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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
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百目 ⑭









未桑カナタはカラスに残酷につつかれながら、しかし、島崎の話をこればかりは聞いて震えていた。

この自分の目を引っ込めたら、カラスからは逃げられる。しかし、目を二度と外には出せなくなる。出した瞬間、カラスに襲われるから。それだけ彼女の目玉は美味しいらしい。

「なんなのよ‥‥なんで‥‥!」

潰される目越しに橋山雛を見る。彼女はこれだけ未桑カナタが叫んでも何もしてくれない。

何故だ。

嫌い、と橋山雛は未桑カナタに言った。でも、こっちが好きなら相手も好きになるって誰かが言っていたじゃないか。ああ、何で私の好意が橋山雛に届かないんだろう。


最初の頃は届いていた。


橋山雛がいた大学にいた時、未桑カナタは自由を謳歌していた。今まで口煩い母親のせいで、友達も恋人も、どころか自分も無かった。

服も髪も化粧もスケジュールも母親に管理される日々。空気な父は従え、としか言わなかった。

本当にそこに自分が無かった。

でも、あの大学に入り、あの大嫌いな母親の手から離れて自由になったとき、未桑カナタは歓喜した。友達も恋人も自由に作れる!自分の好きな格好が出来る!好きなもの、好きなことができる!

しかし、その膨大な自由は未桑カナタを苦しめた。

友達が欲しい。でも、今まで作ったことがない。どうすれば友達になれる?恋人、憧れるけど、どうやって告白するの?

自分の好みが分からない。服もいっぱいありすぎて選べない。何が自分に合うのか分からない。化粧だってどうすればいいか分からない。趣味だってない。私は何をすれば楽しいのか分からない。

自分が無い。

今まで誰かに決められて生きてきた。

自分が無い。それが私のコンプレックス。


そんな時、雛に出会った。


当時、雛は美人だからではないけど、センスの良さから小さな雑誌の読者モデルとして活動してた。

その上、友達も多かった。勉強もよく出来た。スポーツが出来たかは知らないけれど、お酒に強くて、飲み会でよく盛り上げ役をやって男女共に人気者だった。みんなからもてはやされて、いつもニコニコ笑っていた。

羨ましいくらい眩しい存在だった。私に無いものだらけ。

私はどうにか彼女に近づいて、友達になった。

けれど、友達になったところで、彼女の付属品みたいにしかなれなくて、私は相変わらず独りで自分が無い。

自分が無い。

ああ、彼女が私だったらいいのに。

彼女の立場が私だったら良かったのに。

そしたら、さぞかし世界に愛されるだろうな。

こっそり‥‥彼女が持ってるものと同じものを揃えた。

こっそり‥‥彼女が着ている服を揃えた。

こっそり‥‥彼女がしている化粧をお手本にして化粧した。

こっそり‥‥彼女がよくしている口調を自分もしてみた。

そしたら、まるで彼女になれたような気持ち。でも、私には相変わらず自分らしさがない。自身が無い。‥‥自信が無い。

そうだ。彼女は私ということにしよう!

彼女の幸せが自分の幸せ、そんな風に思えるようになったら、自分だって幸せになれるはず!

友達だから、許してくれるよね。友達ってそんなものだから。




‥‥そんなものだから‥‥。




「お馬鹿さんな人。」

未桑カナタにまるで彼女の思考を全て読んでいたかのようなアンがくすくす笑う。

「それで、貴方は幸せだったんですか?」

「‥‥。」

「他人の幸せが自分の幸せ?そんなの自分に対して騙していることと大差ない。まあ、否定はしませんがね。

‥‥それで?貴方は良かったんですか?良かったなら、だいぶ愉快な話ですが。」

「‥‥。」

「自分が無い。そんなことを考えている時点で、貴方には自分があると思いますが?本当に自分が無い人間なら、自覚すらなく他人の奴隷になっている。貴方は自覚がないようですが、一つ、貴方らしい気持ちとして、『母親が嫌い。』だと明確にあるではないですか。」

「‥‥。」

「貴方は橋山雛に執着しなくても、そのうちコンプレックスを乗り越えた上で自分というものを獲得出来たんじゃないですか?」

「‥‥。」

「そう思いませんか?島崎。」

そうアンに聞かれて、島崎が首を傾げた。

「聞かないでください。僕にはどうも分かりませんよ。まず自分が無いというコンプレックスが理解できない。人間、生まれた瞬間、もうその瞬間から誰でもない自分じゃないですか?そんな自分が無いだなんて何が無いって言うんです?大地にいて空を見上げる体さえあれば、それでもう十分じゃないんですか。自分らしさが無いというのなら、他人と違うことすれば一発ですよ。右向け右と言われて左向けばいい。他人と同じように友達とか恋人とか特異な個性を持たなきゃいけないルールはないんですから。」

「‥‥。」

未桑カナタは、その島崎の言葉を聞きながら、緩やかに目玉を自分の中に引っ込めていく。そんなことも気づかず、島崎は言い続ける。

「貴方、結局、何がしたかったんです?自分が無いから橋山雛になりたかったんですか?それとも、自分らしさが無いのを嘆くことに酔いたかったんですか?もしくは、友達と恋人を持って幸せになりたかったんですか?

僕にはさっぱり理解できない。

だからこそ、興味がある。

貴方は何がしたかったんですか?」

目はもう全てなくなっている。

カラスは既に用が無くなって窓から飛び出している。

部屋は静かだ。

未桑カナタには無人に思えた。

周りは誰もいない。鈴木始もその薄汚い奥さんも橋山雛とどうにも好きになれない男もアンも島崎も誰もいないように思えた。

自分しかいない。

世界にはただ一人、自分しかいないように思えた。


‥‥自分は何がしたかった?


橋山雛になりきり、鈴木始に憧れて、鈴木始の奥さんに別れを迫り、橋山雛の旦那の子どもを意図的に殺して‥‥何がしたかったんだろうか?

考えれば、考えるほど、まるで雲を掴むように結論が逃げていく。


さて、自分は何がしたかった?



と、その時。数年ぶりに聞きたくない声がした。

「こんにちはー?ここであってますか?」

驚愕、反射的に体がガタガタと震え出す。嫌だ、何で?何で、この人がここにいるの?嫌、嫌、嫌‥‥!!!!

「‥‥あら?もしかしてこの子がウチの子?まあ何て醜い!穢らわしい!何よ、その服!いや、もう全部許せないわ!私が渡した服はどうしたのよ!だいたいブスに整形したことすら許せなかったのに!」

嫌だ!嫌だ!嫌、嫌、嫌!!!!!

「この部屋もピンクなんてはしたない!センスがどうかしてるわ!カナタちゃんにはオレンジだけだって言ったでしょ!

本当にカナタちゃんには私がいないとダメね!あのクソがカナタちゃんを連れていったとき、もっと抵抗すればよかったわ!

これからは私が前みたくカナタちゃんの面倒見てあげるからねー?今度、整形しましょ、貴方は私に似なくちゃ!私の姿に似ててご近所さんから評判だったの覚えているでしょ?双子みたいだって!だから、その顔を潰さないと、服だって何だって今まで私の言う通りにすれば可愛くなるわ。

あ、婚約者も待ってるわよ。高学歴、高収入、イケメンさんなの!私が憧れだった人の息子さんでね。前の奥さんに逃げられて今寂しいんだって、貴方が慰めてあげてよ。大丈夫よ。前の奥さんはただ殴られただけで逃げ出すような甲斐性なしだったけど、貴方は違うでしょう?自慢の娘がいて良かったわ!私もこれで大手を振って彼に会える。ほら、私の言う通りにしなさい。それが貴方の幸せよ?それが貴方よ。貴方は私の‥‥。」


お人形さんなんだから。



「い、いやああああああああああああぁぁぁ!!

私は、私は貴方のものになりたくなかったんだあああぁぁぁあああぁぁぁあああああ!!」













アンはそんな絶叫の中で無表情になった。

「‥‥蛙の子は蛙。島崎、親譲りって嫌ですね。」

島崎もまた無表情で。

「嫌ですね。誰も幸福にならない親譲りは特に。身に染みて思いますよ。未桑カナタが自分だけで生きていける未来を願います‥‥。」

そう、同情した。

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