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千賀の不思議な一日 その四




 千賀はまずいっと思いながら武の方を振り向く。


 しかし武は、まったく自分に気づいていない。自分の方を間違いなく見ているのに、白姫の言っていた通りになっていた。


「すごいのじゃ……」


「どう? 言った通りでしょう」


「うむ。白姫の言ったとおり、本当に武は気がついていないのじゃ」


 自分の方を見て首を傾げている武と咲の二人を見ながら、千賀は口を丸くしてふおおと感嘆する。


「じゃあ、千賀。次はもっとすごいものを見せてあげる」


「なんじゃと!? これよりも、もっとかや」


「ええ、もっともっとよ。きっと、貴女が見たこともない景色だと思うわよ」


 千賀は、白姫を驚きに満ちた目でまじまじと見る。白姫は、すこし誇らしげに微笑んでいた。しかしすぐに、


「……お姉ちゃん、どこかで道草してるだろうから探しに行かないといけないしね」


 と呆れと諦めのない交ぜになったような複雑な笑みへと変える。


「??」


 小首を傾げる千賀をよそに、白姫は再び口元に手を当てた。そして、そっと口を丸めると小さく息を吹いた。


 すると、またもやキラキラと輝く光が風に乗って千賀を包みこむ。


「わあ!? なのじゃ」


 これで二度目とは言え、そう簡単に慣れるものではない。あまりにも非日常の出来事過ぎた。


 それに輝く吐息だけではない。


 日の光が降り注ぐ遮るもののない庭で、そんな事をしているのに、誰もやってくる気配がないという事実。


 異常である。そこまで水島の館の警備兵は無能ではない。普通ならば、すぐに見回りの者たちがやってくるだろう。しかし白姫によって、二人が世界から切り離されている為、藤ヶ崎の水島の館にはまったく異常はないのである。


 現に、千賀と白姫のいる場所を見ている武の目にも咲の目にも、庭の小石の波が乱れている様子しか映っていなかった。千賀たちが話す声も聞こえていない。


 何故そうなっているのかは分からなかったが、千賀にもその事はなんとなく理解できた。しかし、である。どうにも落ち着かない。


 そんな様子の千賀に、白姫は自分の手を握れとばかりにスッと手を伸ばす。


「さ、千賀。行きましょう」


「行くって、どこにじゃ?」


 千賀は、恐る恐るながらも白姫の手をとった。もう夏になろうという時期なのに、白姫の手はやはりとても冷たかった。


「あそこによ。さあ、行きましょう」


 白姫は、千賀の手をとっていない方の手で空を指さしたのだった。


「な……って、わあ、なのじゃぁぁぁぁあああ」


 千賀はまたも「なんじゃと!?」と驚こうとするが、最後まで言わせてもらえない。白姫が「えいっ」と大地を蹴って飛び上がったからだ。


 二人の体は、そのまま高く高く空へと舞い上がっていった。


「な、なん、う、ひょ、お? おおぉぉおおお!?」


 千賀は姫にあるまじき、感嘆の声を漏らしている。言葉にさえなっていなかった。


 こんな光景など見たことがない。


 庭にある大きな岩も、大きな松も、あっという間に小さくなっていく。それどころか、いつも寝起きしているあの大きな館さえも、すでに自分の足下に小さく見えているだけになってしまった。


 驚いたなんてものではなかった。千賀は、完全に言葉を失ってしまった。


 そうしている間も、二人の体は高く高く上り、止まった時には雲が目の前に広がっていた。


 これでは驚くなという方が無理な話だろう。千賀は、その高さに怯える事すらも忘れている。


「しゅ、しゅごいのじゃあ……」


 うまく舌が回っていない。本能的に白姫の手を両手できゅっと強く握っているものの、千賀は今、自分の目に飛び込んでくる景色に心奪われていた。


「ふふふ。千賀は、こんな景色見たことないでしょう?」


「…………」


 白姫の言葉は千賀に届いていなかった。千賀にとって、目の前に広がっている景色は、それ程に刺激的だった。


 白姫は、そんな千賀の様子に満足している。反応しない千賀に、むしろ気をよくしていた。


 千賀は、目の前に漂う湯気のようなものに手を伸ばす。雲である。しかし、当然のことながら触れない。


「……ふしぎじゃあ」


「ふふ。あんまり夢中になって私の手を離すと、千賀はおっこちてしまうわよ?」


 白姫はあまりに無邪気に好奇心を剥き出しにしている千賀に、そんな『嘘』をついた。千賀の体にもしっかりと方術をかけているので、手を離したところで落ちることなどありえない。今の千賀は自力で制御できないだけで、きちんと千賀自身が浮いているのだ。


「な、なんじゃと!?」


 千賀は慌てた。白姫の手を更に強く握る。その顔は先ほどまで「すごいすごい」と騒いでいた時と違って、大いなる恐怖に充ち満ちていた。


 白姫は、ふふふと笑う。


「嘘よ。落ちたりしないから、安心なさいな」


 千賀は心底安心したような顔をするが、すぐにぷーっと頬を膨らませた。


「白姫はいじわるなのじゃな。まるでたけるみたいなのじゃ」


「武って、確かさっきの人よね?」


「そうじゃ。いつも妾をいじめて遊ぶのじゃ。おやくそくも破るしの。メッなのじゃ」


 千賀は白姫に愚痴をこぼす。つい先ほど、目の前の白姫にからかわれた事はすっかり忘れていた。


「ふふ……それは酷いわね。でも、千賀が可愛いからいけないのよ、きっとね」


「可愛いといじめるのかや?」


「男の子はそうだと言うけれど……、男も女も老いも若きも関係ないわね。可愛いものは、ちょっといじめてみたくなるものよ」


 千賀に負けない幼女な容姿の白姫は、分かったようなことを言った。


「そういうものなのかや」


 しかし、千賀は素直だった。普通に、うむむと考え込んでいる。


「そんなものよ。ま、それはそれとして、ちょっとあちらの山の方へと行ってみましょう」


「ふへ? 山なんかになんか用があるのかや?」


「お姉ちゃんの気配がするから……多分『こっち』にやってきて、そのまま日当たりの良いところでお昼寝でもしてると思うの……」


 白姫は、最後の方はごにょごにょと少し言いにくそうに声を小さくした。


「とにかく行きましょう」


「わ、わあ、なのじゃ」


 白姫はさっさと話を打ち切り、千賀の手を引くと移動を始めた。


「す、すごいのじゃあ……。まるで鳥さんみたいなのじゃ……」


 つい先ほどまで眺めていた空飛ぶ鳥になったようで、千賀は興奮している。経験のない『高さ』に恐怖を感じつつも、その圧倒的な景観に感動せずにはいられない。


 藤ヶ崎の町の上を飛ぶ。


 眼下では、沢山の者が通りを行き交い、また、そんな者たちを相手に声を張り上げている行商たちの姿も見えた。碁盤の目のように整理されている道に沿って建つ商店も、よく賑わっている。


 それらが皆、ごま粒のような大きさだった。

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