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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
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禁忌⑧

禁忌⑧







アンと蒼井警部ら2人が話してから数日が既に過ぎていた。

事件は一向に終わりは見えないが、蒼井警部の表情は血色の盛んな不敵の色合いで生き生きとしていた。対する相模刑事は長時間の運転で疲労困憊して青を通り越して土黄色の不出来な色合いでげっそりとしていた。

「ハア、交代しましょうよー。警部ー。8時間運転は辛いっす。」

「若いもんは耐えろ。3時間に25分、1時間に10分の休憩は入れているだろう?」

「あの、警部、1つよろしいですか?貴方は8時間中4時間丸々休憩という名目で爆睡してましたよね?理不尽じゃないですか!」

「わ、若いもんは、く、苦労をするもんだ。」

「パワハラで訴えますよ。」

相模刑事はため息を吐きつつ、車を運転する。時刻は既に夜になりかけていた。


島﨑はあれから、70代男女2人、80代男女2人を新たな被害者にした。彼が何の実験をしているのかまだ誰も皆目見当もつかないが、島﨑について、蒼井警部と相模刑事は有力な情報を手に入れた。

かなりの長距離運転を余儀なくされた上に、手に入れた情報は信じられない内容だったが、事件と符合する点も多い。


相模刑事は段階的にアクセルを踏んで加速する。信号は4つ前まで全て青、赤になる気配どころか黄色になる気配もない。一番手前の青信号は真っ直ぐ進めえ!と言っていた。

「アンのところに直行します。」

「ああ、答え合わせといこうじゃないか。」

謎はもう少しで解けるところである。







「お久しぶりですね。長旅、ご苦労様です。相模刑事。」

数日ぶりのアンは相変わらず美人のままだった。

そんな美人に苦労を労って貰えるというのはそれだけで嬉しいものである。相模刑事は一瞬で疲労を忘れて有頂天になった。

「はあい。ありがとうございますぅ!」

そんな相模刑事を蒼井警部は小声で「情けないチョロさだ。」とうんざりした様子でボヤいた。

事務所の机には既にコーヒーが来客を温かく待っていた。

「私の方でも、色々調べたのです。」

席について早々、そうアンは分厚い、資料が敷き詰められたA4サイズの茶封筒を取り出して切り出した。それに蒼井警部は実に冷静に話し合いを仕切る。

「なら、そちらから報告するか?」

「いえ、おそらく警部達の話が先の方がよろしいかと思います。」

「なら、そうしよう。」

雑談も無駄な時間も置くこともせず、テキパキと仕事に入る。相模刑事が初めてここに来た時と同じである。そんな様子からは、この事件が如何に緊急性があるのか、彼らが如何に有能で空気の読める仕事人なのか、察することが出来た。

蒼井警部は100均一のファイルを取り出す。それは外見の安っぽさが掻き消えるほど中身が濃い、今回の事件の成果の1つだった。

「お前の言う通り島﨑の親元を調べたら、奴の出身地が違うことが分かった。」

「出身地を偽造していたようです。」

机の上に数枚の写真が置かれる。そこに写っていたのは幾多の廃墟。苔むして半壊した木造の家、〇〇(字が潰れて読めない)村役場と表札がかかったコンクリートの小さなビル、比較的新しいがそれでも外壁は蔦に覆われ真っ黒になっている家‥‥この写真の村は廃村しているようだ。

「出身地を詐称したのは島﨑の親。戸籍から変えてましたよ。しかも、名字まで親は変えていて‥‥彼は島﨑という名字ではなく〇〇という名字でした。本当の出身地はこの写真の村。調べるのも骨が折れました。」

アンは写真を手に取る。

「‥‥余程、ここの生まれであることを忌避していたようですね。この村は?」

「‥‥かなり昔の言葉で言うなら、穢多村って奴ですよ。」

「‥‥。」

穢多は蔑称、卑語、禁止用語になるが、これほど良く分かる言葉は無かった。

日本は宗教的観点から古くから不浄と殺生を嫌う文化があった。しかし、生活に動物の毛皮やその加工品は必要不可欠だった。そう、文化と生活は一致していなかった。矛盾していたのである。文化を重んじつつ、生物を殺し、血みどろの中でそれらを加工することは不可能だった。生物を殺し血を纏うことは殺生の禁を犯し、不浄に塗れ、地獄に行くことが確定する。

そんな中で生まれたのが穢多という存在だ。

彼らは殺すことを生業としていた。動物を屠殺し、加工し、または人間の罪人の処刑役を請け負った。

時の支配者からそう生きるよう仕向けられながら、そんな中で彼らは同じ人間から差別されるようになった。

殺生の禁を犯した一族、不浄の塊、死体の匂いが染み付いた生ける罪人‥‥扱いは底辺を行き、嘲笑され、厄介者として後ろ指を刺される‥‥川も湧き水もない僻地に住まわされ、公式の地図にその居住区は載せられず、ただその労働力のみ求められていた存在。

自分達が作った品々で身を包んだ人間に、彼らは酷な扱いを受けたのだ。

それでも江戸時代まではまだ良かったとも言えたらしい。殺しを生業とする人間は彼らしかいなかったから、それの売り上げや利益は独占出来ていて、経済的に豊かだった。しかし、明治期以降、屠殺を含め、その加工を一般市民にも出来るようになったことから、経済的に困窮。彼らは貧困と差別の二重苦に苦しむことになった。

「村自体は20年以上前に廃村し、村民は離散しています。

しかし。島﨑の親子がいた頃はまだ廃村しおらず、村民以外の周辺住民だけでなく世間からも差別を受けていたようで、島﨑の親は差別に苦しみ、島﨑が7歳の頃に移住。戸籍から何から詐称しました。そして、彼らは平穏に暮らした‥‥訳ではなく、頻繁に全国を転々としています。」

「‥‥引越し先でも差別されたのですね。」

「他人の下世話な好奇心にやられたようです。」

島﨑の一家は一般家庭と相違ない普通の家庭だった。先祖は確かに動物を人間を生物を職業として殺してきたが、それは遠い昔の話で、島﨑家は本当に普通の家で差別される理由は既に無くなっていた筈だった。

だが、周りはそうではない。

ストレスの捌け口が欲しい、自分を大きく見せたい、他人の幸せが許せない、そもそもそう言う人間に嫌悪がある‥‥様々な理由で彼らを追い詰めた。

島﨑家は普通の幸せを目指していた。だが、周りの低俗で愚劣な意志に常に晒され、幸せを掴むためには出生と過去を必死に隠し通し続け、逃げるしかなかった。

「そのストレスによってか、島﨑の両親は早くに亡くなりました。とはいえ、既に島﨑は成人済みでしたので、大きな問題にはならなかったようです。

で、島﨑の親の話はこれだけで終わるんですが、問題は島﨑の祖先です。」

相模刑事はそう話すと、別の写真を並べた。古い古文書のようだった。茶色く変色した和紙に癖の強い墨書きの文字が書き連ねてある。

「‥‥不思議な話ですが、島﨑の祖先は生産品のコピー品を大量に作成できたそうです。」

「どういうことです?」

アンは興味深そうに写真を見た。

相模刑事と蒼井警部は廃村になったそこで、島﨑の生家を探し見つけた。その生家がまだ完全に朽ちて無かったこと為、内部を少しガサ入れして見つけた。そして、厳重に保管してあったそれを見つけたのである。恐らく戒める為に、自分達の過去が流出しないよう保存していたのだろうが、厳重すぎたせいでかえって廃村して20年経っても朽ちることは無かった。

その内容は現実的には有り得ない話だったが。

島﨑の先祖はさらなる経済利益を目指し、長い時間をかけて、自分達が生産したものを大量にコピーし増産する技術を身につけた。一つ作れば、100同じものを作り出せる。そんな当時にとっては夢の技術である。

「島﨑の事件を考えれば納得できるかと。大量の死体はこの技術によるものかと。」

「‥‥。」

「しかし、信じられません。いえ、確かにこれが本当なら、今回の事件の辻褄が合うんですが。それにしたって人智を超えているというか‥‥。」

頭をかいて抱えるそんな相模刑事は正しく一般人らしく正しい。こんなのが現実にあったとしても俄に信じ難い。しかし、そんな相模刑事の目の前にいるアンはなんとも表現し難い、無表情に蘭々とした瞳を浮かべて、じっと資料を読み込んでいた。蒼井警部はそんな様子に何となく、表情には全く出ていないが、アンが心底面白がっているような気がした。


「‥‥ひとまず、その話の信憑性は置いておきましょう。彼はそうした『小業』が出来る。それを前提に私の話を聞きませんか?」


小業、という言葉に妙に引っかかりを覚えたが、蒼井警部はビジネスに徹する。気になると長年の勘が働いても余計な話をする場合ではない。

「話とは?」

「島﨑の動機‥‥いえ、目的がわかりました。」

「目的?」

動機ではなく、目的。その言葉の違いは些細だ。動機はそこに至るまでの行動の原因、目的はある程度の終着を見据えた行動。アンは目的の方を見つけたようだ。

「‥‥彼の関係者に色々当たってみたんです。」

「彼の関係者って‥‥僕達が失敗した人達ですか?」

「いいえ、貴方方が調べた方々ではなく、私が調べたのは、彼の関係者で割と踏み込んだ仲だった人達です。」

「‥‥え?そんな人いたんですか?」

相模刑事はきょとんとする。自分達で調べた時に島﨑の交友関係は洗いざらい探った筈である。アンの言葉だと、まるで全く別の人間を探ったような口振りだ。

「お二人が調べた方々では断られるのがオチだったので、他の方で、彼に長く関わった方で、ある程度彼に苦手意識を持っていた人を探したんです。」

「苦手意識?」

「つまり、逆の方々、島﨑を知るがしかし、好意を持たなかった人です。警察の方からすれば、不仲の人間を洗うのは意味がないでしょうが。」

そこで、アンは深い微笑みを浮かべた。

「今回ばかりは意味がありました。そう、万人から愛される人間などいませんよ。例えば、人望溢れる島﨑先生の足を引っ張りたい人間だっているわけです。そうして彼らが島﨑さんを追い詰めたわけですから。」

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