第七話 「始まりの日」
目が覚めた私はさっきのが夢だったのだと理解し安堵する。
荒い息を整え、頰を伝う汗で自分が汗だくである事を理解した。
その事に何故か笑みが浮かぶ。
「本当、夢で良かった」
そう独り言を呟きながら手で汗を拭う。
本当ならタオルや水を浴びたいのだけれどタオルなどの生活用品はタンスの中に。
そしてそのタンスは冒険者が来る前にネクロの魔法で収納された。その他にも椅子や机、調理台などもだ。
だが水浴びはリーナにも出来る。
水属性の魔法で水を溜めればそれで出来る。ただここではその溜めるの行為が出来ないためそれは出来ないのだ。
前に自分で水を出して洗った事があるのだがここは広い石部屋なのでなかなか水が吸われずその場に残ってしまうのだ。
なのでいつもはネクロが掘った穴に水を溜めて洗っている。ネクロとの水浴びはとても楽しい。
「...!そうだ!ネクロはっ⁈」
夢から覚めた事の安堵のためか、それとも精神が現実から目を逸らすためだったのかネクロがやれた事が薄れていた。
辺りをキョロキョロすると背後にいた。
その身体にはべっとりと血がついている。
「ネクロッッ!」
私は慌ててネクロに駆け寄る。
「ネクロッ!ネクロッ!ねえ、ネクロってば!!」
竜状態で倒れているネクロを揺するが返事は返って来ない。
どうしよう...そうだ!
「待っててね、ネクロ」
リーナは空中に魔法陣を構築し始める。
「ヒール」
光属性の回復魔法を発動させる。
私は初級レベルの回復魔法しか行使出来ないがそれでも、少しでもネクロの怪我を治したい。
魔法陣から青白い粒がネクロを包む。
その粒が消えると血で見難いがネクロの身体にあった傷が少し塞がった。
『バインド』はリーナが眠っている間に解けたため今のリーナは回復魔法を使用出来る。
それにリーナ自身は『バインド』を受けた事すら知らない。
また冒険者が斬った身体の傷も眠っている間に『自動HP回復』と『自動回復魔法(小)』が発動して、ほぼ完治していた。
「ヒール」
再び空中に魔法陣を構築しネクロに『ヒール』をかける。
「ヒール...ヒール....ヒール......」
次々と『ヒール』を行使し続けるがいくら回復魔法をかけてもネクロは目を覚まさない。
傷はとっくに癒えているにも関わらず、だ。
「ヒール....ヒール.....ヒー...ル......」
それでもなお、私はネクロに『ヒール』をかけるのを止めようとはしない。
『ヒール』は初級レベルのためMPの消費も少ない。だがここまでずっと『ヒール』を連続使用してはかなりの消費になる。
休んで回復していたMPがそろそろ尽きかけ、目眩や吐き気が起こり始めた。
「...はぁ....はぁ...はぁ....ヒ...ヒール....」
千鳥足になりながらも魔法を行使し続ける。
「ねえ....ネクロ....うっ!.....はぁ、はぁ....早く目を覚まし...てよ....」
怪我を治したにも関わらずネクロが目を覚まさないため涙する。
だが、リーナは理解しているのだ。ネクロが既に死んでいる事を。だからこそそれから目を逸むけたいのだ。
「ねえ、ネクロ。私はどうしたらいいの?」
その質問に答える者はいない。
私にもっと力が、知識があれば....
どうしてこうなったの?私達が何をしたって言うの?何で...何でネクロが.....
リーナの胸の奥から徐々に込み上がって来る感情が三つ。
ネクロを失い、楽しい日常を壊された事への「悲しみ」と「怒り」そしてそれを超えるドロドロとした感情。
それらの感情を糧とし湧き上がった感情「復讐」。
それがリーナの胸に宿った最大の感情。
そして今この日を持って、最悪の始まりとなる事をまだ誰も知らない。
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