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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
94/149

103 言葉ひとつ

「真っ暗だね」

「昼も夜も大して変わらないんじゃないか?」

 そうかな。

「だって、光の精霊が少ないよ」

 夜中に光の精霊を見かけることはあまりないから。

 空に飛んでるのだって、闇の精霊が多い。

「リリーは時計要らずだな」

 時計?

「今、何時かなんてわからないよ」

 夜だってことしか。

「なら、一緒に時計を買いに行こう」

「うん」

 楽しみだ。

 どんなのが良いのかな。

「リリー、今、どっちに向かってるかわかるか?」

「え?」

 どっちって、方角のことだよね?

 うーん……。

「北?」

 ……また、笑うんだから。

 エルが楽しそうに私の頬を突く。

「知らない土地で夜間に歩いてるんだから、分かるなんて思ってないよ」

「エルも迷ってるの?」

 エルが空を見上げる。

「そうだな」

 意外。

 エルが迷うことなんてあるんだ。

 ラングリオンとは街の造りも雰囲気も全然違うから?

 今は、賑やかな大きな通りに居るみたいだけど。

「真空の精霊を見かけたら教えて」

「真空の精霊?」

 あれ?道に迷ってるわけじゃない?

 そういえば、エルが引き受けたのは吸血鬼捜索依頼。

 真空の精霊を探してるってことは……。

「もしかして、メディシノを探しているの?」

「正解。良く分かったな」

「だって、真空の精霊は契約者なしに地上に居られないんだよね?」

「そうなのか?」

「ユールは、地上は息苦しいって言ってたよ。エルと一緒だから大丈夫?みたいだけど」

 本当に平気なのかどうかはちょっとわからない。

 今はエルと離れてるけど、大丈夫なのかな。

「だから地上に居ないのか」

「昔は地上にもいっぱい居たんだけど、今は大気の精霊で満たされてるから居ないんだって」

―あたしたちはぁ、人間にとっては害ある精霊なのよぉ?

 ユールが、どうしてあんなこと言ったのかはわからないけど。

 昔は一緒に住んでたのに、今は一緒に住めなくなっちゃったなんて、ちょっと可哀想だよね。

 真空の精霊は銀色の精霊。

 珍しい色だし、ルキアもロザリーから出てることが多かったし、近くに居るならすぐに探せると思うんだけど……。

「あ」

 夜の闇の中で、白銀の光が動く。

「見つけたよ」

「え?」

 えっと……。あの精霊と契約してる人は……。

「でも、近くに銀色の光を持ってる人は居ないみたい」

 魔法使いの光は全然見当たらない。もしかして、光を隠してる?

「エルみたいな服を着てるのかな」

「その可能性は考えなくて良い」

 ……そうなの?

『闇の魔法で姿を隠している可能性があるな』

 闇の精霊とも契約してるってこと?

 真空の精霊と仲良くしてるような闇の精霊は居ないみたいだけど……。

「気づかれない範囲で尾行できるか?」

「やってみる」

 あの真空の精霊を追いかければ良いんだよね。

 真っ直ぐ追いかけていると、急に手を引かれる。

 誰かにぶつかりそうになってたみたいだ。

「リリーは尾行に集中して」

「うん。わかった」

 エルと一緒なら、転ぶことも誰かにぶつかることもなさそうだよね。

 私は、真空の精霊から目を離さないようにしなくちゃ。

 真空の精霊が誰かの中に入れば、その人が真空の精霊の契約者で、エルが探してるメディシノ。

 その瞬間だけは見逃すわけにはいかない。


『人の気配が減って来た』

「リリー。闇の魔法を使う」

 頷くと、エルが魔法を使う。

「絶対に手を離すなよ」

 声は聞こえるのに、エルの姿が見えない。

「はい」

 私の姿もエルからは見えないってことだよね。気を付けなくちゃ。

 真空の精霊は、頭の上ぐらいの高さで飛びながら狭い道をずっと進んでる。

 でも。これって、闇の魔法で隠れている人の中に入ったら、見失っちゃうんじゃ……。

「どこまで尾行するの?」

「メディシノだって確証が持てるところまで」

 メディシノはプリーギの治療を行う人たち。この辺りに治療が必要な人が居るってこと?


 灯りなんてほとんどない通りを、真空の精霊の光だけを頼りに進んだ先。

 今まで移動を続けていた真空の精霊が、通りを歩いている人の近くに行く。

「あの人の近くで止まった」

 真空の精霊が、歩いている人の後ろで顕現する。

 そして、悲鳴が上がった。

「え?」

「静かに」

 声を出したら見つかっちゃうんだっけ。

 何が起こってるのか全然わからない。

 でも、何もないところで男の人が倒れた。

「温度を上げる神に祝福された光の源よ。黎明の眷属よ。我に応え、その力をここに。クラルテ!」

 エルの魔法で目の前が光ったかと思うと、女の子の姿が現れた。

 金髪……?

 瞳の色はカラーレンズの眼鏡をかけてるせいで分からない。

 あの子、本当にメディシノ?

―『逃げるわよ!』

 顕現を解いた真空の精霊と一緒に、彼女が走って行く。

「待て!」

 いつの間にか闇の魔法を解いたエルと一緒に女の子を追いかける。

 倒れてる人は放っておいても大丈夫なのかな。その人を踏まないように走っていると、女の子の悲鳴が聞こえた。

 さっき、あの角を曲がったよね?何かあった?

 角を曲がると、真空の精霊が倒れてる女の子の傍に居る。

―『もう、何やってるのよぉ!』

「大丈夫?」

 助け起こした女の子は、目をこすりながら泣いてる。

「どこか怪我をしてるの?」

 見えるところに怪我はなさそうだけど……。

 こっちを見上げた女の子と目が合う。

 中途半端にずれた眼鏡から見えた瞳の色は、エルと同じ。

「!」

 突然、大きな笛の音が響く。

 何の音?

―『早く立って!闇の魔法で逃げるのよ!』

 あれ?この真空の精霊……。

 エルが女の子の腕を引く。

「来い」

―『逃げて!』

 もしかして。

「エル。この子、ドラゴン王国時代の言葉じゃないとわからないのかも」

 精霊が女の子に語りかける言葉は、ドラゴン王国時代の言語だ。

―「頼むから、来てくれ」

 女の子が、驚いた顔でエルを見上げる。

―「あなたは、誰?」

―「俺はエルロック。こっちはリリーシア」

―「私は、クララ」

―「クララ。ここから逃げるぞ。ついて来てくれるか?」

―『ちょっと待ってよ!』

―「はい」

―『クララっ』

 今は、一緒に逃げることを優先しなくちゃ。

「メラニー、バニラ、案内を頼めるか?」

『了解』

『了解』

 二人がエルの体から出る。

「リリー、先導してくれ」

「まかせて」

 今度はメラニーとバニラを追いかければ良いんだよね。


 ※


 二人の案内で、さっきの宿まで戻る。

 良かった。ちゃんと帰って来れた。

 エルは、空いてる部屋があるか聞いて来るとカウンターの方に行ってしまった。

 クララさんの方を見ると、顔を隠すようにマントのフードを深く被ってる。

 夜にカラーレンズの眼鏡なんて変な気もするけど。

―ピンクアイなら良いけど、吸血鬼種が目立ったところで良いことはない。

 ……この国では、隠さなきゃいけないんだ。

―『どこまでついて行く気なのぉ?』

 クララさんが俯く。

「あの……。怖いことは何もしないよ」

―『信用して良い人間なんて居ないのよぉ。逃げる段取りだけは、ちゃんとしておかないとぉ』

 そういえば。

―っていうか、現代語が解るの?

―はい。アレクに教わりました。

 ルキアは、ロザリーが現代語を話せることにびっくりしてたよね。古い言葉しか話せないと思ってたみたいだ。

 ってことは、クララさんはロザリーと同じようにガラスの棺から目覚めたってこと?

―「あなたも、私の言葉が話せますか?」

「ごめんね。言ってることはわかるんだけど、話すのはちょっと苦手で……」

―『聞き取れるけど話せないみたいよぉ』

「あの、怪我はない?大丈夫?」

―『怪我はないんでしょぉ?どうして泣いてたのぉ?』

―「絶対捕まると思ったら、怖くて……」

―『今、捕まってる状態だと思うけどぉ』

―「でも……」

 エルが戻ってくる。

―「二階に行くぞ」

 クララさんの方を見ると、クララさんが頷く。


 エルの案内で、宿の一室に行く。

―「今日はこの部屋で休んでくれ」

―「このベッドを使っても?」

―「良いよ。俺とリリーは隣の部屋を使ってるから」

 クララさんがフードを外して、ベッドに座る。

 あの髪、鬘じゃなさそうだよね。本当に金髪なの?

―「少し話をしたいんだけど」

―「はい」

 エルに腕を引かれて、クララさんの向かいのベッドに座る。

―「あの、どうして私の言葉がわかるんですか?」

 エルが私を見る。

「リリー。なんで?」

「一緒に居る真空の精霊が、その言葉で話していたから」

『顕現した状態では話してなかったと思うけどぉ……?』

「それに、ロザリーの母国語ってドラゴン王国時代の言語なんだよ。クララさんも同じなんだよね?」

「そういえば、そうだったな」

―『なんだか怪しいわぁ。クララ、ふかふかのベッドで寝たい気持ちもわかるけどぉ。早々に逃げた方が良いかもぉ』

―「でも、せっかく話せる人が……」

「あの……。今までたくさん酷い目に合って来たの、知ってるよ。あなたがクララさんを守らなきゃいけないって気持ちもすごくわかるよ」

『あなたって、もしかして私のことぉ?』

「うん。私、顕現してない精霊が見えるの」

『何、それぇ?大精霊には見えないんだけどぉ?』

「違うよ。人間だよ」

『変な子ねぇ。そっちの人間には、私の声は聞こえてないのよねぇ?』

―「クララは、メディシノ王国の国王によって封印されたメディシノだな?」

―「はい」

―『もうっ。すぐ返事しちゃうんだからぁ』

―「クララが封印されてから、今は千年の時が経ってる。お前が話す言葉は、現在、ドラゴン王国時代の言語って呼ばれてる古い言語なんだ」

―「千年……」

『そんなに経ってたかしらねぇ』

 精霊にとって千年って、そんなに短いのかな。

―「もしかして、あなたも私と同じメディシノですか?」

『瞳の色が戻ってるな』

『ブラッドアイ……?』

―「違う。ブラッドアイなだけでメディシノじゃない。でも、クララの仲間なら知ってる。これに見覚えは?」

―「それは!」

 エルが出したのは、ロザリーの短刀。

―「メディシノのロザリーから預かってるんだ。ロザリーは知ってるか?」

―『知らないわぁ』

―「別の時代に封印されたメディシノは知りません」

「ロザリーは今、ラングリオンに居るの」

『メディシノが人間と仲良くしてるって言うのぉ?』

 どう、説明すれば良いんだろう。

―「真空の精霊なら、ユールとルキアを知らないか?」

『どぉして精霊の名前を知ってるのよぉ』

「知ってるみたい」

 同じ親から生まれた精霊なのかな。

―「知りたいことがあるなら、真空の精霊同士で情報交換してくれ。ユールなら明日の昼に会わせることが出来る」

『ユールは、地上に居るのぉ?』

「うん」

―「ルキアはロザリーと一緒に、ここから北西にあるラングリオン王国に居る。旧アルファド帝国領でアスカロン湾より東の場所だ」

『ルキアのパートナー?ラングリオンで目覚めたのぉ?』

「うん。ロザリーは、ラングリオンで病気が流行った時に皆を助けてくれたの」

『本気でそう思ってるのぉ?』

「思ってるよ。私、治療に付き添ってたんだ。ロザリーから治療を受けた人も、最初はびっくりしてたけど、ちゃんと感謝してたよ」

『メディシノに、感謝?』

「うん。メディシノが感謝されることはないって、ロザリーも信じられないって泣いてた。……今もまだ、差別とかはあるけど、味方になってくれる人も居ると思う」

『それが、あなたたちだって言いたいのぉ?』

「エルも私も、本当のこと知ってるから」

―『本当のことぉ……?クララ。ここに連れて来た理由を聞いてみてぇ』

―「あなたは何故、私をここに連れて来たんですか?」

―「俺がクララを探していたのは、今より環境の良い場所を提供できる可能性があるからだ」

―「環境の良い場所?」

―「身の安全が保障される場所」

 それが、エルがこの依頼を受けた理由なのかな。

―『そんな都合の良い話し、信じられないけどぉ』

―「だいたい、いくら闇の魔法で隠れて治療を行っていたとしても、こんなことを続けていればいずれ捕まってたぞ」

―『今、捕まってるけどぉ?』

 捕まえた、のかなぁ。エルはそう思ってないみたいだけど。

―「無理をして治療を続ける必要はない。今は、自分がこの先どう生きるか考えれば良い」

―『あんたなんかに言われる筋合いないわよぉ』

―「私が今まで生きていたのは、治療の為です」

―『クララ……』

 それは……。

―今までの感謝を示す方法として私が出来ることは、病の蔓延を防ぐために、少しでも多くの治療を行うことだけです。

―そしてそれは、私が長い時を生きてきた意味でもあります。

 ロザリーと同じ。

―「治療薬は完成してる。感染を防ぐ為の薬も。出回ってる数は少ないけど、メディシノなんて必要なくなるんだ」

―「そんなこと、急に言われても……」

『その薬。誰が完成させたのぉ?』

「エルと錬金術研究所の人が作ったんだよ」

『エルって、こいつのことぉ?』

 真空の精霊がエルを指す。

「薬の完成はユールから頼まれてたことだ。真空の精霊の願いでもあったんじゃないのか?」

『ユールは、メディシノでもない人間と契約したって言うのぉ?』

「そうだよ」

 確か、ユールの方からエルと契約したいって言ったんだよね。

―「クララ、まだ眠くないなら現代語を教えてやるか?」

『え?』

―「現代語?」

―「現在、使われている言葉」

―『それ!学んでおいて、損はないわぁ』

―「じゃあ、頑張ります」

『喋れないって、結構面倒なのよねぇ』

 クララさんは現代語が全然わからないみたいだよね。

「今まで、どうしてたの?」

『私がクララの服の中で顕現して喋ってたのよぉ』

「そうなんだ」

 この真空の精霊は、ドラゴン王国時代の言語も、現代語も話せるみたいだもんね。

「リリー。精霊は今、なんて言ったんだ?」

「え?」

 今の話し?

「真空の精霊が、隠れて顕現して会話してたんだって」

『まさか、昔の言葉が喋れる人間が居るなんて思わなかったけどぉ』

 ドラゴン王国時代の言語は、ちゃんと勉強してる人じゃないとわからないはずだよね。

 私も、もう少しちゃんと勉強しておくんだったな。

「リリーも、眠くないなら今のうちに報告書を仕上げたら良い」

「報告書?」

「アレクに提出しなきゃいけないだろ?」

「そうなの?」

 そんなこと言われなかったけど。

「日付と出来事をまとめるだけだ。一日にあったことを順を追って説明するように書けば良い。初日なら、午前にマリー、ローズ、イレーヌ、ローグ、俺と合流し、移動を開始した。っていう風に」

 言いながら、エルが紙とペンを出す。

 書かなきゃいけないらしい。

 日記みたいな感じで書けば良いのかな。

「報告書はアレク宛ての極秘情報を含むから添削出来ないけど。書き方に迷ったら言って」

 アレクさんへの秘密の手紙……?

「わかった。やってみる」

 頑張ろう。

 えっと……。何食べたかも書いた方が良いのかな。これ。

 でも、クエスタニアの料理はあまり知らないから、ちゃんとした料理名は書けないよね。

 マリーと食べたデザートだって変わった名前だったし。

『大丈夫なの?』

「たぶん」

『エルと一緒に居なかったことも書かなきゃいけないと思うけど』

 そうだ。

 私、全然、仕事してないよね……。


「リリー」

 名前を呼ばれて、エルを見上げる。

 あれ?クララさんの眼鏡をかけてる?どうして……。

「コーヒーと紅茶、どっちが良い?」

「紅茶」

「わかった」

 もしかして、今から取りに行くところだったから、瞳の色を隠す眼鏡をかけてる?

「あのっ、私が持って来るよ」

 追いかけようとしたところで、エルが私を止める。

「俺が持って来るから、リリーは続けてて」

 報告書を完成させるのが先?

「はい」

 エルが部屋を出るのを見送る。

 今日は色んなことがあったし、まだまだ書くことがいっぱいある。

 エルが悪魔になりかけたこと。

 そして、それを戻す方法。

 エルが読まないなら、書いても良いのかな。

―「あの。リリーさん、ですよね?」

 クララさん。

「リリーで良いよ」

―『リリーって呼べば良いみたいよぉ』

―「リリー、あの人の名前をもう一度聞いても良いですか?」

―『もう忘れたのぉ?エルロックって言ってたじゃない』

―「エルロック?」

「エルで良いと思うよ」

―『エルで良いみたいねぇ』

―「リリーとエルは、恋人ですか?」

「え?……えっと、夫婦だよ」

―『えぇ?結婚してるのぉ?』

 そんなに驚かなくても良いのに。

「それよりも、どうしてあなたは金髪なの?ロザリーが、ブラッドアイは必ず黒髪だって言ってたよ」

『クララは黒髪よぉ。今は脱色してこの色になったのぉ』

「脱色?」

『吸血鬼種の子が、クララの髪にやってくれたのぉ。エルもそうじゃないのぉ?』

「違うよ。エルは元々、金髪なの」

『そんなの、聞いたことがないけどぉ?』

 やっぱり、ブラッドアイの人は必ず黒髪なのかな。

『それよりもぉ。どぉしてあなたたちは、あんなにタイミング良く現れたのぉ?』

「えっと……。私たち、メディシノを探す為に、あなたを追いかけてたの」

『私をぉ?』

「メディシノは真空の精霊と契約してるから。あなたが闇の魔法で隠れたメディシノと一緒に居るんじゃないかって」

 真空の精霊が肩をすくめる。

『ばればれねぇ。精霊が見える人間が居るなんて考えてなかったわぁ。私が患者を探しながらクララを先導してたのよぉ』

 だから、クララさんから出てたんだ。

『もしかしてぇ、闇の精霊も見えてるのぉ?』

 この部屋には私の知らない精霊は居ない。

「今は見えてないよ。人間の中に入っている精霊は見えないし、一度も会ったことがない精霊の声は聞こえないんだ」

『不思議な子ねぇ』

―「リース。何の話しをしてるんですか?私も聞きたいです」

―『大した話じゃないわよぉ』

「リースって言うの?」

『そうよぉ』

―「私、今日はここで休んでも良いですか?」

―『良いわよぉ。ここなら何も気にせず休めるわぁ』

「普段はどこで休んでたの?」

『貧困区の空き家を転々としてたわねぇ』

 大変だ……。

―「今日はもう、治療には行かないんですか?」

―『見つかって騒ぎになっちゃったしぃ。今日は無理ねぇ』

「毎日、あんなことしてたの?」

―『そうよぉ。病の治療が私たちの目的だものぉ』

「手伝ってくれる人は?」

―『信用できる人間なんて居ないわぁ』

―「でも、優しくしてくれる人は、たくさん居ました。髪の色を変えるように勧めてくれたり、眼鏡をくれたり。病気が治って喜んでくれた人も居ました」

 良い人とも、たくさん出会ってたんだ。

―『そうだけどぉ。周りに居るのが、良い人間ばかりとは限らないのよぉ』

―「でも、私……。逃げてばっかりじゃなく、もっと、色んな人と、ちゃんと話してみたい」

 だから、言葉の通じるエルについて来てくれたのかな。

「聞きたいこととか、もっと聞いて良いよ。力になれることがあったら言って」

『人間を完全に信用することはできないわぁ。私の役目は、クララを守ることだものぉ』

『あのさ。人間が、人間以外のものに頼って生き続けるのが正しいと思ってるの?』

 イリス。

『どぉいう意味よぉ』

『ボクたち精霊は、どれだけ馴れ合ったとしても人間とは別の種族だ。人間は人間同士で生きるのが基本だと思うよ』

「そんなことないよ」

『あるよ。ボクたちは人間に寄り添うことしかできない。リリーだって、レイリスが何を選んだか知ってるだろ』

 知ってる、けど。

 でも……。

 ノックの音がして、エルが部屋に入って来る。

「ただいま」

「おかえり、エル」

 エルが眼鏡を外して、クララさんに渡す。

―「返すよ」

―「はい」

 紅茶と焼き菓子の載ったトレイを置いて、エルが私の頬に触れる。

「どうした?」

 心配させるような顔、してたかな。

「あの……。人間は、精霊だけと一緒に暮らせると思う?」

「精霊だけと?山奥で暮らすつもりか?」

 どうして、山奥?

「そういうわけじゃないけど……」

「そんなの前提条件によるだろ。人間がたった一人で生きる場所なら、精霊だけに囲まれて生きることもあるかもしれない。でも、他にも人間が居る場所なら、人間に全く関わらずに生きることは不可能だ」

『……』

『まぁ、そういうことだよね』

「報告書に関係あることか?」

「え?違うよ」

 エルが眉をしかめる。

「ほら」

 エルが私の口にサブレを入れる。

「疲れたなら、菓子でも食べて息抜きをしたら良い」

 ……甘い。

―「クララ。現代語でもわかる言葉はあるか?」

―「はい。教えて貰ったのが一つだけあります」

『咄嗟に言えた方が良い言葉ぐらい、教えてあるわよぉ』

―「どんな言葉?」

「ありがとうございます」

 ……そっか。

 これが、リースがクララに教えた言葉なんだ。

『何よぉ』

―「その調子なら、すぐに現代語も話せるようになるよ」

「ありがとうございます」

 リースも、良い人がたくさん居ることは知ってるんだよね。

 


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