《紫色編》15話:友情なんて言葉はこの世に存在します
「おまんたせいたしましたぁん!当店オリジナルのスペシャルブレンドコーヒー(ブラック)でございますん!」
シンディがテーブルの上にコーヒーカップを乗せる。コーヒーの豊満な香りが鼻孔をくすぐるる。いいにおい。カップを口元に運び一口飲んでみる、とっても美味しかった。
「ワカメちゃんは秋高の生徒さんよねん」
「そうだけど?」
コーヒーを飲みながらまたーりしているとシンディが話しかけてきた。
「珍しいと思ってねぇ。秋高の子ならこんな裏通りの妖しい店より、表通りの綺麗な所に行くのが殆どなのよん。秋高の子でこんなとこに来たのは坊やで二人目なのよん」
確かに、こんな妖しい店に好き好んでくる学生はいないだろうな。それに店長はオカマだし。
「ふーん…でも、シンディ、俺はこの店気に入ったよ。いい匂いだし、コーヒー美味いし、人いないし」
「うふふ、ありがとねん」
厚化粧が笑う。不気味だが嬉しそうだった。
「そんなこと言ってくれるのはゆかりちゃんだけだと思ってたんだけどねぇ」
カラン、カラン。
不意にドアに取り付けられている鐘がなる。どうやらお客さんがきたようだ。
ドアに振り向くとそこにはめりっさ美人が立っていた。
「珍しいな、ここに平日に私以外の客がいるとはな」
入って来た美人が俺を見つけるとそう呟いた。
「いらっしゃ〜い。そろそろ来る頃だと思ってたわよん。こっちにいらっしゃいな」
シンディが手招きすると美人はこちらにすたすたと歩いてくる。美人は俺と同じ学校である秋高のセーラー服を着ていた。
「シンディ、いつもの」
「はい、はーい」
美人はそういって俺の隣のカウンター席に腰をかけた。どうやらここの常連のようだ。
その一連の動作はかっこよかった。俺もいつか「いつもの」とか言ってみたい。
そして、シンディはその「いつもの」準備に取り掛かった。
「君、名前は?」
美人の常連は俺のほうを向いて名前を訪ねてきた。
「山田太郎だ」
何と無く嘘をついてみた。
「君、初対面の相手に堂々と嘘をつくとはいい度胸だな」
なんか知らんが見抜かれてしまった。この女できる。
「人に名前を聞くときは自分から名乗るもんだろ」
ここで負けを認める俺ではない。
「私の名前を知らないのか?」
美人は少しだけ目を見開き、少しだけ驚いているようだった。はて、なんで驚いているんだ?
「初対面なんだから当たり前だろ」
「それも、そうだな…改めて私の名前は山田花子だ」
「おまえ、初対面の相手に堂々と嘘をつくとはいい度胸してるな」
「人の名前を知りたいなら自分から名乗るのが常識ではなかったのか?」
この女……減らず口叩きやがって。
「さっきいったろ俺の名前は山田太郎だ。もう忘れたのか?まだ、若いのに認知症とは大変だな」
「嘘をつくな。今のご時世、山田太郎なんて安易な名前の奴がいるわけないだろう」
「失礼な奴だな。全国の山田太郎に謝れ」
「謝ってもいいが、その中に君が含まれるのなら、私は絶対に謝らないからな」
「安心しろ、俺はその中に含まれていないから」
「君はやっぱり嘘つきだったんだな。君はまるでゴミクズのようだ」
「だからなんだ?今はそんなことより全国の山田太郎に謝るのか先決だろ。ほら、俺が聞いてやるからそこにひざまずけ、かしづけ、崇めろ」
「そんなことをする必要はない。私の本当の名前は山田太郎だ。つまり、山田太郎が山田太郎のことをどう言おうと山田太郎の勝手と言うわけだ。少し難しかったか?すまんな君のような低脳のゴミクズにでも解るように簡単に説明したつもりなのだが…まさか、この程度のことも理解できんとは、とんだ低脳だな、何で生きているんだ?」
「嘘だッ!!おまえは花子!山田花子なんだよ!太郎なんかじゃない!自分を見失うな、気をしっかり持て!おまえはそんなに弱い奴じゃないはずだ!」
「うぅ……ち、違うッ!!私は…私は太郎だ!今はもう山田太郎なんだ!山田花子だった私はもういない……もういないんだ!それにもう、私に帰る場所なんてないんだ……花子の帰る場所はもうなくなってしまったんだ!」
「ダメだ!それでも俺はおまえに…花子に帰って来てほしいんだ!だから、戻って来い!花子として…帰る場所がないっていうなら俺が帰る場所になってやる!だから、戻って来てくれ!俺にはおまえが、花子が必要なんだ!花子じゃなきゃ駄目なんだよ!」
「花子でいいのか、太郎じゃなくて花子として、私は帰ってもいいのか?ちゃんとお帰りって言って、君はちゃんと受け止めてくれるのか?」
「ああ、俺でよければ……おまえは花子なんだから」
「いや、私の名前は青夜ゆかりだから」
「俺の名前も若林恵だから」
ああ、楽しかった。
「若林、君はなかなか面白い奴だな、気に入ったぞ」
「青夜、おまえもなかなか面白い奴だな、気に入った」
ガシッ
俺と青夜は腕を組んだ。
出会って、数分、俺と青夜の間には確かな友情が生まれたのだった。
『青夜ゆかり』、こいつとは仲良くやっていけそうだとそう思った。