104 散歩
ぼんやり眼を開く。
「エル……?」
「おはよう、リリー」
「おはよう?」
いつの間に寝てたんだろう。
「今は朝?」
「そうだよ」
朝なんだ。
確か、報告書を書き上げて……。
「クララさんは?」
「隣の部屋に居るよ」
ここ、クララさんの部屋じゃないんだ。
宿の部屋ってどこも同じ造りになってるから、見た目だけじゃちょっとわからない。
確か、クララさんの部屋のベッドで、うとうとしてたのは覚えてるんだけど……。
もしかして、私が寝ちゃったから連れて来てくれた?
※
着替えて、エルと一緒に朝食を食べに行く。
隣の部屋がクララさんの部屋だよね。
「クララさん、起きてるかな」
「まだ寝てるんじゃないか?」
「起こさなくて良いの?」
「良いよ」
遅くまで勉強してたのかな。
エルはそんなに眠くなさそうだけど。
焼きたてのパンはすごく良い香り。
この宿の朝食は、大きなテーブルに並べられたパンやハム、チーズだとかを自分で選んで食べる形式らしい。自家製のジャムもとっても美味しそうで、どれも組み合わせに迷ってしまうぐらい種類豊富だ。
何とか選んでエルの居るテーブルに着くと、卵料理が置いてある。
「こんなのあったっけ?」
「卵料理は別で頼むんだよ」
「そうなんだ」
とっても豪華な朝ごはん。
「いただきます」
「いただきます」
甘酸っぱくて、すごく美味しいジャムだ。
「リリーに頼みがあるんだけど」
「うん」
「朝食を食べたら、俺は一度冒険者ギルドに行ってくる。クララが起きたら、一緒に居てやってくれないか?」
「良いけど……。一人で出かけるの?」
「報告だけだから、すぐ戻るよ」
本当かな。
「これを渡しておく」
エルが目薬を出す。
「瞳の色が変わる目薬?」
「あぁ。クララに渡してくれ。片目につき二滴まで使って良い」
「エルは使わないの?」
フードを被ってるけど、今日は瞳の色を変えてない。
「昼に変装をしなくちゃいけないからな。今から使ったら元に戻らない」
確か、半日ぐらい持つんだっけ?
「元に戻す目薬はないの?」
「ないよ。……使い過ぎれば失明の危険もあるんだ」
「そんなに危ないものなの?」
「薬ってのは、用法用量を守るのが鉄則だからな」
二滴以上は絶対に使っちゃだめって言おう。
「それから、これ」
エルが分厚い封筒を出す。
「これは?」
「リリーが書いた報告書」
まとめてくれたんだ。
「ありがとう」
「これ、本当に三日分か?」
「そうだよ」
二十日、二十一日、二十二日の分。
今日の分は、また後で書かなくちゃいけない。
帰るまでにどれぐらいの量になるんだろう?
アレクさん、本当に全部読むのかな。
※
朝食を食べて、エルを見送って。部屋に戻る為に階段を上る。
冒険者ギルドは宿からそんなに遠くない場所だったと思うし、用事が済めば、本当にすぐに戻って来ると思うんだけど……。
何をしてようかな。
シャワーを浴びたら戻って来てるかな。
「あ」
『どうしたの?』
「クララさんの部屋って、ここだよね?」
私とエルが泊まっている部屋の隣。
『そうだけど。起こす気?』
起こすつもりはないんだけど。
「そろそろ朝食の時間が終わっちゃうから、食べるか聞いておこうと思って」
小さくノックしてみる。
「クララさん、起きてる?」
しばらく待ってみたけど、反応はなさそうだ。
起きてないのかな。
部屋に戻ろうとしたところで、なんだか大きな物音がして、扉が開いた。
「おはよう、ございます」
「おはよう。……大丈夫?」
「はい」
『ベッドから落ちたのよぉ』
「えっ?……あの、無理に起こしてごめんね、お腹空いてるか聞こうと思って……」
「エルは、どこですか?」
「冒険者ギルドに行ったよ。すぐに戻るって」
―『今は出かけてるみたいねぇ』
「あの、見て下さい」
「え?」
何を?
『部屋に入ってくれるぅ?』
「うん?」
何かあった?
部屋に入ると、クララさんが机の上に置いていた紙を掲げる。
「これ、読めますか?」
同じ文字がずっと書いてある。
「クララ・ドラジェ?」
ドラジェって、お菓子?
「はい。私の名前です」
名前だったんだ。
『一日で随分上達したね』
『クララは真面目なのよぉ』
上達?
そういえば、昨日は現代語を全然話せなかったのに、今日は普通に話してるよね。
「リリー、聞いてください」
「うん」
「私の名前はクララです。よろしくお願いします」
クララさんが頭を下げる。
「私はリリーシア。よろしくね」
「リリーシア?」
「あ、リリーで良いよ」
「はい。私も、クララで良いです」
一晩でこんなに話せるようになるなんて、すごい。
「お腹は空いてる?」
「空いてないです」
朝は食べない人なのかな。
「これからシャワーを浴びに行くんだ。クララはどう?」
「シャワー?……あび?」
『クララはシャワーを知らないのよぉ』
『昔はなかったんだろうね。教えてあげたら?』
そっか。
「わかった。一緒に行こう」
「はい。……待ってください」
クララが机の上の眼鏡をかける。
「あ。エルから目薬を預かってるんだ。使う?」
「すみません。もう一度、言ってもらえますか」
「えっと……」
エルから預かった目薬を出す。
「これは、瞳の色を変える目薬なの」
「瞳の色を変える……、薬?」
『昨日、エルが使ってたのって、それだったのぉ?』
「うん。片目につき二滴ずつ、使って良いみたい。使い過ぎはだめだって」
―『クララ。その薬を二滴、瞳に使って』
「はい」
クララが眼鏡を外して、目薬を使う。
『鏡持ってるぅ?』
「あるよ」
手鏡を出して、クララの前に掲げる。
「わぁ……」
―『これで、外を歩くのも楽になるわねぇ』
「ありがとうございます」
クララが微笑む。
良かった。
※
クララと一緒にシャワーを浴びて、部屋に戻る。
「他の服は持ってないの?」
「ほかの……。はい。持っていないです」
クララが着られそうな服、あるかな。
荷物の中を探して、ワンピースを出す。
「!」
「これ、着られそう?」
身長は私より少し高いぐらいだし、大丈夫だと思うんだけど……。
―「どこから出したんですか?」
『どこから出て来たのぉ?』
「え?」
そっか。こんなに小さな袋から大きなものが出てきたらびっくりするよね。
「この袋って色んなものが入るんだ。エルが作ったの」
「すごいです」
『あいつ、何者なのぉ?』
「エルは天才錬金術師なんだ」
『薬を開発しただけのことはあるってわけねぇ』
「これ、着てみる?」
「着てみます」
クララがワンピースに着替える。
サイズは問題なさそうだよね。ワンピースの後ろのリボンを結ぶ。
「可愛い」
『似合ってるわぁ』
「ありがとうございます」
クララが一回転して柔らかく微笑む。
良かった。気に入ってくれたみたいだ。
「お礼……」
机の上に置いてあった肩掛けバッグの紐をクララが引くと、バッグの口が開いて、中のものが床に散らばった。
「大丈夫?」
―『もーぅ。だらしないんだからぁ』
「ごめんなさい」
『なんていうか、ドジだよね』
『そういう子なのよぉ』
色んなものがばらばらに散らばってる。
普通、こんなに散らかるかな?
お金に、良くわからない布や草。
それから……。カビの生えた、乾燥パン?
「これ、もう捨てた方が良いと思う」
「捨てるのは……」
『食べたらお腹が痛くなるんじゃない?』
『そうなのぉ?』
リースにはわからないのかな。
―『クララ、言われた通りに荷物の整理をした方が良さそうよぉ』
「でも……」
「そうだ。これをあげる」
ライーザから貰ったビスケット。これも保存食だよね。
「これはまだ食べられるから」
「ありがとうございます」
袋に入ったビスケットを、クララがバッグの中に仕舞う。
そっか。
小分けにする袋が一つもないから、こんなに散らばっちゃったんだ。
何か使えそうなもの……、あった。
「これにお金をまとめたら良いと思う」
「はい」
「この草は何?」
「薬草です」
「薬草?」
「転んだ時に、怪我をした時に使います」
えっと……。
『薬草なのは間違いないわよぉ。クララってよく転ぶからぁ』
そうなんだ。
「なら、この薬をあげる。怪我をした時に塗ると良いよ」
『それも、エルが作ったの?』
「うん」
『薬草より効きそうねぇ』
後は……。
『あなたたちって、本当に面倒見良いのねぇ』
『むしろ、良く今まで無事だったね』
『クララのドジには慣れてるものぉ』
『リースが過保護になるのもわかる気がするよ』
『あなたってぇ、なんだか人間みたいねぇ』
『……もう、良いよ』
できた。
「必要なものはまとめ直したし、荷物の整理はこれで完了かな」
「ありがとうございます」
『すっきりしたわねぇ』
「あの、リリー」
「何?」
「出かけたいです」
『えぇ?出かけるのぉ?』
「はい」
『エルを待ってなくて良いの?』
すぐ戻るって言ったけど。全然、戻って来そうにないよね。
それに。
「出かけちゃだめなんて言ってなかったよ」
『そうだけどさ』
「散歩ぐらいなら良いよね?」
「散歩?」
―『散歩よぉ』
「はい。わかりました」
細かい単語はまだ苦手なのかな。
『迷子にならないでよ?』
「わかってるよ。でも、ちょっと部屋を片付けて来るから待っててくれる?」
『待ってるわぁ』
「はい。待ってます」
エルのことだから、戻ってきたら、すぐに出かけるって言いそうだよね。
※
部屋を片付けて、宿の人に鍵を預けてから外に出る。
『大きな通りを歩きなよ』
「この通りをまっすぐ歩いて、あの広場まで行ったら戻ってくるつもりだよ」
『それなら大丈夫だろうけど……。あ!』
先を歩いていたクララが誰かにぶつかる。
『クララ!』
よろけたクララを、相手の人が支える。
「ごめんなさい」
「こちらこそ、失礼しました」
会釈をして通り過ぎた相手を、クララがじっと見る。
「大丈夫?クララ」
「はい。大丈夫です」
『普通の反応されるのが、新鮮なのよねぇ』
今は金髪碧眼だから?
……なんだか複雑。
「リリー、音楽です」
広場じゃないのに、通り沿いには楽器を持って演奏してる人がたくさん居る。
『流石、音楽の国だね』
「音楽の国?」
『リリー。クエスタニアは宗教音楽をはじめとした、様々な音楽が作られる音楽の都だよ』
大陸史で勉強したような気もする……?
『大陸史じゃないよ。音楽の勉強だからね』
「……うん。覚えてるよ」
演奏が終わった場所では拍手が鳴っていて、皆がお金を投げている。
大道芸人みたいな感じで、音楽活動をしている人がたくさん居るみたいだ。
「リリー、果物が売ってます」
「果物?」
本当だ。
お休みなのに、果物屋さんがやってる。
「あそこは果物屋ですか?」
「うん。看板に果物屋って書いてあるよ」
『文字を読むのはまだ苦手なのよねぇ』
そうなんだ。
果物屋さんなら、きっと林檎も売ってるよね。
『ちょっと、どこ行くの?』
「マリーに林檎を買おうと思って」
食べたがってたから。
「マリー?」
「一緒にクエスタニアに来てる私の友達なんだ。えっと……。マリー、ローズさん、ローグの三人だよ」
詳しい名前は、まだ言わない方が良さそうだよね。
『ユールはその三人と居るのぉ?』
「うん。ローズさんと一緒に居るはずだよ」
正確には、セシルと交代でローズさんの元に残ってるんだけど。
セシルは今、エルと一緒に居るはずだ。
「いらっしゃい」
林檎がたくさん並んだ果物屋さん。
色んな種類があって、どれにしようか迷ってしまう。
あ。でも、酸っぱい林檎もあるんだっけ。
「そのまま食べて美味しい林檎はどれですか?」
「こいつが一番美味いぜ」
良い匂い。
「一袋で銅貨一枚だ」
皆も食べるかな。
「じゃあ、一袋下さい」
「少しサービスしておくぜ」
銅貨を払ってもらったのは、紙袋いっぱいの林檎。
「ありがとうございます」
思ったよりもたくさん入ってる。
食べきれる、かな?
「リリー、私も買い物がしたいです」
「欲しいものがあるの?」
「えっと……」
悩んでるみたいだ。
買い物……。
そうだ!
「すみません、この辺りにショコラトリーってありますか?」
「ショコラトリーなら有名なのが表通り沿いにあるぜ。ここから西にまっすぐ進んでいればすぐに見つかる」
「ありがとうございます」
お店の人が指した方向に、クララと一緒に歩く。
『一体、どこまで行く気?』
「どこに行くんですか?」
「ショコラトリーって言って……。ココアはわかる?」
「ココアって、ココアですか?」
『そうよぉ』
これは、昔と名前が変わってないのかな。
「それを使ったお菓子を売ってる店なんだ」
クララがすごく驚いた顔をしてる。
―「神さまの食べ物ですか?」
「神さまの食べ物?」
ロザリーも、ココアはとても贅沢な飲み物だって言ってたけど。
「そこまで仰々しいものじゃない、かな?」
「仰々……?」
―『今の時代なら普通に手に入るのよぉ』
「そうなんですか?」
「うん」
ロザリーも好きだったし、きっとクララも好きなんじゃないかな。
『ねぇ、その林檎はさっきの袋に仕舞わないのぉ?』
「食べ物は入らないんだ」
『ビスケットだって、別の袋に入れてただろ』
『万能ってわけじゃないのねぇ』
でも、こういうのに食べ物を入れちゃったら、忘れて腐らせちゃいそうだよね。
教えてもらったショコラトリーへ。
味見をさせてもらいながら、気に入ったショコラを選んで注文する。
ショコラトリーと言っても、ケーキだとか色んなお菓子も売っているお店だ。お勧めされた菫の花の砂糖漬けはキャロルとロザリーへのお土産にしよう。マカロンは、マリーと一緒に食べようかな。
クララはショコラを気に入ってくれたみたいで、厳選して選ぶのに苦労していたみたいだ。
「こんなに美味しい物がたくさんあるなんて、信じられないです」
「お褒め頂き光栄です。こちらのショコラもおまけしておきますね」
「あっ……、ありがとうございます」
『得しちゃったわねぇ』
次はどこに行こうかな……。そうだ。
「クララ、お腹は空いてる?」
「少し、空いてるかもしれません」
クララは朝ごはんを食べてないから、少し早めのお昼を食べても良いよね。
「じゃあ、お昼ご飯を買いに行こう。すみません、この辺りにパン屋さんってありますか?」
「お勧めのパン屋が裏通りにありますよ」
お店の人に聞いた場所に向かって、クララと一緒に歩く。
『裏通りなんて入って大丈夫?』
『この辺なら少しはわかるけどぉ。……って、どこ行ってるのよぉ!ここを曲がらなきゃだめでしょぉ?』
あっ。そうなんだ。
「ありがとう」
『リリーは方向音痴なんだよ』
『それ、もう少し早く言って欲しかったわぁ』
※
目的地まではちょっと迷ってしまったけど、リースの案内で見つけたパン屋さんで買い物を済ませたところで、鐘の音が聞こえた。
クララと一緒に音のする方に行くと、大きな教会のある広場に出る。
今の、この教会の鐘の音だったんだ。
あれ?ってことは、もう昼?
急いで戻らないと……。
「捕まえた」
後ろから抱きしめられて、声の主を見上げる。
「エル」
迎えに来てくれたんだ。
「え?エルですか?」
変装してるから、見ただけじゃわからないよね。
声はそのままだけど、黒髪に、淡い緑色のカラーレンズの眼鏡をかけてる。
「今は変装中なんだ。この姿の時はクロエって呼んでくれ」
眼鏡越しにエルの目は見えるのに、瞳の色はわからない。瞳の色を隠すには、これぐらいの色で十分なのかな。
『どぉして、わざわざそんな恰好する必要があるのよぉ』
『いろいろ事情があるんだよ』
リースが肩をすくめる。
―『エルで間違いないけどぉ。しばらくクロエって呼んで欲しいみたいよぉ』
「はい。わかりました」
「宿のチェックアウトは済ませて来たから、昼を食べたら真っ直ぐ教会に行くぞ」
「あ。お昼ご飯にパンを……」
「メロンパンはあったのか?」
「あったよ。コーヒーのパンも買ったんだ」
いつの間にか、エルが私の荷物を持ってる。
「果物屋とショコラトリーにも行って来たんだろ?」
「どうして知ってるの?」
エルがため息を吐いて、私の額を指でつつく。
「良いか。出かけるなら伝言を残していくこと」
「……はい。ごめんなさい」
ちょっと散歩するだけのはずだったんだけど。
結構、時間かかっちゃったよね。
「クララ」
「はい」
「真空の精霊に頼みがあるんだけど、良いか?」
「頼み?」
『何よぉ』
「これから俺の仲間と合流する。そのついでに、クララを預ける予定の相手にも会うことになったんだ」
その為に朝から冒険者ギルドに行ってたのかな。
「そいつと話す時は俺について来てくれないか?そいつにクララを預けて良いか判断して欲しいんだ」
―『クララと一緒じゃだめってことぉ?』
「私は、一緒には行けませんか?」
「無理やり連れて行かれる可能性もあるから、話し合いの場には連れて行きたくない。その間、クララにはリリーと一緒に居てもらう。他にも要望があるなら受けるよ」
―『そぉねぇ。少しぐらいなら付き合ってあげても良いけどぉ。その相手ってどんな奴なのよぉ?』
「その人は、どんな人ですか?」
「俺も初めて会うから知らない。クララをどう扱うつもりなのかもこれから聞く。だから、一緒に話しを聞いて欲しいんだ。答えをその場で出す必要はないけど、そいつについて行きたくないなら、もうしばらく俺と行動してもらうことになる」
―『了解よぉ』
「わかりました。リースをお願いします」
「助かるよ」
エルが封筒を出す。
「リース。この手紙を出した時には俺について来てくれ」
―『わかったわぁ』
「わかりました」
『リリー、クララを頼むわねぇ』
「うん。まかせて」
『……大丈夫よねぇ?』
「リリー。話し合いの間は出かけるのは禁止だからな。どれだけ時間がかかろうと、クララと一緒に待ってること。良いな?」
「言われなくても、ちゃんと待ってるよ」
『そぉかしらぁ?リリーって、学習しないって言われなぁい?』
『すぐにふらふら居なくなることで有名だからな』
セシルまで。ひどい。
そんなことないもん。




