当て馬令嬢だったはずのカロリーナ
初めての投稿です。
お手柔らかにお願いします。
ベッドで目を覚ました時には、もう全て終わっていました。
怪我による高熱で数日寝込んでいるときに、私は思い出したのです。
今世の私、カロリーナ・シュバルツは、前世の私がプレイした乙女ゲームの当て馬令嬢でした。
ゲームの名前は覚えていませんし、他の攻略対象者のことなどは覚えていませんが、確かに私はカロリーナ・シュバルツ侯爵令嬢で、私の婚約者はこの国の第二王子レオナルド様です。
そしてゲームでのヒロインであり、今年の春に学園の高等部に入学してから何かとレオナルド様と親しくしているご令嬢は、キャロル・ワード男爵令嬢です。
ゲームの中のカロリーナは自分の婚約者であるレオナルドが大好きで、キャロルと親しくしているレオナルドに素っ気ない態度をとります。
もともとレオナルドが好きすぎて内心ではレオナルドの言動に一喜一憂し感情が大きく揺れているのを隠すために、カロリーナは無表情の仮面をかぶりレオナルドと接していましたから、レオナルドはカロリーナの好意に気づいておらず、純粋に真っ直ぐ自分への愛を囁くキャロルに惹かれていくのです。
キャロルがレオナルドのルートに入ると、ある事件が起こります。
それは、年に一度の校外学習先の森で、カロリーナの班は魔物に遭遇し、カロリーナは他の班員を庇って怪我をする、というものです。
そしてその怪我で人前に立てなくなったカロリーナは第二王子の婚約者として相応しくないという理由で、レオナルドに婚約破棄されるのです。
晴れてキャロルとの恋路を邪魔する者がいなくなったレオナルドは、キャロルに求婚。
王の反対に遭いつつも共に試練を乗り越え、愛と絆を深めていく二人。
王もその二人の姿を認め、無事に二人はゴールイン。
これが、その乙女ゲームの内容です。
そして私カロリーナは、数日前の校外学習先で魔物に遭遇し、怪我を負いました。
背中に魔物の爪痕が残り、どこか神経をやられたらしく脚も上手く動きません。
確かにこれでは人前に立てません。
というか、私歩けるのでしょうか。
そうっとベッドから足をおろし体重をかけようとして、激痛のあまり倒れこみました。
けっこうな物音に侍女が入ってきて慌てて医者を呼びました。
やっぱり私、歩くのは難しいそうです。
リハビリしてなんとか……ってところでしょうか。
落胆していると、お父様がやって来て、第二王子からの婚約破棄について言われました。
正式な婚約破棄の手続きは二日後にするそうです。
私は思いました。
前世からずっと好きだったレオナルド様に、最後にちゃんと想いを伝えようと。
でもまた目の前にレオナルド様がいると動揺してきちんと伝えられないだろうから、手紙を書こうと。
前世でも私はレオナルド様推しだったのです。
前世の記憶がなかったときの今世でもレオナルド様が大好きでした。
その想いを手紙に綴りました。
5歳で初めてお会いして一目惚れしたこと。
一緒に手を繋いでお城のあちこちを駆け回る楽しかった幼少期。
ダンスのレッスンもお勉強も、音楽もマナーの授業も、帝王学も体術も全部一緒に学んで来ました。
初めてのちゅーは7歳。たくさんの高い本棚に囲まれた図書室で、床に座り込んで私たちは一緒に果物の本を読んでいましたね。
「リー、こっち向いて」
「なあに、レオ」
すぐ横にいたレオナルド様の方を向いた私の唇に、レオナルド様の唇がちゅっと重なりました。
私は真っ赤になって、レオナルド様も真っ赤で……。
よく覚えております。
婚約が正式に結ばれた10歳。
嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
レオナルド様がキラキラの満面の笑みを私に向けてくださって、私は幸せでいっぱいでした。
お父様には「可愛い私のリーナが……、パパのお嫁さんになるとか言ってくれていたのに……」と悲しがられたけど(私は5歳の時からレオナルド様一筋ですから、パパのお嫁さんとか言ってたのってけっこう前の話ですよね……?)、お母様やお兄様、レオナルド様のお父様やお母様、つまり王様や王妃様にはとても喜ばれました。
ああ、婚約破棄の件、王様や王妃様はどう思ってらっしゃるのかしら。
あの優しいお二人にもうお会いできないのかと思うととても寂しいし悲しいわ。
学園の中等部に入学してからはお互いに親しい友人もでき、いつも一緒にいるわけではなくなったけれど、週末にするデートや勉強会は楽しかった。
ダンスパーティーで何度もレオナルド様と踊り、綺麗だと言われたときは、美しくなるための努力をしていてよかったと心から思った。
その後、普段絶対に言わないのに、美しい星空の下で、「好きだ」って言われたのよね。
でも、正式に婚約してから他の人たちに弱みを見せないようにと表情をあまり変えないよう訓練されていたのと、嬉し涙を我慢していたせいで、きちんと笑えなかったかもしれない。
部屋に戻ってからものすごく反省した。
私も好きですってちゃんと言えばよかったって後悔した。
もう今さらよね……。
レオナルド様が好き。
大好き。
ずっと傍にいたい。
レオナルド様と結婚して、レオナルド様の子を産んで、レオナルド様と一緒に生きて、レオナルド様と一緒に死んでいきたい。
でも、もうそれは叶わない。
溢れた涙が便箋に落ちて、インクが滲む。
書き直しはしなかった。
どうせレオナルド様はもう、私からの手紙なんてお読みにならないわ……。
さようなら、愛しい人。
キャロルさんと幸せになってください。
***
カロリーナからの手紙が届いていると聞いて、なんだと思った。
どうせ私との婚約破棄への抗議だろうと思った。
読みもせずにゴミ箱に捨ててやろうかと思ったが、まああいつの手紙を読むのも最後だろうと思い、封を切る。
カロリーナは私の婚約者だ。
初めて会ったとき、カロリーナのキラキラした瞳が、私を好きだと隠しもしない笑顔が、とても好ましく思えた。
一緒に学んでいくうちに、あいつの努力する姿や、できなくて悔し涙を流す姿、できたときの満面の笑み、それになんと言っても私の言動によってくるくる変わる表情が、可愛くて愛おしくて。
気づいたら、好きになっていた。
変わったのは、正式に婚約が結ばれてからだろうか。
カロリーナは笑わなくなった。
毎日のように私に言ってくれていた好きという言葉も聞かなくなった。
私のことを好きではなくなったのかと思った。
私の友人たちが、カロリーナはモテると言っていたし、私はあいつが自分の婚約者であることが誇らしかったけれど、それと同時に、あいつは私以外の男を好きになったのではないかとも思っていた。
それが決定的になったのは中等部のダンスパーティーだった。
カロリーナは美しく、私は正直惚れ直した。
夜空の下で、久しぶりに好きだと言った。
前みたいに無邪気な笑顔で「私も好き!」と言ってくれるかと期待した。
けれど、カロリーナはぎこちない笑みを浮かべるだけだった。
ああ、もうカロリーナは私を好きではないのだなと、そう思った。
高等部に入って、キャロルという令嬢と親しくなった。
天真爛漫な笑顔、純粋に私を好きだと慕うその態度。
キャロルは以前のカロリーナとよく似ていた。
カロリーナに素っ気ない態度をとられ、キャロル嬢に好意を寄せられているうちに、私はキャロル嬢の方を好ましく思うようになっていった。
キャロル嬢と結ばれれば幸せになれるかもしれないが、私には第二王子という立場があり、カロリーナという国王が認めた婚約者がいる。
禁断の恋、とまではいかないかもしれないが、障害のある恋だったことも、私がキャロル嬢への想いを膨らませる要因になったのだと思う。
校外学習先でカロリーナが魔物に襲われ、私との婚約破棄が決まったとき、私は複雑な気持ちだった。
私は最近、もうカロリーナが好きなのかキャロル嬢が好きなのか判らなくなっていた。
だから、キャロル嬢と結ばれる可能性が出てきた嬉しさと、ずっと婚約者として傍にいたカロリーナへの申し訳なさを感じる一方で、本当に私はキャロル嬢が好きなのか、カロリーナが嫌いになったのかと悩んでいた。
でも、カロリーナは好きでもない男との婚約を解消できたのだからよかったのだろうと思った。
……この手紙を読むまでは。
見慣れたカロリーナの綺麗な字で書かれた、私への想い。
小さい頃を思い出しながら書いたのだろうか。
いろいろな想い出と共に、私への好意が書かれている。
読んで気づく。
カロリーナの表情は第二王子の妻になる教育の一貫で、ずっと表情を出さずにいたから上手く笑えなかったなど、私は知りもしなかったし、カロリーナが後悔していたこともしらなかった。
何より、カロリーナはずっと幼い頃より私に変わらぬ愛を向けてくれているのに、私はカロリーナのことを知りもせず、キャロル嬢に惹かれていた。
そもそも、キャロル嬢を好きになったのは、幼少期のカロリーナに似ていたからだ。
それならば、そもそも私はキャロル嬢にカロリーナの面影をみていただけで、本当はキャロル嬢を好きではなかったのかもしれない。
キャロル嬢にも謝らねばなるまい。
愛を語る手紙はしかし、別れの言葉で終わっていた。
私の幸せを願う、と。
インクの滲んだお慕いしております、の字を指でなぞる。
カロリーナはどんな気持ちでこれを書いたのだろうか。
インクの滲んだ理由はきっと、カロリーナの涙だろうなと思った。
**
どうしてこうなったのでしょう。
あれから3年。
なぜか手紙を握りしめたレオナルド様が屋敷に駆け込んで来たと思ったら、なぜか謝られ、なぜか愛の言葉を私にくれたのです。
はじめは訳がわかりませんでした。
いろいろたくさん話をして、私とレオナルド様はずいぶんお互いにすれ違っていたことを知りました。
婚約破棄の話はなくなり、私は今、レオナルド様の妻です。
実は、私の家族も王家の方々も、私とレオナルド様の婚約を破棄するつもりはなかったようなのです。レオナルド様があのままキャロル嬢との関係を続けるようなら婚約破棄になる予定だったと聞きました。
レオナルド様は第二王子で兄の王太子様はとても立派な方です。弟君も3人いらっしゃいますし公務もそんなにたくさんしなくても済むよう王様が配慮してくれているようで、リハビリをがんばったおかげでゆっくり少しの時間なら歩けるようになった私を連れて、様々な施設の視察に行ったり、式典に出席したりするくらいです。
キャロル嬢はなんと、幼なじみのもとへ嫁ぎました。
昔から真摯に自分のことを慕ってくれていた男性の姿に絆されたらしいです。
今では双子の男の子の母親だといいます。
レオナルド様から聞いて驚きました。
そして私も。
「レオナルド様」
「なんだ?」
私の隣に座っているレオナルド様を見上げ、言いました。
「レオナルド様。
私たち、お父様とお母様になりました」
そのときのレオナルド様の驚いた顔と、その後の素晴らしい笑顔、思わずといったような熱烈な抱擁を私は一生忘れないでしょう。
読んでくださりありがとうございました。
※ご指摘いただいた箇所を何カ所か訂正致しました。的確なアドバイスありがとうございます……!