を開く場所にも困りませんでした。


 こうして、みんなそれぞれ元気に暮らしているのです。





 そんなある日。


 とある噂を聞きつけたカルロおじいさんが、カリーナに言いました。


「カリーナ、聞いたかい?」


「何をですか、カルロおじいさん」


 するとカルロおじいさんは言いました。



「この町に新しいお医者さんがやって来たそうだよ。とても優秀なお医者さんで、お前の喘息についてよく知っているそうだよ」


「まあ、そんなお医者さんが、こんな町に来るなんて」


「こんな町とは何だい?」


「あら、言い過ぎたわ。そうね、ここは私達の町だもの。サンマリーノの町は好きよ。でも、そんな優秀なお医者さんなら、もっと大きな都市の病院で働くんじゃないかと思ったの」



 カリーナの言うとおり、有名なお医者さんは大抵、大都市の病院で働いていました。


 ですから不思議に思ったのです。


「とはいえせっかくそんなお医者さんが来ているんだ。一度診てもらってはどうかな?」


 カルロおじいさんは言いました。


 カリーナも、今よりもっと病気が良くなれば、色々な事が出来るなと思いました。



「そうね、一度診てもらいましょうか」


 こうして、カリーナはお菓子屋さんが休みの日に、そのお医者さんがいる診療所に行くことにしました。


 診療所へは、カリーナ一人で向かいます。


 カリーナの喘息は、薬さえ飲めば、多少身体を動かす分には問題なくなっていました。


 それでも、小まめに休憩をする必要はありました。


 途中女神の像がある広場で休憩を取りつつ、カリーナは診療所に着きました。



「まあ、人がたくさん。ここってこんなに繁盛していたかしら?」


 診療所が繁盛しているというのは、それだけ病気の人がいると言うことなので、ちょっと複雑な気持ちになります。


「あら、カリーナさん」


 中に入ると、受付の看護師さんが声をかけてきました。


「こんにちは。今日は人が多いですね」


「あら、カリーナさん知らないの?」


「何がですか?」


「てっきり会いに来たのかと」


「誰にですか? 私は新しいお医者さんが来られたと聞いたので、ちょっと診てもらおうかと」


「その人よ! 今人気で、みんな彼女に会いに来てるのよ。少し待つけど、良いかしら」


「ええ、もちろん」


「じゃあ、座って待っててちょうだい」



 カリーナは待合室で待つことにしました。


 どうやら、みんな新しいお医者さんが目当てのようです。


 受付の看護師さんの話だと、女性のお医者さんだということですが。


 もしかすると、その女性はものすごく美人なのかもしれません。


 カリーナは周りを見渡してみます。


「男の患者さんばかりってわけでもなさそうね。でも、きっと素敵な人なんだわ」


 カリーナはその人に会うのが楽しみになってきました。


 そして、とうとうカリーナの名前が呼ばれました。



 診察室に向かう途中、診察を終えた人と、カリーナはすれ違いました。


 その患者さんは、こんなことを言っていました。


「なんて自然体な先生なんだろう。名前の通りの先生だ」


 などという独り言がカリーナの耳に聞こえました。


「自然体な先生か。堅苦しくない、自由な先生なのかもしれないわね」


 その時、カリーナの頭にある人物が思い浮かびました。


「自由……、もしかして」


 カリーナは診察室に入り、お医者さんと対面します。


 そこには、思い浮かべた通りの人が座っていました。



 そう。


 サンマリーノで話されている言葉で、自由を意味する名前の人が。



「もしかして、リベルタ?」


 そこにいたのは、白衣姿のリベルタでした。


「そうですよ、カリーナさん。お菓子屋さんは繁盛していますか?」


「ええ、おかげさまで」


 二人はあまりに久しぶりだったので、つい堅苦しい言葉で話してしまいました。



 しかし、すぐに以前の話し方を思い出しました。


「ますます美人になったわね、カリーナ」


「リベルタこそ、前よりも素敵よ」


「そうかしら」


「そうよ」



「それにしても、久しぶりね。診療所でこんなこというのも何だけど、元気にしてた?」


「子供の頃よりはずいぶん良くなったわ。それに、リベルタが診察してくれれば、もっと良くなるんでしょう?」


「もう、カリーナったら。そんなに期待されると、緊張してしまうわ」


「あはは、それもそうね」



 まるで時間が巻き戻ったようでした。


 二人は笑い合い、そして昔を懐かしみました。


「本当に戻ってきてくれたのね」


「当然だわ。だって私はこのサンマリーノの町が大好きなんだもの! それに、カリーナの事も大好きよ」


「私もよ」


 カリーナは答えました。



「でも、カリーナが大好きなのは、アルバーノよね?」


「まあ、リベルタったら。からかうんじゃありません」


「あはは、カリーナ。顔が真っ赤よ。もしかして熱があるのかしら? 診察してあげるわね」



 こうして、サンマリーノの町に戻ってきたリベルタは、優秀な医者として働き始めました。



 何も取り柄がないと思っていたリベルタは、とうとう夢を叶えたのです。



 そして、今日も、サンマリーノの町は笑顔で溢れていました。



 おわり。

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[良い点] 物語の全体が、ほのぼのとした優しい雰囲気に包まれていて、読了後にとてもほっこり暖かい気持ちになったところが良かったです。リベルタとカリーナが可愛いのも二重丸。
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