あたオカ美食国家 水島領 その十
本日夜に、今回の短編最終話を投稿します。
「うはっ。こりゃ、うめぇや。こんなの食ったことねぇ」
丼から箸で麺を豪快に掴みあげ、ハグハグと音を立てそうな勢いで食べるおっさん。その表情は心底幸せそうだった。その横には、もう少し上品に少なめの麺をすすり上げる優男。こちらは物静かだが、やはりさっきのおっさんに負けない幸せそうな表情をしている。満足そうだ。
冷たい風に吹きさらされて食べるアツアツの蕎麦だ。そりゃあ、幸せも噛みしめられようというもの。他の客も、それぞれがそれぞれに竜さんの『蕎麦切り』を楽しんでいた。
やはり、美しい見た目、風に乗って鼻をくすぐる出汁の香り……そして、屋台に屯する人々の『顔』が次の客を際限なく呼び寄せている。
好循環が起きていた。竜さんの店は大盛況だ。
そもそも客寄せという意味では『看板』が違うしな。
俺たちはまだ日が昇る前から第参地にやってきた。そして、屋台にかぶせてあった布を取り払った。
そこには、人の背丈の三倍ちかいデッカい九つ頭の黒竜がいた。体は真っ黒に塗ってツヤツヤに艶も出したこだわりの逸品である。頭の上から見下ろす真っ赤な十八個の目は威圧感満載だ。
その真っ黒な竜は『九頭竜そば』の金文字が光る看板を手に持っている。こちらも黒光りする板に金文字という屋台で掲げるには場違いなくらいの立派なヤツだ。
看板を持った竜……デコトラに着想を得た自慢の『看板』だった。いまの第参地に……いや、藤ヶ崎どころか日ノ本どこを探しても、こんな店はないだろう。……ちょっと個人的な出費もすることになったが気にしたら負けだ。
まあ、そんな訳でとにかく目立つ。
実際、今は竜さんの蕎麦の方にみんな夢中になっているが朝一は大騒ぎだった。第参地に入れば、どこからでもその姿が見えるデカい竜がいきなり生えたのだから無理もない。一発で人だかりができた。当然だろう。
でも、それこそが狙い。
客商売は、まず知ってもらって何ぼだ。知られていない店は存在していないのと同じ。その点、これだけインパクトがあれば、嫌でも目に入るってなものである。やった者勝ちだった。
その結果、竜さん自身は言わずもがな太助ら三人もお初ちゃんも目を回しそうにしながら仕事をしている。店のオープンに備えてたくさん積み上げてあった空の丼はもうすでに一つも残っていない。次の客は、蕎麦が茹で上がるのではなく丼が戻ってくるのを待っているような状態だった。
そんな訳で、今日の第参地は朝一から竜さんの店のことで話はもちきりである。
そして、こんな状態になれば絶対にやってくる者たちがいる……。
餌がぶら下がっていたら食いつかずにはいられない。理性のない哀しき獣の習性だ。
もちろん、当然のように食いついた。こちらが、俺の大本命だ。
ヨタった着物の上から朽葉色の絞り紐で襷がけにしている若い男が、屋台の前に並んでいる客たちを蹴ったり押しのけたりしながら竜さんの前まで進む。
「この前のジジイかよ。こんなど派手なもんくっつけやがって!」
男は全身で気に入らないとアピールしながら、自身を見下ろす計十八個の龍の目を睨み返していた。そして、ペッと唾を吐く。
「金ねぇ、金ねぇって、あるじゃねぇか! こんなもの作る金があるなら、さっさと出せや!」
なんというか……言いがかり一つとっても頭の悪さが出ている。あまりにも個性がなく量産型。
それに、当然のことだがこのボンクラに金を渡さねばならない理由は、竜さんもだがこの屋台村の誰にもない。彼らは、俺たち水島に使用料をきちんと払って権利を得ている。当たり前に金を要求しているが、どんな権利があって要求しているのかと。
男はひたすらにイチャモンをつけ続けていた。
周りの客は少し遠巻きになって様子を見ている。巻き込まれたくないからだろう。竜さんはただ無言で男を睨んでいた。お初ちゃんはぶるぶると震え、それを落ち着かせるように吉次が肩を抱き何事か声を掛けている。太助と八雲は、ともに感情を高ぶらせている様子もなくただ静かに状況を伺っていた。
それを見ている俺は、屋台から少し離れて見ているわけで……。
「……よっこいしょ」
足元に用意していた蕎麦をゆでる大鍋を持ち上げる。
あっちの世界だとアルミ製の軽いやつであることが普通だが、こいつは肉厚の鉄製だ。要するに、かなーり重い。筋トレに使えるレベルである。
ゴンッ────!
「ふぁ……」
騒いでいた男は、なんとも気の抜けるような声を発してその場に倒れた。
ウンもスンもなく俺が鍋で後ろからぶん殴ったからだ。
静かに近づき、死んだら死んだ時という信念のもとにフルスイングした。振り上げる前に一度引いて勢いをつけることも忘れなかった。正真正銘のフルスイングだ。
それが後頭部にジャストミートしたのだから、こうなるのも当然と言えば当然のこと。観衆たちは声を出すことを忘れてしまったように俺と倒れた男をただ無言で交互に見ている。
俺はそんな周囲のことは置いておいて竜さんに声を掛けた。
「大丈夫、大丈夫。問題ない。気にしないで、どんどん行ってみよー」
「……ホントにやっちまうんだ」
竜さんは少し引いていた。だが、俺はそれにニッコリ笑顔を作って答える。
「やるって言ったじゃないか。太助、吉次、八雲。こっちに来てくれ」
やっぱり神森様ってこういう人なんだ……とささやき合っている三人を呼ぶ。聞こえているぞ。
「なんだ?」
太助が聞いてくる。
「”コレ”は簀巻きにして御神川に流してこい。橋の上からボッチャンしていいぞ」
倒れている男を顎で示しながら三人に命令する。
三人は互いに顔を見合わせた。
「……本当に?」
太助が確認してくる。俺は笑顔のまま返答した。
「うん。本当に」
太助らはまた互いに顔を見合わせたが、すぐに用意してあった筵で男を包むと縄でぐるぐる巻きにする。そして、三人で背負って橋の方へと小走りで駆けて行った。
さあ、次だ。
先ほどの黄金朽葉の男を御神川に放り込んで、またこの第参地で網を張る。
『次』は、まだ来ていなかった。
絶対来るだろうが……もうしばらくかかるかな。
ったく、ゴロツキなんぞただでさえ能無しのお荷物なのに仕事までも遅いとか……ホント使えねぇ。
内心ひとり毒を吐く。が、待つしかない。
とりあえず、黄金朽葉の連中と金崎惟春との関係は、後で『本人たちから』聞けばいい。じっくりと。畑を耕すこともせず、町で必死に商うこともなく、学ぶこともせず、戦うことも選べず……そんな根性なしのクズどもの口を割らせることなど造作もない。千賀のおやつを取り上げる方がよっぽど骨が折れるだろう。
だから、こちらはよし……と。
クズ役人の方も町奉行から報告があった。
黒。もっと『らしい』理由でもあるかと勘繰ったが、ただ単に小金に転んでいた。救いようがなくて涙が出てくる。だって、こんなのを重責担う町方与力として職務にあたらせていたのは、まごうことなき俺たちなのだ。俺たちの責任でこれを正さないなら、水島は統治者の看板をいますぐ下ろさねばならないだろう。
だから、処分の方はもう決まっている。財産はすべて没収のうえお家お取りつぶし。本人は斬首。切腹は許さない。罪人として斬ってさらし首だ。
本来、ここの判断は伝七郎の領分だ。だが、その伝七郎が俺にどうしたものかと意見を求めてきたので、そのように提案しておいた。町奉行の調査結果は伝七郎のところにも届けてあるので、俺のその言葉にも「まあ、そうなりますよね」という反応だった。分かっていて確認のために意見を求めたのだろう。
だから、おそらくは俺の提案通りになるはずだ。今頃は伝七郎の手配によって役人たちの手で捕えられていることだろう。
なので、俺がこちらを滞りなく片づければこの件は終わりだ。
そこまで考えたところで思考の海から帰ってくる。
一時はざわついていた竜さんの屋台周り、いつの間にか元通りになって多くの客たちで賑わっていた。
でも、俺の計算だとそろそろ……。
そう考えたところで目当ての人物たちがやってくる。
三人か……。もう一回だな。
見れば朽葉色の絞り紐を襷がけにしている男が三人、肩を怒らせて早足で竜さんの屋台へと向かっていく────その手に刃渡り三十センチほどの白鞘の刃物……いわゆるドスを握って。
三人は屋台に近づくとそれぞれに何やら怒鳴り散らしていた。言葉を詳しく聞く気にはならなかった。どうせ大したことは言っていない。
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす三人は、すぐにドスの白鞘を払った。
あ、抜いたな。
終わりだった。これは俺の命令が発動するスイッチだから。
静かに見守る。
周りの客は今度こそ悲鳴を上げてパニックを起こしている。すぐに竜さんの屋台から離れようと足をもつれさせながら駆けだしていた。だが、野次馬根性は旺盛のようで、みな少し離れるだけで様子を伺っている。
大丈夫と言ってはあるが、可哀そうに竜さんとお初ちゃんの顔はひきつっている。だが、俺の頼みを聞いてなんとか堪えてくれていた。二人は一般人なのだ。目の前で刃を抜かれたら顔がひきつるぐらいするだろう。
だが……、それは『一般人』の話。
あの『三人』はすでに一般人ではない。黄金朽葉の連中がドスを抜いた瞬間、太助ら三人の目は戦場で見る兵たちのそれへと変わった。
できるだけ殺さない様にはしてほしいが、場合によっては『殺って』もいいとあいつらには伝えてある。戦場で使う愛用の武器の持ち込みも許してあった。
太助は屋台の下に隠してあった刃渡り一メートルに及ぼうかというぶ厚く幅広の大剣をズズッと重い音を立てながら引っ張り出す。吉次は布をかけて後ろに立てかけてあった二メートルを超える槍を手にし、かけてあった布を無造作に払った。八雲はそんな二人を見てヤレヤレと言わんばかりにため息を吐くと、すでに弦の張ってある弓を手にしてゆっくりとした動作で矢をつがえる。
これを見て、先ほどまでイキりまくっていたゴロツキ三人は急に大人しくなった。わめき散らしていた言葉は速度を失い、今は無言となって呆然と立ち尽くしている。
そんなゴロツキ三人を見る太助たちの目に恐れは全く見えない。それどころかすでに兵としてのスイッチが入っていて、目が座っている。
ゴロツキどもは自身が手にしているドスを見ている。今は昼前。刃は陽光に光っていた。しかし……、だ。奴らの顔つきから想像するに、たぶん(ちょっと短いなあ……)と思っているのではないだろうか。
だが、太助たちはそんなことなど知らぬと襲い掛かる。
太助と吉次は問答無用とばかりに愛用の得物を容赦なく振った。問答無用だった。飛びかかる太助たちと違って八雲は動かない。だが、その目が『敵』から離れることはない。つがえた矢を無駄に射ることもなく、矢を引き絞ったまま不測の事態に備えていた。
黄金朽葉の三人がやってきてから相談なんかしている様子はなかった。でも、完璧に息は合っている。まさに阿吽の呼吸といるやつだ。贔屓目抜きで太助たちが負けるところが想像できなかった。
そして、その通りになる。
十秒かからなかった。太助が二回大剣を往復させ、吉次が槍の穂先ではなく冷静に石突きの方で頭に一発いいのを入れると沈黙した。もちろん息もある。
周りの観衆たちは、まだ若い二人の目を見張る武技に拍手喝采を送った。その段になって、二人は年相応の照れくさそうな顔へと戻っていた。
でも、さっきのあの瞬間、二人……いや、八雲も含めて三人ともきちんと侍の顔になっていた。俺の見込みは間違っていなかった。
そんな思いは口にも顔にも出さずに、太助らににノビている三人を再び簀巻きにして川に捨ててくるよう命じる。
今度は三人もいるので、太助たちはギャーギャーと異議を唱えたが黙らせた。
その程度の体力もないなんて信吾らが……特に与平辺りが聞いたらなんて言うかなと呟いた。効果はてきめんだった。速攻だまってノビている三人を簀巻きにする。そして、それぞれが担ぐと引きつった笑顔を見せながらよゆーよゆーと元気よく走って行った。
そらみろ、やればできるじゃん。口で俺に勝とうなど、百年早い。
「元気が良いですね」
いつの間に近づいてきたのか、後ろから重秀が声を掛けてくる。命じるまで動くなと言ってあるので、それに従ってくれている。先ほども黙って見守ってくれていた。
「だろ。今はともかく、たぶんあいつらはモノになる」
俺は自信を持って口にした。
「そうですね」
経験豊富な重秀も、俺のその言葉を否定することはなかった。
さて……。次こそ本命になるだろう。ゆっくりと待つとしよう。
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