96 根を張るもの
「おはようございます。クロエ様、リリーシア様」
「おはよう、ライーザ」
「おはようございます」
クロエさんに変装中のエルが答えて、朝食に用意されていた温かいコーンポタージュを口に運ぶ。
旅の間中ずっと、こうしてるのかな。
でも、食事中ならドロップ食べてるなんてできないんじゃ?
「どうかしましたか?」
「え?」
声が女声のままだ。
エルがくすくす笑う。
「食事中でも使えそうで良かったです」
そう言って、エルが口の中に入ってるドロップを見せる。
「味が変にならない?」
「まずい」
やっぱり美味しくないよね。全然、そんな顔してなかったけど。
エルがドロップをかみ砕いて飲み込む。
「食事の時に、ずっと黙ってられる場所ばかりとは限らないからな」
変装するのってすごく大変なんだ。
「ライーザ、ローグはもう行ったのか?」
「はい。先に魔法部隊の宿舎へ向かわれています」
「そうか」
こうしてると、黒髪に変わっただけのエルなんだけど。
あ。でも、化粧もしてたよね。
「昼食にサンドイッチを用意致しました」
「お弁当?」
「はい」
たくさん入ってる。今日一緒に行く皆の分かな。
ハムとサラダのサンドイッチはエルのだよね。道中で食べるものなら、エルもドロップなしで食べられそう。
「ビスケットもご用意しておりますから、お持ちください」
「ありがとうございます」
なんだかピクニックに行くみたい。
※
エルと一緒に魔法部隊の宿舎へ行く。
もう皆、集まってるみたいだ。
ローグ、イレーヌさん、マリーと……。
あれっ?あの人って。
「ちょっと、それは何の真似よ!」
私たちを見つけたマリーが大きな声を出す。
「マリアンヌ様にお供させていただきます。メディシノのクロエと申します」
「何がメディシノよ。いつもの恰好で十分じゃない」
変装すること、マリーに言ってなかったのかな。
「リリーとクロエ様は、ローズ様とお会いになられるのは初めてですね」
ローズ様?
でも、この光って……。
「フェリックス王子の近衛騎士、ローズ様です。今回はマリアンヌ様の護衛の為、同行いたします」
「よろしくお願いします」
綺麗な高い声。
深紅の髪に茶色のマントの騎士が礼をする。
そうだよね。魔法を使える騎士って、珍しくないみたいだし。
背中には盾と剣。腰にはサーベル。マントに隠れて見えないけど、腰紐には短剣を下げてるだろう。
剣を二つ持ってるってことは、二刀流?
でも、腰に下げずに盾と一緒に背負ってるってことは、普段は使わない剣なのかもしれない。ドラゴンみたいに大きな亜精霊が現れた時の対策かな。
「リリーも自己紹介を」
「はい。皇太子近衛騎士、撫子のリリーシアです」
何度もやった自己紹介をして頭を上げると、マリーが微笑む。
「皇太子近衛騎士就任おめでとう、リリー。お兄様から聞いたわ。素敵なマントね」
「ありがとう、マリー」
「一緒に行くってわけね?」
「リリーは主命で同行します」
「……そういうこと」
マリーが頭を抱えて、ため息を吐く。
「大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。リリーこそ、平気なの?あの国は危険よ」
私が黒髪だから心配してるんだよね。
「大丈夫だよ」
「アレクシス様も、何かお考えがあってのことなんでしょうけれど。無理だけはしないで頂戴」
「でも、私の仕事はエルを守ることだから」
「リリーは守られる方じゃない」
「違うよ。私、騎士になったから」
守る為に戦うことが仕事だ。
マリーが苦笑する。
「相変わらずね。でも、リリーが来てくれて良かったかもしれないわ。横暴なエルと一緒に旅するなんて先が思いやられるもの」
そうかな?
エルの方を見る。
「クエスタニアには二手に分かれて移動します」
「分かれて行動するの?」
「魔法陣で一度に飛べるのは三人が限度ですから。転移先で合流します」
そうだっけ?
「イレーヌ様、先にマリアンヌ様とローズ様を御案内して頂けますか」
「わかったわ。クエスタニアで待っていれば良いのね」
「はい」
「お二人とも、こちらへ」
マリーとローズさん、イレーヌさんが魔法陣の方に行く。
あれは、竜の山で見たのと同じ魔法陣。
前はグラシアルの魔法陣が描いてあった気がするけど。何かあったみたいだし、変わったのかもしれない。
「スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード」
前にエルが唱えていたのと同じ呪文の後、魔法陣が輝いて三人が消える。
「エル……、じゃなくて。クロエさん、この呪文って私が唱えても平気?」
「だめです」
だめなんだ。
もう少し魔法を上手く使えるようになったら、使えるようになるのかな。
※
エル、ローグと一緒に、前にも行ったことのある遺跡の魔法陣に飛んで、それから少し違う呪文で別の場所に飛ぶと、マリーたちが居る。
「ここがクエスタニア?」
「はい。イレーヌ様の仲間が管理している場所です」
「案内するわ。こっちに来て」
イレーヌさんの後に続いて、皆で階段を上る。
「ヘレン、居る?」
「あら。早かったわね」
あ。部屋の中に精霊が居る。
『あれ?人間が来た』
「紹介するわ。ここの管理をしているヘレンよ」
ヘレンさん。イレーヌさんたちと同じ種族の人だ。
「はじめまして」
「私は……」
「自己紹介は結構です。今回限りの付き合いでしょうから」
もしかして、嫌われてるのかな。
『珍しい。黒い髪だ』
『赤い髪だ。変なの』
『こっちの子はブラッドアイだよ』
『なんだか面白いね』
『久しぶりに見たよ』
久しぶり?
『ねぇ』
精霊が一人、目の前に来る。
『見えてる?』
「……うん」
『久しぶりに見たな。見える子』
驚かれてないなんて珍しい。
他の精霊も集まってくる。
『君、精霊じゃないんだよね』
「違うよ」
『特別な人間なんだ』
「別に、特別ってわけじゃ……」
『違うの?』
見えてるから何かできるってわけじゃないし。
魔法も全然使えない。
『君、王族?』
「違うよ」
『変なの。役割を持たない人間が僕らを見ることが出来るなんて』
「役割?」
『重要な役割を持つ人間だから、大精霊が力を貸すんじゃないの?』
そういえば、前にアレクさんが、王族は特別な力を持ってるって言ってたよね。
ラングリオンとか大陸の東側はアレクさんみたいに精霊の声が聞こえる力で、グラシアルみたいな西側は精霊が見える瞳だって。
国を治めるような特別な役割を持った一族には精霊が力を貸すのかもしれない。
クエスタニアはどっちなのかな。大陸の真ん中にあるし、東西に長い国だから分からない。
「リリー、行くわよ」
「あ、うん」
小さく手を振ると、精霊たちが手を振り返してくれる。
精霊は、どこに行っても同じ。みんな優しい。
「わぁ……」
外は、気持ちの良い森の中。
上空には精霊の光があちこちに見える。
光の精霊が多いみたいだ。
綺麗。
やっぱり、自然が豊かな場所だから精霊が多いのかな。
そうだ。
「ヴィエルジュの召喚って、どこでも良いのかな」
森の中だから、一本ぐらい増えても大丈夫な気がするんだけど。
あの大樹って大きいから……。
「リリー、あの辺りはどう?」
「うん」
マリーと一緒に少し広い場所に行って、剣花の紋章を出す。
「ヴィエルジュ、聞こえる?クエスタニアに来てほしいの」
来るかな。
すぐには来ないって言ってたけど……。
『リリー、一歩引け』
バニラ?
マリーの腕を引いて後ずさると、大地が揺れて、目の前に大樹が姿を現す。
「ヴィエルジュ様の大樹ね」
『思ったより早かったね』
いつも通り大樹の幹が開いて、ヴィエルジュが顔を出す。
「なかなか良い場所だ」
良かった。
「あれの気配は感じないが。助けが必要な時には呼ぶと良い」
「ありがとう。ヴィエルジュ」
ヴィエルジュが木の幹を閉じる。
……あの人、現れるのかな。
※
イレーヌさんの案内で、森の中を歩く。
森って、同じ景色が続いているし、木が生えているからまっすぐ進めないし。どっちに向かって歩いているのか全然わからない。
出口に着いたところで皆でお昼を食べて、イレーヌさんはヘレンさんの所に、ローグはここから別行動と言って行ってしまった。
舗装されていない道を、エル、私、マリー、ローズさんの順で歩いて、ルサミの村を目指しているのだけど……。
「ちょっと!もう少しゆっくり歩けないの?」
マリーの声が聞こえて振り返ると、マリーとローズさんが走って来る。
「ゆっくり歩いてるだろ」
「あんまり離れて歩くのは危険だって言ってるの!」
確かに、結構離れちゃってたよね。
『エル、亜精霊も居るのよ。なるべく固まっていた方が良いわ』
『こちらに気付いている様子はないが。いつ戦闘になってもおかしくない』
周囲を見回す。
亜精霊、居るのかな?目立って見えるようなのは居ないみたいだけど。
「ローズ、先を歩いてくれ」
ローズさんが頷いて、エルから地図を受け取って先頭を歩く。
「リリーは俺の前」
「え?」
「マリー、リリーと手を繋いで歩いてくれ」
「良いわよ」
マリーが私の腕を引く。
「エル、一番後ろなんて危ないよ」
「心配しなくても、何かあれば精霊が教えてくれるよ」
大丈夫かな……。
辺りには精霊も減ってきてる気がするし、心配だ。
『来た』
え?
『前!』
『進行方向からだ』
ローズさんが剣を構えたのに合わせて、リュヌリアンを抜く。
……敵はどこ?
ローズさんが目の前を薙ぎ払う。
「リリー、足元だ!」
前方に炎の魔法が現れたかと思うと、草が大きくうねって、私の身長よりも高く伸びる。
もしかして、この草が亜精霊なの?
「何よ、これ。マンドラゴラ?」
「アルラウネだよ。……マリー、下がれ!」
『厄介ねぇ』
エルとマリーが後方に退いてる。あっちに攻撃がいかないようにしなくちゃ。
「アンジュ、リュヌリアンに宿ってくれ」
『うん!』
アンジュがリュヌリアンに宿る。
ローズさんの剣にも炎の精霊が宿ってるみたいだ。草だから、炎には弱そうだよね。
こっちに伸びて来る草を斬り払う。
『足元も気を付けて』
草原だから、敵の攻撃なのか普通の草なのか見分けがつきにくい。
「リリーシア。根元を斬れ」
ローズさん。
そっか。この動く草は全部同じ場所から伸びてるんだ。
うねうねしてる中央は……。
『リリー、上っ!』
私に向かって上から攻撃しようとしてきた草を、ローズさんが薙ぎ払う。
「ありがとうございます」
丁度見えた。ここが草の根元。
「いっけぇ!」
リュヌリアンで斬り払うと、今まで元気だった草が項垂れて、根元の土が盛り上がって……。
「!」
何か、出てきたっ?
「エル!今よ!」
「リリー、ローズ、退け!」
ローズさんに腕を引かれて、左手に引く。
出て来たのって……。少し膨らんだ根っこ?
エルがそれに向かって魔法を使うと、亜精霊は苦しそうにもがいて地面に落ちた。
「まだ居るわ!」
同じようなのが地面から現れる。
これ、根が本体で間違いないよね?
飛び出して来た根をリュヌリアンで斬ると、アルラウネが炎に包まれて消える。そうだ。アンジュが宿ってるから……。
隣を見ると、ローズさんのサーベルに突き刺されたアルラウネも同じように消えた。
「これで全部かな」
『周辺には居ない』
……これでひと段落。
『リリー、もう良い?』
「うん」
アンジュが剣から出たのを確認して、リュヌリアンを鞘にしまう。
「温度を下げる神に祝福された闇の源よ。宵闇の眷属よ。我に応え、その力をここに。セレ!」
振り返ると、エルが地面に落ちていたアルラウネを小瓶に入れている。
「それ、亜精霊捕獲用の小瓶じゃない。どうしてエルが持ってるのよ」
「どうでも良いだろ。帰ったら研究所に持って行ってくれ」
エルが小瓶をマリーに向かって投げる。
「良くアルラウネだってわかったわね」
「依頼でアルラウネを捕まえたことがあるんだよ。……マンドラゴラは草の色が鮮やかな濃緑。アルラウネは少し青味のある緑なんだ」
「そうなの」
「ほら、行くぞ」
ローズさんを先頭に、さっきと同じ並び順で歩く。
「リリー、怪我はない?」
「大丈夫」
「良かったわ。亜精霊が狂暴化してるって本当なのね。マンドラゴラもアルラウネも、草を踏んだところで襲ってこない大人しい亜精霊なのよ」
「そうなの?」
「植物の姿をした亜精霊は、元々妖精だったと言われていて、大人しい亜精霊が多いのよ。だから根っこにはその名残の顔があるの」
顔なんて、あったかな……?
「ただし、無理やり土から引き抜くと、その根は絶叫をあげて人間に幻を見せたり気を失わせたりするのよ」
「絶叫?」
「土から表に出た瞬間に叫ぶの。さっきも、リリーとローズが早くに仕留めて居なければ、大変なことになっていたわ」
「そうだったんだ。……最初のは?」
「真空の魔法で黙らせたみたいね。そんなこと出来る魔法使いなんてエルぐらいよ。それに、一瞬でマンドラゴラとアルラウネを見分けられるなんて。私も本物のアルラウネを見たのは初めてだわ。本当にあちこち旅してるのね」
「うん。エルって、すごく頼りになるんだよ」
マリーが苦笑する。
「そうね。危険な旅なのだし、こういうのに慣れている人が居るのはありがたいわ」
※
その後は亜精霊と戦うこともなく、真っ直ぐルサミの村に到着できた。
村の灯りはとても少なくて、王都よりずっと暗い。何処に行っても、あの雲で覆われているせいだよね。
マリーとローズさんに先に宿に行ってもらって、教会に行くと言うエルに付いて行く。
「どうして教会に行くの?」
「グランツシルト教徒は日々の礼拝を欠かしませんから。旅をしている教徒なら尚更、教会が恋しくなるものです」
グランツシルト教徒のふりをするのも仕事なのかな。
教会は大きな三角屋根の建物。
中は礼拝堂のように広い空間が広がっていて、正面の高い場所には十芒星が描かれている。その手前には銅像があって、エルがその前に跪いてお祈りをする。
これ、神さまじゃなくて人間の銅像だよね?偉い人なのかな。
お祈りの後は、教会に居た神官さんが暗い道を宿まで案内してくれた。とても親切な人みたいだ。
※
宿で待っていたマリー、ローズさんと一緒に夕食を食べて、部屋に行く。
「リリー、今日はマリーと一緒の部屋に泊まってくれ」
「え?」
「あら。良いの?」
「私、エルの護衛が仕事だよ?」
「リリーがマリーの護衛中は、ローズが俺の護衛をする。それで良いか?」
「私の主命はマリアンヌ様の護衛です」
エルを一人にしちゃだめって言われてるのに。
「この先、二手に分かれて行動することがあるかもしれない。その時に、連絡手段がないのは不便だろ?俺とリリーなら、離れていても連絡する方法がある」
「そんな方法あるかしら」
それって……。
「イリス、顕現してくれ」
『やっぱりボクのことなの?』
だよね。
イリスが顕現する。
「氷の精霊ね」
「今の正式な契約者は俺だけど、リリーもイリスを召喚できるんだ」
「そんなの聞いたことがないわ。二重の契約者が居るなんて」
「リリー、イリスを召喚してくれ」
「……イリス、姿を現せ!」
いつも通り。
名前を呼ぶと、イリスが私の前に現れる。
「ってわけだ。イリス、顕現を解いてくれ」
『了解』
顕現を解いたイリスが肩をすくめる。
「どういうことなの?」
「俺だって知らない」
私も。
エルが正式な契約者になった以上、私との関係は薄れるはずだってイリスは言っていたけど。そんな感じは全然しない。
「そういうわけだから、二手に分かれる際には、リリーとマリー、俺とローズで行動する。良いな?」
「私は構わないけれど。二人はどうなの?」
「仕方ありません。リリーシア。マリアンヌ様のことを頼みます」
ローズさんまで。
「……はい」
ローズさんは強いし、精霊ともたくさん契約してるし、私よりしっかり護衛してくれそうだけど……。
「念のため、二手に分かれる時にはメラニーにも付いて行ってもらう。メラニーはなるべくリリーの傍に居てくれ」
『了解した』
メラニーが私の傍に来る。
メラニー、エルの傍に居なくて良いのかな。
ローズさんは闇の精霊とも契約してるみたいだけど。
「話しはそれで終わり?」
「あぁ」
「だったら私はもう休むわ。リリー、隣の部屋に行きましょう」
「うん。ローズさん、エルのことをお願いします」
「お任せください」
離れてるのは一晩だけだよね。
「おやすみ。エル、ローズさん」
「おやすみなさい」
「おやすみ、リリー、マリー」
「おやすみなさい」
マリーと一緒に部屋を出る。
「こっちよ」
向かいの部屋が私たちの部屋みたいだ。どちらも端の部屋。
部屋に入ると、マリーが大きく伸びをしてベッドに座る。
「一日中歩いてくたくただわ。今日はシャワーを浴びて早めに寝た方が良さそうね」
「うん……」
本当に、良かったのかな。
「なぁに?やっぱりエルと一緒に居たかった?」
「私、エルの護衛が主命なのに、離れて良いのかなって思って」
「エルなんて、いつも一人でふらふら旅してるじゃない。ほっといても平気よ」
「でも……」
「それに、あれだけ優秀な騎士が付いているなら心配要らないわ」
「ローズさんのこと、知ってるの?」
「……知らないわ」
あの人、マリーの知らない人なんだ。
「でも、リック王子の近衛騎士なんでしょう?それなら信頼して良いわよ」
そっか。
リックさんがマリーの護衛に選ぶ人なら、優秀な人に違いないよね。
王子様の近衛騎士。
アレクさんの近衛騎士だってすごい人ばかりだし、リックさんの周りに居る人もすごい人に違いないよね。
リックさん、近衛騎士と一緒に居るところは全然見たことがないけど。




