105 高い壁
広場でお昼ご飯を食べた後、皆で教会へ。メラニーの案内でマリーたちが待っている部屋に行く。
「待っていたわ」
あれ?
マリーたちの他に、知らない男の子と女の子も居る。エトワールの人でも冒険者でもなさそうだけど……?
『会いたかったわぁ、エル』
『私も戻る』
ユールがエルの方に飛んで来て、セシルがローズさんの方に戻っていく。
「マリアンヌ様。遅くなってすみません」
「良いのよ」
『って、どぉしてリースがこんなところに居るのよぉ?』
『ユール。本当に居たのねぇ……』
リース、なんだか怒ってる?
「荷物をお預かりしましょう」
エルがローズさんに持っていた荷物を渡す。
「随分買ったのね。これ全部、林檎?」
「あの、一袋買ったらこんなにたくさんになっちゃって……」
そんなに買うつもりじゃなかったんだけど。
「ふふふ。ありがとう、リリー。後で皆で食べましょう」
「うん」
「マリアンヌ様、そちらのお二人は?」
「こちらは……」
「こんにちは。僕はハルトです。……彼女は修練女のドロテアです。いつも休日には、この教会で奉仕活動に参加しているんですよ」
「よろしくお願いいたします」
修練女?
神職の人なのかな。
「はじめまして、ハルト様、ドロテア様。私はクロエと申します。こちらは騎士のリリーシア様、クララ様です」
「よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
クララと一緒に頭を下げる。
『伝言よぉ。ローグは今、マリーを護衛中の冒険者、ローグってことになってるわぁ』
ってことは、今はローグって呼んで良いんだよね。
『ユール。どぉしてエルと契約してるのよぉ。あなたが契約してた子はどうしたのぉ?』
『そんな子、とっくの昔に居なくなっちゃったわぁ』
ユール……。
―あたしもメディシノと契約していたことがあるのよぉ。
―でも、ブラッドアイがばれて……。
『だからって、メディシノでもない人間と契約するなんてぇ』
『エルは優秀な錬金術師よぉ』
『治療薬を作る為に契約したって言うのぉ?本当にそれだけぇ?治療をやらせたりしてないでしょぉねぇ?』
『どぉでも良いでしょぉ?』
『良くないわよぉ!』
「あ、」
『リリー。喋んないでよ』
エルが咳払いをする。
……ここには知らない人も居るんだし、精霊に話しかけちゃだめだよね。
『ユールが誰と契約するかなんて、リースには関係ないことだろ?他人の契約に口出すなよ』
『他の精霊と一緒にしないでくれるぅ?私たちは人間と契約したらまずいんだからぁ。メディシノでもない人間に治療をやらせれば、』
『リース、あんまり話さないでよぉ』
『その辺にしておけ。ここには精霊の声を聞ける人間が居るんだ』
リースが私の方を見る。
『わかったわよぉ』
エルが悪魔になりかけたこと、リースには言わない方が良さそうだ。
『あのさー。他にもユールに確認したいことがあったんじゃないのー?』
『たくさんあるわぁ。ラングリオンにメディシノが居るって本当ぉ?』
『ルキアと契約してるロザリーのことぉ?』
『クレアのことも、全部エルに教えたのぉ?』
『クレアのことぉ?』
『エルはクレアの知り合いが居るんだよ』
『えぇ?本当ぉ?』
リースが私の方を見たので、頷く。
『なんでリリーに聞くのさ』
『リリーって、嘘吐けなさそうなんだものぉ』
えっと……。信頼して貰えてるのかな。
『薬を作った方法はぁ?』
『そんなの、エルとあたしの知識があれば簡単よぉ』
『精霊の知識を人間に与えたって言うのぉ?』
『そんなのぉ、人間が古いことを調べれば、いくらでもわかることなのよぉ。メディシノが一人一人治療するよりもぉ、薬の方が手っ取り早いでしょぉ』
『何よそれぇ』
『リース、行くぞ』
メラニー?
「マリアンヌ様、少々私用で離れます」
「良いけれど」
あ。リースが呼ばれたってことは、これからクララのことを話しに行く?
「一人で行く気?」
「そのつもりですが」
「なんなら、俺が同行しますよ」
―『クララ。ちょっと行ってくるわぁ』
クララが私の横で頷く。
「ハルト様、よろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
クララを預ける予定の人って、ハルトさんだったんだ。
ローグが一緒なら安心だよね。私はクララと一緒に居なくちゃいけないから。
「ありがとうございます」
「では。皆様、本日は貴重な御時間を頂き、ありがとうございました」
「とんでもない。こちらこそ、お会いできて光栄でしたわ。またお会いできる時を楽しみにしております」
マリーに合わせて、礼をする。
「ドロテア、また来るよ」
「はい。ハルト様」
ドロテアさんは一緒に行かないんだ。
『リリー、クララをお願いねぇ』
頷くと、リースを連れたエルとローグが、ハルトさんと一緒に出て行く。
リースとユール、なんだか喧嘩してたみたいだけど。大丈夫かな……。
「二人とも、座ったらどう?」
「うん」
マリーに促されて、クララと一緒に椅子に座る。
「クロエ様が戻るまで時間がかかりそうですから、お茶でも淹れましょう」
ローズさんがそう言って、窓の近くにあるテーブルの傍にティーポットと人数分のカップを出す。
紅茶セット、いつも持ち歩いてるのかな。
「ドロテア様、お湯を用意して頂いてもよろしいでしょうか」
「わかりました。少々お待ちください」
ドロテアさんが部屋を出る。
「さてと。……リリー。クロエの用事って何なの?」
「冒険者ギルドでメディシノ探しの依頼を受けたんだ。ハルトさんが依頼主みたい」
「えっ?そうなの?」
「私も詳しくはわからないんだけど。クララを預けて良い人か話し合いに行くって言ってたよ」
マリーがクララを見る。
「あなた、メディシノなの?」
「……はい」
「お医者様だったのね」
『マリーはメディシノのこと、あんまり知らないみたいだね』
―アレクが見つけた医者って説明させてるから大丈夫よぉ。
ってルキアが言ってたけど。それ以外のことは知らないのかな。
「マリアンヌ様。メディシノの話しはこの国では控えた方がよろしいでしょう」
器用に林檎の皮を剥いているローズさんがこっちを向く。
「クロエが彼女を残して行ったのは、依頼主を見極めるまで彼女がメディシノであることを隠したかったからでは?」
『そうだろうね。マリーたちにも言わないで欲しかったかもよ』
……ごめんなさい。エル。
「今から話し合うってことは、内容次第では、この先も私たちと行動するってことかしら」
―答えをその場で出す必要はないけど、そいつについて行きたくないなら、もうしばらく俺と行動してもらうことになる。
「たぶん、そうなると思う」
マリーがため息を吐く。
「そう。わかったわ」
『エルが勝手なのはいつものことだものね』
「ごめんね、何も言わなくて……」
「良いのよ。クララは、私たちのことをどれぐらい聞いてるのかしら?」
「まだ何も話してないよ」
「じゃあ、自己紹介をしておかなくちゃね。はじめまして。私はマリアンヌよ。マリーで良いわ」
「はい。私はクララです」
「こっちはローズよ」
「よろしくお願いします」
ローズさんが軽く会釈する。
「よろしくお願いします」
『ねぇ。クララは今の話し全部わかってるの?メディシノのことも話しちゃったし、現代語が苦手なことも言っておいた方が良いんじゃない?』
今はリースが居ないから、クララも困ってるよね。
「マリー、ローズさん。クララはちょっと、現代語が苦手なんだ」
「苦手?」
えっと……。なんて説明すれば良いんだろう。
―「得意な言葉は、ドラゴン王国時代の言語ですか?」
クララが驚いたように顔を上げる。
―「あなたも、話せるんですか?」
―「もちろんです。マリアンヌ様も話せます」
―「話せるけれど……」
『流石だね』
―「クララ様。言葉に困ったら、この言語で話して頂いても結構です。私もマリアンヌ様もわかりますから。ただし、私たち以外の前では控えて下さい」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
「でも、どうして?」
「ロザリー様のお母様の故郷、つまりメディシノの故郷は、ドラゴン王国時代の言語が色濃く残る場所と聞いています」
「そうだったの」
ええと……。
『フォローして貰ったんだから、ちゃんと話しぐらい合わせなよ』
……はい。
「どうぞ」
ローズさんが、林檎が載ったお皿をテーブルに置く。
ナイフだけで、こんなに綺麗に切り分けられるんだ。
「他にも何かお召し上がりになりますか?」
「要らないわ。お昼は食べたばかりだもの。二人はちゃんと食べて来たの?」
「うん。食べて来たよ」
「はい。パンを食べました」
メロンパン、美味しかったな。クララは無花果のパンが気に入ってたみたいだ。
買い過ぎたから、まだ少し残ってるけど……。
ノックがあって、ローズさんが扉の方へ行く。
「どちら様でしょうか」
「ドロテアです」
「どうぞ」
部屋の中にドロテアさんが入って来る。
「お湯をお持ちいたしました」
「ありがとうございます」
ローズさんがドロテアさんからお湯の入ったポットを受け取る。
「お手伝い致します」
「いいえ。どうぞ、お寛ぎ下さい」
「ですが……」
「ドロテア様、私は修練女学院のことをあまり知らないの。是非、お話しを聞かせて頂けないかしら」
「修練女学院?」
『そっか。修練女って、修練女学院に入ってる女性のことか』
イリスは知ってるの?
ローズさんに促されて、ドロテアさんが席に着く。
「修練女学院は、グランツシルト教徒の女性が神へ祈りを捧げながら共同生活を送る場所です。私はまだ未熟者ですから、平日は女学院で神学や歌を学び、休日はこうして教会へ奉仕活動に来ているんです」
「学生さんってこと?」
「少し違うのですが……」
『似たようなものな気がするけど。一生、女学院で過ごす人も居るらしいからね』
「え?一生居るの?」
「まさか。ドロテア様は学びを中心とした女学院にいらっしゃるのよ」
女学院にも色んな種類があるのかな。
「マリアンヌ様、どうか私のことはドロテアとお呼び下さい」
「王太子殿下の婚約者に向かって、そんな非礼は出来ないわ」
「え?婚約者っ?」
「そういえば、リリーとクララは知らなかったわね。さっきここにいらっしゃった方は、クエスタニアの王太子、ハルトヴィヒ様なのよ」
「王太子殿下だったの?」
『そうなの?』
メディシノを探してたエルの依頼主って、王太子だったんだ。
なんだか知らないことばっかり。
「あの、婚約者と言っても、ハルト様とおじい様の間で取り交わされた口約束に過ぎませんし、正式に周知されていることではなく、内々に決められたことで……」
「あら。貴方の意思とは関係なく決められたことだったの?」
「それは……。私は小さい頃からハルト様のことをお慕いしておりますが……」
「幼馴染と言っていたかしら」
「はい。私の両親は王宮務めの神官ですから、昔からハルト様とは親しくさせて頂いていたのです」
「小さい頃から慕い合っていた方と結ばれるなんて素敵な話しじゃない」
「ですが、先ほどもお話しした通り、王妃様は、ハルト様とマリアンヌ様の婚約を希望しております」
マリーと婚約?
「さっきも言ったけど、私は誰とも婚約する気はないから心配しないで頂戴」
『さっきって、ボクたちが来る前に話してたのかな』
「紅茶が入りました」
ローズさんがみんなの前に紅茶を並べる。
「殿下は、ドロテア様がいらっしゃるのでマリアンヌ様と婚約するつもりがないと、御説明にいらっしゃったそうです」
そうだったんだ。
「ねぇ。貴方の気持ちを確認しても良いかしら」
「私の気持ち、ですか?」
「王太子殿下は貴方と結ばれることを願っているように見えたわ。貴方は、本当にそうなりたいと思っているのかしら」
ドロテアさんが俯く。
「修練女学院で、素晴らしい方々をたくさん見てきました。私よりも未来の王妃様に相応しい方は大勢いらっしゃいます。……幼馴染という理由で婚約者が決まってしまえば、ハルト様をお慕いしている他の御令嬢の方々に申し訳ないと思うのです」
「そうじゃなくて。貴方は、好きな人と結ばれたいと願っていないの?」
「例え結ばれなくても、私はハルト様にお仕えしようと思っていますから」
マリーがため息を吐く。
「何か、言えない理由があるのかしら」
なんだかずっと、はぐらかしてるみたいだよね。
「私の両親もハルト様との婚約には反対の立場なのです」
「王太子殿下との婚約なのに?」
「はい。王妃様とも仲が良いとは言えませんし……」
「失礼ですが、ドロテア様とご両親は教皇主義ですか?」
「もちろんです」
「ならば、聖典主義の王妃様とは敵対関係ということですね」
敵対?
「その通りです」
「そうだったの」
『なんだか大変そうだね』
二人は愛し合ってるのに、親同士は敵対してる……?
「ハルト様は、私が女学院を出たら婚約のことを正式に公表すると仰られておりましたが、私たちの縁談が上手くいくとは思えないのです」
「女学院を出るのっていつなの?」
「まだ二年先です」
「少し遠いわね」
「はい。王妃様はハルト様の為に新しい婚約者を探しておいでです。マリアンヌ様はハルト様の婚約者として申し分ない方ですから、王妃様は多少強引な手を使ってでも縁談をまとめようとお考えなのです」
強引な手?
「マリアンヌ様、どうかお気を付け下さい」
「大丈夫よ。私のことなら心配要らないわ。強い味方が付いているもの」
私も、マリーのこと守らなくちゃ。
「私が出来ることは何もありませんが、マリアンヌ様の御無事をお祈りしています」
「ありがとう。きっと神さまも、愛し合っている恋人が幸せになれるようにしてくれるわよ」
ドロテアさんが、目を閉じて祈るように手を合わせる。
「神は、私個人の為ではなく、この国の全ての人が幸せになれるよう祝福をお与えくださるはずです。私もそう望んでいます」
「……そうね」
そんなに、自分の幸せを望んじゃいけないのかな。
「そうだわ。他にも聞きたいことがあるの。収穫祭のお話を聞かせて頂ける?」
「はい。わかりました。収穫祭は、この国でも重要なお祭りの一つで……」
※
お茶を飲みながら話をしていると、エルとローグが戻ってきた。
「王太子殿下は?」
「王宮に戻られたみたいですよ」
ローグが答える。
「では、私もそろそろ女学院に戻ります。皆様、今日はありがとうございました」
「面白い話をたくさん聞かせてくれてありがとう。私も、とても楽しかったわ」
「喜んで頂けたのでしたら光栄です。では、皆様に神の御加護がありますように。……失礼いたします」
ドロテアさんが丁寧に礼をして、部屋を出て行く。
『で?交渉結果は?』
『決裂よぉ。しばらく一緒に行動するわねぇ』
クララと顔を合わせる。
ほっとしてるみたいだ。
「遅くなったし、俺たちも宿に戻るぞ」
エル、クロエさんの恰好なのにいつもの声に戻ってる。
「戻るって、ここに来てすぐに王太子殿下に会ったから、ローグとは全然情報交換していないのよ」
「大した話はないだろ」
「報告することと言えば、謁見が明後日に決まったことぐらいです。謁見後に演奏会が予定されていますし、話し合いが長引いた場合に備えて晩餐と宿泊の準備も進めているようです」
「王宮に泊まるのは避けたいけれど……」
「私もそろそろ戻らなければいけませんから、他に聞きたいことがあれば手短にお願いします」
「大陸会議参加承諾の条件はどうなっていますか?」
「まだ、王宮内でも意見が割れているようです。最も有力なのはマリアンヌ様との縁談で、次にラングリオン王都に教会を設立することでしょうか」
「王都にグランツシルト教の拠点を作るなんて、呑めるわけないだろ」
「そうね……」
「アレクシス様とロザリー様の婚約については、言及しない方向でまとまっている気がします」
「ありがたい話しね」
「私が知っているのはこれぐらいです。そちらは?」
マリーがエルを見る。
「エルが勝手な行動してる以外は、さっき話した通りよ」
「わかりました。リリーは、何か報告はありますか?」
報告?
そうだ。
荷物から紙の束を出す。
「これ、近衛騎士同士なら見せても良いかな」
「これは?」
「アレクさんへの報告書。昨日の夜の分までしか書いてないんだけど……」
ローグが報告書をぱらぱらとめくる。
「帰ったら、報告書の書き方を教えます」
……だめだったんだ。
「ただ。今回の場合は、これだけ詳しいと助かりますから、この調子で書き続けて下さい」
「はい」
良かった。
今日も頑張って書こう。
「それから。リリーは、主命を優先して行動して下さい」
主命って、エルの護衛?
「うん。わかった」
エルの言うこと聞かなくて良いってことだよね。




