あたオカ美食国家 水島領 その一
本日、20:00頃もう一話投稿します。
「お、おお……これは……」
秋深まり朝夕に寒さを感じるようになってきた夜更けの藤ヶ崎の館────。
その一室、小銭の山の前でお世辞にも締まっているとは言い難いだらしない顔をしている若い男が一人。
彼の名は神森武。
大した料理も作れないくせに、後の世で『大和料理の開祖』『食文化の特異点』と祭り上げられてしまう予定の哀しい男である。
ただ、今はそれら大それた二つ名よりももっと大それた二つ名で有名になってしまっている。
彼の同僚にして後の義父、名将・永倉平八郎によってかの三国志演義の名軍師と同じ二つ名『鳳雛』の名で広められていた。そして不憫なことに、戦場で立ててしまった数々の戦功と相まって、いま野山をかける疾風よりも速くその名は近隣諸国へと広まっていこうとしている。
いずれにせよ、彼は大量につけられた二つ名とともに絶望に天を仰ぎながら生きていくことになる。その運命の扉はいま開こうとしていた。
そんな彼ではあるが、今はささやかな幸せに包まれ、他人様には見せられない顔でエクスタシーを満喫しているところである。
とても満足げだ。
武は、まだ幼い主君・千賀との約束を果たし『お祭り』を献上した。
お祭りを知らない幼君にお祭りを見せてやりたい────その一心だけでお祭りを自費開催するという強硬策を行ったのだ。
しかし当然のことながら、祭りを開こうと思えばそれなりの費用が必要になってくる。
そこで彼は、そのいくらかでも回収できるようにと、身内だけが参加できる館内でのお祭りに有料で提供する食べ物の屋台を出店することにしたのだ。
これが、彼が想像していた以上の収益を上げることとなった。
だがその結果、彼は『鳳雛』がしていてはいけない顔を晒している。
「うはっ。笑いがとまらねぇ」
あまり物が多くない彼の部屋に、いくつもの銭袋が山となって積まれていた。
中身はもちろん小判などではなく、ただの銭貨である。しかし、両手で抱えられない量の銭というのは、それだけで人の心を弾ませる。武の心も例外ではなかった。
無論、所詮は個人開催の小さな祭りでの売り上げである。大した額ではない。祭りを開催するにあたり彼が出した費用と比べても、当然釣り合うものではない。
しかし、たった一日、数件の屋台でこれだけ売り上げたことが、武にとっては重要だった。
藤ヶ崎の北の方に二水という町がある。そこの復興を彼は計画していた。二水の町に名物を作ろう。それをネタに人を呼びこもう。そんな考えが彼の頭の中にはあるのだ。
だから、今回の祭りの屋台はその試金石のようなものであった。それに大きな手応えを感じたのだから、彼がこうなるのも無理はない。
それに武は、ただ単純に祭りの成功だけを喜んでいる訳でもない。
(これは……ちょっと名物を作るだけなんて勿体なさすぎる。金の匂いがプンプンするぜぇ……)
いま彼の欲の皮は、破裂する寸前の風船もかくやというほど、パンパンに張っていた。
(やらない手はないよな……)
ニヘラ。
彼の相好は崩れっぱなしだった。
(いや、いかんいかん。こんな顔、菊には見せられん。今のツラ晒して幻滅されたら目も当てられない。やっとキスできたというのに。とは言うものの……)
二ヘラ……。
秒で顔がゆるむ。
武は、先ほどからこれを繰り返している。
(いや、だからダメだって)
ピシャリ。
両手で顔を叩き、喝を入れ直す。
(まあ、なんにせよ、ネット知識のいい加減な復元料理がこれだけの成果を出すことがわかったんだ……。これをもっと活用していかない手はないよな……)
二水の町の復興資金を稼ぎ出す程度では収まらない。もっと多くの人を呼び、大きな流れすらも作れるかもしれない──そう思わずにはいられないポテンシャルを武は感じていた。
ただ、そのためにはもっと多くの名物が必要になる。また、それをどこで売り出してどう広めていくのかも重要になってくる。
二水を復興させるために二水に人を呼ぶことだけを考えていては駄目だ──武は、そこに気がついたのである。小さく纏まりすぎると、この計画が持つ本来のポテンシャルを殺してしまうことになるのではないかと。
そして、それは間違っていない。それはそうだろう。
『今』の人通りが全くと言っていいほどになくなってしまった二水の町に、ポンと名物を置いたとしてそれを誰が買うというのか。宣伝だけでもすれば、一度二度人を呼ぶことはできるかもしれない。だが、それでは所詮限界がある。
ならば、どうするべきか。
人を呼ぶのは、ガッツリと知名度を上げた後の施策なのだ。まずは多くの人に知ってもらい、欲しいと思ってもらうこと。これが第一手で打つべき手なのである。よく知らない訳の分からない物を買うために、人は遠方まで足を運んではくれないのだ。
だから、国家百年の計としてだけではなく、二水の復興計画としても『圏』という考え方が重要になってくる。
武は、そう考え直すに至っていた。経済圏というものは、その名の通り『圏』で勝負するものであり『点』で勝負するものではないのだから、と。
人の流れをどのように作り、どう流していくのか。そここそが肝。
だらしなく小銭の山に相好を崩していた彼だが、思考の海に溺れ時間が経つほどにいつしか水島家重臣の顔になっていた。
二水の町の復興──これが、武の考える水島再建計画において大前提となっている。そして、そこに『肉食文化の定着』も絡ませようとしていた。
武の考える水島に必要な長期計画の中で、『経済圏の確立』と『領民のフィジカル強化』は不可欠な要素となっているからだ。
武は、これを成すために地理的な利点から二水の町の復興計画を利用しようと考えているのである。
だからこそ武は、二水の町をぞんざいに扱う気など毛頭ない。ただ、アプローチの仕方は再検討する必要があるなと──その様に考え直しているだけである。
要するに、まとめるとこういうことになるだろう。
(あれ? 食文化そのもので十分戦えんじゃね? こいつ成長させたら、わざわざ人を呼ぶこと考えなくても、ナチュラルに人の目と足が集まるじゃん……。結果、できあがるのは『大経済圏』だよね。その『圏』の中の町が寂れたままで済む? 済むわけないじゃん……)
ものすごく風呂敷を広げた考え方だった。人によっては正気を疑われるレベルで大それたことを、当たり前にやれると考えている。
しかし、困ったことに神森武は本人の意思に反して水島家の中枢にいる。つまり、そんな大それたことを実行できてしまうポジションにいるのである。
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