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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
30/32

百目 ⑬









「‥‥コンプレックスって知ってます?」

アンがそう口を開いた。

「人間、誰しも後ろ暗い自分の嫌なとこがあります。故に自分が嫌いになり、他人を羨望し、自分自身に自信が無くなる。」

未桑カナタは先程の橋山雛の言葉で真っ白になって、呆然としている。島崎はそんな未桑カナタを興味無さげに見ながら、アンの言葉を黙って聞いていた。アンは時間が止まったように静止した部屋の中で、話を続けた。

「しかし、行き過ぎた自信の無さは、それだけ行き過ぎた行動をさせる。例えば、自分に自信が無いから、自分を他人に重ねるとかね。」

「自分を他人に重ねる‥‥?」

鈴木始が瞬きした。アンは部屋の壁‥‥他人をとことん模倣したその部屋に立ったままもたれかかった。

「所謂、同一視です。」

部屋はまた静寂に包まれた。

「自分は出来ない。だって自分はこんなだから。そう生きてきたコンプレックスを乗り越えられない人は、ある時、理想の人物を見つけます。彼女はキラキラしていて自分の無いものばかりです。普通なら羨望してそこで終わります。しかし、かの人は彼女に憧れるあまり、彼女のようになろうと努力をします。彼女と同じようになれば、彼女のような人に私はなれる。そう考えます。容姿から性格からかの人は真似します。すると、どうでしょう。まるで、彼女になった気分。自分が自信に満ち溢れた完璧な人間になったようです。しかし、何か足りません。やはり、真似したところでかの人はかの人でしかないのです。ですが、かの人はそれが分かりません。だから、どんどん真似します。でも、やっぱり何か足りません。コンプレックスはすぐそこにまだいます。だから、かの人は彼女の人生が充実していないのではと思います。なので、片思いしているものの、自信が無くて告白できない憧れの存在である完璧イケメンを彼女に勧めます。すると、彼女とイケメンは付き合いました。彼女は幸せそうに笑ってます。それを見て、かの人はまるで自分まで幸せになるような心地になりました。イケメンと彼女はとてもお似合いです。彼女の服、化粧、髪型を真似して、デートして恋する2人を見てると自分までイケメンと付き合ってる気分。イケメンが彼女にキスしようものなら、自分までキスされた気分。幸せ。かの人はその幸せをもっともっと味わおうと、更に彼女の真似、模倣をします。いつしか外見も内面もまるで彼女のようになりました。コンプレックスは見えなくなった気がします。

しかし、かの人の近くにいた彼女はもういません。離れたのです。けれども、彼女が離れた理由をかの人は考えません。なぜなら、もうかの人は彼女なのですから。彼女になりきったかの人は彼女がいなくても、もう良かったのです。私が彼女、彼女が私。そこまで来てしまった。

ところが、彼女とイケメンは自分の知らないところで別れて、お互い別の人と結婚していた。彼女に至っては居所も分かりません。

かの人は怒り狂いました。あれだけ幸せだった日々を壊されたようなものです。ですので、かの人は別れさせられたんだ、と勝手に思い込み、ストーカーじみた方法でイケメンの奥さんを攻撃します。別れろってね。

そんな中、やっと彼女の居所が分かります。なんと彼女は妊娠していました。看護師だった彼女はそれにも怒り狂いました。しかも、彼女は自分が憧れたあの頃よりげっそりしている。お腹にいる不細工な男の子どもが原因なのはすぐわかりました。だから、タイミングを見計らい、彼女は生きるが、子どもは確実に死ぬよう突き落としました。これで彼女は解放されます。かの人は安心して後は離婚を待ちました。かの人の中で彼女は不細工と進んで結婚するはずがなく、子どもさえいなければ、すぐにイケメンと結婚するはずと思っていたからです。

しかし、結果はご覧の有様。」

アンはくすっと未桑カナタを笑った。

「他人を変えることなど、ましてや自分の思い通りに他人が動くと有り得ない話。結局、貴方は傲慢だった。自分にコンプレックスを抱きながらにして、とどのつまり自分しかその目玉は見ていなかった。貴方には守ってくれる友達も恋人もいない。最初から貴方は独りだ。他人の為にこんなことをしたと言ったって、周りからすれば、貴方は弁護しようも出来ない犯罪者、ですよ?」

静寂。

そんな中で確かに沸き上がっていたそれ。

橋山雛や鈴木始は未桑カナタが怒りに震えながら、アンを睨んでいるのに気がついた。

もう何もかも無くなった未桑カナタはアンに駆け寄り、詰め寄って、そのスーツのジャケットを掴んで、気が狂ったようにアンに叫んだ。

「勝手なこと言うじゃないわよ!!アンタに私のこと分かるはずがないじゃない!」

しかし。

「そういう貴方も、橋山雛さんのこと分かってないじゃないですか。」

とアンは言い含めるように言う。それに未桑カナタはキッと目尻を上げた。

「何言ってるのよ!そんなはずないじゃない!雛は綺麗で可愛い、イケメンと良く似合う、何でも出来る女よ!そして、はじめ先輩が運命の相手で、彼のことが好きなんだから!」

先程の橋山雛の話を全く聞いていない。都合の良いことしか聞かない彼女の頭に橋山雛は呆れて、未桑カナタを鼻で笑った。こんな女に涙を流す価値もない。

「‥‥それ、誰よ。私じゃないわ。綺麗で可愛い?あっそ、貴方にそう言われるとブサイクに整形したくなるわ。イケメンと良く似合う?ごめんなさいね。私は今の旦那とお似合いなのよ。何でも出来る?そんなの努力してるとこ、貴方が知らないだけじゃない。勝手に思い違いしないで。鈴木先輩が運命で、好き?どこをどう見たらそうなるのよ。鈴木先輩じゃないけど、病院行ったら?頭と目の病気で。」

そう話す橋山雛に未桑カナタはヒステリックに悲鳴をあげた。自分の中の橋山雛がどんどん死んでいく。理想像は現実味を帯びた本物に塗り潰され踏み潰される。

ブルブル震える未桑カナタにアンは緩やかに微笑む。‥‥そこに慈愛はなく、僅かな嗜虐心が見え隠れした。

「私が語ったことが本当かどうかはさておき、貴方は橋山雛のことは全く知らないことが確定しましたね。‥‥何がとは言いませんが、お疲れ様です。貴方を構成していた全ては貴方の妄想だったのです。」

そうアンが言った瞬間、未桑カナタは悲鳴のような嗚咽を漏らした。パニックを起こし、アンのスーツを握りつぶさんばかり強く握る。

「貴方が!貴方が!そう仕組んだんだろ!?そうだろ!?ねえ、嘘だっていってよ!雛!私は貴方の理解者で友達だよ?私を見てよ!私がどれだけ理解しているか、見れば分かるでしょ!?私は、私は、本当に貴方の幸せを願っていたのよ、何だってしたのよ!!嘘だっていってよ!!!」

悲痛な叫びが響く。しかし、橋山雛は冷たく突き放した。

「私と同じ姿ね。本当に気持ち悪い。他人の姿をそっくり真似るなんて頭悪いよね。貴方の幸せの何でもした?ハァ?人の家族殺しておいて、それは無いわ。キモっ。豚箱行くか死ぬかしてよ。」

「‥‥!!」

わああああと未桑カナタが発狂する。髪を振り乱し、化粧が崩れ、服はあまりに激しい発狂に拠れていく。‥‥どんどん未桑カナタは橋山雛の姿ではなく未桑カナタと言うただ一人の人間になっていく。その顔は信じていた者に裏切られた被害者の顔だが、誰も彼女を被害者とは思えない。

自業自得。そんな呆れた視線が、未桑カナタの心に針のように刺さった。しかし、未桑カナタに罪悪感や後悔は未だにない。

「お前のせいだ!」

アンに怒り狂う。

「お前がいなければ、お前がいなければ、こうはならなかった!」

こじつけもいいところだった。しかし、アンはまるでそうですよと肯定するような笑みをたたえて、未桑カナタを無言で見ている。

それに未桑カナタは怒り心頭になって。

「死ね!」

と、叫んで、自分の目を両手で塞ぐ。

すると、部屋の隙間からそれは出てくる。窓の外、扉、押入れの向こう、箪笥の中、食器棚、テレビ、パソコン、ベッドの下、机の下、足元の絨毯‥‥何十もの視線がその場にいた全員に刺さる。ヒィ、と鈴木始が悲鳴をあげる。

隙間から覗く目玉はやがて全員の中から、アンを見つけるとそちらへ視線を向け、睨むように、今から殺してやるぞ、と言わんばかりに見つめる。そして、そんな目玉の群衆はその場で一つから二つ、二つから四つ、四つから八つというふうにどんどん増えて、やがて一つの生命体のような塊に集合して、怒号をあげるように咆哮した。

そして、部屋を這いずり回り、勢いよくアンに向かって飛び跳ねた。

「「「「「「「「死ねええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」」」」」」」」

未桑カナタの声にエコーをつけたものを何重も重ねたような死の呪いが部屋に響く。鈴木始は鈴木なつみを抱えるように抱きしめ、青くなる橋山雛は呆然とする橋山俊彦を引きずって逃げようとする。

アンはその中でただ一人、余裕のある表情で逃げもせず、そこにいる。

目玉‥‥百目という『作品』を作った『作家』である未桑カナタはそのアンを嘲笑う。なんという自殺志願者、良いわ!殺してあげる!未桑カナタは笑った。

しかし、そんな最中、瞬間。

今まで黙っていた彼が口を開いた。

「弱肉強食ってありますよね。」

「はあ?」

こんな時に全く関係ない話が聞こえた。

「弱き者は強き者の肉となって食べられるという話。アンさん、それって『作品』にも当てはまりますかね?」

呑気、本当に呑気な話し声だった。明日の天気を質問するような穏やかな口調だった。

「ええ、『作品』にも当てはまりますよ?何故です?」

そんな相手の口調に合わせて、アンも穏やかに和やかに答える。

「分析したんですけど、タンパク質なんですよ。食べられそうな。」

「食べるんですか?」

「食べます。ああ、でも、僕じゃないですよ?」

その時、未桑カナタの目が、おびただしい数の目玉が、視界の隅で分厚い‥‥辞書のような本がどこからともなく誰かの手に現れるのが見える。その奇妙さにアンから思わず視線を一斉に離し、彼を注視する。

そして、同時に本の持ち主、島崎が無表情のままに本を構え、そして、開いた。

「喰われる気持ち、教えてくださいね?」

それが処刑宣告だった。

本から出てきたのは真っ黒な翼、黒い瞳、鋭い嘴を持った悪魔‥‥目玉よりも少ないがしかし、夥しい数のカラスだった

本から現れたとはいえ、そのカラスは本物だった。やっと狭い、餌もない場所から抜け出してきたカラス達は、真っ先に餌になるようなものである目玉にむかって、翼を広げた。

アンに辿り着く前にカラス達にたちまち未桑カナタは襲われ悲鳴をあげる。

凄惨な光景に見えた。

カラス達は目玉の塊に集ると、その一つ一つを啄んで、喉に次々と飲み込んでいく。未桑カナタの断末魔が叫ぶがあまりの風景に誰も動かない。カラスは嬉々として、目玉に嘴を刺したり、目玉を嘴で割ったり、目玉を踏みつけて分解したり、目玉を丸呑みせずに口の中で遊んだりしたり、未桑カナタを愚弄して嘲笑うように食事にする。

「やめて!やめてえええええ!!」

未桑カナタはあまりの痛み、苦痛、激痛、辛苦に死ぬような心地がする。そんな彼女に淡白すぎて心無い言葉に聞こえる言葉がかけられる。

「このカラス、死体に集っていた野生のカラスで邪魔だったので回収していたんですよ。死体の味を知ったカラスは死体しか食べなくなるんで、邪魔で邪魔で‥‥。痛いですか?叫んで構いませんよ。カラスは叫んだところで止めませんから。貴方が色んな人の気持ちを分からなかったのと同じように。カラスも分かりません。叫んで何か変わることはありませんが、どうぞ叫んで下さい。」

島崎はそう淡々と語る。

「いや、いやああああああああ!!」

未桑カナタの悲鳴は続く。島崎も続ける。

「その目玉、1回消したらどうです?まあ、そしたら、もう二度と使えなくなると思いますけど。目玉の味をカラスはもう覚えてしまいました。ほら、美味しそうに食べてるでしょう?貴方は目玉を出す度にカラスに襲われるようになる。目玉を引っ込めたら、カラスからは開放されますが‥‥貴方は二度と誰かを目で追うことは出来なくなる。」

さあ?どうされますか?島崎は淡々と説得するわけでもなく、事実を述べるだけで冷淡にそう言う。

未桑カナタは目を手放すしかない。

カラスは目玉を食べて、遊んで、食べて、楽しんでいる。未桑カナタなんて見ていない。自分の欲しか考えていない。啄んで弄んで壊して笑って楽しむだけ。未桑カナタの苦しみも恐怖も考えない。未桑カナタの悲鳴も聞こえない振り。彼女が泣いて喚いて苦しんでも無視している。目玉は泣いて血を吐いて歪んで不味そうだというのに、カラスは実に美味しそうに胃袋に入れていく。

‥‥ああ、まるで、さっきまでの未桑カナタじゃないか。

橋山雛は乾いた笑いを浮かべる。

そんな橋山雛にアンが声をかける。

「橋山雛さん。」

「‥‥なんですか?」

「未桑カナタをこれからどうしますか?」

「?どういうこと?」

アンから言われた言葉に橋山雛は訝しがる。アンが淡々と答えた。

「未桑カナタは、貴方が知ってる通りあれだけのことをしましたが‥‥。貴方が願うような重罪になるかは分かりません。何故かというと、この目玉のことを警察や裁判所が理解出来ない。理解出来ないものを追及することはしないでしょう。追及しない以上、追及出来るものでしか、罪を突きつけられない。場合によっては軽い罪にしかならないでしょう。その上、未桑カナタはこれだけやっても初犯だ。執行猶予がついて、檻には入らない可能性だってある。そして、また貴方を追いかけて模倣して‥‥また貴方の家族を襲うでしょう。」

「‥‥。」

「貴方には今、三択あります。

一つは、司法に全て任せて、未桑カナタから一生逃げ続けること。

二つは、ここで未桑カナタと自分の関係を徹底に否定すること。

三つは‥‥私にこの場と未来を委ねること。」

橋山雛はその選択に瞬きした。

「何よ、その選択!全部、リスキーじゃないですか!」

「ええ、リスキーですよ。もうそんな選択しか残ってないんです。

‥‥未桑カナタは諦めません。貴方がどれだけ言っても、貴方しか未桑カナタの中には無いんですから。」

「‥‥!」

息を呑む。

まだカラスに食べられている未桑カナタが同時に叫んだ。

「助けて!助けて!雛!私達、友達なのよ!友達なんだから!私が貴方を友達と思ってる限り友達なんだからね!さあ!助けてよ!」

そんな戯れ言のような本気の声に橋山雛は身を震わせる。アンはため息を吐いた。

「私としては一つ目の選択を推します。お金があるなら警察や司法に全部任せて一切の連絡を絶って逃げ続けた方がいい。どうやら二つ目の選択肢を実行したとしても、あの彼女は止まりそうにない。あの独り善がりようじゃ貴方の話なんて一生聞かないでしょ。未桑カナタには反省と後悔のふたつが欠けている。

まあ、三つ目の選択肢は‥‥貴方が納得行くものになるかは私には判断しかねるので勧められません。貴方の恨みを晴らすには有効策ではあるのですが、これも一つ目と同じく、場合によっては貴方は逃げなければならないことになる。」

「‥‥そんな‥‥。」

「どうしますか?」

「‥‥!他に選択肢は無いんですか!?それじゃ未桑カナタが死なない限り、私は一生縛られる!」

「なら、賭けるしかありません。」

「何に!?」

橋山雛がそう叫ぶと、アンは懐から携帯を取り出した。

「今からもう一人、人間を呼びます。」

「誰ですか!これ以上、心臓に悪い人じゃないですよね!?」

「島崎より心臓に悪い人ではありませんから、御安心下さい。」

「全く安心出来ない人を比較的対象にしないでください!!」

目の前で鳩に餌をやるように目玉をカラスに食わせるような人間より心臓に悪くない人間と言われても安心できるはずがない。

しかし、アンは言った。


「今から呼ぶのは、今の未桑カナタを作った人物‥‥彼女の母親です。」


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