あたオカ美食国家 水島領 その三
明日も投稿あります。
あの後、俺は三人に藤ヶ崎の町へ行くから警護を頼むと伝えた。
実際の藤ヶ崎の町を見たい。
もちろん、今までにも視察などで町は見ている。
しかし、それは施政者として見ただけだ。一般人の……庶民の視線で見たことはほとんどない。それこそ、この間のコブ付きになった菊との初めてのデートぐらいだ。あの時でさえ、建前は視察だった。
あのデートの時、棒担ぎやら屋台のおばちゃんやらが素の顔でたくさん話しかけてきてくれた。鳥串を焼いていたおっちゃんに獣屋のことも教えてもらったっけ。
やはり、こういうのは上から眺めるだけでは分からないことが沢山ある。今の俺の身分だからこそ知れること・できることも沢山あるが、その身分を隠してこそ知ることができるものも、また沢山ある。
ただの一庶民として町を普通に歩いてこそ、分かってくることもあるのだ。
だから、これからしばらくは時間が許す限り町に出たいと思う。まあ、流石に一人でというわけにはいかないが。そこは弁えなくてはいけないところだろう。
太助たち三人を共に町へと向かう。
とりあえず大人数で固まって歩くと何かと目立つので、太助に横を頼んだ。吉次と八雲は少し離れて付いてきてもらっている。
これで、町の中をよく見て回ることにした。特に飲食関連はたくさん知りたい。
今、何がどんなふうに売れているのか。どのような物が流行っていて、どんなものがあったらいいと皆は思っているのか。
その辺りについて、とりあえずは食べ物関連を集中して見てみたい。聞いてみたい。
これを知らずして、飲食を呼び水にした人の流れを作ることなど不可能だ。当然、経済圏など夢のまた夢の話になってしまう。
「やっぱ、改めて見ると……二水とは違うな。悔しいけど」
町中を縦断する御神川にかかる大橋の手前を大通りに沿って歩いている時に、横の太助がぽつりと呟いた。
太助は、目立ついつもの大剣ではなく普通の刀を腰に差し、その柄にそれとなく手を置いている。いつでも俺を守れる準備をしてくれているのだ。よく見ると鯉口もすでに切れている。しかし、目は大通りの両脇に並ぶ大店に釘付けだった。引っ切りなしに首を振り、あちこちを見てはそっとため息を吐いている。
大通り沿いに並ぶ大店では、それこそ色々なものを売っている。菓子なども含めた食料品関連、薬、日用雑貨、着物、小物、装飾品、刀剣を売る店も普通にあるし、藤ヶ崎ほどの町になれば髪結い屋なんて変わり種もある。他にもあげだせばきりがないくらいに大小さまざまな店が出ている。流石に元いた世界と比べれば貧相ではあるが。
でも、この世界の『今』の日ノ本基準であれば、問題なく大都市と呼べるだけの栄え方はしていると思う。
そんな町と比べれば、そりゃあ今の二水は何もないに等しい。
これは受け入れるしかない事実だ。だが、事実というなら、この栄えた藤ヶ崎と二水が目と鼻の距離にあるというのも、また事実なのだ。
この大都市から、人を引っ張ることが十分できる距離なのである。
これは素直にラッキーと思うべきだろう。
いま人が少なかろうが哀しむことなど何もない。藤ヶ崎がもっと小さくて二水が今よりもうちょっと栄えた普通の町であった方が、二水を発展させようとした時により大変な思いをすることになっただろう。
だから、俺たちの今は『ラッキー』なのだ。哀しむことなど何もない。
「ぼやくなぼやくな。二水はこれからの町。町を育てようって人間が、今を嘆いていてどうするよ。夢はでっかくチョモランマ。この町の商人ぜんぶ引っ張ってやるくらいの気構えでいなくてどうするんだ」
かつて塩で栄えた町・二水。だが、すでに衰退してしまった町。でも、俺たちはその町を再興してやろうっていうのだ。今更、『今』の状態を嘆いていてどうするって話だ。
「ちょも? まあ……うん。確かにあんたの言う通りだな」
太助は、俺の言葉に響くものがあったのかすぐに納得してくれた。少し弱気がにじんでいた瞳に気力の光が戻る。
そんな様子に満足しながら、改めて俺は人々が行きかう町中へと目を移した。
海辺の町と違って川エビや蛙、鯉、鯰などを扱う棒担ぎがいたり、季節がらキノコや木の実を売る者がいたりと内陸の大町らしい景色が広がっている。
もう片付けに入っているが、市が開かれていたであろう場所では売れ残りの野菜や穀物を荷車に積み終わり一休みをしていた。
やはり、机の上だけで考えていても駄目だ。
今更と言えば今更だが、政には自分の目で見て耳で聞いた『生』の情報もいる。全部が全部というのは到底不可能な話でたくさんの人の力を借りて報告を上げてもらうことももちろん必要だが、それだけで分かった気になってもそれはただの『気』だけだ。
さっきの酒屋なんて、まさにそうだ。いますぐという訳にはいかないが、あれは『使える』。
俺が前いた世界でも、いわゆる『居酒屋』というものは、ニーズによって酒屋が姿を変えてああなったものだ。
酒は、もとは大半が『量り売り』だった。
しかし、買ってすぐ呑ませろという我がまま親父のニーズに応えて、買った酒をその場ですぐ呑んで良しと許可を出す『居酒』というスタイルをとる酒屋が出始めた。机もなければ椅子もない、つまみも当然ない。ただその場で買った酒が呑めるというだけの酒屋なのだが、このスタイルを酒屋がとり始めたことが江戸の町の呑兵衛天国を作ったと言っても過言ではない。
そして、この『居酒』スタイルの酒屋と、惣菜のようなものを売っていた『煮売り』が合流する。もちろん、呑兵衛どものつまみがあったらなあというニーズに応えたのだ。その結果できたのが『煮売り酒屋』。これが『居酒屋』の原型になったと記憶している。
この『煮売り酒屋』。江戸の町で流行らない訳がなかった。
江戸の町は仕事を求めて男が大量に集まっていた。当然、独身男性もとても多かった。時流的にも酒を呑むのが最大の娯楽という環境にもあった。そこに、酒を呑みながらちょっとした腹ごしらえまでできる店ができたのである。
そりゃあ、独身男性のたまり場になろうというものだ。
商売は生き馬の目を抜く世界だ。流行る業種業態は、すぐに真似をされる。結果、同じ店があちこちにたくさんできる。
すべてがすべてではないが、江戸の呑み天国はほぼこうして生まれたと言ってもいい。
そして、今ここ藤ヶ崎だ。
『量り売り』の酒屋がまだ主流で、ちょろちょろと『居酒』の店ができ始めているといった感じに見える。うちの兵たちから呑みに出たという話をよく聞くが、たぶんこの『居酒』の店に繰り出しているのだろう。
となれば、だ。
これの行きつく先……実際に勝利を収めたスタイルである『居酒屋』を知っている俺としては、これを先回りしない手はない。
でも、今すぐに手を出すべきではないだろう。
これは、きちんと時を見定めればかなり強力な手札になるのは容易に想像がつく。だから、中途半端な状態で切るにはあまりにもったいない。ここは熟成の一手だ。
なんにしても、たった一日町を見ただけでこんな発見ができたのは大きな成果だ。やはり、これからもしばらくは時間の許す限り自分の目で町を見たい。と言うより、そうすべきだろう。
町の様子を眺めながら、そんなことを考えずにはいられなかった。
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