本物の七不思議を探して
「じゃあさ、これはどうかな…『犬面人の謎に迫る』」
「人面犬?」
「今更人面犬なんて見つけてもなあ…」
「古臭すぎて、誰も驚かないよそんなの」
昼下がりの空き地に身体を投げ打って寝そべる友人達に、僕は取って置きの「七不思議」を紹介した。反応が悪い。みんな、一様に疲れた顔をしている。
朝から「この町の七不思議を解き明かす」なんて意気込んで、仲の良い友人達を誘って町中を駆け回っていた。みんな、最初はノリノリだった。退屈な日常に、飽き飽きしていたのだ。だけど、うわさの出所や町役場、図書館などを巡っても、結局は全部無駄足となった。
トイレの花子さん、口裂け女、井戸から手招きする幽霊…。何処かで聞いたことのあるようなうわさばかりにも関わらず、調べれば調べるほど、分かったのは「そもそもそんなうわさはない」という事実だった。全部が全部誰かがでっち上げた作り話、偽者の七不思議だったのだ。
おかげで僕達はせっかくの日曜日を無駄に過ごしていしまい、げんなりとした顔でいつもの空き地でため息をついていた。僕は一人立ち上がった。
「違うよ。犬面人。人の身体に、犬の顔が付いてるの。三丁目でよく目撃されてるんだって」
「顔が犬だって?んなアホな」
「そんな奴いたら、とっくに大騒ぎになってるんじゃない?」
「だから、普段は人間の皮を被っているんだって」
その犬面人は、普段は人間の顔のマスクを被り、平然と会社勤めをしているそうだ。だが夜な夜な、三丁目の誰もいない公園でマスクをとっては、抑えられない獣としての衝動を鎮めるため野鳥などを食い殺しているらしい。
「…もう何度も、その公園では殺された鳥の、まるで食い荒らされたような跡が見つかってるんだって」
「野犬だろ」
健介がせせら笑った。みんなも同調して、乾いた笑いが起こった。僕はムキになって健介に噛み付いた。
「違うよ!そいつは人間の姿をしてたって、おばあちゃん言ってたもん。ねえ、見に行こうよ。今度こそ本物だから」
「わあったよ…」
「だけど、また偽者だったら容赦しないからな」
みんなようやく重い腰を上げてくれた。僕はちょっとだけ不安になりながらも、今度こそ本物の七不思議であることを祈った。
「…で、いつその人面犬は来るんだ?」
「犬面人だって!」
暗がりの中、僕らはひそひそと草むらの影に隠れて声を潜めあった。時刻はもう、夜八時を回っている。犬面人が出るという公園にはすでに人影はなく、マンションや民家が近くにあるにも関わらず妙な静けさに包まれていた。さっきからずっとここで待ってはいるものの、人っ子一人現れやしない。次第に友人達は痺れを切らしていた。
「なあ、もう帰ろうぜ。七不思議なんて、最初からなかったんだよ」
「そうだな…そろそろ帰らないと、母ちゃんが心配するかも」
「も、もうちょっと待ってみようよ。後ちょっとだけ…」
「ちょっとって、いつまでだよ?もうこねえよ…」
「シッ!誰か来たぞ!」
僕らが騒いでいると、勇太郎が公園の入り口を指差して鋭く叫んだ。僕らは一斉にそちらの方向を見た。
公園に入ってきたのは、中年のサラリーマンだった。
頭はもちろん、人間だ。薄くなった頭に、バーコード型の髪の毛が乗っかっている。リーマンは酔っ払っているようだった。ふらふらとベンチに倒れこむように腰掛けると、おもむろにカバンから食べ物を取り出した。どうやらコンビニで買った、骨付きのチキンのようだった。
「なあんだ…」
その光景に、僕らはひどくがっかりした。まさか七不思議のうわさの真相が、酔っ払ったリーマンの食べかすだったなんて。
「結局、七不思議なんてこんなものなのかな…」
「あれの何処が人面犬なんだよ。ただの人面人じゃないか」
「犬面人だってば」
「帰ろうぜ」
「ま、待ってよ!もしかしたら、もうすぐマスクを取るのかも…」
「んな訳ねえだろ。じゃあお前、聞いてこいよ。『貴方は犬面人なんですか?』って」
「そうだよ。元はといえば、お前が言い始めたんだからな」
「えええ…」
諦めて出口へと歩き始めた友人が、一人草むらに残ろうとする僕に言い放った。リーマンはチキンを食い終わると、骨を地面に散らかしたままベンチで眠り始めた。
まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。だけど、みんな僕を責めるような目でみていた。一日中町を走り回って、疲れが溜まっているのだろう。確かに誘ったのは僕かもしれないが、みんなノリノリだったじゃないか…そんな言葉を飲み込んで、僕は仕方なくベンチへと向かった。多少なりとも僕も、七不思議が全部空振りだったことに責任を感じていたのだ。
「あのう…すいません」
「ん?」
おずおずと、僕は酔っ払ったリーマンに話しかけた。だけど、一体何と切り出せばいいのだろう。まさか、貴方人間のマスクを被った犬面人ですよね?なんて失礼なこと、聞けるはずもない。そんなこと言ったら、怒鳴られるに決まってる。僕が考えを巡らせていると、案の定、酔っ払ったリーマンは尻尾を振る僕を見て大声で叫んだ。
「うわあああ!人面犬だああああ!」