表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
UN ー『作家』の探偵ー  作者: しお。
11/32

禁忌⑩

禁忌⑩






警察特殊部隊を作戦会議に交え、島﨑の事件に関する捜査本部は武力行使、生死を問わずに島﨑を確保する方針を打ち立てた。

「これ以上の凶行は見逃せん。」

捜査本部長をする男がそう言うのと同時に蒼井警部はビビる相模刑事を置いて、立ち上がった。

「しかし!危険すぎます!相手がどういった手段でこれ程のことをしているのか分からないというのに!」

その蒼井警部の発言にその会議室にいた人間皆、嫌そうに見つめ返した。男は言う。

「皆、分かっている。未だに奴の殺しの仕組みはわからん。しかし、だからといって放置出来る程、時間は無いのだよ。犠牲者と遺体は増えていく、いつ終わるかも分からない。ならば、先手を打つ他あるまい。」

それに蒼井警部は歯噛みする。

男は粛々と、それでいて厳格に口を開く。

「理解しろ。強行突破だ。我々に失敗は許されない。正義が最後に勝たなくては‥‥治安維持を担う我らの面目(メンツ)が立たんだろう?」

それに相模刑事は内心、嫌な予感を覚えた。

(メンツで犯人を逮捕出来たなら、今頃、逮捕出来ていたはずでしょうに‥‥。なんだかなぁ‥‥。)

重要で、かつ考え事をしてはいけない会議だが、相模刑事は見切りをつけて思考に走る。

(完全武装で挟み撃ち、それで解決する人間なんだろうか?アンが集めた証言によれば‥‥島﨑は辞書のような本から犬を入れて出したという。普通はそんなことできない。でも、島﨑は出来る‥‥そう仮定するなら‥‥。)

少なくとも犬を入れられるなら、人間も入れられる。あの大量の死体を作れた理由はさておき、あの大量の人間を殺して人の無いところに遺棄できたのは誰か共犯者がいた訳ではない。辞書を四次元ポケットにして入れて死体を運んだ、筋道を立てて考えるなら、つまりそういうことだ。あの捜査一課の刑事の死体が空から大量に降ってきた時だって、あれは正確には辞書から死体を出した為に降ってきたように見えたのではないのだろうか。本に挟んだ栞が本からこぼれ落ちるような様を、刑事達は降ってきたと表したのではないか。

(ん?待てよ。)

相模刑事はそこまで考えて冷や汗をかいた。


‥‥相模刑事は今、気づいてしまった。



思い出す。アンとの会話を。

『情報が足りないって、やっぱり過去ですか?』

『いえ、凶器の話です。全くありませんね。』

『凶器?確かに発見されてませんが‥‥死因はてんでバラバラなんですよ?刺されて死んだ人間だけじゃなく、爆死、腐乱、ヤク漬け‥‥まあ、いっぱいあって‥‥。』

『そうではないのです。凶器が発見されて無いというのがそもそもおかしいんですよ。』

『え?』

『貴方は今、刺されて死んだ人間だけではないと言いました。つまり、刺されて死んだ人間がいるんですよね?なら、刺した凶器はどこに?あと、ヤク漬けなら薬が凶器になりますから、現物である薬が無いとおかしいですし、そもそも、このファイルに載っている死因なら、物理的に凶器が残って無きゃおかしいんですよ。スタンガンによるショック死も、縄で縛られて窒息死なんてそうでしょう。情報足りないですよ。』

『‥‥言われて見れば、死体は見つかっても凶器は見つかってない。大量の死体の謎はありますけど、凶器が無いとなると‥‥。』


「そっか‥‥凶器を持ち運ぶことも出来るのか‥‥。」

相模刑事は目を見開いて、うわ言のように小声で呟いた。

死体を大量に作って運べたこと、凶器が見つからなかったこと、それらを総合すると被害者に100通りの死を与えた道具一式、島﨑は辞書に入れて持ち運んでいる。見つからないとはつまりそういうこと。

相模刑事は思わず静寂の中、立ち上がった。

「なんだね?相模。」

嫌な目で見られるが、分かってしまった相模刑事は止まらない。

「皆さん、島﨑は全て凶器を持参しています。」

それに本部長は訝しみ、辺りはざわついた。嫌な空気の中、相模刑事は切実に、自分の推論を話す。

「島﨑に対する聞き込みの中で、島﨑は所持している辞書のような本に犬を入れて、出したという話がありました。一人だけの証言ではありません。複数です。複数の人間がそれを目撃しているんです。つまり、島﨑は物を辞書に入れたり出したり出来る。今まで凶器が見つからなかったのはその本の中に隠している為。島﨑はいつでも100通りの死を我々に与えられるんですよ!」

そう熱弁する相模刑事だったが、その言葉が出た途端、会議室はどっと卑下した笑いが出た。

「何を言っているのかね。」

「疲れで頭がいかれたんじゃなかろうか?」

「まあ、まあ、相模、一度落ち着きたまえ。」

「そんなことがあるわけが無いだろう?大体辞書から物を出せるなんて非現実的だ。漫画の世界から帰ってこい。」

「兎にも角にも、空論だ。相模、失言を詫びなさい。」

「会議の輪を乱すな。」

それに相模は肩を落としながら、それでもきっちりと謝罪した。

「申し訳ございません‥‥。」




会議終了後。

慌ただしく島﨑確保に向けて、今の島﨑の所在地を本部が明らかにする中、蒼井警部は溜息を吐きながら、相模刑事に忠告した。

「相模、俺の言えたことじゃあねえが。ああいう場であんな作戦の変更を余儀なく‥‥いや、そもそも説明出来ないものをあの場で発言するんじゃない。足、他の連中に引っ張られっぞ。そうなりゃ左遷はねえが、出世は消える。だから、新人はあの場じゃ黙り決め込むしかねえ。俺は言ったからな。」

そんな蒼井警部に相模刑事は肩身が狭そうにしながら、「すみません。」と謝った。しかし、相模刑事は頭を俯かせて、周りには反省して頭を下げてるように見せかけながら、蒼井警部にだけ聞こえるように小声で言う。

「しかし、本当にこれで良いのでしょうか?」

それに蒼井警部は合点がいったように自分もまた周りにはただこんこんと相模刑事を叱るように見せながら、小声で返答する。

「良かねえな。だが、そりゃ本部長も分かってるさ。でも、その上の連中は分かってねえ。奴らから見れば、たった一人の人間に何ヶ月も手を拱いて、犠牲者を次々増やしてるだけにしか見えてねえ。だから、何が何でも早期解決しろと言ってんのさ。特殊部隊の奴らが来たのはそういう意味もある。奴が死んでもいいから終わらせろってことだ。」

その話に相模刑事はため息を吐き。

「実態を知ってるうちからすれば、死ね、と言われたようなものですね。」

「だろう?」

最早説明不要。上に下は従って当然であり、出来が悪いと(主観的に)判断されたなら、(割と的外れな)テコ入れされるのも仕方がない。

しかし、それでも、ただ従うだけに徹する理由はない。

「毒を以て毒を制す、なんて言葉があるよな。相模。」

「はい。ありますが何を?」

「ものいっそ特殊部隊を当てにせずに、単独で動こうというのはどうだ?」

特殊部隊は確かに強い。しかし、こんな非常識な事件に彼らが順応できるかというと違うと蒼井警部は判断する。

「常識とテロに奴らは強いが、非常識と狂人に強いかというと断言出来ない。最悪、犠牲者が出るさ。しかしだ。俺は非常識と狂人に強い人間を既に知っている。そいつを島﨑にぶつけちまうのさ。」

そう言った蒼井警部に相模刑事は何度も目を瞬かせた。察しはついている。

「非常識と狂人に強い人間‥‥まさか、アンさんを?」

それに蒼井警部は周りにバレない程度に、それでもしっかりと頷いた。








一方、その頃。







「もしもし、糸賀さんですか?」

アンは夜に光る町あかりの束と数の中で、夜風にスーツに閃かせながら、飲み屋街の赤い行灯の下を通話に光るスマホを片手に歩いていた。

周りはガヤガヤと酒に酔って酩酊とした群衆が千鳥足なり、がに股なり、浮つき足なり、ふらふらとした定まらない足取りでアンの横を横切って颯爽と居酒屋や綺麗なお姉さんの店に入っていく。

時折、否、大概の人間がアンに気づいて、見蕩れたり、声をかけて気を惹こうとしたり、したが、アンはそれら全て、その魔力と美貌に満ちた表情で流すだけで、高嶺の花のように取り合わず、手に取れない存在とばかりに、ふわりと気を惹くだけ惹いて、その目から手から逃れて、蝶のように離れていく。

その妖しくも美しい女はそうしていながら、スマホの向こうに声をかける。

「今、お時間大丈夫ですか?頼みたいことがありまして‥‥ええ、お代はきちんと払いますよ‥‥情報は追って話しますが、そう『作家』ですよ。ええ、お分かりいただいて有難いです。なかなか腕のある方のようです。‥‥そうですか‥‥ありがとうございます。手筈が早くて助かりますよ。『作品』の形態は厄介ですが‥‥。ああ‥‥警察?」

飲み屋街に優美な蝶が一匹。しかし、その蝶が浮かべている表情は、悪魔的に蠱惑に歪んでいて、それでも魅力的だった。

「警察に言うわけありませんよ。向こうだって私を利用しているんですから、こちらだって利用させていただきます。ふふっ‥‥今のところ、想定通りですよ。ある程度、これで先日の依頼にあった糸賀さんに不利な人間も消せるかと思います。故に作戦が成功した暁には報酬を下さいね?」

アンは正義の人間ではない。

その発言はそう察するには十分な内容だった。あれほど警察に協力しながら、彼女は彼女の目的の為に生きていた。

「報酬は今回の依頼と相殺で構いません。ふふ、色を付けてくれるのは有難いですね。明後日辺りには結果を、正式な報告はまた後日でいいですね。ええ、待ちますとも。何しろ、今回の『作品』は少々厄介ですからね。こちらでもある程度のことはしますが‥‥。」

彼女はそう電話の向こうにいる人間にそう微笑んだ。

そして、目の前にある自販機にお金を入れ、迷わず選択して飲み物を買う。無糖のブラックコーヒーは見た目からして黒い。そんな缶の曲面に映る彼女は妖しく、美しく、残酷だった。

彼女は電話を切ると、その缶を持ったまま、たまたまそこに通りがかっただけだろう男に声をかけた。


「‥‥すみません。間違えて買ってしまったんです。‥‥良ければ貰って下さいませんか?」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ