逢瀬叶わぬ七夕
――無機質な音が響いたのです。
暖かい声は聴こえなくなって、窓を打ち付ける雨音が私を溺れさせようとしている。窒息しないようにもがこうとすればするほどに、どんどん底へと向かっていった。
助けを求めて窓の外を見るけれど、今年もまた、月は、星は、見えない。黒色の絵具をのばしたような空からは透明な雫が幾重にも降っている。よくあの黒から透明が生まれたものだ。そして、それは私を溺れさせようとしているの。
――そういえば、四年に一度くらいなんだっけ。今日が晴れるのは。
そう、今日は、七夕だった。このあたりは七夕を大切にする変わった風習がある。それが奇妙なものだと知ったのは高校に入ってからだ。晴れた日は町一番大きな公園に何十本もの笹を立て、そこに短冊を吊るす。雨の日や曇った日には、集めた笹を全て燃やして周囲を照らす光へとかえるのだ。むしろ天気が悪い方が盛り上がる御祭りだった。みんなで濡れながら楽しんで、次の日にはみんなで風邪をひく。そんな、御祭り。
今年も私は楽しみにしていた、だというのに、私は全く濡れずにここにいた。いつもならば、雨の日こそ嬉しいものなのに、今日くらいは晴れてほしかったのだ。
――私が悪いのです。きっと、私が。
私から言い出したことに、彼は協力してくれただけなのに。勘違いはしてはいけないのだ。たまたま、隣にいたからと頼んだのけれど、それは、嘘。
――本当は、あなたが好きだから頼んだのです。
きっと、彼は気付いていない。期限は七夕の今日までだったのだ。そして、期限の今日に告白しようと考えていたのに。
――でも、それをあなたは許してはくれないのでしょう。
純粋な優しさから協力してくれた彼に、本当は仲良くなりたかったからだと、近付きたかったからなんて言える、言えるわけがないのだ。こんなにも醜い私が、近づいてはならなかった。ただ、それだけの、たったそれだけのお話。
――暖かな声を切ったのも私なのです。
織姫と彦星の一年に一度の逢瀬。それが七夕。雨が降っても、彼らは神様が架けた橋によって会うことができる。でも、私は会うことをしなかったのだ。
――約束の七夕、会ってしまったら、二人の関係が終わってしまうと思っていたのです。
いいえ、それもまた嘘なのでした。ただ会う勇気が私にないだけなのでした。会って今までありがとうと言う勇気が、本当のことを伝える勇気が、私にはありませんでした。
だから、待ち合わせ場所に来ない私を心配して、電話をかけてくれたあなたは一切悪くはないのです。その、優しさが、私には眩しすぎたのです。面白味のない私がいたら、あなたのそれさえ、崩してしまうような気がするのです。
――あなたの眩しさを、私は、憎いとさえ思ってしまうのです。
そうなのです、あなたのためと言いながら、やはり全ては私のエゴなのでした。
どんなに後悔しても、もう元には戻らない。
黒から落とされる雨は、終には私を溺れさせました。