禁忌②
その警察が追っている黒幕にして、警察が渋々強力な協力者として今も尚、頼らざる得ない人。
その人、unknownの『UN』からアンと呼ばれる女性と捜査一課が出会ったのは、数年前まで遡る。
当時、捜査一課、いや警視庁全体が追っていた事件があった。
主犯は2人。
2人はある日突然、「命令だ、首だ!」と叫びながら、犯行を繰り返すようになる。その犯行は通り魔的に、時に愉快犯のように人を襲い、その首を切り落として収集するという惨たらしく、狂気のようなそれ。狙ったのは事件がよくあるような駅や路地裏ではなく、教会、城、図書館、都の教育委員会、就職支援施設、寺、戦争撲滅を掲げるNGO、逆に世界大戦推奨の怪しい集団の事務所なんてのも夜陰に紛れて襲った。
当然のように死者が右肩上がりに増えていく。しかし、その襲撃場所に捜査一課は頭を抱えた。場所に共通点はなく、加害者と被害者に共通項はなく、被害者に繋がりがあるわけではない。加害者2人は「首だ、首!」、「やらねば、やらねばなるまいて!」と意味不明なことを喚くだけで肝心な動機を話すことなく、そうして次々と警視庁の意表を突くような場所をターゲットに凶行を起こした。
とはいえ、この事件はすぐに収束を迎えた。彼らは決まって緑色のトラックに乗って事件を起こしていたので、捜査一課は彼らをどうにか尻尾を掴んで逮捕したのだ。動機も襲撃場所の共通項も分からないままだったが、捜査一課は主犯2人を捕らえたことで、確かに事件は終わったと全員が考えた。
しかし、そんな混乱に満ちた3週間の後に警視庁を揺るがすようなことが起きる。
全国のあらゆる場所で「首が必要だ!」と支離滅裂な発言をしながら、主犯2人と同じ犯行をする模倣犯が現れたのだ。自宅、義理の実家、地区、団地、市役所、交番、会社、首都高などまた共通点のない場所ばかり模倣犯達は脈絡も無く悲惨な犯行を起こした。模倣犯達同士に繋がりも無く、各々似たような時期に全国各地でゲリラ的に事件を起こし、町中に首無し死体を散らかして、首を首をと集める。警視庁及び各都道府県の警察署は混乱と苦悩に追われた。
警視庁は終わらない不明瞭かつ不可解な事件に頭を悩ませた。模倣犯は何故か鼠算式に増えていき、警察が警戒していないような場所で殺人を犯していく、そうして被害者を山のように積み上げていた。
当時の捜査一課は主犯2人に尋問をした。
2人から動機を探ったのだ。
動機から何か事件解決のヒントがないか、探ろうとしたのだ。
犯行した当人達が正気でなかった為にこれは実に難航したが、何とか、聞き出せた。
そこに出てきたのが、後に捜査一課にアンと呼ばれる本名サカグチという女性だった。
2人は事件の2週間前、彼女とバーで呑んで目が覚めたら首のことばかり考えるようになった、と大まかにこんなことを話した。そして、2人とも。
「だけん、あんひととどんな話をしたべか、全く思い出せなんだ。」
「ただただ気持ち良く酒を呑んで、へべれけで、ああ、ワシゃやらなあかんよな、と仕方がなくなってんだ。」
その女性と呑んだことは覚えていても、何を話したかまではさっぱり思い出せず、しかし、事件を思いつき、やらねばならぬと息巻いた瞬間は確かにその時だったと語った。
また、同時期に全国各地で犯行を行った模倣犯のうち、逮捕した何人かも、似たような女性と居酒屋や喫茶店で同席し、とにかくどんな会話をしたか分からないが、店を出て、主犯の犯行をテレビで見た後、自分もやらなくては、と強迫観念のようなそれに押されて事件を起こしたと話したことから、アンを捜査一課は死に物狂いで探した。
そうして見つけたアンは危険すぎる女性だったのだ。
「私が黒幕?何の話です?」
「犯人達がお前の存在がきっかけだと言っているんだ!一体何を奴らに話した!?」
取り調べ役はベテランの警部2人とキャリア組の警部補3人、そして、アンを取り押さえる為の武装した警官の四人という過剰に厳重な体制の中で行われた。
しかし。
いざ、主犯に話したという話を聴取の中でアンが正直に話していただけだというのに。
その場にいた警察官ら全員、数日後、犯罪者になっていた。詳細は省くが殉職者も出る一大事件に発展したそれで、警察の全ての人間がアンを恐れることになった。
更に恐ろしいことに聴取の中でアンが話した内容は至って普通の雑談であった。簡単な自己紹介、世の中の話、好きな異性のタイプ、酒の銘柄の話‥‥。録音されていたそれを犯罪者になった警部達以外が聞いたが、何ともならない。なんせ、本当に、ただの雑談なのである。ただの雑談で犯罪者になり、事を起こすなんてアヒルからダチョウが生まれるくらいありえないことである。しかし、それが起こってしまったのである。
逮捕された元同僚を問い詰めた刑事によると、アンを取調べしていた彼ら曰く「雑談なんてしたのか?いや、確かに仕事を‥‥。いや、そもそも私は何をしていたのか?」と話にならず、アンが一体何をしたのか、いや、そもそもアンは何もしていないに等しい状況で、何が起こったのか、捜査一課は思考の迷宮から出られなくなったのである。
警察はアンを重要参考人及び特A級の知能犯(疑い)として拘束、留置した。だが、その後、前述の犯罪とまではいかないものの、アンに関わった警察官が尽く問題を起こすようになった。窃盗、飲酒運転、器物破損、突然の発狂、自殺未遂‥‥狂う同僚に精神的に警察官達は追い詰められていく。こうして更に警視庁はアンという人間に振り回され続けた。
そして、その間、アンはやはり何もしていなかった。ただ周りが狂っていくだけだった。それが如何に恐ろしく、奇妙であったか、言うまでもない。
そんなある時、アンは暇だからとこんなお願いを婦警にした。
「何か考えることを下さいよ。読書も取り調べも飽きてしまいました。」
婦警は散々悩んで、どうせ捨てるものだからと時効を迎えた過去の事件の資料を彼女に渡した。
機密であるそれを何故婦警が渡し、また、一警官で捜査一課でもない婦警がそれを持ち出せたのか、それもまた甚だ謎であったが、問題はそこでは無かった。
彼女は事件の資料だけで事件を解決して見せたのである。
彼女が言う犯人と動機は最初からそうであったように全て正解で、捜査一課は激震に揺れた。水死体だけ見つかって、後は不明だった事件も、ワイングラスが凶器だった腐乱死体の事件も、放火魔と殺人鬼の事件も、彼女は『暇ですから。』の一言で数学を解くように解決していく。
遂に未解決事件のファイルは空になって、現在追っている爆弾テロ以外の事件も彼女は警視庁お抱えの安楽椅子探偵とばかりに解決してしまった。
そうして、その事実に呆然とする警察の面々に彼女はにこやかに言ったのである。
「凶行を止めて差しあげましょうか?でも、私が黒幕扱いされている以上、貴方方に協力なんて無理ですね。うっかり暇で貴方方の仕事を全てやってしまいましたが、もう無いならこれ迄ですし、では‥‥分かりますね?」




