《紫色編》18話:それはどうやら既に始まっていたらしい
「なんであんたは私をおいて先に帰ってんのよ!?」
――ああ、なんだそういうことか……。
俺はてっきり青夜との関係が知れて、なんやかんやと言われるのかと思ったぞ。
「気がついたら教室からいなくなってるし…昼休みも昼休みでどっかいっちゃってるし…なんであんたは私を置いてどっかいっちゃうのよ!」
赤子様はご立腹である。触らぬ髪に祟り無し。む、なんか違うか?まあ、あれだ、女性の髪にはそうやすやすと触るもんじゃないって言うだろ?そんなわけで今は黙っておこう。
「昨日は見逃してあげたけど、今日は誰も先に帰っていいなんて許可してないでしょ!それなのにあんたは勝手にエスケープしてくれちゃってッ!!放課後は仲良く手を繋いだりなんかして、周りから冷やかされつつも、嬉し恥ずかしでキャッキャッウフフになるのがラブコメの定番じゃない!それなのにあんたは私のことを放置してとっとと帰ってるってどういうこと?!ふざけんじゃないわよッ!今すぐ私の青春の貴重な1ページを返しなさいよ!」
「そんなこと俺が知るか!!なにが青春の貴重な1ページだ!馬鹿野郎!つい先日まで友達が一人もいなかったような社会不適合者が、今まで散々に青春を無駄にしてきてんだろ!」
でも、やっぱり黙っているなんて俺には無理なわけで気がつくと言い返していた。
「ぶーぶー!」
「ぶーぶー言うな!」
不満満々で赤子は頬を膨らませる。
「それに昼休みだって、昨日は一緒に食べたのになんで今日はいないのよ!昨日は邪魔が入ったりなんだりあってラブコメ定番の『はい、あーん♪』が出来なかったから今日こそは……!って、思ってたのに!」
「それならこの前、俺がしてやったろ!」
三日前の夜、風邪をひいていた赤子を看病していた時の話しだ。俺は赤子にウナ重を『はい、あーん』してやった。
「あれはあんたが私にやったんじゃない!『はい、あーん♪』はね私があんたにやることに意味があるの!それに誰も見てなかったじゃない!人目のある所で私達のラブラブっぷりを見せ付けるようにやるのがいいのよ!」
知ってはいたが、なんだか随分と思想が歪んでいますね。
そんなことを考えながらも、ちょっとだけそのシーンを想像してみる。
――……うむ、案外いいかもしれない。羞恥心と優越感と幸福感のハーモニーが凄いです。
「まったく…あんたはもうちょっと私の彼氏としての自覚を持ちなさいよ!」
――そうだな、俺も少し自覚をもたなきゃいけな……――ッ!?
「はい、ストップッ!!!ちょっと待ったぁああああぁああ!!!」
「はっ…?!き、急に大声だして、どうしたのよ?」
「一つ、確認したいことがあるんだがよろしいか?」
「な、なによ?」
赤子は僅かに後ずさった。それほどに今の俺は真剣な表情をしといるのだろう。
それもそのはず。今、赤子はごくごく当たり前のことのようにポロッと爆弾発言をしやがった。
そのことについて、しっかりと確認しなければなるまい。軽く流したら後々に大問題になることは明白だ。
「……赤子」
「だから、なんなのよ」
「……『誰』が『誰』の『彼氏』なんだ?」
「はぁ?そんなの恵が私の彼氏に決まってるじゃない」
「………………」
取り敢えず、絶句してみた。
そして、久方ぶりに奇声をあげる。
「まままぁぁあああぁああささああああんんんんじじぃぃぃぃぃゅゅゅゅししぃぃいいいゴォォォオオオオオ!!!?!?!!??」
※
「……すまん。取り乱した」
深々と俺は赤子に頭を下げる。
「まったく……一体なんだったのよ、急に奇声あげたりなんかして」
「うっちゃかしいわ!馬鹿野郎ッ!誰が原因だと思ってやがる!」
「はぁッ?!そんなの全面的にあんたが情緒不安定で精神に異常があるのが原因でしょ!?」
否定はしないが、赤子に言われる筋合いもない。こやつは人の事を言える立場にいると思ってやがるんでしょうか?
「とにかく!俺は何時からおまえの彼氏になったんだ?!そこんとこ詳しく説明しろや!」
「そんなの目と目が合ったその瞬間から始まってるに決まってるじゃない!」
「決まってるはずがあるかぁぁああ!!!どこの電波を絶賛受信中なんですか?この馬鹿野郎ッ!!!隊超!ワカメには意味がさっぱりもって微塵にも理解できません!なんで、目と目が合ったその瞬間に恋人同士になってるんだよ!?」
「なんか運命的でいいじゃない!『目と目があったその瞬間に俺達はすでに恋に落ちていたんだと思う』とか、それっぽくて、あらすじとかプロローグには持ってこいじゃないのよ!だいたい私は、幼なじみとのまさかの再会。そして蘇る幼少時の甘く切ない恋の思い出。その時点でもう二人の心は一つなのにも関わらず、あーだ、こーだ、悩み、すれ違い、葛藤、苦悩したりする…そんな話は真っ平ごめんなのよ!時間の無駄よ!無駄!私はそんなことはいいからラブラブしたいの!だから、もう、過程とかはどうでもいいから私と恵は恋人どうしなのよ!今更、細かいことはどうだっていいのよ!」
ぐっ……駄目だ。突っ込むところが多すぎて対象しきれん。
「なんで、どいつもこいつも我が儘で自分勝手な奴らしかいないんだよ!!出て来る奴らみんな狂った馬鹿野郎ばっかりで一般人はまったく無しの無法地帯。どこだ!この狂った世界のどこに一般人がいるって言うんだ!一般常識が一般常識として扱われることはないって言うのかッ!?」
世界は無情にも非常だ。何時だって俺達に無理難題を押し付ける。
「そんなことはおいといて…恵は私の彼氏としてがんばんなさいよ!」
これはあれか、二股になってしまうのか?
青夜にしても赤子にしても俺には拒否権などなく一方的に押し切られている。
はっきり言ってどうしたらいいのかまったくわからなかった。




