前編
「すっげー楽しかった! あんなの初めてだった!」
しっかりと繋いだ手を振り子の要領でぶんぶん揺らしながらぐっちゃんが言った。
本当なら機械ごしに聞くはずだったぐっちゃんの声は軽やかに弾んでいる。
今は元旦の一時過ぎ。
一人で乗るはずだった新幹線にぐっちゃんと二人で乗り込んで地元に戻った私は、母のあっさりとした承諾をもらってぐっちゃんと年越しをするに至っていた。友だちと初詣をしてから帰ると話すと、母は「のんが帰ってこないならお父さんと二人っきりで仲良くするから、あなたは朝になってから帰ってきなさいな。友だちと楽しんでね」なんてゆるゆるな言葉を告げて一方的に電話を切ってしまったのだ。
「私も。なんだかんだ年越しの瞬間にあそこの神社にいたことってなかった気がする」
「ほんと? 嬉しーなー。……あっ、見てみてのんちゃん、くじ引きだよ」
「さっきおみくじやったじゃない」
「まあまあ。あれはあれ、これはこれということで」
初詣のために訪れた神社は全国的にも有名なためか地元に到着して早々に向かったにも関わらず相当に混み合っていた。たくさんの松明に赤々と照らされた神社一帯は独特の空気を漂わせていて、二人して感動してしまったのだ。
そこの境内で大吉を引き当てて大喜びしたばかりだというのに、ぐっちゃんはまだ満足していないらしい。……違うか。ぐっちゃんはおみくじの結果が気になってるんじゃなくて、単純に好奇心を刺激されてるだけなのだろう。
ぐっちゃんは私と左手をつないだまま財布を取り出した。さすがに手を離そうと指をもぞもぞさせると、ぐっちゃんはふんふんと鼻唄をうたいながら左手に力を込める。片手がふさがった状態でどうやってお金を取り出すのかと見ていたら、器用にも口で財布のファスナーを開けていた。そうまでして私と手をつないでいたいのかと思うとさっそく恥ずかしくなる。
「すみませーん、二回ぶんお願いしますっ」
ぐっちゃんは愛想よく売り子さんに声をかけた。真夜中にも関わらず元気な売り子さんがくじ引き用の箱を傾けてくれる。ぐっちゃんはまず一回引いて、次に私と繋いだままの手を自分の右手で撫でさすってから、よーし、と手を伸ばした。
「……はい、四等ですのでこちらをどうぞ!」
一回目は残念ながらポケットティッシュだったが、二回目は小さな鏡餅のセットが当たった。ピンクっぽい飾りのついた鏡餅をしげしげと眺めていると売り子さんがにこにこと笑う。
「おめでとうございます! 鏡餅には夫婦円満の願いもこもってますから、ぜひご一緒に召し上がってくださいね!」
「ありがとうございます! お姉さんもがんばってください!」
ぐっちゃんはさわやか極まりない笑顔で大きくうなずくと、私と繋いだ方の手をぶんぶん振って歩き始めた。後ろに並んだ列の人にまでにこにこと見送られつつぐっちゃんに引っ張られるようにして駅前へと向かいながら、私の頭は混乱ぎみだ。えーと?
「俺もうぜったいのんちゃんからはなれないからね! 鏡餅の一段目と二段目みたいになるんだ!」
「ぐっちゃん、鏡餅って後々こなごなに砕かれちゃうんだけど」
「……の、のんちゃん?」
「大きな槌で割られて、お雑煮にされちゃうんだけど」
他のご家庭ではどうなのか知らないが、私の実家では鏡開きした餅の行く末は雑煮である。
だから普通に返したつもりだったのに、ぐっちゃんは泣きそうに顔をくっしゃくしゃにした。
あ、あれ、私まずいこと言っちゃったかな。
「そんなの、さっきのお姉さんが聞いたら泣いちゃうよ」
「え……、なんで?」
「なんでってのんちゃん、さっきのお姉さんは俺たちのこと夫婦だと思ってああいう風に言ったんだよ。夫婦円満でありますようにって。……もしかして気付かなかったの?」
ぐっちゃんのしょんぼりした顔を見てようやくお姉さんの言葉の意味が呑み込めた。ちょっとちょっと、私にぶすぎ!
そっか、どうりで後ろに並んでいたお客さんたちがほほえましそうな目で見てきたわけだ。新婚さんが初詣帰りに浮かれ調子でくじ引きして、人目をはばからずいちゃいちゃしてたと思われてたんだ!
かーっと顔が熱くなる。
「あはは、のんちゃん顔真っ赤、かーわいい」
「や、やだもう、やめてよっ」
ぐっちゃんは私の肩を楽しそうにつっつく。
道中なんども右手を引き抜こうとした私の手をそのたびに強く握り、地元についてすぐに取ったホテルの前まで戻ってきたところでぐっちゃんは「あっ」と何かを思いついた風な声を上げた。
「そういえばこなごなにしちゃうって言うけど、お雑煮にしたら鏡餅ってひとつに溶け合うよね? 結果オーライじゃん」
なにそれぐっちゃん、うまいこと言ったつもり?
通常運行でこっぱずかしいぐっちゃんに照れがピークに達してしまって、いっそおかしい。せめてもの悔しまぎれに「じゃあ、ゆっくり食べて」と耳元に口を寄せると、ぐっちゃんは握った手を自分の頬へ持っていって、くちびるの端をきれいに上げて笑った。
「うん、おいしく食べるね。……いただきます」