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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
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禁忌⑦




「蒼井ペアがアンを頼ったらしい。」

「全く情けない。」

「しかし、今回の事件は仕方がないんじゃ‥‥。」

「本当に島﨑春記には困ったものだ。」

「うちはいつまで恥を忍んで、アンに頼る事になるんだか。」


事件が一向に解決しない事態に、警視庁捜査一課の面々は暗雲低迷、憂鬱暗鬱陰鬱としていた。終わらない仕事に彼らは休日返上だけでなく安眠も返上している。目の下にはクマ、無精髭、若白髪、ストレス白髪、ただの白髪、5円ハゲ、500円ハゲ、元からハゲ、面々の疲労は限界になっており、島﨑春記の事件が当初こそ解決に近いと疑って無かった上に、こうも(仕事量が倍になるという意味でも)悲劇になるなど誰も思ってなかっただけ、負担と不満に思う者は多かった。


「てか、何でなんでしょうねー。」

「ああ?」

「島﨑はあれだけのことをしながら、あっさり捕まった。取り調べにも応じた。なのに、逃げ出して、先輩達を魔法みたいに死なせた。何がしたいんでしょうか。」

「知るか。」

「‥‥勘でしかないが、奴は何か別の目的でうちに来たんじゃ無かろうか?」

「はい?」

「おいおい雑談してる場合か?」

「別の目的って何です。」

「‥‥たまにいるだろ。自分は罪人だから自首してくる奴。面倒なトチ狂った客もいるが、中にはガチな犯罪犯してやってくるやつもいる‥‥。奴はそれだったんじゃないかと‥‥。」

「つまり、自分を捕まえてこれ以上犯罪を犯さないようにしてくれってことですかい?んな、まさか‥‥。」

「ありえないことじゃないですね‥‥。」

「自己規制が出来ないから、応じた?なら、何で逃げ出したんですか?」

「それは‥‥。」

「‥‥知らないよ。さっさと仕事に戻れよ。」

「まさかだが‥‥居る意味を見い出せなかったとか?」

「?」

「‥‥俺達は奴が殺しを認めて償いをさせる為に動いていた。だが、奴は自分を捕まえて欲しいから来たことが前提なら、殺人の償いをさせられることも、何れは裁判所で殺人罪を処せられるのも納得がいかなかったんじゃないのか?」

「んなわけがない。」

「いや、有りうるかもしれない。奴は殺しに後悔は無かっただけじゃなく、後悔するなら殺しなんてそもそもしないとか言った奴だ。」

「なんだそりゃ、自分の思い通りにならなかったから飛び出したとでも言うのか?」

「ハハハッ、それならあのクロさんはかなりの自己中じゃねえか。」




「自分の思いのままにならなきゃ我慢出来ないなんざ、反社会的な御人だったってこったなあ。」









一方、都内某所、とある宗教施設。






その施設にいる70代の初老の男性はいわゆる神父にあたる人間だった。毎朝、神に祈り、毎食、神に感謝し、毎夜、自分の人生が、周りの尊い人達が幸福であることに嬉しさを感じていた。

おかげで今の今まで健康体で過ごし、病気も一昨年、妻からインフルエンザを貰った以外はなく、足腰もしっかりしていた。

そんな彼はいつも信者の為に綺麗にしている宗教施設内の掃除をしていた。掃除すると心まで掃除されるとは確かなことで、彼は自分が清々しくなるのを感じながら、嬉々と埃をはたき、雑巾がけをした。

そこへ、1人、ふらりと人がやってきた。

「こんにちは。」

来客に気づき、掃除をする手を止めてその人を見る。そこには黒髪黒目の青年が1人立っていた。彼にとっては初めて見る人物だった。

「はじめましての方ですね?御用ですか?」

「‥‥ええ、まあ。」

青年は彼の質問に言葉を濁して、施設の1番中央でそれでいて1番高いところにある神の威光に目を向けた。何となく後ろめたそうな悲しんでいるような顔を青年はしていた。そんな青年に根っからの善人である彼はある予感を、彼が深く思い悩んでいるのでは?とお節介を焼いた。

「どうやら、何か抱えている様子。この私に何か話してみませんか?空にいる神様もきっと聞いて下さるでしょう。」

「‥‥よろしいのでしょうか?」

そんな彼に対する青年の答えは申し訳無さそうな真面目な人間の言葉だった。彼はすっかりお節介焼きになって、親身になろうと青年を椅子に座らせ、施設に隣接する自宅で夕飯を作っていた妻にお茶を用意するよう伝えて、青年が話をゆったりとリラックスした状態で話せるようにした。

そうして、しばらく間を置いて、青年は話し出した。

「私は父の言われた通り、良き人間にはなれませんでした。」

「?」

「私は父に善人になるよう、自分の欲を抑えるよう言われていました。その通り、ごく数年前までは、善人である為、他人の為、文字通り、骨身を惜しまず、心身共に奉仕し、献身と奉公を忘れずに生きてきました。しかし‥‥周りはそうではなかった。私が実は悪人ではないか、と興味津々に群がり、私の成すこと全てを監視する。

言うならば、そう、私は善人のフリをし、周りの興味本位な粗探しをされるのに、疲れてしまったのです。」

「疲れてしまうのも、無理はありません。自分を抑えて生きるのは難しい。」

「‥‥やはり、そうですよね‥‥。」

「人間は自分の人生を歩く権利を神から与えられているのです。貴方は今まで余程、自分を殺してしまうような環境にいたのでしょう。自分らしく生きる事は悪ではありません。道理と道徳に適っていれば、自分の欲に忠実でもよろしいのではないのでしょうか?」

そこまで彼は柔和に、父親のような母親のような包容力に溢れた微笑みで青年の話を全て包み込んで癒していたつもりだった。確かに自分は青年の悩みを救ったのだと確信していた。



だが。



ある意味、青年を救ったとも言えるが、彼はその瞬間、何も悪いことをしていないというのに地獄に堕ちることになった。

「‥‥そう、ですか。自分らしく、自分の欲求に正直に‥‥それを神が赦されるなら、私は卑しい人間であっても、私は私を抑えず罰せず縛り付けず殺さず傷つけず燃やさず沈めず自殺せずに‥‥済むのですね?」

「はい。そうですよ。」

「ああ、ああそうですか。私という私を責めなくてよろしいのですね。今まで幾度、欲に忠実になる『私』を殺したか分からず、ただただ私の不甲斐なさばかり目について憂う日々。‥‥何れ、戒めも教えも守れなくなり、祈れなくなってしまった。それでも、私は私で良いのですね!」

「ええ。」





「なら、尊く良き人間で優良な条件を満たした貴方を使わせて下さい。」





彼にその瞬間、何が起こったのか理解するのは困難であり、酷であった。

ただ彼の感覚として、それはトラウマを遥かに超え、絶望よりも底無しなことが起こったのは気づいた。

気づけば、目の前には青年がいつの間にか抱えていた辞書のように分厚い本があって、その本がぱっくりと口を開くように開いていて、そのページには100通りの自分の未来とも言うべき自分の亡骸が見るも無残な姿でそこにいたのだ。生身の人間として。


「ぎゃあああああああああアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ‥‥アァ、ああ?‥‥あっ‥‥。」


悲鳴を挙げ、逃げそうとしたが、逃げ出せない。彼はそう勘づく前に直感してしまったのだ。



ああ、自分もこの死体の1人なのだと。




そこで彼の意識はこの世からさっぱり消えた。

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