108 彼と彼女
「リリー、素敵よ」
「ありがとう。マリー」
今日は謁見の日だから、近衛騎士の正装だ。
でも……。
「どうしたの?浮かない顔ね」
「私、アレクさんの近衛騎士とお揃いの服なんて着ても良いのかな」
騎士って名乗れるようなこと、一つもしてないのに。
「当然よ。リリーはアレクシス様の近衛騎士だもの」
「でも、近衛騎士になれたのって、剣術大会のお願いだよ?」
「アレクシス様は自分の意にそぐわない事はしないわ。リリーを認めていらっしゃるから、近衛騎士に迎えられたのよ」
『そうだね』
私、認められてるのかな。
「リリーは、騎士の誇りに何を選んだの?」
「武勇だけど……」
マリーが微笑む。
「なら、心配要らないじゃない。リリーは武勇を誇れる騎士に違いないわ。昨日だってかっこ良かったもの。もっと、自分に自信を持ったら良いわ」
自信……。
「こんな花でプロポーズしに来る男より、断然素敵よ」
「花?」
マリーが薔薇の花束を持ってる。
あれって、グレゴールさんが置いて行った薔薇の花束だよね。
マリーの話しでは、グレゴールさんたちは冒険者の人たちがどこかへ連れて行ったらしい。
ベネトナアシュと戦った後、シャワーを浴びてマリーの部屋に戻った時には、もう皆寝る支度をしていたから、詳しい事は聞いてないのだけど。
捕まったのかな?
でも、グレゴールさんって、マリーにプロポーズしに来ただけだったよね?
「その花はプロポーズに使えない花なの?」
「そんなことはないわ。趣味じゃないものを貰ったって嬉しくないだけよ」
この薔薇も、十分素敵だと思うけど。
「女将にでも引き取ってもらいましょう」
そんなに気に入らなかったんだ。
「やっぱり、リックさんが選んだものが良いの?」
マリーって、リックさんがくれる花束はいつも貰ってるよね。
『ふふふ。どうなの?マリー』
マリーが眉をしかめる。
「もう。からかわないでちょうだい」
「え?」
からかう?
「……遅いわね。まだ寝てるのかしら」
マリーが隣の部屋に続く扉を見る。
いつもだったら、こっちの支度が終わる頃には朝食に行こうって声をかけてくれるはずなのに、まだ誰も呼びに来ない。
「午前中はクララの服を買いに行く予定なのに」
「クララの服?」
「あの子、宮殿に行くような衣装なんて持っていないでしょう?だから、買いに行こうって約束していたのよ」
「そっか」
謁見は午後だから、早めに買いに行かなくちゃいけないよね。
「メラニー、起きてるかどうかわからない?」
『そんなの、わかるわけないでしょぉ』
『隣の部屋に居るのは確かだが』
ユールとメラニーは、昨日の夜から私たちのそばに居てくれている。
まだ何かあるかもしれないからってエルは言ってたけど、あの後は何もなかったみたいだよね。
『もう起きてるんじゃないの?』
イリス。
……ずっと一緒に居るから、エルと契約してるってことを忘れそうになってしまう。
『マリー。待っていても仕方ないわ。もう起こして良い時間だもの。行きましょう』
「そうね」
マリーと一緒に隣の部屋に行く。
「おはようございます」
「おはようございます。マリアンヌ様、リリーシア」
「おはよう、クララ。ローズ」
「お、おはようございます」
『おはよう、リリー』
あれ?
クララもローズさんも、起きて身支度を終えてるのに……。
「エル、まだ寝てるの?」
「起きないようですね」
『起こしたんだけどねー』
『全然、起きなかったのよね』
旅先でエルが寝坊するなんて、今まであったかな?
「もう。だらしないんだから」
マリーがエルの方に行く。
「起きなさい!」
すごい声だ。
「……マリー?」
いつもより声が低い。
本当に、たった今、目が覚めたところなんだ。
起きた直後のエルの声って、普段より少し低いから。
頭を抱えながら体を起こしたエルの頬を、マリーがつねってる。
「どうしてこう、馬鹿なの」
『そこまで怒らなくても良いのにさ』
あれ、すっごく痛いんだよね。
「何が?」
マリーがエルの額に手を当てて、魔法を使ってる。
青色の光……。シールが私に使ってくれた魔法と同じ、水の魔法?
どうして?
「私はローズと一緒にクララの服を買いに行ってくるから、栄養ドリンクでも飲んで寝てなさい」
『起こした癖に寝ろって言うの?』
イリスが肩をすくめた後、首を傾げる。
『あれ?今日は喧嘩にならないんだね』
いつもと違う……。
そっか。
「リリー、この馬鹿の面倒は任せたわよ」
「わかった」
マリー、エルの顔を見ただけで、すぐに気づいたんだ。
エルの調子が悪いって。
風邪?
えっと……。汗をかいてるかもしれないから……。
棚からタオルを出してエルの方に行くと、ローズさんが居る。
「精霊を交換しておきましょう」
『ユール。交替だ』
セシル。
『えぇ?また、あたしなのぉ?』
「当然です」
『エル、何とか言ってよぉ』
ユール、離れたくないんだ。
昨日からずっとエルと一緒に居ないもんね。
「頼むよ」
『もーぅ。何かあったらすぐに呼んでねぇ?』
「わかってるよ。いってらっしゃい」
『はぁい』
ユールが不満そうにローズさんの方に飛んで行く。
「いってくるわね」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
薔薇を持ったマリーとローズさん、クララを見送ってから、エルを見る。
「エル、大丈夫?」
マリーは詳しい症状は言ってなかったけど……。
エルのおでこに手を当てる。
少し、熱い気がする。
熱があるのかな。
「着替えた方が良いよ」
雨の中、あんなに薄着で戦うから……。
「手伝う?」
「平気」
エルが、タオルで自分の汗を拭く。
水は……。
水差しから水を汲んでエルに渡すと、エルが水を飲み干す。
「まだ飲む?」
「いや。着替えたら一緒に朝食を食べに……」
起き上がろうとしたエルを止める。
「だめだよ。ちゃんと寝てなきゃ」
病気なのに。
「朝ご飯、持って来るね。皆、エルのことをお願い」
『了解』
『まかせて』
すぐに戻って来よう。
レストランに行くと、マリーたちが朝食を食べてる。
「リリー。……寝かしつけて来たの?」
首を横に振ると、マリーがため息を吐く。
「やっぱりね。休めって言ってるのに、本当に人の話しを聞かないんだから」
「朝ごはん食べに来るって言ってたから、持って行こうと思って」
「食欲はありそうなの?」
「たぶん……?」
お腹がすいてるから食べに行こうって言ったんだよね?
それとも、朝食の時間だからそう言っただけ?
……わからない。
「食べられるなら何か食べた方が良いわ。温かいスープを頼んでおいたのよ。すぐに用意出来るって言っていたから、持って行くつもりだったのだけど……。丁度、出来たみたいね」
メイドさんがトレイを持ってくる。
「お待たせいたしました。温かいポテトスープを御用意いたしました」
「ありがとう」
トレイには、スープが入った小ぶりの鍋と器が乗ってる。
「お部屋までお持ちいたしましょうか?」
「あ、私が持って行くから大丈夫です」
「かしこまりました」
メイドさんが頭を下げて向こうに行く。
「リリーの分も持って行くでしょう?手伝う?」
「大丈夫。一人で持って行けるよ。……薬とか飲んだ方が良いのかな」
「要らないわ。栄養ドリンクで十分よ。飲んでなかったら飲ませておいて頂戴。持ち歩いてるはずだから」
「わかった」
持ってそうだよね。
「今、必要なのは休養よ。こういうのは魔法で治せるようなものじゃないもの」
「え?さっき魔法を使ってたよね?」
「症状を楽にしてあげただけよ」
『毒の治療や怪我の治療は出来るけど、病気の治療は精霊には無理だわ』
『疲労の回復も魔法じゃできないことね』
「そうなんだ」
光の精霊でも水の精霊でもできない事。
でも、死んだ人間の復活は出来るよね?
あれは肉体から離れた魂を戻すだけなんだっけ……?
「だいたい、余計なこと考え過ぎなのよ。他人の心配してる暇があるなら自分の心配しなさいって言っておいて頂戴」
エル、心配ばっかりしてるもんね。
「わかった。ありがとう、マリー」
部屋に戻ると、着替えたエルがベッドの上に座ってる。
「ただいま」
『おかえりー』
精霊は気付いてくれるのに、エルは気付いてないみたいだ。
サイドテーブルに空き瓶があるから、栄養ドリンクは飲んだみたいだよね。
朝食をテーブルに置いて、ベッドに居るエルの顔を覗き込む。
「エル?」
エルが、私と視線を合わせる。
「リリー」
ようやく気づいてくれた。
「大丈夫?横になる?」
「平気だよ。少し考え事をしていただけだから」
また、考え事。
「無理しないで」
「してないよ」
無理してるかどうか、わからない。
「ご飯は食べられそう?」
エルがテーブルを見る。
「あの鍋は?」
「温かいスープだよ」
「おぉ」
食べたかったんだ。
「マリーが頼んでくれたんだ」
テーブルに行って小鍋からスープをよそうと、エルが椅子に座る。
表情を見ても、しぐさを見ても。いつも通りにしか見えないけど……。
「一緒に食べよう」
「うん」
席を指されて、エルの前に座る。
「いただきます」
「いただきます」
私、マリーが居なくても気づけたかな。
エルの調子が悪いかどうか。
マリーは、エルの顔を見ただけですぐに調子が悪いって気づいたし、食べたいものもわかったし、エルが今、どうしてるかだってわかってたのに……。
「どうした?」
エルの傍に居るのに。
いつもエルに頼りっぱなしで、何も気づいてあげられない。
「して欲しい事があったら言ってね?」
「心配し過ぎだ」
「でも……」
こういう時、どうしてあげるのが良いのかもわからない。
マリーは休むのが一番って言っていたけど。
「病気って、私が持ってる力で治せないのかな」
エルが眉をしかめる。
「魔法で何でも出来ると思わない方が良い」
……出来ないってことは聞いたばかりだけど。
エルって、私が持ってる力が嫌いみたいだよね。
あの人と同じ力だから?
私が魔法を使うこともあまり好きじゃないみたいだし。
余計な事、言っちゃったかな。
「ごめんなさい、変なこと言って」
エルが顔を上げる。
「食べたら少し寝るよ」
眠いのかな。眠そうには見えないけど……。
そうだ。
「寝るなら、お話しでもしようか?」
「お話し?」
「物語とか」
エルは物語なんて興味ないかもしれないけど……。
「なら、お姫様じゃないやつで頼むよ」
「うん」
良かった。
これぐらいなら私にもできるから。
何にしようかな。
お姫様じゃない物語もたくさんある。
エルはどんなのが好きだろう。
……好きなの、あるのかな。
前にマーメイドの話しをした時だって、途中で変だっていっぱい言われたっけ。
どうしよう。
名もなき王の物語は持ち歩いてるけど、これはあの人に関係のある本だから、エルが気になって眠れなくなりそうだよね。寝る前に読むのはやめておこう。
お姫様じゃない話し。恋物語は良いのかな。
ハルトさんとドロテアさんのことで、思い出したお話しがあるんだけど……。
急に、エルが笑いだす。
「え?」
何か面白い事でもあった?
「可愛い」
可愛い……?
「好きだよ、リリー」
「えっ?」
どうして、このタイミングで?
エルのばか。
いつも、急なんだから……。
「私も、エルが好きだよ」
エルが微笑む。
なんだか機嫌が良さそうだ。
病人なんだよね?
だから、変なこと言ってる?
……本当に、変な人。
※
「高い壁っていう物語は知ってる?」
「それがタイトルなのか?」
このお話しも、似たような話がたくさんある。
「ジュリアスとマルベリーって呼ばれることもあるかな」
これも、大筋の話は同じだ。
「知らない」
「なら、これにするね」
むかしむかし、とても栄えた国のお話しです。高い壁に覆われた大きな国の中。更に高い壁に隔たれた二つの家がありました。
高い壁を挟んだ西側の家には、ジュリアスという金髪の青年が住んでいます。
ある日、ジュリアスは二つの家を隔てる高い壁に隙間があることに気づきました。ジュリアスは好奇心から、隣の家を覗いてしまいます。そして、庭で遊ぶ美しい少女の姿に気付きました。
ジュリアスは一目でその少女に心を奪われ、美しい歌声で少女の気を引きます。
高い壁を挟んで東側の家に居た少女は、美しい声が聞こえる先を探し、高い壁までやってきました。そして、美しい声が一番良く聞こえる隙間を見つけました。
隙間から向こうには、声の主である青年が居ます。少女もまた、一目で彼に恋をしてしまいました。
少女の名前は、マルベリーと言います。
高い壁越しに出会った二人は、すぐに仲良くなりました。マルベリーは壁越しではなく直接会いたいと願い、ジュリアスはすぐに会いに行く約束をしました。
ジュリアスは、自分の両親に隣の家に行く許可を請いましたが、ジュリアスの両親は猛反対します。
マルベリーの両親もまた、ジュリアスが来たなら追い返すと腹を立ててしまいます。
何故なら、高い壁に隔たれた二つの家は、昔から仲の悪い家だったのです。
困った二人は、もう一度、高い壁の隙間までやって来ました。そして、二人はこの壁の隙間を秘密にすること、この隙間を通じて会うことを約束しました。
壁越しに会うたびに、二人の思いは募るばかりです。
ある日、二人が高い壁に来ると、隙間が少し広くなっていることに気づきます。
お互いの手を伸ばすと、二人はその手を繋ぐことが出来ました。
マルベリーは、自分が身に着けていた真珠の指輪をジュリアスに渡します。ジュリアスは、自分が持っていた短剣を彼女に渡しました。
そして、月の明るい夜。二人はとうとう、駆け落ちの約束をしました。
「……エル?」
規則正しい呼吸音が聞こえて、エルの頬にかかる髪を払う。
目も閉じてるし、反応もない。
寝ちゃったみたいだ。
「おやすみなさい」
ゆっくり休んでくれますように。
『ねぇ、続きは?』
『僕も聞きたい』
ナターシャとアンジュは物語が好きなのかな。
「えっと……」
どこまで話したっけ。
『駆け落ちの約束をしたところだよ』
そっか。
「駆け落ちの約束をして……。二人は駆け落ちをしようとするんだけど、途中で両親に見つかってしまって、結ばれないならって、最後は死を選ぶんだ」
『死んじゃうの?』
「うん。でも、二人が本当に愛し合っていたことに気付いた二人の両親は、仲直りすることに決めて、二つの家を隔てていた高い壁を取り払うことにしたの。その時に、隙間のある場所を見つけたんだ。そこには二人が愛を誓う言葉が書かれていたの。だから、その部分は残して、二人をその下に埋めてあげたんだって」
『それって幸せな話しなの?』
冥婚のお話しなのだけど。
「私は、幸せじゃないと思う」
『そうよね』
両親に反対されて結ばれないなんて。
―私の両親もハルト様との婚約には反対の立場なのです。
―ならば、聖典主義の王妃様とは敵対関係ということですね。
「皆が幸せになれるような方法が、他にもあると思う」
『エルなら、勝手にお話しを変えちゃいそうだよね』
確かに。
マーメイドのお話しだって、全然違う話しに変えちゃったから。
「エルなら、幸せなお話しにしてくれそう」
『そうね』
『うん』
ハルトさんとドロテアさんも、幸せになれたら良いな。
きっと、上手く行く方法があるよね。




