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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
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百目 前日










深い、湿っぽい空気の漂う夏の夜。

時刻は夕飯時を過ぎて、電車は残業したサラリーマンが青い顔で揺られ、その高架下では遅い部活帰りの高校生が世間話に花を咲かせて、仲間と笑い合いながら自転車を漕いでいる。地元密着型のスーパーでは閉店時間を前に割引シールを商品に貼る作業を店員がお腹をすかしながら、やっている。そんな高架下、学校の近く、スーパーの隣にある築8年程の二階建てのアパートの2階に一人の女性が帰宅した。

パート帰りらしい私服。両手には先程隣のスーパーで買った割引品が窮屈そうにエコバッグに詰められている。

彼女は右手の方の荷物を一旦、扉の前に置いて、疲れた顔で家の鍵を取り出して、深い息を吐いた。

それはまるで家に帰りたくない、と言わんばかりだった。

それでも彼女は鍵を鍵穴に回し、扉を開いて、ドアノブを回す。開くと聞こえる蝶番が軋んだ音は少し前まで聞くだけで幸せになれるような慣れ親しんだ音だった。日常の音だった。平穏の象徴だった。‥‥幸福がそれで始まるような気がしていた。

しかし。

開けた直後、疲れていた彼女の目が大きく見開かれた。まだ持っていた左手にある荷物がその衝撃から彼女の手から落下して、中の荷物が崩れた。

ガタガタと身体が震える。

頭はもういい加減して!と発狂する。

口は戦慄いて、悲鳴さえあげない。


扉の向こうは部屋だ。彼女と彼女が愛する人が二人が住んでいる。だが、その部屋に幸福はない。‥‥なぜなら穢されていたから。

「い‥‥い、い‥‥いやああああ!」

ハサミで切りつけられた服は錯乱している。

ひっくり返された燃えるゴミ。

ガラスは割られて錯乱している。

鼻につく異臭はガスの匂いがした。

水道は出しっぱなしで流し台から溢れて床を濡らしている。


そして、部屋の壁という壁に貼られている写真。


彼女ではない女と仲睦まじげに歩く自身の彼氏。隠し撮りのような背後から撮られた写真もあれば、女が彼氏と自撮りしたものもある。どれも幸せそうだったが、そんな幸せな写真に覆い尽くされた壁には、スプレーで彼女を不幸に追い詰めるようなことが書いてあった。

その言葉に彼女は完全に腰を抜かし、気を失った。



『彼と別れろ、ブス!』



スプレーは血のように赤く、酷い殺意を感じさせる。

部屋には水の流れる音が淡々と鳴り響いて、その扉の外では救急車とパトカーの音がしていた。

日常は既に終わり、始まったのは異常。それを無かったことに出来るのは不可能。非日常は巻き込まれた人間を殺すようにそこに佇んで、ジッと気を失った彼女を睨むように甚振り辱めるように見ていた。











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