99 潜入は堂々と
メラニーの後を追って、中庭を巡る回廊を歩く。
「御機嫌よう」
すれ違ったメイドさんにマリーが微笑んで挨拶をすると、相手が頭を下げる。
『すごいね』
「怪しまれないのかな」
「堂々としていれば平気よ。この辺りは客人が自由に歩いていても平気な場所だわ」
そうなのかな。
でも、ラングリオンのお城も王族しか入れない場所とかは明確に区切られてたよね。
メラニーの後について行くと、三人の兵士が話しているのが見える。
『あれだ』
あれ?
兜を被ってるから、誰かわからないけど。
「あっ!あの方がマリアンヌ様じゃないっすか?」
えっ?パーシバルさん?
一緒に居た二人が、声を上げた兵士の頭を叩く。
「いてっ」
「申し訳ありません」
「ふふふ。構わないわ。元気な方なのね」
「いえ、入ったばかりの新人で……」
「俺、じゃない、私はロビンと申します。光の祝福を受ける美しいマリアンヌ様に出会えて光栄です」
ロビンさんがマリーの前で跪いて手を差し伸べると、マリーがくすくす笑いながら、その手に自分の手を重ねる。
あれっ?この顔……。この兵士さんが、ローグ?
『リリー。変装中は相手に合わせなよ』
喋らないようにしよう。
「面白い方ね。よろしければ、御庭の案内をしていただけないかしら」
「とんでもない、そいつは新人で、マリアンヌ様のエスコート役なんて務まりません!」
「少し堅苦しい話しをして疲れていたところなの。息抜きにお庭を一回りさせて頂いていたところなのよ」
「この庭の御案内なら、是非、私に」
「では、ロビン様」
「様なんてとんでもないっす」
「こら」
ロビンがまた叩かれてる。
「申し訳ありません。田舎者で」
マリーがくすくす笑う。
「その話し方は旅の途中で良く聞いたものだわ。王都ではあまり聞かないものだから、少し懐かしいもの」
あっ。そういえば、パーシバルさんとローグって、クエスタニアの出身だっけ。
パーシバルさんの口調って、クエスタニアの方言なんだ。
「その話し方で結構よ。是非、一緒に散歩して頂けないかしら」
先輩らしい兵士さん二人が顔を見合わせて、肩をすくめる。
「マリアンヌ様がそう仰られるのでしたら……。私たちはこの辺りに居りますので、困ったことがありましたらいつでもお呼び下さい」
「ありがとう。クエスタニアの方は親切な方ばかりで、いつも感謝しています」
マリーが頭を下げると、兵士さんたちが慌てた様子で頭を下げる。
「とんでもない」
「どうぞ、御気を付けて」
「さぁ、こちらへどうぞ。マリアンヌ様のお好きな花があれば良いんですが。植物なら多少は詳しいっすよ」
案内に従って、三人でまた中庭に戻る。
陽気に花や木々の説明をしなら先頭を歩いていたロビンが、急に振り返る。
「……それで。何かありましたか?」
戻った。
「エルが危ないのよ。光の大精霊の力を借りる為にも、光の間へ行きたいの」
ローグが、長いため息を吐く。
『まぁ、そんな反応になるよね』
「わかりました。何とかしましょう。……ですが、アンシェラートが現れて以来、光の間への出入りは王族ですら制限されているそうです。場所は把握していますが、私のような階級の低い兵士では近づくことも難しいですね」
「方法はないかしら」
「確実な方法はありませんが。時間もありませんし、出来るだけのことはしてみましょう」
『さっきのメイドだ』
「人が来るわ」
「マリアンヌ様、こちらでしたか」
薔薇の花束を持ったメイドさんが走って来る。
「まぁ、素敵な花束。これを私に?」
「はい。どうぞお持ちくださいませ」
「ありがとう。宿に持ち帰って飾るわ。……ポプリにしても良い香りね」
「お気に召して頂けたようで何よりです」
「マリアンヌ様、お帰りでしたら私が門までご案内いたします」
「そうね。お願いするわ。……御機嫌よう」
頭を下げたメイドさんと別れて、ローグの案内で進む。
中庭を巡る回廊は、どっちに向かって歩いているのかわかりにくい。
回廊を抜けて、廊下に入って。ローグの案内で歩いた先。
「失礼します」
「え?」
ローグがマリーを持ち上げて、大きな窓から外に出る。
「リリーもこっちへ」
窓をまたいで、外に出る。
「ここに隠れていてください。変装に使う衣装を持ってきます。……闇の精霊をお連れですか?」
「うん」
「私が来ても、すぐには顔を出さずに待っていてください」
「わかった」
「マリアンヌ様。リリーの髪をアップにして頂くことは可能でしょうか」
「まかせて」
「お願いします」
ローグが窓から屋内に入って、行ってしまう。
私の黒髪って、やっぱり隠さなきゃいけないんだよね。
「変装って、何をするのかな」
「王宮内を歩いても平気な服を用意するんでしょうけど。……リリー、髪を結んであげるわ」
マリーの方に背を向けると、マリーが私の髪を解く。
どんな結び方にするのかな。三つ編みを作っているような気はするのだけど。
「衛兵に化けるのが楽そうだけど。ローグは自分の階級じゃ入れないって言ってたわよね。階級の高い兵士にでもなるのかしら?」
確かに、鎧を装備すれば中身はばれにくいだろうけど。
「マリーは鎧なんて着られないよね?」
「着たことはないけれど。動けないってことはないんじゃない?」
大丈夫かな。
『無理だと思うよ』
『メイドはどう?』
『メイドなら変装しているとは言わないだろう。瞳を隠すことが出来ない』
『マリーのピンクアイは隠さなきゃいけないものね』
私は髪を隠さなきゃいけないし、マリーは瞳を隠さなきゃいけないんだから、大変だよね。
「でも、兜を被るなら少し大きめを用意してもらわないと、リリーの髪は隠しきれないんじゃないかしら」
全部結い上げたとしたら、髪の量が多すぎて兜を被れないかもしれない。
「切った方が良いのかな」
「エルが怒るわよ」
「……怒るかな」
「自分の意思で切るならともかく、こんなことで切ったなんて知ったら怒るに決まってるじゃない」
……そっか。
『人の気配も多い。あまり大きな声は出さないように』
『静かにね』
「そうね」
「出来たわ」
髪を結び終わったマリーが、私に鏡を見せる。
「可愛い」
前の方は、三つ編みがカチューシャのように編まれていて、後ろの方は、大きな三つ編みを花のような形にまとめている。
私にはこんなに器用な結び方なんて出来ないかも。
『ローグが来たな』
すぐに出ちゃだめって言われてたよね。
マリーと一緒に身を屈めて待っていると、窓からローグが顔を出す。
「今なら誰も居ません。マリアンヌ様は、その服の上に神官が着る祭服を」
ローグがマリーにローブを渡す。
「リリーは撫子のマントを外して聖堂騎士のマントを着用してください。その上に剣を身に着けて構いません」
「うん」
真っ白いマントだ。
「マリアンヌ様。その薔薇は頂いてもよろしいでしょうか」
「使うの?」
「はい」
「わかったわ」
言われた通り、純白のマントに替えてリュヌリアンを背負う。これ、フードもかぶって良いんだよね。大きなフードは頭をすっぽり隠してくれる。
マリーが着てるのは、純白に赤茶色の装飾が入ったローブ。全身をしっかり覆うタイプで、フードから目元も隠れる。
「マリアンヌ様は巡礼中に王都に立ち寄った高位の神官、リリーは神官を守る聖堂騎士になって頂きます。神官は自由に出入りできる場所も多いですから、途中まではなんとかなるかと」
マリーがローグに渡した花束は、いつの間にか、さっきとは違う包みで包み直されている。何に使うのかな。
「神官の衣装なんて、どうやって用意したの?」
「協力者が居ますから」
協力者?……お城の中に知ってる人が居るのかな。
「なるべく声は出さないように。では、参りましょう」
ローグを先頭に、マリーと並んで歩く。
すれ違う人が軽い会釈をしていく。
マリーは相変わらず堂々と歩いてる。高位の神官ってぐらいだから、堂々としてなきゃ変だよね。
私も、なるべく背筋は伸ばして歩かなきゃ。
「ここでお待ちください」
大きなアーチ状の門の前で、ローグが兵士と何か喋ってる。
「……はい。王妃様と懇意にされている神官様だそうです。こちらの薔薇は王妃様への贈り物です。渡して頂ければわかるらしいんですが……」
「あぁ、いつもの」
「通って良いんですか?」
「良いんだよ。ただし、特例だからな。誰にも言うなよ」
「はぁ……。了解っす」
「いい加減、その田舎なまりはどうにかしろ」
「来たばっかりなもので。すみません」
ローグが恍けた口調でそう言う。
状況に応じて口調を使い分けるなんて、私にはできそうにないよね。
ローグと一緒にアーチをくぐって、さっきとは雰囲気の違う中庭を歩く。
「ここって、かなり奥の方よね」
「はい。本来、簡単に出入り出来ない場所なのですが。高位の神官になると顔パスの方も多いんです。王妃様と懇意にしている聖典主義の神官の名前を借りました」
「聖典主義……」
「公然の秘密です。……ここで、止まって下さい。あれが光の間がある聖堂です」
木陰から見える、天井の丸い建物。
その周囲を光の精霊が飛んでる。
「警備は手薄のようだけど」
扉の前に居るのは、兵士が二人だけだ。
「あの中に入ることが出来るのは本当に限られた方だけです。さっきの手も使えません」
「どうするの?」
「一時的に騒ぎを起こしますから、騒ぎに乗じて入って下さい。中には、金で装飾された際服を着た主任神官、マリアンヌ様と同じ銅色の装飾がされた祭服の神官が二人、マントをつけた聖堂騎士団部隊長、マントなしの聖堂騎士が二人居ます。造りは単純で、その奥が光の間になっているようです」
「交渉だけで通してくれるかしら」
「難しいですね。だからと言って、強行突破も危険です。神官は魔法使いの可能性もありますし、聖堂騎士はそれなりの実力を持った方々です。力でねじ伏せられるとは思わないで下さい」
強い人たちなんだ。
「少し作戦を立てないといけないわね……」
「ここからだと逃走ルートも限られますから、なるべく穏便にいきたいところですが……」
何か良い案、あるかな。光の間に行くだけなら……。
「相手の目を眩ませて、その隙に走り抜けちゃうっていうのは?」
『いきなり強行突破を提案してどうするのさ』
「相手は光の魔法使いの可能性もあるわ。光の魔法に対抗する手段は多く持っていると考えた方が良い。幻術の類も簡単には効かないでしょうし……」
何か方法……。
「エルが居たら、皆を眠らせてくれるのかな」
「そうね。エルの魔力に対抗できる人間なんてそうそう居ないもの。戦わずに相手を黙らせるのが……。そうだわ!ローグ、耳栓は持っている?」
「耳栓?手持ちはありませんが……」
ローグがガーゼを取り出して丸める。
「これでも代用は出来ますよ。濡らすとより効果的かと思います」
マリーが水の魔法で、ローグが丸めた二つのガーゼを濡らす。
「リリー、つけてみて」
「うん」
両耳に湿ったガーゼで作った耳栓をする。
マリーとローグが何か喋っているけど、全然聞こえない。
目の前でローグが同じものを作ってマリーがもう一組を水の魔法で湿らせる。
「あの、取っても良い?」
マリーが頷いたのを見て、耳栓を外す。
「これで何とかなるわ」
『ねぇ、マリー。もしかして、あれを使うの?』
「そのつもりよ。精霊には無害なのかしら」
『決して気持ちの良いものではないが。人間ほどの影響はない』
『私はマリーの中に隠れられるけど。メラニーは少しきついかも』
エルが居ないから、隠れるところがないんだ。
『マリー、水の魔法で覆えば多少は軽減できると思うわ』
メリブ。
「そうね。私の影に居てくれたら、少しは守ってあげられるわ。リリーも私の後ろに居てね」
「何をするの?」
マリーが微笑む。
「交渉に応じてくれなかった場合の最終手段よ。ローグ、こっちは上手くやれるわ。でも、祭服は脱いでいた方が良さそうね。リリーもそうして頂戴」
「うん」
リュヌリアンを下ろして、マントを脱ぐ。
撫子のマントは、今は要らないよね。そのまま、リュヌリアンを背負う。
「これは返した方が良い?」
「いえ。穏便に済んだのでしたら、戻る際にも着用して頂いた方が安全かと思います」
じゃあ、荷物にしまっておこう。
「もしもの際には必ずサポートしますが、別行動をされるとそれも難しくなります。必ずお二人一緒に行動するよう、お願いいたします」
「目を離したりなんてしないから大丈夫よ」
「それから、もう一つ。皆さんは西側の富裕区で宿を取られていますか?」
「えぇ。大きな教会の脇よ」
「理想的な場所です」
「エルが選んだのよ」
「明日、その教会で落ち合いましょう。昼食後、礼拝堂に来てください」
「わかったわ」
「では。聖堂の前から兵士が居なくなったら、作戦を決行してください。御気を付けて」
ローグがそう言って、立ち去る。
「ねぇ、マリー」
「なぁに?」
「耳栓をしてた時、何を喋ってたの?」
「エルが来た、って言ったのよ」
「え?」
どこに?
マリーが笑う。
「耳栓が、ちゃんと音を遮断しているか試したのよ。これで反応しないなら聞こえてないってことでしょう?」
『リリーらしいよね。でも、耳栓をつけてるとボクの声も聞こえないみたいだから気を付けてよ』
「うん」
音のない世界。
何に使うのかな。
……急に、大きな爆発音と叫び声が聞こえる。
「誰かっ!……このままじゃ引火する!消火を手伝ってくれ!」
大声で人を呼ぶ声と、高く立ち上る煙。
聖堂の前に居た兵士が顔を見合わせて、煙の方に走って行く。
「行くわよ」
マリーと一緒に聖堂の中に入って、急いで扉を閉める。
……見つからなかったかな。大丈夫だよね?
入ってすぐの場所にあるのは、小さな広間みたいな場所。
まっすぐ先には扉があって、その左右には騎士が並んでいる。右の騎士の隣には、さっきマリーが着てた祭服と同じものを着た人が二人。
手前には、魔法使いの光を持つ豪華なローブに鈴付きの杖を持った人が一人。
「御機嫌よう」
マリーが二歩進んだところで、豪華なローブを着た人が杖を床に突きつけて大きな音を鳴らす。
「ここは神聖な場所。いかなる客人の来訪も受け付けておりません。どうかお引き取りを」
「どうか、お話しだけでも」
「お話しならば、別の者に。ここで話すことはありません」
『門前払いだね』
『マリー。この奥に行った方が良いわ』
『ナインシェ?』
『アイフェルが居る』
「!」
アイフェル?
「私は光の精霊に導かれてここまで来ました」
「……光の精霊?」
「はい。この国に入ってからずっと、強い光の力を感じておりました。王都に来てからは一層強く感じるのです。そして、王宮を訪れた際に、光の精霊から光の間を訪れるように言われました」
「オルロワール家のマリアンヌ姫がいらっしゃっているという話しは私も聞いております。しかし、光の精霊が第三者をここに呼ぶとは考えられません。この先にあるのは、代々王族が管理する聖櫃のみ。どうかお引き取りを」
「ですが、ここには、」
「ここを通る許可は、いかなる方であろうと出すことはできません。お引き取りを!」
扉を守る騎士が、自分の剣に手をかける。
『交渉する気はないみたいだね』
「仕方ありません」
マリーが私の方に振り返る。
「ご理解頂けて何よりです」
『ここまで来て、帰るの?』
「リリー」
マリーが私の耳元に口を近づける。
「耳栓をして」
さっき貰った耳栓をつける。
何をするんだろう。
同じように耳栓をつけたマリーが、小瓶を出す。
あっ。それって……。
マリーが口元に人差し指を当てる。
喋っちゃだめだよね。
マリーが瓶の蓋を外すと、この前会ったばかりの亜精霊が飛び出して。
……目が合った。
本当に、顔、あったんだ。
草の部分を掴んで、マリーが神官たちの方に振り返って、水の魔法で周囲を覆う。
何も聞こえないけど、マリーの背中越しに、ばたばたと人が倒れていくのが見える。
すごい効果だ。
しばらくして、マリーが水の膜を消して、耳栓を外す。
私も外して大丈夫なのかな。
「リリー、大丈夫だった?」
「うん」
『すっごい音だったね』
『精霊でも、まともに聞くのはきついわ』
「メラニー、大丈夫だった?」
『問題ない。マリーのおかげで軽減された』
「良かったわ」
水の膜は、マリーがアルラウネの叫びから精霊を守るために使ったものだ。
マリーが掴んだままのアルラウネは、根の一部にしか見えない足をパタパタ動かしている。
「もう叫ばないの?」
「叫ぶだけ叫んだ後だもの。もう大人しいし、何もできないわ」
マリーが小瓶を開いて呪文を唱えると、アルラウネが亜精霊の小瓶の中に戻る。
「神官たちが目を覚ます前に行きましょう」
マリーと一緒に奥の扉を目指そうとしたところで。
奥の扉が開いて、眩い光が射し込む。
「まったく。今のは何の音?」
この光は……。




