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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
28/32

百目 ⑪









「アンさん、本当に犯人に直接会いに行くんですか?」

怯えたようにそう口を開いて、聞いた橋山雛。その隣には居心地悪そうに肩身を狭くする橋山俊彦がいて、2人の後には仏頂面の鈴木始と、どこか興味無げに鈴木始の隣を歩く鈴木なつみがいた。

橋山雛の言葉に、アンは平然と言った。

「ええ。もし嫌でしたら、帰って構いませんよ。」

「‥‥。」

帰って構わない。まるで突き放すような言葉だった。ここで帰っても問題はないけれど、その後、何が起こっても知りませんよ、と口外に言われた気がした。その何が起こっても知らないというニュアンスに橋山雛はどうしても帰りたかったが留まるしかないように思えた。

隣にいる自身の旦那は頼りにならない。代わりに全部知って理解して報告してあげるよ、と言われても信頼出来ない。今だって何で僕までこんな面倒事に付き合わなくちゃならないんだ、なんて顔で隣にいる。橋山雛はアンの後ろを歩きながら、溜息を吐いた。俊彦は自分のことしか考えてない、本当に幻滅ものだった。

最初からこうだったかしら?と考える。

出会いは、鈴木始と別れてすぐ、見合いだった。

親戚の世話好きババアが橋山雛が失恋したことを聞きつけて、持ってきた見合い。最初はとても面倒で、今どき見合いなんて馬鹿らしいと思って、しかし、ババアの顔を立てる為だけに出席した。

結果、橋山俊彦に物凄く好かれた。

ブサイク、低収入、ボッチ、童貞、コミュ障、彼女無し=年齢。良いところなんて無い。本当に無い。どうしようも無い‥‥。

でも‥‥。それでも、橋山雛は鈴木始より彼の方がとても良いと思って、本気で好いて、本当に彼との夫婦生活を望んで、子どもを作った。



それは何故だったろうか?



「次、右です。あの茶色のアパートですよ。」

島崎の声で橋山雛は我に返る。いつの間にか足取りが遅くなったのか、目の前を鈴木夫妻、元彼とその奥さんが歩いていた。鈴木始は相変わらず、イケメン顔が台無しになる仏頂面だ。しかし、それでも時々、奥さんのほうを見て、「大丈夫か?」とか「何かあったら俺が何とかするから。」とか、頼もしいことに気遣う。自分の旦那には望めない気遣いだ。しかし、気付く。

気遣われる鈴木なつみは、何故だかそんな鈴木始を冷たく扱っていた。「大丈夫よ。」とか「いらないわ。」とか鈴木始に返答しながら、彼の気遣いを無碍にしていた。それでも、懲りずに鈴木始は彼女を気遣っていた。

そんなふたりの様子を見て‥‥元カノである橋山雛は察した。目を大きく見開き、息を呑む。その鈴木始の行動の意味がよく理解出来た。ああ、そうか。理解する。そして、今回の事件の真相の半分まで‥‥分かってしまった。

ああ、なんと‥‥!!

「橋山雛さん。」

アンにそう呼ばれて、橋山雛は思考を止める。

「着きましたよ。覚悟してくださいね。」

気遣いだか、最終宣告だか、よく分からない言葉掛けをされる。それに橋山雛は溜息を吐いたが、恐らく、一番問題を理解しないといけなくて、一番この犯人と出会って傷つくのは橋山雛だ。だから、アンはこんなことを言うのだ、その意思を汲んで、橋山雛は言った。

「お気遣い不要です。」

「‥‥そうですか。要らないお節介でしたね。」




首都高から降りて着いたのは、都心からかなり離れたベッドタウン。閑静な住宅街と市営住宅、閑散とした寂れた商店が並ぶ。そんなベッドタウンの平日の昼間は本当に静かなもので、首都高から響くトラックの跳ねる音と郵便局のバイクの音、蝉の耳障りな音以外何も聞こえない。生活音がないのだ。人気がない。それが一層不気味だった。

そこへ、先日下見したらしいアンと島崎に案内されて着いたのは茶色の古びたアパートだった。時代錯誤も甚だしい、昭和の時代から飛び出したようなダンボール箱みたいなアパート。二階建てだが、2階に行く階段は錆が酷くてグラついている。二階に行ったら二度と一階には降りることは出来ない気がした。

「ここの二号室です。」

二階に上がって、二号室と書かれた部屋の前にアンと島崎は立ち止まる。表札はない。電気はついていないようで窓越しの部屋は暗い。無人に見える。

「ここにストーカーが?」

鈴木なつみがそう聞いた。それにアンは頷いた。

「ええ、まあ。そうですね。」

アンの表情は至って平静を通り越して、つまらなさそうだった。そんな探偵に二組の夫妻は心配になってきた。

「‥‥あの‥‥もしストーカーに襲われたら、貴方方が助けてくれるんだろう?」

鈴木始の焦った声が犯人のいる部屋を前にして響く。それに島崎が答えた。

「まあ、そうなりますね。御心配無く、不測の事態には備えていますから。」

「‥‥正直、不安なんだが。」

「不安でも構いませんよ。僕達は僕達で貴方方を守るだけですから。」

そう島崎が言う隣で、アンはインターホンも押さずに部屋に手をかけていた。

「では、開けますよ?」

「?インターホン押さないのか?もしかして会う約束を事前に立てて、そのまま入っていいと言われたのか!?」

「いえ、約束なんてしませんよ。」

「なら、なんでインターホンを押さない?鍵がかかってるだろ?それ?」

鈴木始だけでなく、全員見て分かる。古いアパートだから、扉の隙間から中が見えるのだが、その隙間、ドアノブの影に鍵がかかっていることを示す、チェーンの影とロックの影が見える。確実に今開けようとすれば、鍵がかかって開けられないだろう。

だが。

その手に鍵すらないのに、アンは構わず、ノブを捻った。

ガチャ。

何事も無かった。そもそも鍵なんて無かったようにドアノブは捻られて、扉が開いた。蝶番がそれに悲鳴を上げる中、それぞれの夫妻が目を点にしたが、すぐに別の衝撃が襲うことになる。


開いた瞬間、部屋の奥から群がるようにそれが扉の隙間からこちらを一斉に覗いた。

「ヒィ!!」

橋山俊彦が腰を抜かし、鈴木始が鈴木なつみを庇うように立つ。橋山雛は余りの存在に理解が追いつかなかった。

扉の隙間からこちらを覗く目が一つ、二つ、それから三つ、四つ。そして更に増えて八つ、九つ。そうして見る見る内に三十、七十と増えていく目、目、目、目、目、目‥‥。眼球を忙しなく動かして、侵入者が何か見極めようとする。


しかし、島崎がおもむろに取り出した殺虫剤で害虫駆除の如く殺処分という名の逆襲に遭うことになる。


島崎としては目潰しのつもりだったろうが、人体の目には入れてはいけない代物どころか、タダでは済まない代物である。

それに扉の奥から人の悲鳴、それも絶叫が響く。

女の声だった。

目玉は一斉に部屋の奥へと引っ込み、

橋山雛や橋山俊彦、鈴木始が顔面蒼白になる中、その悲鳴を聞きつけてずんずんとアンと島崎は部屋の中に入っていった。そんな彼らに二組の夫婦は戸惑い怯えて、互いに目を合わせる。視線だけで会話を交わし、このまま着いていかないわけにはいかないと渋々結論づけて、彼らに続いて部屋に入った。

そこで、橋山雛は吐き気を催し、鈴木始は既視感‥‥その部屋に見覚えがあるが故に、橋山雛の反応をすぐさま見て‥‥そこに広がる部屋が一体何なのか理解出来た。

「‥‥この部屋、大学の時の雛の部屋じゃないか‥‥。」

可愛い、女の子の部屋が扉の向こうに広がっていた。

白のパンプス、ゆるキャラのカレンダー、100円ショップのおしゃれな小物、造花の花飾り、花柄のカーテン、パステルカラーの食器、白で統一された家具‥‥女の子、それも雛という女の子の部屋がそこにあった。

「なにこれ‥‥。」

橋山雛は信じられなかった。大学時代、そう大学生だった自分の部屋がそこに広がっていた。間取り、家電、家具まで全て大学生だった自分の部屋だった。何処に差異があるのかすら分からない。

そして、何より‥‥。周りにいる自分の旦那や鈴木なつみも絶句し引き攣った顔になるしかないほどに、その部屋の真ん中にいた人物がこの部屋でもっとも異常だった。

「‥‥。」

橋山雛が大学生だった頃にそっくりな部屋、その部屋に埋もれるようにアンと島崎を見て、怯えるその人は恐ろしい程に、“橋山雛”だった。




「はじめまして。突然の来訪失礼します。」

アンの淡々とした挨拶が今更ながら、衝撃に揺れる部屋の中でされた。その隣で島崎が逃げ遅れた目玉をおもちゃに手遊び‥‥もとい、実験していた。前回採取したものと一緒かどうか彼は調べたいらしい。一方、周りのことには興味ないらしく、フォローも宥めることもしない。そして、それが島崎の仕事だとばかりにアンもそんな島崎をたしなめ無かった。

そんな中、鈴木始が驚愕に体が固まりながらも、口を恐る恐る開いた。

「お前、誰だ‥‥?」

その言葉はまっすぐ橋山雛‥‥にそっくりな女に向けられた。

女は困ったように鈴木始を見つめ、やがて、その後ろに橋山雛がいるのを見つけて、ぱあっと目を輝かせた。



「そう!また付き合うのね!!」



その言葉に全員が青ざめた。

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