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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
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百目 ⑨








久方ぶりに会った橋山雛は探偵事務所に相談に来た時より更にげっそりと痩せて、その顔は青白いを通り越して、真っ白になっていた。

その隣には橋山俊彦がいたが、どう彼女に声をかけていいのか、まだ悩んでいるらしく、(だんま)りで彼女の隣に座っていた。

そんな2人にアンは写真を取り出して見せた。見せたのは枡カナタ‥‥未桑カナタの正体だ。

「この女性に覚えはありませんか?」

そう聞かれて、橋山雛は目を見開いてアンを見た。

「‥‥枡さんですか?」

「はい。枡カナタさんです。」

「何故、彼女が?この件に関わっているんですか?」

「‥‥その説明は後ほどしましょう。その方が今後の為かと思います。」

「‥‥今後ですか‥‥。」

橋山雛は口を閉ざした。かなり悩んでいるようだった。それだけの何かが過去あったことを示していた。やがて、彼女は覚悟したように口を開いた。

「彼女は私に‥‥元彼、始さんを紹介した人です。」

彼女の言葉には重量があった。悩ましい過去としての。

「大学二年の時に彼女は編入してきて、三年の時、よく講義が一緒だったので仲良くなったんです。元彼を紹介してくれたのもその時期で貴方にぴったりだからと‥‥。」

でも、それが間違いだった。

「彼女は私の真似を始めたんです。」

「真似?」

島崎が思わず聞き返すと、橋山雛は苦悩混じりの深く溜息を吐いた。

「‥‥よく思えば、出会った時からその傾向はあったんです。櫛、スマホケース、財布、化粧ポーチ‥‥何でもお揃いにしたがって、断ると無断でお揃いにする。こっちが別のものに変えるとすかさず変えるので本当に何なのか‥‥。しかも、それだけならまだしも服とか髪型とかまで真似し始めて、同じ大学の友達も気味悪くなるくらい、お揃いに‥‥同じ格好をするんです。卒業間際にはまるで私が二人いるみたいになって、その頃にはもう友達辞めて、連絡先もブロックして、向こうが喋りかけても無視するようしてたんですけど、友達曰く、喋り方とか趣味も同じにしてたって。気持ちが悪くて‥‥仕方がない。」

されたことがなければ、その気持ちは分からないだろう。昨日、自分がした格好と全く同じ格好を今日、赤の他人がそっくりそのままする。それが毎日、髪型、服装、持ち物、それら全て真似される。最終的には口調、癖、笑い方それら全ても真似されてしまうのだ。実害がなくとも、気持ち悪い、精神的に嫌悪ものなのは確かだ。自分のやったことを相手が毎日毎時間毎分する。自分という個性を目の前で他人に取られていく。それだけ自分は相手に観察され監視されているということでもある。

それは新手のストーカーだった。

「卒業して、別の資格のいる業種に就職して、今の彼と出会って北海道に行ってからは特に何かされたりはなくなりましたが、今でも彼女が嫌いです。何であんなに私の真似をしたのか‥‥意味わからなくて。」

寒気、嫌悪、吐き気、憎悪。橋山雛からはそんな感情が見えた。そんな橋山雛にアンは質問を重ねる。

「では、次に聞きますが、枡カナタさんに鈴木始さんを紹介されたというのは?」

「ああ‥‥。あれも良くわかりません。」

橋山雛は溜息をまた吐いて、疲れ切ったように背もたれに体重をかけた。

「枡さんは始さんのサークルの後輩で、鈴木先輩がフリーだから、雛が行ってよ、って物凄く勧められたんです。私は断ったんですけど、始さんは乗り気になったみたいで、友人から初めてしばらくしてから付き合うようになったんです。別れましたけど。」

「‥‥別れた時、枡カナタさんはなんと?」

「別れた時は‥‥既に友人関係を辞めて卒業した時だったんで、報告もしてませんし、何も言われてません。」

そこまで、橋山雛が話してアンはメモをしていたノートから顔を上げて、橋山雛を真っ直ぐ見た。

「最後に‥‥彼女について気になる点はありますか?」

「気になる点?今まで話した以外でですか?」

「ええ。」

「‥‥特には‥‥。いえ、一つあるなら‥‥。二年前、共通の友達にあたる友達に結婚式の招待状を送った時‥‥それを友達の家で見た彼女が、旦那を物凄く悪く言っていたみたいです。何故かは分かりませんが、友達が言うには結婚を僻んでいるんじゃないかって。」

「分かりました。」

淡々とアンはメモを取り、最後に、と切り出した。

「‥‥無理ならよろしいのですが、鈴木始さん夫妻ともう一度会いませんか?」

「‥‥‥‥‥‥え?」

橋山雛は驚愕で目を点にし、橋山俊彦がその言葉に怯えるように身を震わせた。

アンは続ける。

「ストーカー‥‥いえ、一連のことを起こした犯人を警察に突き出す前に、きちんとお互いにその犯人が一体何者で何が目的だったのか、理解する必要があります。もちろん、無理にとは言いません。」

橋山夫妻は困惑気味に目を合わせた。




鈴木始はその橋山雛の話を聞いて、目を疑っていた。

「え?アイツも来るって‥‥いや、俺達ももう一度会ってもいいとは言ったけど‥‥。」

鈴木夫妻に橋山雛がストーカーではなく、別の人間と伝えた後、アンは橋山雛に言ったように、一体何者が犯人で目的は何だったのか明らかにする為に、会わないかと言ったのだ。アンは淡々と続けた。

「‥‥どちらにせよ。貴方方全員、あの犯人がどういう人物なのか、重々理解しないと同じことが今後一生続くかと思います。再発防止は犯人を知ることが先でしょう。」

それに鈴木始は「そんなにヤバい奴なのか‥‥。」と愕然となるところに、鈴木なつみがやや焦ったようにアンに詰め寄った。

「‥‥犯人は誰なの?貴方、分かったように言っているけど、何で言わないの?」

それに島崎が答えた。

「‥‥逃げられると困るからです。」

「え?」

「存じていると思っていましたが、我々の会話もこうした話し合いも全て、向こうに気づかれているのです。」

そう言って、島崎は右手をある方向に向けた。それに合わせて、鈴木夫妻もそちらを見る。すると、物陰にそれはいた。

「‥‥。」

ブルブルとこちらを怯えるように見ながらも、それでも必死にこちらを伺う‥‥目。島崎とアンと目が合うとビクッと自身の目玉を震わせたが、そこから動く素振りはない。監視し続ける、そんな気概を感じた。

鈴木夫妻は二人揃って、顔を青くする。

アンはそんな目玉ににっこり笑いかけながら、言った。

「こちらの動きは把握されています。犯人の名前を言っても良いのですが、私達が名前を告げて貴方方がどう反応するか、それで犯人の行動が悪いものになっても困ります。ですので、伏せているのです。」

「‥‥。」

「それで全員、もう一度会う理由ですが。」

「‥‥。」

「私達は彼女にはかなり色々したので嫌われているのですよ。ですので、私達単独だとどうにも会ってくれなさそうで、警察に突き出そうにも行動を見られているので、逃げ出される可能性が高い。貴方方の危機を明確にする上でも、“被害者”全員で会いに行くのが良いと考えたのです。」

そう語るが、鈴木夫妻はまた現れた目玉への恐怖で全く反応せず、ブルブルと震えているばかりで話どころではなかった。一方、目玉もアンに笑いかけられた時から完全に固まっている。この目玉に顔があるなら真っ青になっているだろう。

島崎はそんな光景を見ながら、溜息を吐いた。




鈴木始曰く、枡カナタのことはまだ連絡先を知っているが、あまり付き合いのある人間ではなく、よく覚えていないという。

大学の後輩で橋山雛を紹介した人間だが、たまたま同じサークルで、飲み会の時、隣の席だった関係で話し、なにかの話の弾みで彼女が居ないことを愚痴り、橋山雛を紹介された‥‥というだけの関係で終わっており、それ以後、一度も話したことはなく、そのまま卒業したという。

このストーカー案件で一度、橋山雛の居場所を探る為に連絡を取ったが、それだけだと彼は言っていた。

こうした情報をまとめて、島崎はアンに質問した。

「結局、犯人は未桑カナタということになるんですか?」

二人は今、二組の夫妻と別れて、探偵事務所に戻っていた。先程まで無人だった事務所は寒々としていた。他人の目どころか夏の湿気すら入れていなかった事務所はまるでそこに洞窟の虚が広がっているようだ。肌に刺さる寒気に事務所に元から馴染んでいる二人以外はとてもではないが、居られないだろう。

アンはアイスコーヒーを飲みながら、「さあ?」とからかうように微笑んだ。

「‥‥私の話、どこまで覚えてますか?」

島崎は暫し考え。

「ストーカーについてですか?

ストーカーは橋山雛ではない、ということ。

ストーカーは一人である、ということ。

ストーカーは前持って準備して部屋を荒らした、ということ。

ストーカーは百目を使ってストーキングしていた、ということ。」

そうまとめた。すると、アンは島崎を褒め称えるように「流石、素晴らしいですね。」と軽く拍手して。

「ええ。そして、もう一つ、付け足そうと思います。」

「なんですか?」

「ストーカーは実は二人いますが、私達が追うのは一人だけ、ということです。」

「はい?」

アンは不気味なまでに穏やかに笑った。


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