あたオカ美食国家 水島領 その八
明日も投稿あります。
後ろに重秀を引き連れて、屋台村を奥へと進む。
ここ第参地の屋台村は、七つある屋台村の中でも一、二を競う大きさを誇る。ちょっとした空き地なんてレベルはとうに超え、まさにちょっとした『村』。ここ藤ヶ崎にも何か所かある裏町に匹敵する規模に到達しようとしている。
話に聞いている限りだと、八雲は真ん中あたりにいるし、吉次は表通りから見てちょうど反対側の出入り口近辺にいる。太助は表通り側出入り口近くにいて、俺の指示を守って俺に気付いても気づかぬふりをしてくれた。
団子を炭火で焼く良い匂いが冷たい秋風に乗って流れてくるが、全部食っていたらすぐに腹がいっぱいになってしまう。グッと堪えながら奥へと進む。
すると、本当に表通りの反対側出入り口近くまで行ったところで吉次は店を開いていた。途中八雲に会わなかったから、奴は別の通りでやっているのだろう。
吉次の屋台は、もう手作り感満載の屋台だった。
おそらく訓練場のどこかに転がっていたのだろう少々年季の入った細めの丸太を組み、屋台の骨組みにしている。そこに不揃いな木の板を打ち付け、頑張れば屋台に見えなくもないといった『立派な』ボロ屋台で焼き物をしている。
吉次の屋台に近づけば近づくほど、バター醤油の焦げる香りが鼻をくすぐる。さっきから唾液が湧き出て仕方がない。
吉次も俺に気付き、チラとこちらを見た。しかし、こちらもすぐに目の前でジュウジュウと音を立てている川エビに視線を戻す。
そんな吉次の店近くに、四~五十歳くらいで白髪交じりの親父さんと、その娘と思しき太助らと同い年くらいの女の子が屋台で商売をしていた。報告通りだ。
親父さんは眉間のしわを固く結びながら真剣に手元の何かを混ぜている。娘の方はその横で湯気の立つ鍋の様子を見ながら、店の前を行きかう男たちに声を掛けていた。間違いない。この娘がお初ちゃんだろう。
菊が結わずに背中まで届く髪の先を紐のようなもので止めている珍しいタイプなので、お初ちゃんの町娘らしい結われた髪型が新鮮に感じられた。比較的小柄だが、商売を手伝っているだけあって表情は明るく元気いっぱいで存在感がある。一言で言うなら、とても可愛らしい。妹にしたいタイプだ。
なるほど……、吉次はこういう娘がタイプか。
なんか妙に納得した。
奴はすぐに周りを巻き込む太助に隠れているが、兄貴分の気質が結構ある。だから、こういう妹タイプには弱そうだ。まあ、それでなくともお初ちゃんは十分可愛らしいので、そりゃあ気にもなるだろうが。
そんなことを考えながら、親父さんの屋台へと近づいていった。
屋台に近づいていくと、お初ちゃんはこちらに背を向けた。そのまま吉次の屋台の方へと歩いて行く。近いと言っても店何件か分は離れているので、目当ての屋台は親父さん一人になった。
お初ちゃんにも話を聞いてみたかったが仕方ない。だが、そんなわずかばかりの残念な気持ちよりも、吉次を冷やかしたい気持ちの方が強く湧き起こる。最近はいつも、菊のことで冷やかされる役回りばかりだったから、たまにはこっちに回りたい。
まあ、でも……結構うまくやってんじゃん、と。
以前の俺なら発狂ものだっただろうが、菊の存在が俺を優しくしてくれる。このような景色をこんな大らかな気持ちで見ていられる日が俺に訪れるとは……と思わずにはいられない。ひどく感慨深かった。
それはそうと……。
本来の目的へと戻る。
お初ちゃんの親父さんは、どうやら『蕎麦』を扱っているようだった。しかも、珍しいことに『蕎麦掻』を売っている。
そういや、こちらで蕎麦を見たことはなかったな……と記憶をめくる。
いわゆる麺の形をした料理を思い返してみると、こちらに来てから見たものは『うどん』だけだ。俺が知らないだけで他にもあるかもしれないし、その中に『蕎麦』もあるかもしれない。だが、少なくとも俺は見たことはなかった。『うどん』は、店を構えて商っているところも、屋台で商っているのも見たことがある。俺が知っているうどん程には綺麗に製麺されていないが、あれは間違いなく『うどん』だった。
だが、やはり改めて考えてみても『蕎麦』が売られていた記憶がない。
『蕎麦』ってのは、あっちの世界でも元々は麺の形をしていなかった。麺の形をした俺たちが『蕎麦』と呼んでいた『蕎麦切り』は確か江戸時代くらいからああなって、屋台やなんかでも『うどん』と一緒に売られるようになった……と記憶している。
元々は、蕎麦は『蕎麦掻』や『蕎麦団子』『蕎麦粥』として食べられていた。
親父さんが商っているのは、『蕎麦掻』で屋台で出しているのは非常に珍しい。というのも、『蕎麦掻』は屋台で扱うにはとても不向きな食べ物だからだ。
『蕎麦掻』は蕎麦粉を湯で練って、そこに調味料や薬味を合わせて食べる料理だ。だが、冷めると『クソ不味い』。
屋台には不向きすぎる弱点だ。
なにせ、客が来るたびに毎回熱々の湯で手早く練って渡さねばならず、手間がかかりすぎるのだ。湯も沸かしっぱなしにしなくてはいけないので、客を途切れさせると薪代が馬鹿にならない。ガス台のあるあちらでも十分大変なのに、こちらでは諸々含め難易度が桁違いになってくる。
だが、親父さんはそんなことを物ともせず器に入れた蕎麦粉を真剣な目で練り、納得のいく状態にしてから客の注文に合わせて醤油をかけワサビを添えて渡している。
なんというか……ガンコで職人気質な人物の気配がプンプンしていた。
「おっちゃん。一つもらえるかい?」
他の客に蕎麦掻を渡してフッと一息を吐いた親父さんに声を掛ける。
「まいど。醤油にするかい? それとも味噌?」
「へぇ~。味噌って焼き味噌かあ……。珍しいな」
チラと見るとすでに軽く炙られた味噌が醤油の壺のとなりに置かれている。
「ちょっと興味あるが……ここ初めてだし、やっぱ醤油かな?」
「蕎麦……好きなのかい?」
「まあね。醤油って出汁割り?」
「ほ~ん。若けぇのになかなかの通だね。ああ、うちはちゃんと割ってるよ」
記憶の中の蕎麦掻をもとに話を合わせていくと、親父さんは少し嬉しそうに話に乗ってきた。
「ワサビはどうするね?」
「少しつけて」
テンポよく話をつなぐ。
なんとかうまく空気は作れた。あとは、どうやって黄金朽葉の連中のところまで話を持っていくかだが……。
そんなことを考えている間にも、親父さんの手は止まらない。ワサビを擦りおろし、蕎麦粉を練っていく。
「おっちゃんはここ長いの?」
「なんだ。最近ここに来たのか?」
「まあね」
「俺は若い頃からずっとここだよ。ここが気に入っていてね」
「へぇ……。ずっと蕎麦を? 蕎麦はこの辺りの土地でも育つけど、産地ってほどじゃあないだろ?」
「ずいぶん詳しいな」
「まあね。おかげで水島のお館で働けることになったんだよ」
嘘は言っていない。
だが、俺の言葉の真偽に関係なく、親父さんの頬が微かにピクリと動いたのを見逃さなかった。
「……水島のお館ねぇ」
あからさまな批判はしてこない。だが、その表情からは好ましい感情は読み取れなかった。あきらかな不満を示している。チャンスだ。突破口が見えた。
「なんだ。おっちゃんは水島嫌いなのか?」
しれっとした顔をして尋ねた。折角の好機だ。逃すわけにはいかない。
重秀は俺の後ろに控えたまま、決して口を挟んでこない。自分の任務に徹するつもりらしい。俺に実害が出る状況にならない限り、空気を決め込む気のようだ。
「まさか。ここは昔は前領主の水島継高様もよく来られたほどの町なんだぜ。その後も永倉様が良く治めてくださっている。嫌いなわけがあるめぇよ」
親父さんは心外だとばかりにキッパリと言い切った。
「その割には浮かない顔だが……」
チラと顔を見る。
親父さんは練りあがった蕎麦掻に醤油をかけワサビを添えて出してくれながら、そっと小さくため息を吐いた。
「あんたに愚痴を言っても仕方ねぇんだが、最近この町にも良くない連中が居ついてなあ……」
「ほぅ」
心の中でニヤと笑む。まさにそれが知りたかったのよと、心の中は拍手喝采だった。
「そいつらが暴れるわ、集るわでさんざんでな。って、この町に来たばっかのあんたにこんな話しちゃいけねぇな」
親父さんはハハと乾いた笑いをもらす。
「いや、そんなことないさ。それに、さっき水島で働くようになったって言ったろ? 他人事じゃない」
「かあ。若いのに泣かせることを言うじゃないか。あのクソ役人にあんたの爪の垢でも飲ませてやりたいぜ」
「なんだ。役人にはもう言ったのかい?」
渡された蕎麦掻を箸でつつきながら尋ねる。うん、旨い。こりゃ、なかなかのもんだ。
「言ったさ。でも、あの町方与力め。無視決め込みやがった」
「そりゃ、クソだな」
「ああ、クソだ」
親父さんと俺は盛り上がる。でも、親父さんは急にしんみりとした顔になって静かに口を開いた。
「でもよう。俺は生まれ育ったこの町が好きだし、水島のご領主だって嫌いじゃない。民から無茶に金を巻き上げることもなく、今まで平穏無事に商いもさせてもらってきた。……嫌いになんかなれんよ」
「つまり……その良くない連中が居つくようになったのも、役人がクソみたいなマネをしだしたのも最近だ……と」
「ああ。ここ第参地は町方与力の松島ってのが今は管理しているんだが、最近変わったばかりでな。良くない連中が居つきだしたのも、その頃からだな。ヤツラつるんでるのかね……おっと。口が滑った。今の言葉は聞かなかったことにしてくれ」
「ああ」
「まあ、なんにせよ。そんな状態だから、訴える場所もなくて俺たちにはもうお手上げなんだよ」
親父さんは力なく笑う。
……やっぱり松島万太郎か。他の店主たちも言っていた通り、松島のところで訴えは握りつぶされている。
この男は町奉行の報告を待って処分するとして、黄金朽葉の方をどう始末するべきか。金崎惟春との繋がりを『どちら』から吐かせるべきか。
思案しながら親父さんの蕎麦掻を味わう。親父さんの人柄にも似た素朴な味わいだ。でも、出汁の旨みはしっかり出ている。たぶん、これ昆布とアゴ(※トビウオ)だ。
「うん。旨い」
「そうかい。嬉しいね。自慢の一品だからな。使っている蕎麦も厳選している。香りからして違うだろ?」
親父さんは、「ああ」と答える俺に向かってちょっと得意げに胸を張った。でも、それも納得の旨さだ。
う~ん。蕎麦かあ……。
これを爆発的に流行らせる方法がある。
実際、あっちの世界でも『蕎麦掻』から『蕎麦切り』に進化した結果、江戸の町で大流行した。
白米の食べ過ぎで江戸町民に大流行してしまった『脚気』。江戸わずらいとも言われたこの病はビタミンB1だったと思うが、これが欠乏して起こる。それを補えるのが蕎麦だった。
この情報が誰の口からでもなく広まり、江戸の町で蕎麦が流行する下地ができた。
これに加えて、『早い・安い・旨い』が蕎麦切り……つまり、あの麺状の蕎麦の誕生で成立するようにもなった。
これが江戸で蕎麦が流行った背景だった……って書いてあった気がする。
まあ、いずれにせよあの麺の蕎麦は、俺たちの時代にも生き残っていて、なお一線級のメニューとして君臨している化け物だ。そのポテンシャルは疑いようがない。
この屋台村の忙しない雰囲気らかしても、まず十中八九受け入れられるだろう。大流行するに違いない。
ってことは、やり方は目指せ『駅ソバ』だ。
超品質よりも『手早く、お値打ちに、そこそこ満足いく程度の品質で』出すスタイル。これだ。上品な店、高級な店は流行った後に勝手に生まれてくる。
『早い、安い、旨い』が勝利のキーワードだ。
これから俺がやろうとしていることを考えると、あの江戸の町の様に脚気が流行る未来も大いにあり得る。町人たちが『どうせ腹いっぱいにするなら旨い方がいい。米なら当然玄米より白米』とか言い出したら、確実に同じ道を歩むことになる。
その時の町民に白米じゃなくて玄米を食えと言って言う事を聞くとも思えんから、他の食材……料理で対抗策を講じておくのは決して悪いアイデアではない。
藤ヶ崎に蕎麦切りを広めておくか……。
親父……取り込む? なんかいいアイデアは……。
考え込む。今日最大の難関に、流石に頭が痛くなってきた。こめかみの辺りをグリグリと揉む。
そんなことをしている時、俺の背中で若い娘の大きな裏返った声があがる。屋台村を貫通しそうな勢いだった。だが、途中までで最後まで言えていない。
「か、、か、、神もっふぐっ?!」
ハッとして振り返った。
そこには先ほどまで吉次の屋台に行っていたはずのお初ちゃんと、やっちまったという顔で慌ててお初ちゃんの口を塞いでいる吉次が立っていた。
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