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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
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禁忌⑥







「辞書が凶器だあ?何を言っている?」

蒼井警部の言葉はもっともなことだった。これだけ怪奇事件とはいえ、凶器が辞書だなんてあまりにおかしい。

「辞書が何の凶器になるんだ。辞書で人を殺すなんざ、殴打しかできねえよ。」

しかし、蒼井警部からそう言われてもアンは落ち着き払った様子でマイペースにコーヒーに口をつけ、1つ聞きますが、と断った。

「貴方方は彼に直接対面したことは?」

「直接は無いな。監視カメラや調書じゃ毎日顔を合わせているが‥‥。」

「ならば、仕方がありません。実際の彼を知らない者が3人ここにいるなら、凶器の話は一旦止めにしましょう。」

「ああ?」

ここまで話を広げて置きながら、何と勝手な!と蒼井警部は声を荒らげかけたが、それをギリギリのところで相模刑事が取り押さえた。

「まあまあ。」

「ふんっ。」

ソファの背もたれに蒼井警部がふんぞり返る中、アンは淡々と口を開けた。

「凶器の話の前に、死体の謎と彼の動機を明確にしましょう。それが多分、解決の近道です。」






アンは大量の死体の謎を解いたらしい。

そんな話の流れを読んで、相模刑事が目を点にした。

「ごめんなさい。あの、分かったんですか?」

「何を、ですか?」

「大量の同じ人間の死体です。」

相模刑事には全く分からない謎だ。同一人物の大量の死体、まやかしではないかと思う程の本物の人間の死体だった。それが何千人分。奇妙で奇怪でたまらない。

それが彼女には分かったのだろうか?こんな常識外れな話を、解明したのだろうか?

だが、その返答は違うものだった。

「いえ、仮説はありますが、完全に分かったわけではありません。今、断言出来るのは、恐らくそれが動機と思われる部分です。」

「動機‥‥。」

「被害者は恐らく、加害者にとってモルモットだったと思われます。」

「も、モルモットだと‥‥!?」

アンは恐ろしい仮説を唱えながら、それでいて意地悪く内緒話をするような調子で、口を開いた。

「彼が動機を話さなかった理由は、殺した罪悪感は抱かずとも、別の罪悪感を持っていたからだと思います。そう、例えば‥‥人が死ぬ様を見たかっただとか‥‥。」

でなければ、全て死因の違う大量の死体なんて生まれませんよ、とアンは残酷で妖艶な微笑みを浮かべた。



被害者は男女6人ずつの12人、年齢もバラバラだが。

「よくよく整理すれば法則があります。被害者の年齢を並べるんです。」

そう言ってアンはメモを取り出し、被害者の発見順に年齢と性別を書き出した。

16(女)、54(男)、35(男)、42(女)、18(男)、67(男)、23(男)、25(女)、45(男)、63(女)、33(女)、52(女)。

その詳細を整理すると10代が男女2人、20代が男女2人、30代が男女2人、40代が男女2人、50代が男女2人、60代が男女2人、という綺麗に揃った法則性が見えてきた。

「偶然性は無いかと思います。」

そのメモをアンから受け取り、蒼井警部は二度見する。気づかなかったとその顔には書いてある。アンは続けて言葉を紡いだ。

「そして、死体の数は一人当たりきっちり100人ですね?」

「あ、ああ。」

調書には12人の被害者の死体は1人当たり100人分あったと確かに書いてある。

「つまり、加害者は12人分、10代から60代までの男女に100通りの殺しをした、ということですね。」

「あ。」

相模刑事の顔がさあっと青くなる。話は段々と奇怪な事件ではなく、かなり惨く残酷なマッドサイエンティストによる人体実験の体を露わにしていた。

「順番が逆だったのですよ。」

アンの表情はとても殺人事件について話しているようなものでは無かった。落ち着いて相談に乗ってるだけという体だったが、会話は確かに恐ろしい話をしていた。

「同一人物の死体が大量にある事に着目しがちですが重要ではありません。重要なのは、何故、それだけの人間が必要だったのか、です。加害者は人体実験をしていた。それが一体どんなテーマでどんな好奇心によるものかは何通りもあり過ぎて私には分かりかねますが、被害者を突発的に襲い、無造作に死体が増やしたわけではありません。彼は同じ条件及び状態の実験体で100通りの実証実験をした、その結果、あれだけの死体ができた。恐らく被害者をもっと詳細に調べたら、更に共通点が出ると思いますよ。例えば、家族構成とか‥‥今まで大病を患ったことの無い健康体だとか‥‥?」

被害者はモルモットだった。

その結論がしっくり来てしまうのは何故だろう。

モルモット、つまり実験体というのはその実験に使用する個体が多ければ多い程、似通った条件及び状態が実験体全部に求められる。島﨑は無意味に同じ人間の死体を大量に作り上げたのではなく、条件が同じ実験体の人数を増やしたかっただけだった。

「そう考えると、彼の動機は大規模な人体実験ということですか‥‥。つまり、100通りの死に方を12人の被害者を使って試したってことでしょう‥‥?」

「そうなりますね。」

「今まで人目につかない場所で死体が発見されたのは、文字通りの遺棄だったから。彼に罪悪感が無いように見えたのは、彼は人殺しをした訳じゃなくて、実験をしたから‥‥?島﨑は人間を大量に使っただけで普通の科学実験をした、という意識だったというのでしょうか?」

相模刑事は自分でそう結論をつけながらも、吐き気が止まらなくなった。あの被害者12人を島﨑はそんな意識で殺めたというのだろうか?まさか、それではマッドサイエンティストよりも酷い。純粋無垢な好奇心でやったというのか、まるでそれは‥‥。

「サイコパス‥‥。」

「確かにそうかもしれませんね。ですが。」

呆然とする相模刑事をアンが窘める。

「まだ分からないと思いますよ。」

「何故です?これだけのことをしていて、常人では無いでしょう?」

「常人ではありません。しかし、かといってサイコパスと断ずるには‥‥1つ引っかかりが。」

「といいますと?」

「彼は警察に逮捕された時、何故抵抗しなかったのでしょう。取り調べにも素直に応じました。動機や死体の謎は話さなかったことはさておき、彼が警察に応じた理由と脱走した理由がある筈。サイコパスと呼ぶにはちょっと彼は人間くさいですよ。」

そう説明するアンに何か気づいたのか、蒼井警部はファイルを手に取り、調書を捲った。

「そう言えば、だが、彼は1度『自分の罪を贖いに来た。』とか、発言していたな。」

「贖い、ですか?それはまた‥‥。」

「殺人を認めた発言として処理されているが、殺人をしたことに罪悪感があるかどうか、被害者に謝罪の意はあるか、とその後、聞かれた質問には『質問の意味がわからない。殺人に罪悪を感じるなら最初からしない。』といった旨の返答をしている。」

調書の中の島﨑は動機や殺人方法についての質問には答えていないものの、質問自体は全て真面目に答えている。分からないものは分からないと答えながらも、真っ当な血の通った返答ばかりだ。

「‥‥。」

「ここまでの話を総合するとだ。奴は被害者を実験体に殺人を犯した。殺人したことに罪悪感はなく、しかし、別の何かに罪の意識があった。それで素直に応じ、真面目に取り調べを受けたが‥‥脱走した。」

考えるようにアンは目を閉じて、やや俯きがち首を傾げながら、人差し指を顎に当てた。

そうして、僅かな間、思考すると目を開けた。

「島﨑は実験出来たことに対して罪悪感があったのかもしれません。いえ、そもそも実験が出来てしまう自分に耐えられなかったということではないでしょうか?」

「え?」

驚く相模刑事にアンははっきりと答えた。



「彼は異常も常識も分かっている人間で、自分が危険かつ世間の罪だと思っていた可能性があります。」



そうしてややあって。

「彼の過去を調べるべきかと思います。もしかしたら、彼のおかしな理由も教師を辞めて今に至る理由も今回の事件も全て繋がっている可能性があります。特に‥‥。」


亡くなっている親の方を。




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