胸に抱(いだ)かれて(全年齢版)
「R-15版」と基本設定は同じですが、こちらの作品の方が、ストーリーを重視した作りになっています。
「はぁっ……やっぱり、嫌われちゃったかなぁ」
スマートフォンの画面に映る「ごめんなさい」の文字は色を変えて既読の意味を示している。
しかし、それに対する返事の文章は何時まで経っても来なかった。
「何だか疲れちゃった」
深い溜め息を吐きながら、私は布団の中に潜り込み、頭から毛布を被る。
今日は散々な1日だった。仕事でミスをし、遅れを取り戻す為の残業に手間取り、初めて出来た彼氏との食事をキャンセルするはめになってしまったのだ。
メールにて事情を説明したのだけれど、私が嘘を吐いて断ったと思われたのかも知れない。
「……もう寝よう」
枕が涙で濡れていたけれど、心身共に疲れ果てていた私はそのまま夢の中に落ちて行った……。
「……さん? ……さん?」
誰かが私に語り掛けて来る。そして、私はこの声の主を知っている……。
私が落ち込んでいる時に、必ず夢の世界に訪れる1人の女性。現実の世界では、会った事のない人。でも、何故か私は彼女を知っていて、彼女は私を知っている。
「……さん、また何かあったの?」
「はい……彼氏に嫌われたかも知れません」
「そう……なら、私が慰めてあげるわね」
そう言うと、彼女はそっと私を抱き寄せ、左手を腰に回して身体を密着させて来た。
身長差があるので、自然と私の顔は2つの柔らかな膨らみに包まれ、荒んでいた心を癒してくれる。
「どうかしら? 少しは落ち着いた?」
「……はい。貴女に抱き締められていると……凄く……安心します」
「それは良かったわ」
胸に顔を埋めている為、彼女の表情は確認出来なかったけれど、声色から微笑んでいる気がした。……ううん、きっと慈愛のこもった眼差しで私を見ているに違いない。
「ねぇ? 髪の匂いを嗅いでも良い?」
「えっ? そんな、恥ずかしい……あっ……」
返事を最後まで紡ぐ前に髪を撫でられ、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
幼子をあやす様な優しい手つきにうっとりしていると、彼女が鼻を鳴らしているのが聞こえて来る。
――えっ? やだ、本当に髪の匂いを嗅がれてる!?
「すぅ〜、……ふふっ。……さんの髪、とても良い香り。これは何処のシャンプーかしらね?」
「あっ、やだ、恥ずかしい……」
「うふふっ、耳まで赤くしちゃって……可愛い。それじゃあ、こんなのはどう?」
「はうっ!?」
突然、耳に息を吹き掛けられて、変な声が出てしまった。
「あらあら、ちょっと擽ったかったかしら?」
「もう……意地悪です!」
クスクスと笑う彼女に、私は少し拗ねてみせる。
「よしよし、少し元気になったみたいね」
私の髪を優しく撫でながら、
「悲しい時、落ち込んだ時、何時でも私が抱き締めて、慰めてあげるから……さんは安心してね」
「は……い」
そう耳元で囁く彼女の豊満な胸に抱かれながら、私の意識は次第に遠くなって行った……。
――ピロリン
「はうっ!?」
突然の着信音に飛び起きると、スマートフォンの画面が光っていた。そして、そこには……、
『返事が遅くなってごめん。僕も急用が入っちゃって(汗)初デートは次に持ち越しだね』
……の文字が。
「良かったぁ〜!」
スマートフォンを手に取り、小躍りしていると、夢の中の彼女の事を思い出した。
――もしかしたら、あの人のお陰だったりしてね。
先程までの沈んだ気持ちは全て吹き飛び、私は心軽やかに返信メッセージを入力していた。