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UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
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禁忌 後日談





あれから、しばらくの時が経った。


あの港町は既に修繕と新築と新しい人間が入って様相が様変わりし、あの頃の面影はなく、警察もあの時、人員が減ったが、元の人数を既に取り戻し、港町には慰霊碑が出来ていて、既に過去の出来事として町の人も警察も忘れかけている。

かつていた殺人鬼に至っては、焼け跡から死体が出たとあの火事の1週間後には報道されたせいか、誰も覚えていない。覚えているのは当時書かれた調書ぐらいなもので、それも埃かぶって久しい。

時が経ってそんな御時世となった。



そんなある日、相模刑事は一人でアンの事務所を訪れていた。

「はあ、本当にいつもいつもありがとうございます。アンさん。」

「いいえ、仕事ですから。」

事務所には真昼の暖かな日差しが入っている。コーヒーカップは来客が一人だというのに3つあり、一つはミルクと砂糖で白くなっていた。

殺風景だった事務所に最近置いたばかりの本棚にある本達が陽射しで日焼けしないよう若い人間がそんな日差しにブラインドを下げたが、事務所に長閑な温かみはまだ入ってきている。


「おかげで助かりましたよ。いやー、証拠もなければ動機もない事件だったんで。蒼井警部と頭抱えちゃって。そうそう、君にも感謝するよ。」

相模刑事は上機嫌にブラックコーヒーを片手に今し方、ブラインドを下げた彼の方をみた。アンはそんな相模刑事を特に表情も変えず見ている。

ブラインドを下げた彼はやや不思議そうに相模刑事の方を見て、聞く。

「はい?何か?」

「ちょっと聞いてなかったのかい。君にも感謝してるって言ったのさ。今回の事件、君も証拠集めに奔走したじゃないか。」

そんな相模刑事に彼は目を瞬かせて。

「仕事ですから。」

と無愛想に返した。それに相模刑事は肩をすくめて、またアンの方を向いた。

「アンさんと一緒の答えですか。彼、アンさんと似た者同士ですね。」

それにアンは口をつけていたブラックコーヒーから口を離して言った。

「かも、知れませんね。兎にも角にも、うちの所員まで評価していただきありがとうございます。相模さん、口が上手い方ですね。」

「いやいや、本当のことですから!あの時の勘にハズレはなかったということだけですから。あの時、アンさんが人を雇用するなんて聞いた時には驚きましたよ!アンさんが認めた人間なんだろうな!って思いましたから。まあ‥‥まさか年齢が19歳とは思いませんでしたが。」

てか、本当に19歳なのだろうか?雰囲気がかなり落ち着きすぎやしないだろうか、という本音は隠して相模刑事はニコニコとアンと距離を縮めようと上機嫌な会話をする。

そんな本音にアンは気づいていながら知らない振りして微笑んだ。

「相模刑事、それは私を買いかぶり過ぎではないですか?」

「いえいえ、今まで我々の事件解決をして下さってきたアンさんですから。アンさんと出会ったあの事件以外、解決しなかったことはありません!」

我が事のように得意げに鼻を膨らます相模刑事を傍目に、若い彼はカフェオレと化したコーヒーをテーブルから取り上げて、アンの隣に行儀よく座る。

相模刑事は気づかないまま、話を続けた。

「あの事件は本当、アンさんが向かった時には現場が“タンクローリーの事故”で火の海で、犯人の‥‥えーと誰だったか‥‥とにかく彼、焼けてしまいましたからね。当時のアンさんが言う通り、解決したとは言えない解決でした。とはいえ、あの事件の時からアンさんは素晴らしい方でした。」

「懐かしいですね。」

アンさんがそう相槌を打つと同時に、相模刑事の携帯が煩く鳴り響いた。相模刑事はその電話の相手を見て、ゲッ、と顔を歪めた。

「蒼井警部‥‥!」

「出なくてよろしいのですか?」

「え、あ、その‥‥あーはい出ます‥‥。」

そうして、相模刑事は電話に出た。すると、電話口から蒼井警部の怒号が響く。どうやら相模刑事は蒼井警部との仕事をサボタージュしてこちらに来たらしい。

「本日分の仕事は片付けていたのに‥‥蒼井警部は本当に人使いが荒いんですよ。緊急的なことならともかく下っ端の扱いが本当に酷い。」

「貴方のことをそれだけ信頼しているのですよ。」

「そう言えば聞こえはいいですがね。あー愚痴が止まらなくなる。」

相模刑事は空になったコーヒーカップをテーブルに置くと、帰り支度をして名残惜しそうにアンに声をかける。

「また、何かあればよろしくお願いします。アンさん。それと‥‥。」

そして、座る彼に声をかけた。

「島“崎”くん。」

それに彼‥‥島崎桐村とその名札に名前を書いた彼は寡黙に一礼して、「また。」と話を切った。




アンに見送られて相模刑事が去った後、二人きりになった事務所で、彼はアンにむかって溜息を吐いた。

「‥‥本当に、今でも信じられませんが。何をどうしたら、あの事件がタンクローリーの火災事故になって“私”が死んだことになって、僕は“島﨑”だと認識されなくなるんですか?」

その言葉は全てだった。

あの時からしばらく、何が起こり、彼が誰で、今の現状がどうなのか‥‥全て理解出来る言葉だった。

そんな島﨑‥‥今は全く違う人間として生きる彼にそんな現状を作った彼女はくすくすと妖艶に笑っている。

「‥‥前払いもするとあの時、言ったでしょう。つまり、そういうことです。ああ仕組みは私の専売特許なのでお教えしませんよ。」

「‥‥。」

前払いとしては破格、その上、当時と現状を思うとかなり恐ろしいのですが、と今は島崎桐村という別人になった彼は内心思ったが、口に出しても意味深な笑みで逃げられる為、彼は寡黙に溜息を吐くしか無かった。

そんな彼にアンはにこやかに言う。


「何がともあれ、これからよろしくお願いしますね。島崎。」


それに彼は「はい、よろしくお願いします‥‥。」と若干引き気味に答えた。

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