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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
97/149

106 喧嘩するほど仲が良い

「わぁ、可愛い」

「でしょう?」

 マリーが出しているのは、晩餐会に着ていくドレス。

 今日は、王族で神官のローレンツさんに晩餐会に誘われたのだ。場所は王宮じゃなくて、富裕区にあるというローレンツさんの家。

 今は朝だし、迎えの馬車は夕方に来るから、まだまだ時間はあるのだけど。マリーが着ていくドレスを、エルと一緒に選んでる。

「リリーも着ていく?」

「えっ。私……」

「リリーは動きやすい服で良いよ」

「うん」

 良かった。

 ドレスはどれも可愛いのだけど、人前でこういうのを着るのは恥ずかしい。

「マリー、もっと露出が少ないのはないのか」

「どれも晩餐会向けのものよ」

「晩餐会じゃなくて食事会だ」

「同じよ。相手は王族なんだから」

「神官だ」

「ドレスコードなんてクエスタニアも同じだわ」

『また喧嘩してるよ』

 喧嘩……?

「他のは?」

「これぐらいじゃないと失礼よ」

「派手過ぎる方が失礼だろ」

「こんなの派手なうちに入らないじゃない」

「ないなら今の服で行く」

「もうっ。……これならどう?」

 マリーが選んだのは、ローズピンクのロングドレス。

 やっぱり、マリーにはピンクが似合うよね。

「良いよ。靴は今履いてるのにしてくれ」

「色は合うけれど、ドレスなら……」

「履き慣れたものじゃないと、いざという時に走って逃げられないだろ」

 マリーが今履いてるのも、走るのには向いてない気がするけど……。

「わかったわよ!言われた通りにすれば良いんでしょ!」

 急に声を上げて怒ったマリーに、エルが眉をしかめる。

「手土産になりそうなものを買って来るわ。ローズ、行きましょう」

 マリーがローズさんと一緒に出て行く。

 大丈夫かな。マリー。

 エルが私とクララの方を見る。

「クララ。一人にするわけにもいかないから、食事会には同行してくれないか」

『それ、今聞くことぉ?』

「はい。大丈夫です」

『事後承諾なのはいつものことだよねー』

『しばらくエルについて行くって言ったからぁ、別に良いけどぉ』

「付き合せて悪かったよ。クララは何もしなくて良いから」

『当然よぉ』

「ただ、一人にならないように気を付けてくれ。俺もクララが単独行動にならないように気を付けるけど、必ず仲間の誰かと一緒に居ること」

「わかりました」

 私も、エルが一人にならないように気を付けなくちゃ。

 でも、昨日の夜はマリーと一緒に居たから、エルとは居なかった。

 ……また、一緒に居なかったって報告書に書かなくちゃいけない。

 マリーを一人にするのは危ないし、マリーが安心して眠る為には、こうするのが一番だと思うんだけど……。

 これじゃ、エルの護衛っていう主命を全然果たせてない。

「時間まで、現代語の勉強の続きをしよう」

「はい」

「リリーは……」

「私は報告書を書くね」

 私が出来たこと、出来なかったこと。

 エルを守るためには、エルの傍にずっと居るべき……?

 でも、マリーのことも心配で、放っておくことなんてできない。

 ローグは主命を優先するように言うし、マリーを守るのはローズさんの役目だってわかってるけど。

 騎士の修業をしたことがないから、騎士の精神については良くわからない。

 アレクさんなら、どうするのが正解だって言うだろう。


 ※


 マリーとローズさんが帰って来たのは夕方。

 ランチの時間も帰ってこないと思ったら、たくさん買いものをしてきたみたいだ。色んなところに行って来たのかな。

 ローズさんがソファーやテーブルに荷物を置いてる。

「遅い」

「悪かったわね」

「俺たちは先に夕飯を食べて来るから、マリーは出かける支度をしてくれ」

「わかってるわよ」

 晩餐会に参加するのは私とマリーだけだから、エル、ローズさん、クララの三人は、早めの夕飯を食べにレストランに行くらしい。

「メラニー、二人についててくれないか?」

『了解』

 メラニーと一緒に、ユールも私の方に来る。

『あたしも残るわぁ』

 一緒に居てくれるんだ。

「すぐ戻るよ」

『いってらっしゃぁい』

 三人が部屋を出る。

「着替えて来るわね」

「うん」

「リリーも着替えない?」

「えっ?私、これにマントを羽織れば良いって……」

 皇太子近衛騎士として参加するから、撫子のマントを着けておくようにエルから言われてる。

「残念ね。メラニー。一応、聞いておくけれど。隣の部屋には誰も居ないのよね?」

『誰も居ない』

「ありがとう」

 確認することかな?

 私たちがずっと宿に居たことは、マリーも知ってるはずだけど。

「もしかして、何かあった?」

「一昨日の夜に、私の部屋に入ろうとした人が居たらしいのよ」

 私とエルが居ない日に?

 あれ?

「ここ、二階なのに?」

「そうよ」

「外から登って来たの?」

「詳しいことは聞いてないわ。エルが手配した冒険者が捕まえてくれたってことしか。私は全然気づかなかったけれど、ちょっと気味が悪いわね」

 それって。

―マリアンヌ様はハルト様の婚約者として申し分ない方ですから、王妃様は多少強引な手を使ってでも縁談をまとめようとお考えなのです。

『誘拐でもするつもりだったのかな』

 誘拐までするの?

 マリーは婚約する気なんてないのに……。

「着替え、手伝おうか?」

「大丈夫よ。すぐ終わるもの。何かあったら悲鳴を上げるから、リリーは変な人が来ないか見張っていてくれる?」

「わかった。何かあったらすぐに言ってね」

『心配しなくても、メラニーが居るから大丈夫よ』

『誰か侵入したら、すぐに警告する』

「ふふふ。頼りにしてるわ」

 マリーが隣の部屋に行く。

「一人で怖くないのかな」

『怖いんじゃないのぉ?何されるかわかんないんだしぃ』

『外は冒険者が警戒している。リリーがこの部屋を警戒していれば問題はない』

 そっか。

 一緒に居るよりも、こっちの部屋に誰も入って来られないようにしておいた方が良いんだ。

『リリーも支度したら?』

「うん」

 撫子のマントを出して羽織る。

 これで準備は完了。

『っていうか。あれだけエルと会いたがってた癖に、ユールはなんで残ったんだよ』

『だってぇ。リースがうるさいんだものぉ』

「リースと仲が悪いの?」

『合わないのよねぇ』

『ユールは好き嫌いが激しいからな』

『別にぃ』

 エルの精霊は皆、仲が良い気がするけど。

『メディシノ以外と契約することって、そんなにまずいわけ?』

『真空の大精霊はぁ、プリーギを撲滅する為にあたしたちを生んだのよぉ。その目的に沿わないことはしないべきなのぉ』

 ……あれ?

『エルと契約して薬を作ることは、目的に沿ってるんじゃないの?』

『そう思ってくれるのは今の精霊だけよぉ。昔なんて、命令に従うことだけが正しかったんだからぁ』

 昔?

「ユールっていつ生まれたの?」

『いつって……』

「プリーギを撲滅する為なら、千年前、病気が流行った時に生まれたってことだよね?でも、ユールはもっと昔のことも知ってるんだよね?」

『そういえばそうだよね。メラニー、バニラ、ジオ、ユールは、ドラゴン王国時代のこととか知ってるんだろ?』

『……それはぁ、』

『マリーが来る』

 扉が開いて、マリーが部屋に入って来る。

「お待たせ」

「わぁ。お姫様みたい」

「ありがとう」

 いつもより少し大人っぽいピンクのドレスもすごく似合ってる。

 真珠のネックレスにイヤリング。薔薇の髪飾りも素敵で、きらきら輝いて見える。

「本当はもう少しお洒落をしたいところだけど。エルがまた文句を言いそうだからやめておいたわ」

『お気に入りのアクセサリーもつけられなかったものね』

「本当に。うるさいんだから」

『なんでそんなに仲悪いの?』

 イリスの言葉に、ナインシェとメラニーが顔を見合わせる。

『仲が悪いわけではないと思うが』

『マリーもエルが言ってることはわかってるのよ。でも、エルって横暴な言い方をするんだもの』

「横暴?」

「本当に。昔っから、あぁなのよ。もう少し優しく言えないのかしら」

『付き合いが長いなら、慣れても良いんじゃないの?』

『マリーは女の子なのよ。もう少し優しくても良いと思うわ』

『エルに言っても無駄だ』

「本当に、エルって駄目なんだから」

 マリーがそう言って、テーブルの上に薔薇を飾る。

「その薔薇って、ローズさんが選んだの?」

「そうよ」

 本数は……。

 数えようとしたところで、マリーが苦笑する。

「これは部屋に飾る為に買ったのよ。ほら、前に王宮で頂いたのは使っちゃったじゃない」

 あれは、ローグが誰かに渡しちゃったんだっけ。

「こっちのサルビアはプレゼント用。……このマカロンもね」

 マリーが見覚えのある紙袋を出す。

 そのお店は……。

「リリーが行ったショコラトリーのよ」

『結構遠くまで行ったんだね』

 そんなに遠くだったかな?

「あのマカロン、すごく美味しかったんだもの」

「うん。美味しかったよね」

 マカロンは昨日、宿に戻った後、マリーとクララと一緒に食べたのだ。

 食べた瞬間、フルーツの爽やかな香りが広がって、すごく美味しかったのを覚えてる。

「あちこち行って来たの?」

 テーブルやソファーには、まだまだ色んなお店の袋が並んでる。

「気晴らしよ。少し腹が立ったから」

『その割に、帰ってからも機嫌悪いんじゃないの?』

『そんなことないわ』

「楽しめた?」

「もちろんよ。可愛いお店もたくさん行けたし、ランチに行ったカフェも素敵なところだったわ」

 マリーが楽しそうに話す。

『どう考えてもデートだよね?』

 私もそう思うんだけど。

 マリーって、ローズさんのことどう思ってるのかな。

「晴れていたらもっと良かったのだけど。……あら。雨が降って来たわね」

「本当だ」

 降り始めた雨が、窓にぽつぽつと当たっている。

「レインコートを用意しなくちゃ。リリーにも貸してあげるわね」

「ありがとう」

 こんなに雨が降るなんて思わなかったな。

 ……エル。

 もう、雨は平気なのかな。


 しばらくして、夕食を食べ終えた三人が帰って来た。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 エルがマリーを見る。

「何よ。文句あるの?」

「別に、ないけど」

 エルがマリーの髪飾りを直す。

「この髪飾りは、こうつけた方が可愛い」

 マリーが鏡を覗く。

「悪くないわ」

「リリーも何かつけるか?」

「えっ?」

「じっとしてて」

 エルが私の髪に何かを結ぶ。

「マントも撫子色だし、リボンもピンクにすれば可愛いだろ」

 ピンク色のリボンを結んでくれたらしい。

 触ってみると、少しふわふわした素材なのがわかる。

「ありがとう」

 エルがカーテンを開いて、窓の外を眺める。

 いつも通りみたいだけど。

 雨はもう、平気なのかな。

 エルが私を見て、頭を撫でる。

「?」

「マリー、リリーに……」

「レインコートなら、もう用意してあるわよ」

「ん。わかった」

 マリーとエルって、仲が悪いようには見えないんだけどな。

 いつも、息がぴったりだから。


 ※


 馬車で連れて行ってもらった家は、思ったよりも小さい家。王族の家だからオルロワール家みたいな御屋敷を想像していたのだけど、貴族の家って感じはしないよね。

 玄関で、ローレンツさん、奥さん、男の子と女の子が出迎えてくれた。男の子は八歳、女の子は五歳ってエルが言っていた気がする。

 通された家の中は居心地が良さそうな空間が広がっていて、食堂も家庭的な雰囲気で。なんだかのんびりできそうな感じだ。

 こんな雰囲気の場所なら、一緒にご飯を食べても良さそうな気がするけれど。やっぱり、だめなのかな。

 食事を食べない皆の為にローレンツさんが窓際に別席を用意しているのをローズさんが手伝っていて、エルとクララもその近くに居る。

「素敵な花ね」

 マリーの声に振り返ると、マリーが食卓に飾られた薔薇の花を眺めてる。

「薔薇がお好きと伺っておりましたから」

「ありがとう。こちらのお花も気に入っていただけると嬉しいのだけど」

 マリーがローレンツさんの奥さんにサルビアの花束を渡す。

「まぁ。急なお誘いを受けて頂いた上に、こんなお気遣いまでさせてしまい、申し訳ありません」

「いいえ。短い滞在の間に、たくさんの方とお話しできる機会を頂けてありがたいと思っていましたから。……これは、あなたたちに」

 マリーがマカロンの入った袋を男の子に渡す。

「お菓子が入っているの。後で食べてね」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 子供たちが丁寧に礼をする。

 キャロルみたいに礼儀正しい子たちだ。

 扉が開く音が聞こえたかと思うと、良い匂いと一緒にコック帽をかぶった男の人が料理を運んで来た。

「あら。生野菜のサラダがあるの?」

「はい。出来る限り、ラングリオン流のお持て成しをさせていただきたいと、シェフが張り切っておりましたから」

「楽しみだわ」

『毒とか盛られてないんだよね?』

『毒が入ってたところで、私とメリブが居れば、すぐに治療できるわ』

『そういえばそうだったね』

 光の精霊も水の精霊も、癒しの魔法に長けているから。

『そういえば、メリブって全然見かけないけど。本当に居るの?』

『居るわ。あまりマリーから出ないだけよ』

『なんで?』

『エルと一緒に居るから分からないのかもしれないけど。こんなに外に精霊を出してる魔法使いなんて、そんなに居ないのよ』

 確かに、そうだよね。

 ローズさんと契約している精霊はたくさん居るはずなのに、未だにセシルしか見たことがない。

 マリーが光の精霊と契約してるのは周知の事実だから、ナインシェが出ているのは良いのかもしれないけど。水の精霊と契約していることは、あまり公にしたくないのかもしれない。

「リリーも座りましょう」

「あ、うん」

 マリーに促されて隣に座る。

「あなた。食事の準備が整いましたよ」

 まだ席についていないローレンツさんを奥さんが呼ぶと、窓際でローズさんと話していたローレンツさんがこちらに来る。

「お待たせいたしました。では、お祈りを……。申し訳ありませんが、これもグランツシルト教徒の務め。聞き流して頂いても結構ですので、しばし祈りの時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」

 前の席に座っている一家が、祈るように手を組んで目を閉じる。

「神よ。今日一日の恵みに感謝いたします。私たちの命の為に用意された物に感謝し、この食事を頂きます。この糧が命を繋ぎ、命を育むものとなるよう祝福を」

「祝福を」

 言葉を繰り返して祈りを捧げた後、皆が目を開く。

「では。皆様、グラスをお持ちください」

 グラスを持ち上げる。

「マリアンヌ様、リリーシア様一行がいらっしゃったこの良き日に、乾杯」

「乾杯」

 ローズさんがマリーの傍に来る。

「どうしたの?」

「バイオリンを貸して頂けるなら、クロエが演奏すると言っておりますが。いかがいたしましょう」

「バイオリン?」

 ローズさんが指した方にはバイオリンケースが置いてある。

「ローレンツ様。バイオリンを……」

「もちろん、ご自由にお使いください」

 にこやかに言って、ローレンツさんがバイオリンを取りに行く。そのままエルに渡しに行ったみたいだ。

『じっとして居られない人だね』

 エルがバニラと一緒にバイオリンの調律をしてる。

『エル、暇なのね』

 ローズさんがエルの方に行って、ローレンツさんが席に戻ってくる。

「ローレンツ様。こちらの我儘にお付き合いいただき、ありがとうございます」

「とんでもない。他にも何かご要望があれば仰って下さい」

『これ以上、席を立たせるのもどうかと思うけど』

 何か言ったら、すぐに自分で動こうとするみたいだよね。

 間もなく、エルが演奏を始める。

『パルティータね』

 ローレンツさんがエルの方を見る。

「流石ですね」

「流石?」

 どういう意味だろう?

 この人、エルの演奏なんて聞いたことないよね?

「いえ、不快に思われるのでしたら申し訳ないのですが。吸血鬼種は音楽性に優れた方が多いと聞いておりますから」

 クロエさんの恰好のエルは、カラーレンズの眼鏡をかけているけど。

 最初から瞳がブラッドアイだって知ってたのかな。

「そのお話しは初耳ですわ。もう少し、詳しく聞いてもよろしいかしら」

「そうですね。……ジプシーは御存知ですか?」

「ジプシー?」

「都市を渡り歩く旅の一団と申しましょうか。商売や芸事を行って生計を立てて居る者たちのことです」

「渡り歩く?拠点はどこになるのかしら」

「拠点となる場所はないでしょう。元々は移民やクエスタニア西部の者たちの集まりで、都市での定住を嫌われる者たちなのです」

『砂漠の遊牧民みたいだね』

 そういえば、遊牧民も吸血鬼種の人が多いみたいだよね。

「彼らの多くは、商品の売買であったり、大道芸人のように小規模な演奏会や歌を披露することを生業としておりますが、その中から、大がかりな公演を行う一団も現れるようになったのです。現在では、王都で一番大きな音楽堂が使われることも珍しくありませんね。そして、その花形の多くが吸血鬼種なのです」

 そうなんだ。

「それは歓迎されていることなのかしら」

「彼らの奏でる演奏や歌声に感動する者は多く居ます。彼らは皆、大きな試練を受けているのです。その美しい歌声や技術もまた、神が試練を受ける代償に彼らに与えられた細やかな恵みなのでしょう。それを妬んだり、否定することは神を否定することなのです。私たちは音楽によって、平和と平等の教えをもう一度考え直すべきなのです」

「そうですわね」

「そういえば、お二人は御結婚されていらっしゃいますか?」

「私はまだ結婚していませんが、リリーは結婚しています」

「リリーシア様は、運命の方に出会うことが出来たのですね」

 運命の人……。

「はい」

「こんなにお若くして出会えるということは、前世からの深い繋がりのある方だったのでしょう。私も生涯の伴侶と出会うまでには時間がかかったものです。マリアンヌ様は、婚約者や恋人はいらっしゃいますか?」

「いいえ。婚約者も恋人も居ません。やりたいことが多いものですから、今は結婚を考える気にはならないんです」

「それはいけません。運命の相手と出会うことで人生は変わるのです。マリアンヌ様が早く運命の相手と出会えるよう、私も神に祈っておきましょう」

「……ありがとうございます」

『マリー、そこまで嫌々言うことじゃないわ』

 自分の結婚相手は自分で決めるって言ってるもんね。

「婚約者と言えば、王太子殿下のお相手は決まっていらっしゃるのかしら」

「いえ。残念ながら、まだ決まっておりません」

 あれ?ドロテアさんじゃないの?

「西の教会で、修練女のドロテア様とお話しする機会があったのだけど。……ドロテア様は御存知かしら」

「もちろん存じておりますよ。彼女の御両親は私と同じように王宮で神事を任されておりますから。小さい頃から良く知っております」

 同僚ってこと?

 王宮で働いてる神官もたくさん居るんだ。

「王太子殿下のお相手は修練女学院の方から選ばれるのかしら。修練女学院には、王太子殿下をお慕いしている方が多く居らっしゃると聞いたわ」

「王太子殿下にも、修練女学院に居る方々にも、それぞれに神が決められた運命の相手がいらっしゃるのです。運命の出会いがいつあるのか。それもまた、神が導いてくれるに違いありません」

「運命の相手に出会えば、その方が将来の伴侶となるとわかるものかしら」

「いいえ。そうとは限らないでしょう。障害のある愛も多く存在します。しかし、神が定めた運命の相手ならば、その障害は必ず乗り越えられるものなのです」

 障害。

 ハルトさんとドロテアさんは、幸せになれるのかな……?


 ※


 食事会が終わって、皆で帰りの馬車に乗る。

 雨は相変わらず降ったままだ。

 なかなか止まないな。

「何するのよ」

 声が聞こえてマリーを見ると、黒髪の鬘を被ってる。

 エルが被ってた物みたいだ。

「変装。レインコートも取り換える。フードは、黒髪が見えるように被ってくれ」

 エルが、自分の眼鏡も外してマリーに着けてる。

「私がクロエに変装するの?」

「入れ替わるんだよ」

 エルが、マリーっぽい黄金の巻き毛の鬘をつける。

 いつの間に用意してたんだろう。

「髪とレインコートだけで入れ替われるわけないじゃない」

 それから、目薬を出して使う。

 でも、目薬で変わる色って……。

「え?」

「ピンクアイ?」

 エルの瞳がピンク色になる。

 ピンクになる目薬もあるんだ。

「マリーほど綺麗なピンクじゃないけど。これなら、直接会ったことのない奴ぐらい騙せるだろ?」

「用意周到ね」

 最初から入れ替わる可能性も考えてたのかな。

「わかったわ。どうせ何もないと思うけれど、ちゃんと安全が確認されるまではクロエのふりをしてあげる」

 また、マリーの部屋に入ろうとする人が居るかもしれないから?

 マリーが薔薇の髪飾りを外して、黒髪の鬘を被り直してる。

 ……私、何を優先して行動すれば良いんだろう。

 エルとマリー、両方を守れるのかな。

「ローズさん」

「何でしょう」

「騎士がやるべきことって何ですか?」

「主君の命に従うことです」

 それは、何を捨ててもエルを守るべきってこと?

「あなたがマリアンヌ様を護衛しようとしまいと、私はマリアンヌ様を守ります。あなたもそうすべきでしょう」

 ローズさんがエルを護衛しようとしまいと、私はエルを守るべき?

 ……当たり前だよね。

「はい。わかりました」

『わかったの?』

 エルを守るのは、私の役目。

 


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