あたオカ美食国家 水島領 その十一
今回の短編最終話です。
今度はそれ程待つ必要はなかった。
再びクズどもを秋の御神川で行水させてすぐ、引きずり出したかった集団がのこのことやってきた。
周囲を威嚇するような鬼の形相で四十後半くらいの歳の男が先頭を切っている。その後ろに三十人ほどの団体さん。今回はドスではなく、刃渡り六十センチはある打刀を持っている……品質の方は甚だ怪しいものだが。しかし、他にも何人かは槍を持つ者もいて、それらが竜さんの店に一直線に向かっていた。
それを見て、パチリと指を鳴らす。
グッド! これくらい居れば十分だ。他にもいるなら後から捕えればいいだけだし、そいつらに逃げられても、それならそれでいい。目の前の”コレ”を掃除すればいくらかでも町がきれいになる。十分だ。そもそも、こいつらだけでこちらの目的に必要な数は十分足りている。
端の方で一抱えにできる程度の石に座っていた腰を上げ、パンパンとケツを叩いて汚れを軽く落とした。
横で重秀がチラとこちらを見てくる。『どうしますか?』とその目は言っていた。それに対して、俺は軽く手を上げ待ったをかける。
そして、俺は一人で竜さんの屋台の方へと歩を進めた。
「テメーか。俺らを小馬鹿にしているってえクソ野郎は! ふざけたマネしやがって……。どうなるかわかってやってんだろうな?? ああん?」
先頭のおっさんが唾をまき散らしながら竜さんに向かって吠えている。竜さんはどうしようもなくて俺を探していた。俺の頼みで竜さんはこんな事に付き合ってくれているのだが、一般人では恐怖せずにはいられないのも無理はない。
そんな竜さんは、すぐに自分の方へとゆっくり向かってくる俺を見つけた。目が合った。本当に大丈夫なんだろうなと言いたげな目で問いかけてくるが、俺はそれに手をヒラヒラと振りながら笑顔で応える。
そして、目的の場所に着いた。竜さんの屋台と喚いているおっさんの間……ちょうどど真ん中の辺りだ。
「おやおや。ゴミどもがぞろぞろと群れやがって。デカいツラをしているのも気に入らん。不細工なのは仕方ないが、せめて心くらいイケメンでいろ馬鹿たれどもが」
真っ赤な顔で吠えているおっさんどもに向かって一言もの申した。不細工はつらい。それは俺もよーく知っている。しかし、心まで不細工なのは本人の不始末だ。同情の余地はない。
「なんだテメーは! 小僧がイキがってんぢゃねぇーぞ!」
「そうだね。じゃあ、丁寧に自己紹介でも始めるとしよう。俺の名は神森武。すぐそこのお館で老中をやっている者だよ。で、おっさんはどこのだ~~れ?」
思いっきり小馬鹿にした顔を作って、景気よく煽ってやった。何をするにせよ、敵の頭が冷静さを欠いているのは良いことだ。損をするならやらないが、今の状況では俺にとっては得しかない。だから、やれる時にやっておく。
だが……、もしかしなくてもそんな準備はいらなかったかもしれない。
ここの黄金朽葉の中ではそれなりのポジションにいると思われる目の前のおっさんは、俺の名乗りを聞いた瞬間に顔色を変えた。
あ、こいつ俺の名前だけは知っている。
小悪党なりのみすぼらしいプライドと、この小僧が神森武の訳がないという疑念と、本当だったらどうしようという恐怖と……そういった感情を体の外に漏れださせ、おっさんは喰いしばった口をひくひくと小刻みに痙攣させながら低く唸っている。
しかし、しばらく待ってやるとようやく言葉を発した。
「へっ……。テキトーこいてんぢゃねーぞ。神森武の名前を出せばビビると思ったか? お前みたいな小僧が神森武? 騙ってんじゃねぇよ」
頑張ってはいるが、少々勢いが足りないのはご愛嬌か。おっさんに愛嬌があってもキモいだけだが。
なんにしても、青ざめた顔で冷や汗をかきながら罵声を吐き捨てたって、どうにも形にならない。
ちょっくら戦場で勉強してくるといいと思う。ハッタリかますには肝が『細』すぎる。まあ、別にどうでもいいが。このおっさんと俺が話すのは、今日が最初で最後だろうし。
「別に信じてくれなくてもいいよ。ただ、お前らはこれから全員牢獄行き。その後は肉体言語での詮議が待っている。これはもう決定している。……ああ、そうそう。言い忘れるところだった。取り調べでは、頑張って話した方がいいぞ? 役人たちには『聞くことがなくなったら、残りは全員打ち首にしろ』と言ってある。しゃべった奴は死罪だけは免れることができるかもな。早い者勝ちだ」
手刀を作って自分の首筋のあたりをチョンチョンと叩きながらのアドバイス。一方的に告げた。
目の前のおっさんはもちろん、その後ろの三十人にも動揺が走る。
おっさんは頑張って何かを口にしようとしているが、言葉どころかうまく声にすらなっていない。それでも何かを口走ろうとする。
だが……遅い。俺はサッと手を上げた。
すると、それまで大人しくしていた太助らが再び屋台から飛び出てくる。小走りに俺とおっさんの間に割入った。そのまま躊躇のない動作で愛用の武器を各々が構える。
そして────。
ただでさえ冷たくなってきた秋の風の温度がさらに下がったような気がした。
俺たちが起こしている騒動のさらに外──観衆たちに近い場所から殺気が立ち上り、俺たちや黄金朽葉の連中を包みこんでいく。程なく現場は、戦場と錯覚しそうな殺気で満ち満ちた。一般の観衆たちには悪いことをしてしまったが……怯えるとかを通り越して、みんな目を見開いて固まってしまう。
観衆たちの中から……周りの屋台で物を食べていた者たちの中から……そして、竜さんの蕎麦を食べていた者たちの中から……ゆっくりと立ち上がる者たちがいた。その人物たちに共通しているのは、なぜか全員腰に大小を差していること。
その数は五十人を超えている。
黄金朽葉のゴロツキどもは先ほどまでの威勢の良さはどこにいってしまったのか。狼の群れに囲まれた小鹿の様に体を震わせていた。その顔はどれもこれも引きつっていて、不細工がさらに不細工になっている。今なら、イケメンチェックをやっても俺の順位はそこそこのところまで上がりそうだった。
まあでも……こんなものだろう。
本物の……それも戦場経験豊富な精兵たちの殺気をモロに浴びせかけられているのだ。蛇に睨まれた蛙状態にもなろうというものだ。
そう満足する俺に、いつの間にか傍まで来ていた重秀がゆっくりと近づいてくる。そして、横に立った。
この時点で、黄金朽葉の連中はもう百パーセントゲームオーバーだ。万に一つの可能性も消えた。
「お疲れ様でした、武様。この後は私が引き継ぎます」
「頼むね」
「はっ」
これで終了だった。
この後、すぐに重秀が隊員たちに号令をかけた。その声が屋台村に響き渡る。朱雀隊の者たちはその号令に従い、無表情のまま冷酷なまでの正確さで次々と『処理』を始める。
黄金朽葉のゴロツキどもは、喚く時間も与えられることはなく、皆ほぼ一発で意識を刈り取られていた。
黄金朽葉のゴロツキどもは、速やかに牢獄へと送られた。明日の朝から地獄の詮議が始まることだろう。
俺に失態を指摘されてしまった町奉行直々の詮議だ。いつも以上に容赦ないことになるのは想像に難くない。
あの騒動の後、あのまま現場を離れた俺は自分の本来の仕事へと戻った。顔と名が割れてしまった俺があの場にいても庶人のみなさんの迷惑になるからだ。だから、さっさと身を引くことにした。
そのせいで竜さんらと話をすることもできなかったが、あの分ならまあ問題はないだろう。あの『蕎麦切り』で稼いでくれたらいい。協力させたばかりに怖い思いをさせてしまった。せめてもの詫び賃くらいにはなって欲しい。
そんなことを思いながら仕事をこなしていく。ここのところ屋台村の件ばかりを触っていたので、その間の決裁その他もろもろが山のように積まれている。見るだけでゲンナリできる良い光景だ。
そうこうしているうちに太助らが帰ってきた。もうすぐ晩飯かという時間だった。
「あのまま消えるから、俺ら大変だったんだぞ」
部屋に入ってくるなり太助が文句を垂れる。
「おつかれ。だって、仕方ないじゃないか。あのままあそこに居たら、いらん騒ぎが一つ増えたぞ」
俺の反論に、本当にしぶしぶと言った感じではあったが八雲が同意した。
「まあ、そうですが……」
これに吉次が続いた。
「竜さんから言伝です。『このご恩は一生忘れません。もし、私に協力できることがあれば、またなんでもお申し付けください。本当にありがとうございました』だそうですよ」
「義理堅いこって……。こっちが無理矢理巻き込んだようなもんなのにな」
思わず苦笑いが漏れた。
「でも、本当に感謝していたみたいです。真面目な顔して言伝を頼むって」
「そっか……で、どうする吉次?」
「どうするって……何がです?」
「お初ちゃんとお付き合いさせてくださいって頼んでやろうか?」
俺はニヤと嫌らしい笑みを作って吉次に問うた。吉次は瞬間湯沸かし器の様に顔を真っ赤にする。おお、意外に初心い。
「いいっすよ! 余計なことしないでください!」
怒られた。もちろん、分かっていた返事だ。そんな腐った男じゃないと分かっていればこそからかったのだから。予想通りの返事で満足だった。
「わかっている。冗談だ。……まあ、なんにしてもご苦労だった。お前らのおかげで藤ヶ崎が一つキレイになった」
黄金朽葉の連中に関する疑いは、程なく白黒ついてくるだろう。本格的に金崎領へ侵攻を始めるまでには十分間に合う。
町方与力の松島の方も身柄はすでに押さえた。伝七郎からの連絡があった。こちらも予定通りに処理が進むだろう。
ふぅ……。
ようやく一息か。ここのところ何気に忙しかった。
千賀のわがままに付き合って、ようやく一息と思っていたところにこれだった。まあ、組織のお偉いさんなんてどこもこんなものだろう。不測の事態の連続だ。休みなんてあってないようなもの……だから、こうなるつもりはなかったのにままならないものだ。
そんなことを考えていたら……。
グゥ。腹が鳴った。
そう言えば、今日は朝も早かった。その後も忙しく、結構長い時間何も腹に入れていない。
今晩の飯はなんだろうなっと。
ウキウキと心弾ませながら、もうすぐ運ばれてくるだろう飯に思いをはせる。太助らもその他諸々の報告を済ませて出て行った。もう、俺の飯を邪魔する者は誰もいない。
まだかまだかと時が過ぎるのを待つ。
しばらくすると────。
「……武殿。おられますか?」
襖の外から声がかかる。聞き慣れた鈴を転がすような声。菊だ。
……それはいいのだが、なんか声のトーンがおかしい。低いぞ。気のせいだろうか。まあ、いい。この時間に菊が来たってことは絶対飯だ。
「いるよ。入って」
返事をする。すると、いつも通りスゥ──っと襖がゆっくり開いた。
菊が廊下に両膝をついたまま、こちらを見ている。なぜか、その顔には張り付いたような笑みが浮かんでいた。……菊なので美しいことは美しいのだが、なんというかいつもの菊の笑みではない。それは間違いなかった。
視線を落とす。彼女の側に俺の飯は……ない。
よくよく見ると、美しい眉はキュッと結ばれ彼女の口元はヒクヒクと小さく……本当に小さくではあるが震えている。
そして、彼女は言った。
「……武殿。少々お聞きしたいことが」
その瞬間、晩飯が食えるのはだいぶ後になるだろうなと悟らずにはいられなかった。
お読みいただきありがとうございました。
できましたら、すぐ下にある評価フォームからポイント・感想などをいただけましたら幸いです。良かったら良かった、悪かったなら悪かったとそのまま評価していただければ結構です。
もちろん、リアクションだけでも結構ですので、ぜひよろしくお願いします! 無茶苦茶作者のモチベーションが変わります。
【姫様勘弁してよっ! 関連リンクアドレス】
・異世界戦国奇譚シリーズ
『姫様勘弁してよっ!』の世界観で書かれたシリーズが載っているアドレス。
:https://ncode.syosetu.com/s5643j/




