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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
22/32

百目 ⑤









「まず聞き取りをさせてください。嘘はつかず、正直にお答え下さい。詳しい日付が言えるなら言って下さい。‥‥ストーカーが付き纏うようになったのは2年前であってますか?」

それに鈴木夫妻はしっかりと二人とも頷いた。

「結婚してすぐです。」

鈴木なつみはちらちらと始の方を見ながら、話し始めた。


最初は気づいても見逃してしまうような些細な始まりだった。

鈴木始は会社の行き帰りに視線を感じるようになった。毎日ではなく、週一程、それも5分も1分も無かったという。

「なんだか毎週、視線を感じるな。というそれくらいでした。」

鈴木なつみへの嫌がらせも、本当に些細なものだった。なつみ宛の郵便物に無地のシールが貼られるようになった。それも視線と同じく週一あるかないか程のことで、特に気がつかなければ分からない小さなシールだった為、放置していた。

「意味も分からないし、何のメッセージもないと思いました。」


だが。


そんなことが3ヶ月程続いた後、それは激化し始めたのだ。

視線は週一程度だったのが、毎日感じるようになり、嫌がらせは郵便物を手に取る前に開封されるようになり、その次は毎時間視線を感じるようになり、嫌がらせは郵便物だけでなく、部屋の窓に何も書いていない紙を貼られるようになった。

そうして2年かけてじわじわとストーカーによるだろう監視と嫌がらせはエスカレートしていき、ここ最近は四六時中付け回され、嫌がらせは留守を狙って盛大に行われるようになった。服は破かれ、玄関には油を撒かれ、この前には部屋全体を荒らされた。

「許せない!」

そう鈴木始は言った。

「アイツは俺達の生活をめちゃくちゃにしたんです。何をされるか分からなくて夜も眠れない!対処できることは全部しました。セキュリティ会社に頼んだり、鍵を交換したり、監視カメラを付けたり、窓から侵入出来ないよう柵も付けたり‥‥とにかく思いつく限りのことはしたんです。だというのに‥‥!」

それでも平然とストーカー‥‥橋山雛の姿をした人物はアパートに入った。セキュリティ会社は何故か彼女に気づかず、鍵を交換しても次の日には荒らされた。監視カメラなんて彼女は気にせず、窓なんて使わずとも堂々と扉を開けて入って来たのである。気味が悪いの一言だった。

「大家や信頼のある友人に一週間ほど監視して貰ったこともあります。しかし、それでも嫌がらせや監視はなくならなかった。」

鈴木始は視線を感じれど、今まで生でその橋山雛の姿をしたストーカーには会ったことが無い。会ったことがないのは鈴木なつみもそうだったが、鈴木始はかなり悔やんでいた。

「俺はストーカーにつけられている‥‥それも常にだ。だから、やろうと思えば早くに接触して辞めさせることが出来たはずなんです。」

悔しい、口惜しい、後悔している。鈴木始は歯を食いしばり耐えているようだった。そんな鈴木にアンは質問した。

「警察に行かない理由も色々やったのもわかりました。では、家を引っ越さない理由は?家を引っ越して、行方をくらませるなり出来たのでは?」

「ああ‥‥それは‥‥。」

「あのアパートが社宅みたいなものだからだったからよね?」

何故か口を噤んだ鈴木始に代わり、鈴木なつみが説明した。

「あそこは始の会社のアパートなんです。ここ都心だから家賃とか高いでしょう?ここら辺だと安くても11万以上はするんです。それを会社員だから特別に優遇してもらって‥‥。」

「おい、それ機密事項だから言うなって!」

「でも、引っ越せない理由はそれなのは本当よね?今回もあれだけ部屋を荒らされて、もう住める状態じゃないのに寝る時はビジネスホテルを使ってでも、貴方はあの部屋を手放したくないんでしょ?」

「あの部屋は専務が用意してくれた部屋なんだ。手放せるはずが無い。捨てたら出世に響くんだ。せめて、俺が昇進してから引っ越したいんだ。」

「‥‥というわけなんです。」

なるほど、鈴木始は出世はしたいのか。だから、外聞が悪くなるようなことは避けたい。警察も引っ越しもストーカーも表沙汰にはしたくない、表沙汰にした出世に必ずや響いて、昇進できなくなる。島崎には彼のそんな意図が見えた。

鈴木なつみはそんな自身の旦那に理解を示していた。

「彼の夢なんです。あの会社で出世することは。でも、社内での競走が本当に激しくて‥‥今回のことも最初は我慢するしか無かったんです。」

そう話す鈴木なつみは落ち着いていた。疲労を感じさせないものだ。力強い。本当に強い女性なのだろう彼女は。それでも内面は弱っているのかもしれない。隣にいる夫はそう語る妻を心配そうに見つめていた。我慢させてきて、ごめんな、と言っているようだった。

しかし、アンはそんな彼らに眉根一つ動かさなかった。

「わかりました。では、次に気になる点をいくつか。貴方方の話を聞くとどうもストーカーは幽霊か魔法使いのように聞こえるのですが?」

「‥‥ですよね。僕らもそれが気がかりで。」

プロであるセキュリティ会社が気づかず駆けつけない。鍵を交換しても何故か入られる。大家が友人が見張っていても気付かれずに扉から堂々と入る‥‥これはどう聞いても世の中の常識では有り得ないことである。もし通常ならセキュリティ会社がストーカーの侵入を許さないだろうし、合鍵を作るにしても鍵を交換した次の日には入り込めるなんて有り得ない。曰く、部屋はアパートの2階にあり、大家や友人はその唯一の出入口である階段で見張っていたのに気づかなかったという、人の目を騙してどうやって2階に入ったのだろう。

アンはそれが事実だと確認すると次の質問へ移った。

「家の中を荒らされたとのことですが、盗難にはあっていないですか?」

「盗難ですか?」

その質問に鈴木夫妻は顔を見合わせた。どうやら無かったようである。

「‥‥私のアクセサリーや食器を壊されたり、服を破かれたりはありましたが‥‥盗難されたものは一つも無いと思います。」

「わかりました。」

アンは淡々と話を続けていく。

「嫌がらせをされていた週何回程ですか?あと、時間帯を教えてください。」

「えっと‥‥2年間‥‥週5日やられていて、私がパートに出ている‥‥9時から6時の間です。監視カメラを見る限り、4時間から6時間くらいいます‥‥。その間、ずっと荒らしています。」

「理解しました。では、始さんは一日中ストーカーに付け回されていたそうですね。それは本当にずっと?」

「最近は本当にそんな状態です。ずっと監視されているんです。会社内にいても出張先にいても‥‥車の運転中でも、後からつけられている気がする。夜も時々視線を感じる時がある。」

「‥‥なるほど。」

そこまで聞いて、アンは2人の方を見た。

「‥‥では、聞きますが。ストーカーは橋山雛ただ一人だけという意見で間違いないですか?」

その質問に鈴木夫妻は訝しんだ。鈴木なつみは明らかに別の意味だったが、鈴木始は苛立った様子で。

「誰がいるんだ、他に。監視カメラに映っていたは彼女だけなんだぞ。彼女が俺の後をつけまわして、妻に嫌がらせしているに違いない!」

そう断言したが、今まで彼らの証言をメモ帳にまとめていた島崎が瞬きして、鈴木始を見た。

「‥‥それは無理のある話だと思います。」

「あ?何を言って?」

「ストーカーは少なくとも2人いると思われます。」

「はあ?」

「話を組み合わせると、鈴木さんを一日中ストーキングしつつ、彼女は4時間から6時間、部屋を荒し回ったと言うことですよね?」

「‥‥あ‥‥。」

ぽかんと鈴木始の開いた口は塞がらないようだった。

一人の人間が鈴木始の会社にいながらにして、会社から電車で2駅程先にあるアパートの部屋を荒らすことなど出来るはずが無い。

アンは呆然とする鈴木始に言った。

「貴方方の話を纏めるとストーカーは少なくとも二人います。一人は貴方の会社の中でも見つからずに貴方を一日中監視できる人。もう一人は監視カメラに映っている彼女‥‥。」

そこまで言って、アンは一言告げた。

「調べ直す必要があるかと存じます。 」







鈴木夫妻の荒らされた部屋はあれから一週間以上経っているというのに、流しっぱなしだった水道が止められ、腐りそうな食材だけ移動させただけで未だに当日の様相のままだった。

鈴木始曰く、部屋が証拠なのだから、容易に片付けられない。片付けたら、証拠が消えてしまう、とのことだった。

アンと島崎は手袋をして、ゆっくりと部屋に入る。ゴミや裂かれた服も散乱して見るも無残な部屋だ。特に部屋の壁中に貼られた写真と『彼と別れろ、ブス!』と書かれたそれらは強烈なインパクトと寒気すら感じる。

「‥‥島崎、部屋中の写真を撮ってくださいませんか?」

「ええ、分かりました。」

スマホで島崎が写真を撮る風景を見ながら、鈴木夫妻は怯えた面持ちでアパートの玄関で肩身を狭くして立っていた。

「‥‥こうして冷静に見ると本当にヤバイな‥‥。」

鈴木始はそう言っていた。

島崎は淡々と部屋を回る。アパートの二階部分、半分ほどが鈴木夫妻の部屋だけあって、部屋は二人暮らしにしてはかなり広い。4人家族は暮らせるだろう。トイレ別のユニットバス、対面式キッチン、リビング、ウォーキングクローゼット、寝室、客室‥‥。都心の極小住宅がひしめく近辺地域を思えば、これだけ大きい部屋は贅沢だ。手離したくない理由も出世の為だけでは無さそうだ。

そんな部屋の全てが荒らされている。

壁中にある写真‥‥おそらく鈴木始が橋山雛と付き合っていた頃に撮られた写真だろうそれを島崎は見る。笑顔の橋山雛がにこやかに鈴木始に笑いかけている。遊園地や植物園、デートをしたレストランらしき店の写真まである。

「‥‥私との思い出を思いだして、と言わんばかりですね。」

島崎はそれらの写真にそう感想を持つと、カメラにその壁を映した。

アンは鈴木始に聞く。

「‥‥ところで、橋山雛さんとはどうして別れたんですか?ここまで酷いストーカーされる程の別れ方をしたんですか?」

その質問に鈴木始は昔を思い出したのか、不満げに腕を組んで口を開けた。

「どうしてって、単に性格の不一致だよ。大学の後輩‥‥アイツの同級生に紹介されて付き合ったけど、何かとウマが合わなかった。付き合って3ヶ月くらいは我慢したけど、アイツは束縛というか、融通が利かないとこがあって、俺がイイじゃんって思うこともアイツはダメだって何でも言う事聞かそうとするから、別れよ、と思って‥‥。付き合ったのは1年くらいだよ。まさか、そんなストーカーされることになるとは思っていなかったけど。」

その話を聞いて、島崎は束縛が強い彼女だったんだな、それはストーカーにもなるかもな、と思った。

一方でアンはそうですか、と淡白な答えを返した。

島崎は夫婦の寝室に入る。一番に目に入ったのはカッターか何かで引き裂かれ、無残な綿の塊と化したダブルベッドが目に入った。その上には既に乾いているが、黒い液体‥‥墨汁を撒き散らされていた。

寝室の外では鈴木始とアンの会話が続けられていた。

「因みに橋山雛が監視カメラに映った時、何故すぐに橋山雛に接触しなかったんですか。」

「雛の住所が分からなかったんだ。共通の友人とか、雛を俺に紹介した大学の後輩も知らないって言うし、やっと分かったのが、この前。まさか北海道にいて、東京に帰ってきても産婦人科に入院してたなんて思わなかったけど‥‥。でも、この部屋はアイツが荒らしたことに間違いはないはずなんだ。指紋だってある。」

「ほう。指紋ですか‥‥因みにどこにあるんです?」

「洗面台だよ。そこだけホラーみたいに女の手ひらの形が絵の具でべっとり着いているんだ。」

そう鈴木始が言うのが聞こえた後、アンが洗面台に行く足音が聞こえ始めた。その頃には島崎は寝室の写真を撮り終え、移動しようと寝室から出るところだった。


と。


背後に痛烈な視線を感じた。



「!?」

島崎は咄嗟に振り返る。

しかし、背後には何もいない。惨状があるだけだった。

なんだ、と島崎は内心、冷や汗を流す。

そんな島崎の頭上で小さく天井板が軋む音がした。







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