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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
20/32

百目 ③










外は既に日が暮れていた。

カラスが鳴き、夕飯の匂いが鼻腔をくすぐる。子ども達が「またねー!」と手を振って別れ、学校終わってバイトにいく学生の原付の音がビルの間を駆け抜けていく。幼稚園に子どもを迎えに来た父親を出迎える無邪気な幼稚園児の声も聞こえる。


だが。


玄関チャイムを聞いて、事務所の玄関を開いた島崎は息を飲んだ。

玄関の外にいたその人があまりにも『非日常』だったから‥‥。

「はじめまして。突然、すみません。こちらが、奇々怪々なことでも引き受けてくれるっていう、探偵事務所でよろしいでしょうか?」

やつれている、というのが第一印象としてあった。青白い顔、泣き腫らした赤い目、化粧でも隠せていない目の下のクマ、痩せこけた頬、手は今に折れそうな程に細い‥‥だというのに、その人のお腹はぽっこりと前に張り出していた。胸もそこそこあったが、それよりもお腹の張りは大きかった。

‥‥そこまで見て、島崎はやっと女性であると気づいた。しかし、あまりに彼女が普通ではないのを見て、思わず呆然として硬直してしまう。そんな島崎を見かねてか、アンが代わりに彼女に応対した。

「はい。貴方が言う探偵事務所はこちらですよ。‥‥しかし、貴方、こちらに予約を入れていないですよね。」

「予約、必要でしたか?」

「はい。必要です。」

「では、出直し‥‥。」

「構いませんよ。」

「え?」

「丁度、今依頼もありませんし、予約もありません。相談なら無料ですから、何かお悩みなら聞きますよ。それを目的にこちらに来たのでしょう?」

「‥‥はい。」

島崎が呆然としている間に話はどんどんと進んでいく。そして、次の瞬間、島崎は我に返った。

アンが言った。

「失礼を承知で言いますが、まだ産後1ヶ月も経っていらっしゃならない身体でこちらに来なければならないようなことに巻き込まれたのではないのでしょうか?」

その言葉に島崎は驚いて、彼女を見る。

彼女はいつの間にか今に泣き出しそうな顔になっていた。肩を震わせ、やがて頭を下げて言った。

「その通りなんです‥‥お願いします。」

張り出した空っぽのお腹を抱えながら、彼女は憔悴した、追い詰められた人間の顔をして、事務所の中に入った。





彼女の目の前には彼女の希望で温いホットミルクが出された。

そんなホットミルクよりも冷たい指がマグを握る様を島崎は見ていた。

両手で、まるで暖を取るように彼女はマグを握りながら話し出した。

「私は‥‥橋山雛といいます。私は、2年前に結婚しました。そして、去年、子どもを身篭って‥‥でも、先月、子どもを喪ってしまいました。」

事務所は彼女の話に静まり返るしか無かった。

「‥‥でも、それがどうにかしたい悩みではないんです。問題は一週間前になります。」



私はその日、ストーカーとして元彼に糾弾されたのです。


退院してから、それまで私は泣いて暮らしていました。

旦那はそんな私に慰めも同情もしてくれず、確かにその時、嫌気が差して、昔の男を思い出すことはありましたが、それでもまさかこんなことになるなんて思わなかったんです。

私には3年前に別れた元彼がいました。‥‥別れた理由が理由だったので二度と会いたくはないと思っていたのですが、気を遣ってくれる人だったので、あの人の気遣いがこの旦那にあればいいのにと思っていたんです。

ことはそんな矢先でした。


玄関に元彼と彼の担当弁護士が立っていたんです。


元彼に会うのは3年ぶりでした。確かに、絶対に3年ぶりだったのです。メールも電話もしてません。そもそもメアドと携帯電話番号すら知りません。

ところが、再会して早々殴られかけました。

「このストーカー野郎!ぶっ殺してやる!」

ってわけがわからなかった。弁護士さんが止めてくれなかったら、今頃、殴り殺されていたでしょうね。

その後、どうにか冷静な話し合いに持ち込んで事情を聞くことにしました。旦那も一緒に聞いてくれました。そこで聞かされたことはとてもではありませんが信じられない話でした。

元彼の弁護士さん曰く、私が元彼とその元彼の奥さんをストーカーしているというのです。

寝耳に水、というか、どうしてそんなことを言われるのか分からなくて、私は呆然とするしかありませんでした。

約2年前、つまり私が結婚した頃ですね。その頃に元彼も結婚したそうです。その頃から元彼に私はストーカーし、元彼の奥さんに私が嫌がらせをしていると弁護士は言いました。

元彼を朝から晩まで、職場からその職場の慰安旅行まで張り付いて監視したり、元彼の行動を写真に収めて大量に印刷してポストに投函したり‥‥バレンタインやクリスマスにはプレゼントを送り付けるとか、手紙で復縁を希望したとか‥‥。

元彼の奥さんの携帯に別れるよう脅迫メールを送ったり、元彼の奥さんの会社に根も葉もない噂を流したり、奥さんの名前でSNSをして、まるで売女みたいな女だと世間に騙ったり‥‥出会い系とか闇金とか‥‥色んな方面に個人情報を流して‥‥大変なことにしたり‥‥。

とにかくやった覚えもないことを元彼と弁護士さんにやったと言われました。

旦那は戸惑うばかりで庇ってはくれませんでした。

元彼は言いました。

「もう我慢の限界だ!この前はよくもアパートの部屋をめちゃくちゃにしてくれたな!服を切り刻んだり、ガス漏れさせたり‥‥。今まで我慢してきたがもう我慢ならない!とにかく金を払ってもらうから!慰謝料だ。被害届も出す。抵抗するなら裁判もしてやる。お前をこの手で殺せないなら!社会的に生きていけなくしてやるからな!」

‥‥あまりにも怒鳴られて本当に私がやったんじゃないかと思いました。旦那は私を困ったように見るばかりで、私がやったともやっていないとも言いませんでした。

だからか、私、ごめんなさいって言おうとしたんです。旦那の知らないところで元彼に執着したんじゃないか。二度と会いたくはないと思っていても、何処かで旦那よりいい男なんじゃないかと思ったんです。

でも。


「あなたには、揺るがないアリバイがあった。」


そうです。探偵さん。アンさんでしたか。とにかく私が謝りかけたところで、弁護士さんが裏付けを取るために私のココ最近の行動を教えて欲しいと言われて、私のスケジュール帳を渡しました。

そしたら、嘘だ!と叫ばれました。

私は昔から東京に住んでましたが、結婚してからは旦那の地元である北海道に行っていました。今、東京にいるのは、妊娠と旦那の転職を機に戻ってきたからです。それからすぐして私は体調が優れず、産婦人科に入院になり‥‥それが先月まで。この1ヶ月はずっと家にいましたが、旦那の仕事は在宅なので、ほぼ24時間、毎日一緒にいたことになります。その間一人でこんなお腹を抱えて出歩くなんて出来るわけもなく、買い物は専ら旦那任せで、外出はしてません。

その上、私には最大の犯人ではない理由がありました。

‥‥それがこのお腹です。

元彼と弁護士は私がやった証拠として、一週間前と2ヶ月前に私が元彼のアパートに侵入した時の監視カメラの映像を見せてきました。

そこにいたのは確かに私の顔をしてました。でも、お腹は‥‥出ていなかった。この前も2ヶ月前の映像も私のお腹には何も無かった。

元彼からはそのお腹は作ったんじゃないか、若しくはサラシか何かで押さえつけたんじゃないかと言われましたが、一週間前ならともかく、2ヶ月前には私の中には子どもがいた。サラシで巻いたり出来るわけがないと弁護士さんが言いました。


「ちょっと待って下さい。監視カメラに貴方が映っていたってどういうことですか?」


‥‥そう、なんです。監視カメラには私と同じ顔をした人がいたんです。体型は違いますが、元彼と別れた頃そっくりの私がいて、格好も私が持っていた服を着ていました。あと、今、思い出しましたが、元彼の部屋からは私の指紋も出たそうです。弁護士が言っていたわけじゃなく、元彼が言っていただけなので、よく分かりませんが‥‥。あと、私の私物らしき奥さんのものではない物が置かれていたり、私の部屋の合鍵らしき鍵があったりしたそうです。‥‥とはいえ、鍵の方は私が今旦那と住んでいる家の鍵ではなかったとこの前、弁護士が確認していましたから、何だか分かりません。


‥‥それで、ここから本題とも言えるのですが、私は自分の行動記録以外に自分の犯行ではないと言える物がありません。弁護士は私の行動が明らかにストーカーしていないと言えるので悩んでいるようですが、元彼は監視カメラと指紋だけで、私を警察に突き出して、私にお金を請求するつもりです。

実際、警察には相談済みのようです。

‥‥だから、本当のストーカーを探していただけませんか?

私でないなら誰が元彼夫婦を追い詰めているんでしょう。あの監視カメラに映っていた私は誰なんでしょうか?私は本当にストーカーなのでしょうか?

旦那が頼れなくて、どうにかしたくて、ここに来ました。



彼女はポロポロと涙を流していた。

「お願いします。このままじゃ気が変になってしまいます。子どものことだけを本当は考えていたいんです。でも、こんなことになってしまって‥‥。私は旦那と子どもを裏切って、元彼に熱を上げていたと信じたくありません。お願いします。真実が知りたいんです。」

そんな彼女の手にあるホットミルクは一口も飲まれず、冷めている。彼女は俯いて自分のお腹をじっと見ていた。まるで終わった幸せが帰ってくることを願っているようだった。

そんな様子を見ていたアンが口を開く。

「‥‥よろしいですよ、引き受けても。予算はありますか?」

その言葉に彼女‥‥依頼人である橋山雛は殆ど間を置かずに答えた。

「幾らでも。でも、早期で決着出来るなら、急ぎでお願いします。」

「はい。了解しました。」

島崎は息を飲んだ。

とうとう来たと彼には確信できた。


‥‥『作家』による事件だと。





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